ロックマンX二次創作   作:クリスチカ・マリビエ・ダンセルジオ

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いつもありがとうございます。( ̄▽ ̄;)"
レプリフォースの秘密施設で起きた異常事態の収拾に向かったゼロ。彼の『相棒』となるのは、カーネルと一体化した『渾然たるアイリス』です。 ……いつもの山盛りのツッコミどころに加え、『ANOTHER』を超どうでもいい略語にしたのはほんの出来心です本当にすみません。逃走。"ヽ( ̄▽ ̄;;)ノ"
(2021年11月24日~2022年3月30日)


君は薔薇より美しい

虫やコウモリの姿を模したあまたの警備メカニロイドが空中を飛び交い、ただ一つの標的――赤い鎧のイレギュラーハンターを狙って、次々に無数の光弾を放つ。

息もつかせぬほどのそれらの攻撃をビームサーベルの刃でなぎ払い、たちまち床に鉄屑の山を築きながら、金色の髪をなびかせて閃光のように彼は駆け抜けていく。

 

長い間閉ざされていたはずのこの施設は、今やそれ自体が、眠りから覚めた一匹の生物のようだ。

通路はその中心部へと続いているが、そこで脈打っている"心臓"には何者も近づかせまいとする意志を持った、巨大な生物。

 

ようやく突き当たりの扉の前にたどり着き、彼――ゼロは、ちらりと背後を振り返った。

床一面に散らばる、機械の残骸――この区画の敵はほぼ完全に消したが、雑魚とはいえ、なにぶんにも数が多い。

 

「確かに、この先もこんな調子では、オレ独りでは厳しいかもな。"親玉"に会う前に、ザコどもに潰されたらかなわん。」

 

扉のロックを解除しながら、肩をすくめてゼロは呟いた。

 

 

 

 

ここは、レプリフォースの秘密施設。

かつては科学研究所であったが、そこで行われていたある研究をめぐって大きな問題が持ち上がり、閉鎖されたのだという。

 

今、この場所で起きていることの詳細について、ゼロはまだ何も知らされていない。

だが、彼に事件を伝えてきた"彼女"の声は、ただならぬ緊張感を帯びていた。

 

 

『こちらレプリフォース。非常事態につき、特A級ハンター・ゼロに、緊急出動を要請します。』

「アイリスか? こちらゼロ。何かあったのか?」

『ああ、ゼロ……ごめんなさい。あなたにしか頼めないの。レプリフォースの施設内で、多数のイレギュラーが発生しました。どうか、力を貸してください!』

「何だって?」

『詳しいことは軍の機密に関わるため、今、ここでは言えません。ただ、イレギュラーたちの中心となっている相手が"強敵"であることだけは確かです――鎮圧を試みた兄が、重傷を負いました。』

「カーネルが? そんな……!」

『できれば、エックスも一緒に来てもらえれば……』

「エックスは、まだ戻っていない。海底都市での任務が長引いている。」

『そう……仕方がないわ。でも、あなたを独りで戦わせるわけにはいきません。あなたの"相棒"となる者が、こちらで待っています。』

「"相棒"? 誰だ、それは?」

『だから……ゼロ、お願い。早く来て!』

 

 

 

 

次の区画では、また新たな敵が待ち構えていた。

その姿は、一見すると、床に転がった黒い球体。

 

だが侵入者を感知するや、ソイツは真ん中から左右に割れ、隠されていた砲身と、それを支えて立ち上がる二本の脚をあらわにした。

至近距離から撃ち出された弾を、ゼロは辛くもジャンプでかわす。

 

そのまま相手を飛び越えて着地し、振り向きざまに斬りつけるが、光刃は、再び素早く閉じた球形の装甲に弾かれた。

しかも、敵はソレ一体だけではなかった――同型のメカが通路のそこここに置かれ、それぞれが異なるタイミングで装甲を開き、弾を撃ち出してくる。

 

どれか一体のみに集中したり、素通りしようとしたりすれば、たちまち周りから一斉砲火を浴びるだろう。

そうなっては、防御も反撃もままならない。

 

「厄介なヤツらだ。だが、時間はかけられんしな。」

 

ゼロは剣を身体の前で構え直すと、勢いよく床を蹴り、通路の奥へと向かってダッシュした。

最大出力の光刃が通路の幅一杯にまで広がり、装甲を閉じる暇も無かった自立砲台たちが瞬時に真っ二つになっていく。

 

残りの球体は斬られはしなかったものの、ビリヤードのように通路の奥まで転がされ、互いにぶつかり合って派手な爆発を起こした。

一歩手前でこの光景を見届けたゼロは、思わずため息をついた。

 

「それにしても……その"相棒"というのは、いったい誰なんだ?」

 

なんとか進んではいるが、自分もすでに、無傷ではないのだ。

 

「心当たりがあるとすれば、ウェブ・スパイダスあたりか……誰にせよ、なるべく早く登場願いたいが。」

 

 

 

 

爆発で吹き飛んだ扉の向こう側には、雑然とした広い空間があった。

もともと資材の保管場所だったのか、施設の閉鎖に伴って不要となったものを慌ただしく投げ入れたのか。

 

床にはコードの束がのたうち、製作途中で放置されたものとも破壊された残骸ともつかぬ巨大な機械や、金属のコンテナなどが無造作に所狭しと置かれている。

雑多なモノたちに気を取られながら、ゼロがその部屋に足を踏み入れた瞬間。

 

不意に、右腕に何かが食いついたような痛みとともに、電流が走った。

 

「うわっ!」

 

叫び声をあげ、とっさに右腕を払う。

ガシャンと音をたてて床に落ちたのは、見覚えのあるクモ型メカニロイドだった。

 

――見覚えがある、どころではない。

ソレは、先ほど、ここでの戦いの"相棒"であってくれることを期待した、かつての部下の武器に間違いないのだ。

 

不吉な予感が、冷ややかに胸を刺す。

 

「……まさか……?」

 

ゼロは、視線を素早く上へと向けた。

 

 

 

 

高い天井を覆いつくすように、巨大なクモの巣が張られていた。

電流を帯びた、青白く光る網。ところどころで小さな火花が散っている。

 

そして、その網の中央にはりつきながら、じっとこちらをうかがっているものが居た。

足元にばかり気を取られていたゼロを、冷たく嘲笑うかのように。

 

「スパイダス! なぜだ……!」

 

ゼロの驚愕の叫びに、ソイツは何の反応も示さなかった。

特徴的なカメラの片眼を持ち、頭を下にした逆さまの姿勢で見下ろしている大グモの男。まごうことなき、ウェブ・スパイダスの姿だ。

 

知人に対する言葉の代わりに、モーターの唸りにも似たブーンという妙な音を口から発しながら、ソイツが動いた。

幾つもの小型のクモの巣状の網が空中に放たれ、ゼロを捕えようとするように迫る。

 

「ここで何をしている! 答えろ、スパイダス!」

 

必死の呼びかけも、広い部屋に虚しく響くばかりだ。

ゼロは、驚きと同時に違和感を覚えていた――コイツは、何かがおかしい。

 

だが、その正体を突き止める間も無く、部屋のそこかしこに潜んでいたらしい小グモたちが一斉に姿を現し、襲いかかってきた。

 

「チッ、やりにくい……」

 

なんとか対処するものの、周囲の障害物が自由な動きをさまたげる。

またしても下を見てばかりだな、とでも言うように、再びスパイダスが動いた。

 

ゼロが気づいた時には、もう遅かった。

 

 

 

 

逆さまのまま一本の糸にぶら下がって音も無く近づいたスパイダスが、真上から電撃を放ったのだ。

落雷のような衝撃が、ゼロの全身を貫いた。

 

「うわああああ!」

 

ゼロの身体は弾き飛ばされ、そのまま、先ほどの小型の網の中に捉えられてしまった。

小グモたちが、勝ち誇ったようにせわしく駆けずり回る。

 

「スパイダス……! もう止せ! おまえは、本当にスパイダスなのか……?」

 

電流の中でもがき、叫びながら、やはり答えを得られないまま、ゼロの意識は薄れていく。

その時。

 

どこからか、彼の名を呼ぶ声がした――凛々しい女性の声が。

 

「ゼロ、今行く!」

 

そして、霞む視界の中に、宙に舞う赤い軍服と、閃く赤い光刃が飛び込んできた。

まるで、一陣の風に乗って乱舞する深紅のバラの花びらのように。

 

ゼロは驚きのあまり、一瞬、こう思った――自分は、気を失いかけて幻を見ているのだと。

だが、次いで"彼女"の発した「おりゃあ!」という鋭い気合の声が、彼を完全に正気に戻した。

 

"彼女"はその赤い光刃のひと振りで、足元にうごめいていた小グモたちを一掃していた。

続いて、ゼロを捉えていた網をも断ち斬る。

 

「大丈夫か、ゼロ。……遅くなって、すまない。」

 

自由になったゼロに、"彼女"は、勇ましい佇まいにいささか似合わぬような、恐縮した様子を見せた。

赤い軍服に白のズボン、頭の高い位置で束ねて長く垂らした茶色の髪――普段とは違ういでたちだが、確かにゼロは"彼女"のことをよく知っていた。

 

「キミは……まさか……」

 

 

 

 

「アレは、ウェブ・スパイダスではない。この施設に残された意志――この施設そのものが造り出した、コピーだ。レプリロイドですらない。」

 

素早く天井の"巣"の中央へと戻った敵を、赤い光の剣で指し示しながら"彼女"は言った。

ゼロは混乱し、更に戸惑う。

 

「……どういうことか、後でじっくり聞かせてもらう必要がありそうだな。」

「ああ。……ともかく、今はアレを倒すことが先決だ。遠慮は要らない。」

 

ゼロはうなずいた。この状況下でただひとつはっきりしたことは、頭上から再び攻撃を開始しようとしている"スパイダス"が偽者であるということだ。

先ほどからの違和感にも、納得がいく。

 

ゼロは再び身構えながら、傍らの思いがけない"相棒"に言った。

 

「オレが本体を叩く。援護してくれるか。」

 

すると、"彼女"は首を横に振った。

 

「いや、二人でかかろう。それぞれが別の方向から向かい、撹乱するのだ。」

「しかし、それではキミが危険だ!」

 

思わず、正直な気持ちが口をつく。

姿が変わっていても、そこに居る"彼女"はやはり彼の想い人――彼にとって、常に守るべき対象なのだ。

 

だが、そんな彼に、"彼女"は一瞬眉をしかめてこう応えた。

 

「信用できないのか、私が?」

 

 

 

 

ブーンという唸りと、何かが鋭く空気を切り裂く音。

巨大な金属の刃のようなものが、向かい合う二人の顔の間を通り抜けた。

 

「危ない!」

 

二人は同時に叫び、同時にそれぞれの方向へ跳び退いた。

ゼロは何かのシールドのような金属板の後ろへ、"彼女"はコンテナの陰へ。

 

頭上の"コピー・スパイダス"は、巨大な鎖鎌のような武器を振り回していた。

本物の彼がそんなものを使うのを、ゼロはこれまでに一度も見たことが無い。

 

姿勢を低くした"彼女"が、視線を上に向けながら言う。

 

「やはりか……コレも、本人に無い武器を与えられている。」

「どういうことだ?」

「ここで造られたコピーは、みな、オリジナル以上の戦闘能力を持つのだ。」

「化け物屋敷が、化け物を生み出してるってわけか……なんとも気色が悪いな。」

 

ゼロは意を決し、"彼女"に言った。

 

「キミを信じよう。オレがあの鎌を叩き落とす。キミがヤツにとどめを刺してくれ。」

 

すると、今度は"彼女"の表情が曇った。

 

「ゼロ、しかし、それでは……」

 

 

 

 

「離れろ!」

 

叫び声と同時に、ゼロの姿が消えた。

回転を続ける鎖鎌は金属板を撥ね飛ばし、コンテナをも両断した。もはや躊躇してなどいられない。

 

一瞬早く、更に遠くへ飛びすさった"彼女"の目には、床に片膝をついてセイバーのエネルギーを溜めているゼロの姿が映っていた。

新たな小グモたちがまたどこからか湧き出るように現れ、バチバチと火花を散らしながら彼に襲いかかろうとする。

 

二人が射程圏内から離れたためか、鎖鎌の回転する速度が鈍りはじめた。

ゼロは立ち上がり、狙いすまして渾身の力でセイバーをひと振りした。

 

青白い炎のような光刃が、空中にもうひとつの鎌にも見える巨大な弧を描き、そのまま敵を目がけて飛んだ。

コピー・スパイダスが鋭い唸りをたてた――彼の鎌は、その鎖を握りしめた両腕もろとも、あらぬ方向へと吹き飛ばされ、騒々しい音をたてて落下した。

 

次いでそのカメラの眼に映ったのは、真紅に燃え上がる一輪のバラだった。

赤い光刃からほとばしるエネルギーが"彼女"の全身を包み、赤い軍服の上に炎をまとったかのように見せている。

 

床を蹴って高く跳躍した"彼女"の剣が、逆さ吊りのコピー・スパイダスの額に深々と突き刺さった。

まるで、美しいバラの花が持つ鋭い棘のように。

 

コピー・スパイダスは光刃に全身を貫かれ、網から落ち、振動とともに床に叩きつけられた。

その骸の傍らに降り立って深いため息をついた"彼女"の肩を、そっとゼロが抱いた。

 

「大丈夫か、アイリス?」

 

 

 

 

「あ、ああ……ゼ、ゼロも無事か?」

 

"彼女"はまたも、たった今のとどめの一撃が嘘だったかのような、わずかに震える声で応えた。

それも無理からぬことだった。今の姿、備わった"力"、まだそれらに誰よりも戸惑っているのは"彼女"自身なのだから。

 

ゼロは、そんな"彼女"に改めて訊ねた。

 

「それにしても……コレはいったい、どういうことなんだ? なぜ、キミまでが戦うんだ!」

「……やはり不安だろうか、この私と一緒では。」

 

戸惑いの中にありながらも、ゼロの目を見つめ返す"彼女"の瞳には、強い決意が宿っていた。

 

「だが、この姿ならば、ゼロの足手まといにはならずに済む。少なくとも、自分の面倒は見られるつもりだ。」

「しかし、アイリス……」

「その名は、今の私には相応しくない。今の私は、"アナザー"だ。この戦いを終えるまでは、そう呼んでほしい。」

 

"A.N.O.T.H.E.R.(アナザー)"。

Absolute Nexus Operation for Twin-identity Harmonized Eliminator of Repliforce――もともと一つのCPUを共有しながら、二人の"兄妹"として分かたれたカーネルとアイリスの頭脳チップを、一時的に結びつける作戦行動。

 

いずれか一人のボディに、統一された二人の人格を納めることで高い能力を発揮するが、結びつけておける時間が限られるため、有事の際にしか発動しないという。

今は、負傷して動けない状態のカーネルの意識がアイリスの身体に取り込まれた形となり、戦いを司っているのだろう。

 

ゼロもその作戦行動についてはかねて聞き知っていたが、実際に発動しているのを見たのはこれが初めてだった。

 

 

 

 

「……かつて、レプリフォースには優秀な科学者が居た。」

 

足元に横たわるコピー・スパイダスと、おびただしい数の小グモたちの亡骸を見下ろしながら、"彼女"が話しはじめた。

 

「彼は、優れたレプリロイドの修復技術を持っており、本人にきわめて近いコピーを造ることもできた。……この、偽スパイダスのように。」

「何だって?」

「今回の事件は、まさしくその彼の"亡霊"が起こしたようなものだ。」

 

ゼロにとっては、全てが、初めて触れる機密事項だった。

 

「ある時、彼の発案で、極秘裏にジェネラル総司令官の"影武者"を造ることが決まった。開発は順調に進んでいたはずだったが……いつしか彼は、その"影武者"を、オリジナルを越える存在とすることに躍起になっていった。」

「そんなことがあったとは……」

「彼は上からの命令に全く耳を貸さなくなり、ひたすら自分の欲望のためだけの研究を続けた。当然、オリジナル以上の戦闘能力を持った"影武者"は危険視され、総司令官自らの命令で開発は中止。科学者は追放された。」

 

ゼロの背に、微かに冷たいものが走った。

 

「……まさか、彼の"亡霊"ってのは……?」

 

"彼女"は小さく一つ息をついてから、続けた。

 

「……彼は、レプリフォースを恨み呪いながら去っていった。当然、逆恨みだがな。だが彼は、自分が去った後で、この施設を再び稼働させるプログラムを残していたのだ。彼の意志がこの施設に宿り、破壊のためだけに動く多くのメカを生み出し、そして……封印されていた、総司令官の"影武者"も……」

「生きて動いてるっていうのか!」

 

 

 

 

"彼女"は、表情を歪めてうつむいた。

 

「……本当なら、これは軍の中だけで解決すべきことだ。だが、兄が倒れた今、レプリフォースと浅からぬ縁のあるゼロに助けを求めるしかなかった。巻き込んでしまったことを許してほしい。」

「巻き込んだ、って?」

 

ゼロは声をたてて笑った。"彼女"は、うろたえたように顔を上げた。

 

「な、何がおかしい?」

「オレは、ハンターの務めを果たしているだけだ。イレギュラーを処分するためなら、どこへでも出動する。たとえ、そこがレプリフォースでもな。まして、他ならぬキミの頼みとあれば、なおさらだ。すぐ駆けつけるのは当然のことだろう?」

「……!」

 

今度は、"彼女"の頬がみるみる赤く染まった。そこに、小さな二輪のバラが花咲いたように。

 

「わ、私とて、いつもゼロに守られているばかりではないぞ! コレは、レプリフォースの問題だと言ったはずだ! いざという時には、この私も戦える! その目で見ただろう!」

 

"彼女"の必死な様子に、ゼロの笑いは止まらなくなってしまった。

 

「ああ、確かに。兄貴と一体化しているだけあって、大したものだ。とはいえ、まだまだ危なっかしいところがあるからな。」

 

"彼女"の方は本気で腹を立てたと見え、更に顔を赤くしている。

 

「なにを! さっき、スパイダスの網から助けてやったのを忘れたのか! もういい、置いていくぞ! ここからは、私一人で進む!」

 

 

 

 

ついに、"彼女"はぷいとゼロに背を向け、長いポニーテールを揺らしてずんずんと先へ進みはじめた。

このガラクタ迷宮に、本当にゼロを置き去りにしかねない勢いだ。

 

ゼロは急いでその後を追った。

 

「おい、待ってくれ。悪かった。こんなところに、置いてきぼりは勘弁してくれ。」

「は、何も聞こえんな!」

 

ちらりと振り返ってゼロを睨みつけ、再び前に向き直って、"彼女"はなおもつかつかと歩いていく。

障害物を身軽に飛び越えたり、剣で叩き斬ったりしながら、その背中はみるみる遠くなっていく。

 

内心、少々焦りながらも、ゼロはまたひそかに笑わずにはいられなかった。

例えこんな状況下でなくとも、オレは、オレの目は、ひとりでに追ってしまうのに違いない。

 

今の"彼女"がまとっている、この場限りの強さと危うさ――まるで、物語の中の、一夜限りのはかない魔法をまとった"姫"のような美しさを。

やがて前方に、この部屋の出口と思われるシャッターが見えてきた。

 

「ゼロ、もう少しだ。」

 

ようやく機嫌を直した様子で、"彼女"がこちらに向き直った、その時。

不意に、どこからか、くぐもった爆発音が聞こえてきた。

 

周囲の壁や床がビリビリと震動する。

"彼女"ははっと身体をこわばらせた。

 

「何だ? まさか……」

 

追いついたゼロが、傍らで呟く。

 

 

 

 

「そのまさかのようだ。ついに、"影武者"が動き出してしまったらしい!」

 

"彼女"のその言葉が終わらないうちに、第二第三の爆発音が、更に大きく部屋を揺さぶった。

あちこちで、物が崩れたり落ちたりする音が響く。

 

「間に合わなかったか。」

「急ごう、ゼロ。"影武者"がこの施設の外へ出ることだけは、絶対に阻止しなければならない。」

 

険しい表情でそう言うと、"彼女"は小走りにシャッターの前まで進み、右と左からXの文字の形に剣を振り下ろした。

赤い閃光が、扉を、三角形をした四枚の破片に変える。

 

それらが音をたてて床に落ちた後、その向こうには再び通路が見えた。

これまでと違って、何も無い通路――敵の姿も見えない。

 

「妙だな……」

 

ゼロは訝ったが、"彼女"ははやる心のまま、その奥へと向かって走り出した。

 

「ゼロ、早く!」

「待て、アイリス! 気をつけろ!」

ゼロは慌てて呼び止めようとした――が。

突然、左右の壁から現れた何かが、"彼女"の行手を阻んだ。

 

それは、先端に鋭いトゲをもった植物型メカニロイドの蔓だった。

蔓は、壁を突き破って生えてきたかのように次々と現れ、思わず立ちすくんだ"彼女"の身体に巻きつき、縛り上げた。

 

「キャアアア!」

 

そのまま宙に吊り上げられ、"彼女"は悲鳴をあげた。

 

 

 

 

「しまった……! アイリス!」

 

駆け寄ろうとするゼロの目に、自由を奪われた"彼女"の身体のあちこちで、蕾が開くのが映った。

不気味な花のように開いたその中で、赤いコアが冷たい光を放っている。

 

どうやら、それらのコアを破壊しなければ、"彼女"を呪縛から解き放つことはできないようだ――しかし、この数では、どうあがいても"彼女"は無傷ではいられないだろう。

しかも、それらのコアは一斉にチカチカと瞬きはじめた。あたかも、爆発への時を刻むかのように。

 

「チッ! 雑草が、ふざけたまねしやがって!」

 

挑発されているように感じ、ゼロは思わず激しい怒りをあらわにして叫んだ。

締めつけられながら、"彼女"が必死に訴える。

 

「すまない、ゼロ! 完全に私のミスだ……! 頼む、どうか、構わずに独りで行ってくれ……!」

「そんなわけにいくか、何のための"相棒"だ!」

 

想い人のピンチに揺さぶられつつも、ゼロの電子頭脳はすぐさま、この敵の正体を見抜いていた。

 

「そんなものは、しょせん、こけおどしだ! 待ってろ、イバラ姫! すぐに片をつけてやるからな!」

 

最後に待ち受けるであろう"強敵"との戦いに備えて温存していた力を、ゼロはこの場で一度使うことを決めた。

威力は大きいが、彼自身の身体にかかる負担も大きいため、乱発すれば命取りとなる技だ。

 

だが、今はソレしか有効な手段が無い――ターゲットは、この通路全体なのだから。

 

 

 

 

ゼロの手に、再びエネルギーが集中する。今回は剣ではなく、直接、彼の拳に。

見ているがいい――ゼロは、燃える怒りとエネルギーの塊となった鉄拳を振り上げ、足元の床に叩きつけた。

 

激しい震動とともに、拳から波のようにあふれ出したエネルギーが通路全体に走った。

光学迷彩により隠されていた、敵の全身が現れた――今やその通路は、壁も天井もびっしりと植物メカの蔓に覆われた、まさしくイバラ姫の城を思わせるような姿となっていた。

 

"彼女"が、思わず息を飲んだ。

その頭上には、巨大な眼球にも見える赤いコアがあった。

 

弱点を見破られた"城"の主は、イバラ姫の処刑を即刻決めたようだ。

鋭い警告音とともに、"彼女"の身体じゅうで点滅していた小さなコアが、一斉に瞬きを止め、まばゆい不吉な光を放った。

 

「させるか!」

 

同時にゼロは巨大なコアを目掛けて飛び上がり、身体を回転させながら突っ込んでいた。

死神のそれを思わせるような、レーザーの刃を持つ大鎌へと姿を変えたセイバーを構えて。

 

ゼロのラーニング能力は、コピー・スパイダスの武器をも自らのものとしていたのだ。

回転する光の鎌は、"彼女"を拘束していた蔓をズタズタに切り裂きながらコアの外殻を破壊し、あやまたず、その中心部分を深々とえぐった。

 

切れた蔓に絡みつかれたまま、"彼女"の身体はドサリと床に落ちる。

その蔓にはもう"彼女"を縛る力は無く、全てのコアは光を失っていた。

 

 

 

 

「ゼ、ゼロ……!」

 

叩きつけられた衝撃に耐えて必死に起き上がろうとする"彼女"の上で、損傷したコアは断末魔のように火花を散らし、最期の閃光を放った。

次いで、爆発が起こった。真上から炎と煙が襲いかかり、体勢を立て直しかけていた"彼女"は目がくらんだ。

 

「キャアアア!」

 

そのまま、"彼女"は再び床に倒れてしまった。

あたりが真っ暗だ……上から、無数の破片が落ちてくる……でも、私には届かない……なぜ? まるで、大きな"盾" に守られているみたいに……

 

朦朧としていた意識が戻り、"彼女"は、"盾"の陰ではっと目を開いた。

自分の上に覆い被さり倒れている、ゼロの身体。自らを"盾"として"姫"を守った"騎士"のようなその姿。

 

「……ゼロ! ゼロ、大丈夫か!」

 

"彼女"は、慌てて下から呼びかけた。

ゼロは顔を上げ、微笑んだ。

 

「アイリス、無事か……?」

「あ、ああ、私は無傷だ。それより、ゼロは?」

「よかった……なんとか、間に合ったな……」

 

ゼロは、床に手を突いてゆっくりと身体を起こす。

だが、その動きは途中で止まり、彼はうめき声とともに、"彼女"の傍らに再び倒れ込んだ。

 

「ゼロ! しっかりしてくれ!」

 

ようやく起き上がった"彼女"の目に、周囲に散らばるおびただしい植物メカの残骸と、横向きに倒れたゼロの背中が見えた。

コアの爆発を至近距離で受けたためなのか、アーマーは焼け焦げ、破損し、小さく火花が散っている。

 

「なんということだ……私の、私のために……!」

 

 

 

 

「オレとしたことが……ちょっとばかり、マズっちまった……」

 

咳き込み、苦悶しながら、かすれた声で呟くゼロ。

事態の深刻さに、"彼女"の心は激しく震えた。

 

だが、それは長くは続かなかった。弱気になっている暇など無いのだ。

揺れそうになる自分自身を、"彼女"は、今の姿に相応しい力強い声で奮い立たせた。

 

「大丈夫だ、ゼロ。私に任せておけ。黙って、じっとしていてくれ。」

 

実に頼もしいな――ゼロはそう感じたが、それを言葉にすることはかなわず、焼けるような痛みの中、"彼女"の声はたちまち遠くなっていった。

"彼女"はすぐさま、片手をゼロの額に、もう一方の手を彼の背中の傷に当てた。

 

ゼロの身体の、自己修復機能を一時的にパワーアップさせ、通常よりも更に速い回復を図るのだ。

"彼女"自身のエネルギーを、光として掌から放出し、分け与えることで。

 

自らのエネルギーで他者を癒やすその能力こそ、"究極の優しさを持つレプリロイド"の証だった。

 

「ゼロ、少しの辛抱だ。深い傷だが、すぐに治る。私のために負ってくれた、この傷……今の私に、できる限りの力で……!」

 

 

 

 

光……暖かな光……身体に、力がみなぎってくる……明るくまぶしい、太陽の光……いや、違う……コレは……?

ゼロは弾かれたように身体を起こした。すぐ傍らに、"彼女"の姿があった。

 

その表情は、驚きから安堵へと変わり、笑顔になった――今の姿になってから初めて見せた、優しい笑顔だった。

 

「気がついたか、ゼロ!」

「ア、アイリス……い、今のは、いったい……?」

「私の力で、ゼロの自己修復機能を強化した。完全にとはいかないが、さっきの傷は癒えているはずだ。」

 

確かに、ダメージが格段に減っているのが感じられ、身体が軽く動かせる。

意識を失っていたのはそれほど長い時間ではなかったはずだが、その短い間に、"彼女"の能力はここまでの回復をさせてくれたというのか。

 

「そ、そうか。おかげで助かったが……キミは大丈夫なのか? すまん、余計なことにエネルギーを使わせちまったな。」

 

ゼロがそう言うと、今度は"彼女"の顔が暗く翳った。

 

「……余計なことなどではない。元はといえば、私が油断をしていたせいだ……やはり、甘かったな……守られてばかりではないつもりだったが、結局は、ゼロを危険にさらすはめになってしまった……!」

 

"彼女"の声は震え、その目には涙が浮かんでいた。

 

 

 

 

「泣いている場合じゃない。"影武者"は待ってはくれないぞ。」

 

ゼロはそう言って立ち上がった。彼の言葉を裏付けるように、再び爆発音が聞こえてきた――先ほどよりも、確実に近く。

"彼女"は、目に涙を溜めたままで、ビクリと身体を震わせた。

 

「……キミが居てくれなかったら、オレはここまで来られやしなかった。独りだったら、今頃はクモの餌食だったかも知れないんだ。だから、この先の戦いでも、オレは必ずキミを守る。キミもそうしてくれるだろう、アイリス。」

 

優しい言葉とともに、座り込んだままの"彼女"の前に、ゼロの右手が差し出された。

"彼女"は一度ゼロを見上げ、ためらうように、またうつむいた。

 

「そう言ってもらえるのはうれしい……でも……兄と一つになり、戦うすべを身につけ、それでも、やはり私は変わっていない気がする……私は本当に、ゼロの"相棒"として相応しいのだろうか……」

「"相棒"どころか、それ以上だ!」

 

ゼロは両手を"彼女"の肩にかけ、抱き上げるようにしてひょいと立たせた。

"彼女"の頬がまた真っ赤に染まった――大輪のバラの花のように。

 

「あ、ゼ、ゼロ……」

 

 

 

 

立ち上がっても、ゼロはまだ肩を離そうとしない。

"彼女"はうろたえ、思わずガクガク震えだした。

 

その姿がなんとも愛おしく思え、ゼロは笑った。

 

「はは、そうだな。姿形が変わっても、キミは、確かにオレのよく知っているアイリスだ。"アナザー"なんて、不自然な呼び方はできない。……オレの気持ちだって、変わらないさ。」

「ま、待ってくれ、ゼロ……!」

 

両手を肩にかけたまま、顔を近づけようとするゼロに、"彼女"はやっとの思いで告げた。

 

「……最初に言っておくべきだったが、我々の会話や行動は、全て、兄に筒抜けだ。気をつけた方がいい。」

 

おっと、そうだったな――ゼロは慌てて、ようやく"彼女"から手を離した。

残念ながら、二人で戦っているとはいえ、正確には、物言わぬ第三の人格が常に共にあるのだ――ゼロにとって、絶対に敵に回すべきでない相手の。

 

"彼女"はくすくすと笑い、ようやく気を取り直した様子で言った。

 

「でも、ありがとう。私のゼロへの気持ちも同じだ。……どうか、この先も私の"騎士"であってくれ。」

 

ゼロは、床に落ちていた"死神の鎌"を拾い上げ、"彼女"にうなずいてみせた。

 

「ああ。こっちこそよろしくな、オレの"騎士姫"。」

 

二人は、すぐそこまで迫っている"強敵"の姿を求め、再び走り出した。

ゼロは、ほんの少しだけ心残りを感じていた――先ほど、姿形が変わっても自分の知っている想い人のままである"彼女"の唇を狙いながら、こう伝えたかったのだ。

 

気高く咲き誇るバラよりも、他のどんな花よりも、

 

――アイリス、キミは美しい。

 

 

(完)

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