東京METRO2033 REM@STER   作:チョールヌイ

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イェーガー

「真!もう少しで地上に出る!気を引き締めろ」

 

全身に防護服を着こみ、フルフェイスのヘルメット越しに飛ばされた声はくぐもっていたが、力強く、どこか懐かしい。

自然と、背筋が伸び、思考がクリアになっていく。

 

「はい!大佐!」

 

地上の吹雪は、地下深くでも地鳴りのような轟音を響かせているから、負けじと大声で返す。

この人の後ろについてここまで進んできた。もうどれほど来たのか分からないが、目的地は近い。

僕がやらなきゃ。

使命感だけで、震える足を前に送る。

錆びてボロボロの梯子を上りながら、大佐は快活に笑う。

 

「まさかこんなところまで来ることになるとは、思ってもいなかっただろう?」

 

梯子が軋む音なのか、建物全体が軋む音なのか。

自分に言い聞かせ続けないと、あっという間に恐怖に飲み込まれる。

 

先行した大佐は、銃口にマウントしたフラッシュライトで、闇を凪ぎ、道を切り開いてくれている。

一人だったら、とっくに心折れていただろう。

 

「よし、この扉の向こうが地上だ。マスクを着けろ」

 

僕は大きく息を吸って、ガスマスクを被り、一気に吐き出す。

マスク内の空気を追い出すための、身体に沁みついたルーティン。

 

「3,2,1」

 

大佐が一気に扉を開け、間を置かず外に躍り出る。

そこはもはや建物としての機能がなくなるほど穴だらけの廃駅舎だった。

ライフルを握る手は極寒の大気の中でも、じんわりと汗をかいている。

 

「別動隊との合流地点まで、そう遠くないところに出られたな」

 

大佐が振り返り、安心させようとしてくれているのか、穏やかな目で見つめてくれた。

だが、直ぐに吹雪とは全く異なる恐ろしい唸り声が廃駅舎に轟いた。

 

「見つかったか…来るぞ!構えろ!」

 

崩れて、吹き抜けになってしまっている二階部分から、醜悪な黒い塊が姿を表す。

そして僕は無我夢中で、踊りかかる影に引き金を引き続けた。

 

 

 

扉をノックされる音で、夢から覚めた。

 

「起きたか、真」

 

指谷おじさんが、全身に防護服を纏った状態で戸口に立っていた。

両手には湯気の立つホウロウのカップを持っており、嗅ぎなれた“お茶”の香りが部屋に立ち込める。

 

「おはよう、おじさん」

 

カップを受け取って、少しづつ中身を啜る。

お茶。と言っても乾燥させた養殖キノコを煎じた、キノコ汁だ。大抵の人は初めて飲んだ時には吐き出すような味だけど(かくいう僕も思いっきり噴き出した)、なぜか飲み続けるうちにハマってしまう、不思議なお茶だ。

今ではこのアリーナ駅にとって交易品の筆頭を務める重要な商品にもなっている。

色々な駅でかなりの売れ行きで、販売の度に常連が買い占めていくほどだとか。

…あれ……?もしかしてこのお茶ってアブナイものなんじゃ…?

 

「しゃきっとしなさい。今日はイェーガーがこの駅に来る日なんだぞ?」

 

おじさんの言葉で、思い出す。

そうだ!今日はイェーガーが定期巡回に来る日だった!

 

「準備出来たら、東側出口に来なさい」

 

そう言い残しておじさんは出ていった。

 

―イェーガー。この世界に来た日に、死の間際にいた僕を助けてくれた恩人であり、最高のストーカーで、オーダーの英雄と呼ぶにふさわしい人だ。

汚染された危険な地上を探索し、物品を持ち帰ることを生業とする者を、古い小説から由来してストーカーと呼んでいる。

その中でも、すべての駅を、すべての人類を守るために熟練したストーカー達で結成されたのが、メトロの守護者であるオーダーである。らしい。(全部おじさんの受け売りだよ)

 

僕はあの日、奇跡的な確立で、地上からメトロに帰還する途中だったイェーガーと出会い、そして助けられたのだ。

ちなみになんでドイツ語?とか、大の大人が恥ずかしくないの?とか言われることは一切ない。

だって、それだけの実力があるのだから。彼が自分はイェーガーだと言ったら、そうなのだ。

 

「一瞬でも出口を開けるってことだから、防護服とガスマスクはしっかり確認して…っと」

 

おじさん曰く、地上は地獄らしい。

ミュータントが獲物を求めて闊歩し、汚染された大気はガスマスク無しでは1分と息が続かず、あっという間に皮膚がただれるほどの放射能が残っている場所が無数にある。

しかし、地下には無い様々な必需品が地上には溢れている。

そもそも、この駅の養殖豚だって、元々は命知らずのストーカーが地上の牧場から追い立てて来たものなのだ。

だからこの世界では、ストーカーは畏怖と尊敬の念、そして同じくらいの忌避の感情を持って接される。

一攫千金を求めて芸能界に飛び込む人たちのように。

 

「まぁアイドルの僕が言えたことじゃないけどね」

 

うん。装備は問題ない。

急いで、しかし焦らずに準備を進める。

ぎゅっと音を立ててブーツの紐を締め上げてから、僕は東側出口に向かった。

 

東側出口ではすでに数名の住民が、手に槍を持ち、落ち着かない様子で屯っていた。

地獄の門の前にいるのだ、堂々としているほうがおかしい。

しかし、僕の足音を聞いて悠然と振り返った人がいる。指谷おじさんだ。この人はおかしい部類に入っている。

出口の正面に仁王立ちで陣取り、肩からはあちこちテープで補修した大きなライフル銃を背負っている。

ろくよんしき?小銃とか言ってたっけ。

 

「来たな、真。ギリギリだぞ」

 

「ごめんなさい、おじさん…って到着時間が分かるの?」

 

「定期巡回だからな。いつもこの時間に来る。あいつは遅れたりしないよ」

 

おじさんのその言葉からは、イェーガーに対する絶大な信頼と親しみ。そして仮に遅れた際には、絶対に救助に行くという覚悟を感じた。

辺りを見渡すと、こちらも落ち着かない様子の悠人を見つけた。

彼は悠人にとっても憧れの人らしい。おおかた出待ちのファンの気持ちなのだろう。

僕がイェーガーと呼ぶと、すかさず「さんをつけろ」と窘めるのは勘弁してほしいけど。

 

すると、突如出口を塞いでいる分厚いシャッターから、何かがぶつかるような大きな音がした。

何人かの警備は文字通り飛び上がって、ミュータントだ!とこの世の終わりのような声で叫んでいる。

 

「ばかもん。ミュータントどもがノックなんてするか!さっさとシャッターを開けろ!」

 

おじさんの怒鳴り声を聞いた警備が、恐る恐るという風にシャッターの開閉ボタンを押し込む。

古びたウィンチが唸りを上げ、さび付いたシャッターが軋みながら持ち上がる。

盛大な不協和音の合奏に迎えられて、一人の大柄な男性が現れた。

 

「よう指谷!久しいな!」

 

大男は、握りしめていたライフルから手を放し、素早く振る。

雪にまみれたフルフェイスのヘルメット越しでも分かる、鋭い眼光と力強い声。

間違えようが無い。僕の命の恩人でメトロの英雄、イェーガーだった。

 

 

 

「随分と痩せたな、指谷。駅での生活は合ってないんじゃないか?」

 

「止めてくれよ、イェーガー。俺はこの駅が、ここでの生活が好きなんだ。地上をうろつくのはもうこりごりさ」

 

イェーガーとおじさんは固い握手を交わし、冗談を言い合っている。

うーん。かっこいい。まるで映画みたいだ。

悠人なんて、見たことないくらい目がキラキラしている。

 

「ん?真!すっかり元気になったみたいだな!」

 

「うん。おかげ様で絶好調だよ。今なら地上でフルマラソンだってできるさ」

 

「ははっ、指谷!お前の姪は大した奴だよ!」

 

「俺としては心配で仕方ないんだがな…その節は本当に助かった。なんて礼をすれば…」

 

「止めてくれ。お前と俺の仲だ。それにもう十分礼はしてもらってる」

 

イェーガーはヘルメットを脱ぎ、傷だらけの顔をゆがめてウィンクした。

 

「メトロの子を守ることが出来た。そしてその子は息災である。オーダーの一員としてこれ以上に嬉しいことなんてないさ」

 

ああ、見てよイェーガー。悠人のボルテージがマックスになって震えてる。

―奇跡的にイェーガーに救われて、指谷おじさんに託された僕は、この駅において表向きは指谷おじさんの親類ということになっている。

身元の保証が無いと、このメトロ世界においては非常に都合が悪い。ということと

偶然にも僕が現れた北参道駅は、指谷おじさんの失われた故郷であり、北参道駅最高のストーカーだったおじさんとイェーガーの間にはとても強い絆があったからだ。

親友である英雄に助けられた可哀そうな親類を引き取った。という話はとても都合がいい。

以来、僕は指谷さんのことをずっとおじさん。と呼んでいる。

 

「さて…積もる話は中でしよう。茶でも飲みながら」

 

「ああ、あの茶は悪くない」

 

シャッターを閉め、バリケードを元に戻しながら一連のやりとりを聞いていた警備の住民も、すっかり緊張を解いている。

さて、後は地上と周辺駅の話をたっぷりイェーガーから聞いて…

 

 

『…ミュータントが来たぞ‼警備隊は至急武装して千代田線ホームに集まれ!それ以外は部屋に戻ってカギを掛けろ!』

 

 

唐突に、構内スピーカーが酷いノイズと共に叫び声を上げた。

 

なんで、そうなったのかは分からない。

しかし、その放送が終わるか終わらないかの瞬間には僕はホームに向けて駆け出していた。

いつかは来ると分かっていたこと。ずっと、覚悟してきたこと。

その思いがたぶん、考えるよりも先に身体を動かしていた。

 

ただ、指谷おじさんとイェーガーの方がもっと素早かった。

数瞬遅れて、悠人や他の警備員も僕らを追いかけてくる。

ホームへと続く階段を駆け下りながら、逃げてきた住民に指谷おじさんが大声で尋ねる。

 

「どちら側だ!?」

 

「よ、代々木公園の方だ…」

 

真っ青な顔をした住民は、激しく咳き込みながらもそう答えた。

目視で彼に大きな怪我無いことを瞬間的に確認し、すれ違う。

無事で良かった。でも、あの様子はマジだ。

本当に、来た。

 

数瞬の後、僕ら三人はホームに降り立った。

 

ホームの端、崩壊した代々木公園駅へと繋がるトンネルからは、耳を覆いたくなるような悲鳴と何かを引き裂き、叩きつけるような湿った音。そして奇怪な、決して人間が出せるようなものではない唸り声が、反響と共に運ばれてくる。

 

「…ノサリスだ」

 

イェーガーが短く言い、手にしたライフルの弾倉を確認し、遊底を引いた。

銃弾が薬室に収まる、かちゃり、という音と共に、

悲鳴も、唸り声も、ぴたりと止んだ。

ホーム内にいくつも炊かれたかがり火が爆ぜる音だけが、響く。

 

―ノサリス。放射能による突然変異で誕生した、怪物。

既存の動物と区別するため、そして何より畏怖を持って覚えるために、耳なじみのない言葉で呼ばれるその存在は、曰く、巨大な爪を持ち、トンネルに穴を開け、ヒトの内臓を生きたまま喰らう。

親が幼い子供を叱る時に語るおとぎ話のような存在が、ほんの十数メートル先にいる事実は、全身を硬直させるのに十分だった。

 

握りしめた槍に、汗が伝う。

不気味な静寂が、火を複数炊いてもなお冥いトンネルを満たす。

ひゅっ、ひゅっという浅い呼吸音は、果たして僕のものなのだろうか。

それとも、ずたずたに引き裂かれた哀れな生き残りのものなのだろうか。

かがり火が作り出す影は揺らめき、まるで生きているかのようにうねる。

ヘッドランプの明かりを向け、闇を照らしても、むしろ周りの影が一層濃くなるように感じる。

あの影から、来る。

やつらが来る。

 

「真」

 

しっかりとしたイェーガーの声が横から聞こえ、反射的に振り向く。

 

「落ち着け。お前なら大丈夫。俺と指谷が絶対に守ってやる」

 

視界の端でおじさんが大きく頷いたのが見えた。

 

「その槍じゃ心許ない。これを使え」

 

そう言ってイェーガーは、黒く光る回転式拳銃(リボルバー)を差し出した。

受け取り、その重さと冷たさにほんの少し驚く。

 

「使い方は分かるか?」

 

「う、うん。ドラマの小道具で…習った」

 

「ドラマ?」

 

ふん、と鼻を慣らしてイェーガーが小さく笑う。

 

「そのまま引くと引き金が重い。可能な限り撃鉄を起こしてから、狙って、撃て」

 

言われて、撃鉄を起こす。弾倉が回転し、ガチリとロックされる。

小道具の銃はもっと軽かった。もっとわくわくするようなものだった。

でも僕が今手にしているのは、恐ろしい人類の、武器だ。

 

「少年もいけるな?」

 

「あ、ああ!問題ねぇ!」

 

イェーガーの呼びかけに、上ずった声で悠人が答える。

肩から真っすぐに伸びた上下二連の猟銃の銃口は、この暗闇でも分かるほどに揺れている。

 

「…来るぞ!」

 

おじさんが鬼気迫る表情で叫ぶと共に、ライフルの引き金を引いた。

轟音と閃光。

ストロボのような一瞬の銃火は、いくつものおぞましい怪物の影を眼に刻みつけた。

 

その場の全員が反射的に、そのヘッドランプで、残像の方向を照らす。

ああ。こんな生物。信じられない。

身の丈は人間とほぼ変わらない。二足歩行している。

ただ、その両腕は地面につくほど長く、血が滴る爪は僕の手のひらより大きい。

毛はほとんど無く、むき出しになった皮膚はたわみ、歪んでいて、生理的な嫌悪感を催す。

潰れたモグラのようなその頭には、不揃いな牙が真っ赤に染まって並んでいた。

 

「撃て!真!少年も!」

 

イェーガーも大声で叫びながらライフルを連射する。

 

「ああぁ…ああぁ…」

 

悠人は力ない声を発し続けるだけで、動かない。

僕も、動けない。

 

「ぎゃあぁあ!」

 

僕の後方で槍を構えていた警備が、血しぶきを上げながら倒れた。

 

目玉だけが勝手に、倒れた彼を捉える。

血だまりの中で苦痛の声を上げ続ける彼は、漏れ出た内臓を必死で押さえつけている。

その目から光が消える瞬間まで、僕は目をそらすことが出来なかった。

 

僕も、こうなる。

 

「う、うわぁああああ!」

 

彼を引き裂いたバケモノ目掛けて、夢中で引き金を引く。

目の前が黄色に染まり、腕が叩きあげられる。

 

当たったのか?分からない!

 

瞳に刻まれた残像に対して、そのまま引き金を引く。

死にたくない。死にたくなんてない!

 

弾倉が回り、撃鉄が雷管を叩く。

衝撃と轟音。

そのまま3回引き金を引いたところで、血濡れのバケモノは、もう動いてないと気付いた。

 

死んで、たまるか。

 

「ああぁぁぁ!なんでだよ!畜生!」

 

悠人の叫びが聞こえ、振り返ると、悠人が目の前のノサリスに対して猟銃の引き金を引いていた。

しかし、弾が出ない。

 

安全装置…!

悠人に飛びかかろうとするノサリスに、鉛玉を撃ち込む。

バケモノの体に対して、小さすぎる穴しか空けられなかったが、わずかによろめくのが見えた。

続けて引き金を引く。しかし、カチンという小さな音が手元から生まれ、弾切れを悟った。

 

咄嗟に、足元で死んでいる警備の手から、血濡れの槍を取り上げ、走る。

 

「はああぁあ!!!」

 

滑る槍を力一杯に握りしめて、身体ごとノサリスにぶつかる。

ずぶりという不快な感触が、手を通して脳に伝わる。

 

身の毛もよだつような叫び声を上げながら、バケモノは息絶えた。

 

 

気が付くと、始まった時と同じように、トンネルは静寂で満たされていた。

ノサリスの返り血でべっとりと汚れた僕は、昂った身体が求めるままに荒い息をし続けている。

 

少しづつ、周囲の音が耳に入るようになる。

助けを求める声、すすり泣く声、苦痛に呻く声。

ホームの白いタイルは、血と臓物と、キラキラ光る薬莢でグロテスクに塗り替えられていた。

 

「取りあえずは、乗り越えたようだな」

 

おじさんは疲れ切った声でそういうと、直ぐにまだ動ける人間を見つけ、生存者の救護などの事後処理の指示を飛ばしている。

悠人は放心状態で、猟銃を抱えたまま床に座り込んでいた。

 

 

乗り越えた。勝ったわけじゃない。

物語のような勝利の高揚感も、喜びも無い。

ただ、次のミュータントの襲撃が、少しでも先でありますように。

祈るような気持ちだけしか、浮かんできてはくれなかった。

 

弾の切れた回転式拳銃(リボルバー)を見る。

弾薬は有限だ。対して、ミュータントは無限かと思える。

多分、今この瞬間も増え続けているのだろう。

いつか、そう遠くない未来には、戦うことも出来なくなる。

そして、人類は…

 

ふと、視界の端にイェーガーを捉えた。

彼は、銃口が真っ赤に熱を持ち、煙を立てるライフルを握りしめたまま、とても恐ろしい顔で、ミュータントが入ってきたトンネルの闇を睨みつけていた。

その目は真っすぐで、冷酷に、闇の向こうの獲物(ミュータント)を見据える、狩人(イェーガー)の目だった。

彼が何を考えているのか、その時の僕には、分からなかった。




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さぁ!モスクワに還ろう!

ハンターさんは原作でもハンターはロシア語じゃないとか言われてるけど、すごい尊敬されているのは、多分強いから。
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