Q or…?   作:涛子

12 / 28
【11】Slytherin&Hufflepuff(リランとセドリック)

 ホグワーツ入学から三週間がたった。

 

結論から言おう。リランの学生生活は生前以上に酷いものになった。

 組み分け儀式のその後、ショックのあまり、リランの意識は地下室のスリザリン寮につくまで回復しなかった。気づいた時には、寝室での自己紹介タイム。取り繕う間もなく、同室になった女生徒のカマかけによりあっさりと身分をバレらされた。

 聖28族に『Airquills(エアクイル)』の性がないことを知っていた女生徒は、リランが半純血だと思っていたのだろう。知っていて貶めようとしていたのかはわからずじまいだが、こうなってはもうどうでもよい。

 貴族が多いスリザリンでは最初のマウントの取り合いが重要だ。元々面識があるなら繋がりを強く、初めてなら相手の技量を図るといったように、新入生の間では幼いながらもかなりの駆け引きが行われる。

 繋がりを何よりも重視するスリザリンは、良くも悪くもこうして一族を繁栄させてきたのだ。

 

 ———だからといって人の教科書を破っていいわけではないが

 

レパロ(直れ)

 

 別段、虐めが起きることなどリランは予想していた。排他的な純血至上主義者がひしめく狡猾な場に、彼らがもっとも忌み嫌う『穢れた血』がいるのだ。そりゃあこうなるのは当たり前だろう。

 

「レイブンクローのほうがもっと()()だったがな」

 

 直した教科書をバッグに詰めリランはフンと厭けざった。こんな程度の低い嫌がらせなど昔に比べれば可愛いものだ。痛くも痒くもない。

 動揺を一夜で切り替えたリランは、先ず『分を弁えること』に全力を注いだ。他の寮と波風を立てない、出来るだけ談話室にいない、程々に授業で点を稼ぐなど、キッチリと自分とスリザリンの関係に線引きをしたのだ。

 結果、『利用すべきものはしっかり働かせる』というスリザリンの効率的な思想をしっかり受け継いだ聡い上級生は、既にリランのことなど視野に入れていなかった。

 何かと忙しい貴族は、問題を起こしているわけではない都合のいい格下に構っている暇などないのだ。

 想定していた展開にリランは自画自賛した。本当の地獄を知らない学生が私に勝てるとでも思ってるのか。

 タイツに保温魔法をかけ、朝食を取りに大広間へ向かう。ひそひそと陰口を言うのは先程の稚拙な嫌がらせをした暇な奴らだった。

 テーブルの一番端にすわり、リンゴジュースとバターロールを取る。ベーコンエッグを皿に盛り、頂きますと呟くと野菜スープを飲み込んだ。

 

(コイツらは、どんどん自分が不利になることに気づかないのか?)

 

 しゃくしゃくとコンソメが染みたキャベツを噛みながらリランは思った。トップが放置したのなら、それに従うのが賢い選択だろう。

 つまり現時点でリランを虐めている人間は、純血以外はゴミだと言う言葉にこそ甘やかされているが、上の指示の意味を理解できないと自ら無能の烙印を押しているも同然なのだ。

 

(可哀想にな。もうお前たちは一生下っ端どまりだよ)

 

 冒頭で酷い日々と称したが、人の不幸で飯がうまいなあと思うくらいに彼女は余裕だった。

 長年狂人に虐げられ、腐った愉悦野郎(ピーブズ)と生活したリランは、折れて強くなる骨のように強固な精神を持っていた。

 流石に日刊予言者新聞に自分の記事が載せられていた———「前代未聞のマグル出身スリザリン生!!」———のは堪えたが、実名も性別も伏せられていたことと、ダンブルドアの采配で朝刊のみだったということもあり一ヶ月も経てば野次馬もなりを潜めたので良しとする。

 大体、皆関わりたくないと言うのが多くの生徒の本音であろう。リランも出来れば関わりたくないので何も問題はない。あとは面倒な純血主義の過激派であるがダンブルドアのお膝元で目立ったことは出来まい。

 陰口も嫌がらせにも全くへこたれないリランに、初めはめんどくさそうにしていたセブルス・スネイプも傍観を決め込んでいた。寮監としてどうかと思う行為だが、スネイプとも距離を置きたかったリランとしてはありがたかった。

 クィレルも虐めをとがめて自分に矛先が向くのを恐れたのだろう。一切話しかけて来なかった。流石(クィレル)

 ピーブズも余計な人間もいない! なんて素敵な毎日なんだ。満面の笑みでリランは蜂蜜ヨーグルトを頬張った。

 何やら周りがざわついているがどうでもいい。今は、甘酸っぱさとサラリとした金色が絶妙にマッチしたこの幸せを楽しみたいのだ。

 ベーコンエッグを平らげ、ポーチドエッグに手を伸ばす。トーストに乗せたそれにガブリと噛みつけば、トロトロの黄身がしっとりとパンに絡まり小麦の香りが鼻を抜けた。

 

イギリス(メシマズ)と言えども流石はホグワーツ……!)

 

 幼少期の弊害か、リランは大層な大食らいだった。加えて、初めての食事は日本料理だったこともあり、かなりのグルメ家だ。神経質な彼女が比較的穏やかに過ごせているのは、こうした食のサポートもあるのだろう。

 少しばかり、セドリックが気にかかる。入学式以来会話をしていないが、まあ元気にやっているようだ。彼は元教師の自分から見ても優秀だし、噂の話題が話しかけても迷惑だろう。

 自分の中に、巣立つ生徒を見送るような感傷が未だにあったことに驚いていたリランだが、雰囲気の悪さが肌に染み込んできたことに手を止めた。そして、先程から敢えて無視をしていた視線に大義そうに目を向けた。

 

「おい! マグル生まれごときが生意気だぞ……!」

「呑気に食事なんて……ホント野蛮ね!」

 

 如何にも虐めっ子ですといった傲慢な顔つきの男女がリランの正面に座っていた。馬鹿丸出しの取り巻きには、同室の女生徒の姿もある。

 早朝とはいえ、大広間には人がかなりいる。しかし、上座に座る教師陣はまだこの騒ぎに気付いてない。リランの席の周りに座り込んだ取り巻きによって、遮られているからだ。スリザリンの上級生は野次馬を決め込みせせら笑っている。

 

(高みの見物……卑怯な連中だ)

 

 至福の時間を邪魔した上、こんな美少女をいたぶるとは。余程性根が捻じ曲がっているらしい。他の寮も傍観していることに、リランは場違いにもスリザリンの嫌われっぷりを笑いたくなった。

 罵倒など聞こえなかったと言わんばかりに、リランは真顔で人参スティックを貪った。『穢れた血』やら『遥かに劣った生き物』やら稚拙な暴言が耳をすり抜けていく。

 こういうのは相手にしたら負けだ。じきに教師も気付く。虫と同じである。蝉と一緒だ。放置すれば勝手に死ぬ。

 経験上、リランは無反応を貫くことにした。ぼうっと考えるのは好感度が急上昇の日本だ。

 日本と言えば、この前食べた焼き芋が美味しかった。屋敷の落ち葉でじっくりと焼き上げたサツマイモが、ねっとり上顎に絡みついて最高だった。素朴なのに凄い。

 ピーブズはホクホクのほうが好きらしく、一度言い争いになったが、焼きおにぎりによって停戦協定を結んだ。

 醤油の香ばしさが、米のお焦げに馴染んでハフハフ放り込めばキュンと心臓が痛くなる。『チーズをかけよう』とピーブズが言ったとき、味覚が薄いくせに面倒な奴だったと思っていたリランは、その時ばかりだけポルターガイストが神々しく見えた。

 

(不味い、涎が出てきた)

 

 あまりの退屈さに、リランは記憶のご馳走に舌鼓を打ってしまった。

 だが無理に堪えたのが良くなかったのだろう。半端な躊躇のせいで彼らには舌打ちに聞こえたらしい。酷くいきり立っている。結構なことだ。

 スッと静かになる周囲に大袈裟だなと思うが、そう言えば今まで抵抗というものをしてこなかったかもしれない。けれどリランはそう焦ってはいなかった。

 

(そろそろ潮時だろう)

 

 慣れているとはいえ、ムカつくものはムカつく。うっとおしいことこの上ないし、成績の嫉妬による嫌がらせなんぞは阿保らしくて仕方がなかった。毎回、所持品に守りの呪文をかけるのも面倒くさい。

 大体、黙ってやられる筋合いもない。

 忍耐力はあるがそれは自分に関してだけ。リランの本質はクィレルの頃と一切変わっていなかった。

 

(成程、これは帽子もハッフルパフには入れないな)

 

 グイっと口元を拭ったリランは、目の前のスリザリン生(クソガキ達)にお灸を据えることにした。

 

 

 

 

 

 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 

 

 

 

 ———セドリック・ディゴリーにとってリラン・エアクイルという少女は『初めての同級生』だった。

 九月一日の朝。早々にキングズ・クロス駅についたセドリックは、汽車のなかを探検していた。きっとこれだけ空いているのは珍しいだろうという魂胆からの行動だった。

 

「あれ……? なんか凄い静かだなあ」

 

 後列までやって来たセドリックは、異様に静かな車両を訝しんだ。心なしか薄暗い気もする。

 これは何かあるに違いないと、両親に一言声をかけた彼は好奇心のままコンパートメントを探った。

 そして一番後ろの一室でリランと出会ったのである。

 静寂に満ちた後部車両はどこか静謐で、しかし確かな人の気配があった。同時にザワザワと遠くから聞こえる生徒達の声に、セドリックは席をあらかじめとっておけばよかったと歯噛みする。

 これだけ静かな場所を選ぶということはきっと一人が好きな人だろう。しかし背に腹は変えられない。申し訳ないが相席を願おうとセドリックは伺いと共に扉を開けた。

 そこには浮世離れした美しさの少女が一人佇んでいた。

 差し込む陽光に揺れる柔らかな頭髪は冬の空色をしている。雪のような白い肌に上品な桜色の薄い唇、ビスクドールじみたリランの姿に惚けていたセドリックが、すぐさまに話しかけることが出来たのは、見慣れぬ文字が書かれたお菓子の袋を抱える姿に拍子抜けしたからだった。

 リランは外見通りおしとやかな性格だった。伏し目がちの切れ長な茶色い瞳は、冷徹な印象だったが耳心地の良い丁寧な発音と優しげな相槌、なによりその眼差しがとても暖かかった。

 案外人見知りをしてしまうセドリックは、ホッと肩の力を抜き気付けば聞き上手なリランと普段の無口が嘘のように会話を続けていた。尊敬する父のこと、クィディッチのシーカーになりたいこと、少し学校生活が不安なこと。

 マグル生まれだと驚いてしまった時も、嫌な顔をせずに笑ってくれた。あんまりにも綺麗な笑みにセドリックはドキドキと胸が高まり、勢いで一緒の寮に入りたいなどと言ってしまった。

 ホグワーツ城へ向かう際に、違う寮でも仲良くしたいと伝えるとリランはこくんと頷いてくれた。自分も緊張しているだろうに。心使いがくすぐったかった。

 だから、組み分け儀式のリランの顔がとても痛ましかった。

 勤勉な彼女は汽車での会話で、ある程度魔法界について調べたと言っていた。それはスリザリンがどんな寮かも知っているということだ。

 自分の組み分けの最中もセドリックはリランが気掛かりだった。

 翌日、瞬く間に広まったリランの噂にセドリックは泣きたくなった。

 開校以来初の『マグル生まれのスリザリン生』というレッテルを貼られた彼女に、セドリックは何を言えばいいか分からなかった。

 自分だけ望んだ場所にいけた罪悪感で、とてもではないが話しかけることができなかった。

 結局、悩んだまま三週間近くが過ぎたある日の夕食後、セドリックはたまたま先生達の会話に遭遇した。そこで初めてリランが虐められていることを知ったのだ。

 

『セブルス……これではエアクイルがあまりにも可哀想です。貴方の寮生でしょうに、傍観などもってのほかです……!』

『失敬、彼女から虐めの相談など受けていないのに何をしろと?』

 

 リランが虐められている? あの優しくて聡明な女の子が? 

 セドリックはしばらく動くことが出来なかった。リランの境遇にショックを覚えると同時に、それを知らなかった自分に怒りが湧いた。

 廊下で見かけた真っ直ぐな背筋はきっと泣いていたのだ。涼やかな眼差しは助けを求めていたのだ。セドリックの脳裏に何気ないリランの姿が浮かんでは消えていく。

 

「僕はなんてひどい奴なんだ……!」

 

 自己嫌悪とそれ以上の勇気がセドリックの内に燃え上がる。

 

「明日の朝食で、絶対に話しかけよう……!」

 

 噂も人目ももう気にしない。何より、怖気づいて友達を悲しませるなんてハッフルパフの名折れだ。

 

 ▼▽▼

 

 熱い決意を胸にしたセドリックは、翌日の朝、寝ぼけまなこの友人を置いていく勢いで大広間に向かった。まばらな人の群れに柔らかなブルージュ色は見当たらない。

 落胆しつつも、やって来たリランにセドリックは近づこうと席を立とうとした。しかし、突然スリザリン生がリランを取り囲んでしまった。

 

 ———自分より体の大きい先輩達が何だ! 僕が君を助けるんだ! 

 

 セドリックは勇気を振り絞ってスリザリンの長机に歩いていった。ただ見るだけの人間じゃない。自分は彼女の友人なのだ。

 

「やめろ! よってたかって何をしてるんだ!」

 

 罵倒の渦にセドリックの声が飛び込んだ。ギロリと睨み付ける視線を負けじと見返してやる。

 

「ハッ! ハッフルパフの王子サマが穢れた血ごときに何のようだい?」

「リランのことをそんな風に言うな!!」

 

 怖くてたまらなかったが、それ以上にリランを貶める言葉が許せなかった。肩をどつかれても、セドリックは何も言わないリランのほうが心配だった。

 泣いてるのか。怯えているのか。彼女の涙なんて絶対に見たくない。

 流石に喧騒に気づいたのか、周囲が湧きだった。教師がこのまま気づいてくれば上出来だ。胸倉を掴まれたセドリックが殴られる覚悟を決めたその時だった。

 ———凍えるような舌打ちが鋭く広間に響いた。

 

「いい加減にしてください」

 

 リランが静かな怒気を漲らせ言い放った。

 決して大きな声ではないそれは、ガラスのように透き通り鋭利に突き刺さった。先程までの無反応な様子から信じられない程の強い意思だった。

 

「これ以上、己の品位を墜としてどうする」

 

 纏う空気と裏腹に、温度のない平淡な一言だった。

 固まるスリザリン生に構わず、リランは周囲に視線を配りセドリックを見た。琥珀とメープルシロップを混ぜ込んだ、輝く茶水晶がパチリと瞬く。

 

「セドリック」

 

 戸惑うような幼い声色が儚く紡がれる。セドリックは堪らなくなって、リランの手を掴み取った。細くて柔らかで冷えた指先が小さく震えている。自分の体温を移すようにそっと掌を撫で、セドリックは意を決し口を開いた。

 

「リラン……ごめん! ずっと、ずっと君を一人ぼっちにさせちゃって……ぼくはッ、ぼくは……」

 

 ———僕は君の友達なのに

「わかってます。ちゃんと貴方の気持ちは伝わっています」

「———ッッ!!」

 

 やっぱり怖くて口を噤んでしまったのに。リランは聞こえていると微笑んでくれた。自分より少し上にあるリランの瞳は優しく揺れている。春の木漏れ日のように控えめで、しかし安心する暖かさだった。

 

「っうあ……ご、ごめん、ごめん、ねぇ……ッ」

 

 ———このとき、セドリックが人目も憚らず声を上げて泣いてしまったことは、これから先かなり揶揄われることになるのだが、この時ばかりは仕方がなかったと思うのだ。




格好つけて全て英語でサブタイつけたけど考えるのが大変

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。