ロックマンX二次創作 作:クリスチカ・マリビエ・ダンセルジオ
ひさしぶりに"素肌"に浴びた熱いシャワーは、身体の表面だけでなく、心の中からも、積もっていた汚れをさっぱりと洗い流してくれたようだった。
少し曇った大きな鏡の中の、見慣れない自分の姿にほんの少し戸惑う。
鎧も兜も武器も無く、ただ、限りなく生身の人間に近い、無防備な姿。
もうずっと長い間使うこともなく、その存在すらほとんど忘れかけていた、日常生活用のボディ――通称"ネイキッド"。
ゼロは疑わしげに、コイツは本当に自分なのかと確かめるように、鏡をじっと見つめた。
こちらを見つめかえしてくる、青いガラスの目。肩を覆う濡れた長い金髪。
金属の骨格、ゴムの筋肉、それらを包み込む人工の皮膚。そこには、動力炉の鼓動とオイルの血液が作り出す熱――人間のそれと同じ"体温"が感じられる。
――今、奥の部屋では、"彼女"がその"体温"を待ちわびているはずだ。"彼女"自身も、彼と同じ"ネイキッド"の姿で……
ゼロは小さくため息をつき、鏡から視線を逸らした。
だが、すぐにまた、吸い寄せられるように自分の姿と向かい合った。
砂埃、泥、錆、鉄屑、油――返り血。
悪しき者たちの呪詛の言葉、命乞い、悲鳴。
それらに塗れ、常に戦いの中に身を置いている自分に、今のこの姿は本当に相応しいのだろうか。
――そして、この姿で誰かと愛し合うことが、本当に許されているのだろうか。
安らぎなど、求めてもよいのだろうか。
いつもの紅いアーマーとセイバーを外した今、なんともいえない解放感と心許なさが同時にゼロを支配していた。
だが、恐らく、"彼女"もそれは同じなのだろう。あまり長く待たせるわけにはいかない。
ゼロは白いタオルで身体を覆うと、それ以上鏡を振り返ることもなく、浴室を出た。
扉が開くと、ベッドの上の"彼女"は小さく驚きの声をあげ、白いシーツに包まれた身体をすくませた。
「あ、ああ……す、すまん、アイリス。」
ゼロは慌てて詫びた。つい、ノックもせずに寝室へと足を踏み入れてしまったのだ。
アイリスはひどく動揺し、真っ赤になった顔も半分シーツに隠しながら震えていた――無理もない、自分も"彼"も、共に"ネイキッド"で初めて向かい合っているのだ。いささか唐突に。
自分の無防備な身体と、初めて見る"彼"の同じ姿に、アイリスの胸は恥じらいと戸惑いの早鐘を打っていた。
そしてゼロの方も、自分のあまりにも無粋な登場の仕方がいかに配慮を欠いたものだったかということに今更のように思い至り、うろたえながらこう言った。
「す、すまん。悪かった。許してくれ。その……オ、オレも、慣れているわけじゃないんだ、こんなことに……ましてや、キミと、こうして……」
うつむきながら、タオル一枚まとったきりの格好でたどたどしく詫びつづけるゼロ。
その、普段とあまりにかけはなれた彼の姿に、アイリスは思わずくすくすと笑いだした。
そのことで少し落ち着きを取り戻し、彼女はシーツに隠れたまま、ようやく彼にきちんと言葉をかけることができた。
「驚いたわ、ゼロ。でも、仕方がないわね。だって、初めてなんですもの……私だって、どうしたらいいのか、わからないわ……なんだか……まるで、夢の中に居るみたい……」
甘い微熱に浮かされたような、夢心地。
その中で息をひそめる、罪の意識にも似たわずかな恐れ。
ここに来るまで、アイリスの心は、期待と葛藤に絶えず揺れ動いていた――今も、まだ波のように大きく揺れている。
だが、彼女にはもうわかっている。
どれほど激しく揺れながらも、自分の心が、今の身体が、"彼"を拒むことなどないと。
あとはもう、"彼"が気を取り直してこちらへと踏み出してくるのを、待つばかりだった。
――早く、ここへ来て。
口にする代わりに、アイリスはその言葉を強く念じ、ゼロの心に直接伝えようとした。
求めている、ということを声には出さず、慎み深く唇を閉じたままで。
それが本当に通じたように、ゼロは静かに前へと進みはじめる。
二歩、三歩。
しかし、ためらいがちなその歩みはすぐに止まった。
「アイリス……」
ゼロは、切なげに顔を歪めながら言った。
白い翼の天使の前で、その審判を待ち受けるかのように。
「正直、自分でもよくわからないんだ。今のこの姿のオレが、"何"なのか……戦うために造られ生きているのに、こうして武装を解いて……そのことが、怖い……キミは、今のオレをどう思う? オレは……オレは本当に、この身体で、キミに触れてもいいのか……?」
ばさり、と、衣擦れの音がした。
天使の、静かで力強い羽ばたきのように、ゼロには聞こえた。
舞い降りてきた天使は、白い羽毛を脱ぎ捨て、ただ、輝く長い茶色の髪でその身を覆っていた。
今やアイリスは、一糸まとわぬ姿のままベッドから降り、ゼロの目の前に立っていた。
あまりにも思いがけない彼女の行動に、ゼロは思わず目を見張った。
アイリスも、自身の大胆さに驚いていた――唇の慎みを裏切り、シーツの外へ、その足で直接"彼"を迎えに行ったのだから。
でも、もう失うものなど、何もありはしない。
「ゼロ、あなたは"あなた"よ。」
アイリスはゼロの手を取り、微笑んで彼を見上げた。
「そして、私もあなたの"私"なの。ボディが変わっても、それは変わらないわ。私たちは今、この身体で、お互いの魂を抱きしめようとしているのよ。生きているから。愛している、から……」
愛している。
その言葉を口にしたことに、より恥じらいを覚えたように、アイリスは目を伏せた。
その瞬間、ゼロの中の迷いが消え去った。
彼のための、"許される場所"がここにあるのだと、今は心から信じることができた。
「ああ、そうだな。ありがとう、アイリス。オレもだ。オレも、愛している。」
狂おしくささやきながら、ゼロは自らの身体を覆っていたタオルを剥ぎ取った。
そして、アイリスを強く抱き寄せた。
「ゼロ……」
アイリスの腕も、ゼロの背中にしっかりと回される。
二つの"裸体"が――それを隔てた二つの魂が、互いを求め、固く抱きしめ合っていた。
「あったかい。」
「ああ。……もっと、よく見ていいか?」
「え、ええ……」
「……綺麗だ、まぶしい。」
「あ、ありがとう……ゼロ、あなたも素敵よ……」
「そうか……」
「……でも、やっぱり……」
「行こう。明かりを消すか?」
「うん……」
寄り添いながら、二人はベッドへと向かう。
それは、小さな巣のように、朝まで彼らを守ってくれるだろう。
夜は充分に長く、二人の、言葉に依らない対話を静かに包み込む。
やがて、深い安らぎが、互いを満たすまで。
(完)