闇が、呼びかけてくる。
理解出来ない言葉で。
理解してはいけない言葉で。
耳に息がかかるほど近くに聞こえると思ったら、次の瞬間には遥か彼方から響いてくる。
僕は闇の中にいる。
今まで僕は、本当の暗闇を知らなかった。
自分が目を開けているのか、閉じているのかも分からない。
そんな暗闇を。
怖い、恐い。
誰もいないのに、何もいないのに、音を立てて息をすることができず、呼吸は浅く、早くなる。
闇は、まだ僕を呼んでいる。
耳を塞いでも、まるで頭の中に直接響くように声が反響する。
割れるように頭が痛む。
どうして声の主は僕の場所が分かるのだろうか。
逃げ場を求めた思考が単純な答えを出す。
そうか、僕の心臓の音を聴いているんだ。
なら、簡単な事だ。
そして僕は、手に持ったナイフを胸に突き立てた。
「起きろ、真」
指谷おじさんの声で、目が覚めた。
チラつく蛍光灯の光が目を刺し、薄汚れた自分の部屋で寝ていたことを思い出した。
「どうした…?酷い汗だぞ。また…悪夢を見たのか?」
おじさんが僕の顔を心配そうに覗き込む。
寄せられたおじさんの体からは汗と垢とその他もろもろが混ざった複雑な臭いがする。
あまり気持ちのいい臭いではないけど、寝起きだから感じるだけだ。いつも直ぐに慣れる。
それに、僕も大して変わらない臭いなんだろうし。
「大丈夫だよ…おはよう。おじさん」
寝汗を手の甲で拭って、悪夢の残滓を振り切るようにニッコリと笑う。
「そうか…なら、いいんだが…」
それでもまだおろおろしているおじさんに対して、しっかり目を見て笑う。
少しだけ、無理してるのがバレないといいんだけど…
おじさんはいい人だ。
頼れる人のいなかった僕の面倒を見てくれている。
初めて、ここに来て以来、長いことずっと。
「今日は、西側出口の警備だっけ?」
「ああ、30分後に楢崎と交代だ…本当に大丈夫なのか?なんなら今日は休んでも…」
幾分、過保護気味だけどね。
「大丈夫だって!お仕事は大切だよ」
「分かった…お前がそういうなら…」
「さ、出てって出てって、着替えるからさ」
「お、おう。すまん」
おじさんは部屋を出て扉を閉めるまで、おろおろしたままだった。
手早く、寝巻きにしている厚手のTシャツとショートパンツを脱ぐ。
どちらも寝汗でぐっしょりと濡れている…おっと下着もだ。
「下着はまぁ、乾くよね」
Tシャツとショートパンツを壁のハンガーにかけて、その横に掛けられているいつもの衣装をとる。
パーカー、フリース、ダウンベストを重ね着して、最後にポケットがたくさんついた、カーゴパンツを履く。
どれも傷んでくすんだ色をしているけど、洗濯はバッチリだから嫌な臭いは、少ししかしない。
穴の空いた靴下を二重に履いてから、ベットに腰掛けて、登山用のしっかりしたブーツの紐を固く結ぶ。
僕の全身のコーディネートより高い、お気に入りのブーツだ。
おじさんが商人のとっておきを買ってくれた。
「真は無茶するからな、せめて足はしっかり守らないと」
言い訳がましく、恥ずかしそうにプレゼントしてくれたおじさんの顔を思い出したら、悪夢で霞んでいた頭がすっと晴れた。
最後に埃が白いまだらを描く、黒だったニット帽を被って
「よし、今日も頑張ろう!」
パシっと頬を叩き、割れた鏡の中の自分にニッコリとスマイル。
アイドルは、笑顔が命。
どんなに世界が変わってしまっても、絶対に忘れてはいけないこと。
鏡に張り付けた、仲間たちの写真を前に、しばし懐かしい日々を思い出す。
みんな、元気かな。
僕は、なんとか元気だよ。
「さて、ガスマスクも念のため…っと」
棚に吊られた無骨な、おおよそかわいい女の子には似合わないガスマスクを腰に括ってから、
勢いよく扉を開けて、今の僕のセカイに飛び出す。
そう、この地下鉄(メトロ)へ
僕は、菊地真は、
2033年の東京、核で滅びた世界の地下深くで、今日も生きている。
原作
Dmitry Glukhovsky 『METRO2033』
4A Games 『METRO REDUX』
BANDAI NAMCO Entertainment Inc 『THE iDOLM@STER』
【 東京METRO2033 REM@STER 】
しばらくは原作ゲームの前日譚的に進みます。