【13】
数奇な運命に立たされる人間は、どんな基準で選ばれているのだろうか。
悲惨な過去を持つ者? 邪悪な思惑を抱える者? はたまた本当に巻き込まれただけの人物?
否、リラン・エアクイルはその全てが違うと思っている。それどころか運命というものも信じていない。理由は単純。彼女がそれに立たされた選出者であるからだ。
リランの魂には、愚行と罪を重ねた男、クィリナス・クィレルの記憶が刻まれていた。それならば、過去を保持したまま人生をやり直す彼女の行く末というのは、中々に運命的で上記に当てはまるシナリオだろう。事実、それは否定できない。
だが、リランは頑なに運命を拒絶し認めなかった。悪趣味なポルターガイストの気まぐれで、呪いの舞台を演じさせられている今を、死んでも悲劇のマリオネットになる未来を。自分の『物語』で片付けたくはないのだ。
自分は本来ならば消え失せる筈の存在で、とっとと倒され立ち去るべきの脇役だったのに。何がどうして! 経験値稼ぎのモブキャストが世界の不条理に目をつけられるのだ! 認めない、頑としてリランははねのける。惨く苦しい思いをした美少女なんて誰がどう見ても悲劇の主人公だが、絶対に受け入れてなるものか!
だってそんなの、あんまりにも惨い。運命=生易しくないの図式は、今年入学する英雄ハリー・ポッターが証明している。
「絶対に嫌だ……!」
「え? リラン、君何か言ったかい?」
「いえ、お気になさらずに」
何とも見苦しい壮大な駄々こねをぶちまけていたリランはこぼれた本音を誤魔化した。セドリックは不思議そうにしていたがリランの笑みに納得したのか話を続けた。
三年生にもなってこんなに騙されやすくて平気なのかと、リランは楽しげに語るセドリックを胡乱げに見やった。柔らかな黒髪にグレーの甘い瞳、人懐っこいハニーフェイスと成長期の少年特有の色気のような雰囲気は実に魅力に溢れている。
性格もまた大変に誠実で心優しく成績も優秀。去年からクィディッチのチームにも加入しておりまさしく非の打ち所がない。ハッフルパフの王子様は伊達じゃないなとリランは眩しそうに目を細めた。
これほどまでの優良物件をホグワーツの女生徒達が放っておく訳もなく、少なくとも学生の間は恋愛経験に困らないだろう。全くもって憎たらしい。
しかしリランが最も近寄りたくない人種である彼をこっぴどく無下にしていないことは同じコンパートメントにいることからして一目瞭然である。
セドリックとは一年生の列車の旅で少し話した程度であり、少々トラブルはあったもののその後は特に何をしたという訳でもない。しかしその僅かな会合で随分と懐かれていたらしく、セドリックは寮の隔たりに臆せずに隙さえあれば接触を試みてきた。
初めは何度も振り払ったのだ。自分はハグレ者のスリザリンだから無理に構わなくて良いと幾度も伝え、迷惑であることも言った。しかし流石は忍耐力のハッフルパフ。その熱心さと仔犬の様な健気さにリランが折れるまで彼は諦めなかったのだ。
本当に面倒くさいのに、純粋無垢というものにどうにもリランは弱かった。これではどちらが擦り込まれたのかわかりはしない。
(こんなはずじゃなかったのにな)
遠い目をしたリランは窓の外を見やった。ガタンゴトンという汽車の振動は二年前と同じく緩やかだが、窓に映り込む自分の姿は確実に時の流れを感じさせた。
切長く冴えた茶水晶の瞳と軽やかなブルージュの髪を肩まで伸ばした、ビスクドールのような少女がこちらを見つめている。妖精のような繊細な美しさは惚れ惚れするほど麗しい。
リランがセドリックのような完璧超人のそばにいても致命的なまでに絶望しないのはこの容姿のお陰もあった。何せ自他共に認める学校一の美少女なのだ。誇らないわけがない。
顔が良いと大体のことは乗り越えられるが、記憶の中の怒涛の日々の多くは例えタイプのツラを持とうともそう簡単に消費できるような代物ではなかった。
この疲労感は確実にウィーズリーの双子、フレッドとジョージが原因に違いない。やはりあの時無視すれば良かった。いくらリランが悔やんでも、激情に駆られピーブズをしばき倒す様を目撃された事実は変えられない。
あのポルターガイストがところかまわず奇襲を仕掛けてきたおかげで
(つまり爆発した私は悪くない)
後悔を暴論に投げ捨てセドリックに相槌を打ちながら、リランは彼が興奮気味に話す『生き残った男の子』の話題に脳みそを回した。
去年、無事に闇の帝王と接触を果たしたクィレルは更に酷いどもり癖を獲得し、前世と同じ行動を取っている。特に記憶との違いはない現状にリランは少なからず安心していた。
何とかクィレルには授業以外で関わらないでいられたが、二年間のスケジュールはリランの理想とはかけ離れてしまった。要注意人物が唯一思い通りになっている現時点を何とか維持したい。暗雲立ち込める願望だが、今のところ順調に進んでいる。
「あのハリー・ポッターと同じ汽車に乗っていると思うと凄いドキドキするなあ!」
「私も同感です」
「へー! リランでも緊張するんだね」
「失礼な。私をなんだと思ってるんですか」
「凄い優しくて、凄いカッコよくて、凄く凄い人」
「あなたそんなに語彙が乏しかったんですね」
辛辣な返しにも頬を緩ませるセドリックがリランは居た堪れなかった。これがイケメンの余裕かと苛立つが、英雄入学という押しの強い字面が勝った。
———直接的な死の要因ではないが、ハリー・ポッターには近づきたくない
不安な心を写すかのようにコンパートメントのランプがチリリと頭上で瞬いた。
▼▽▼▽▼▽▼▽▼
「グリフィンドールッッッ!!」
組み分け帽子が叫んだ獅子の寮に、張りつめた沈黙を破り捨てる歓声が轟いた。英雄を取ったと騒ぎたてる様は寮杯で優勝したかの勢いだ。
「……」
次の組み分けを行う新入生が完全に萎縮してしまっている。頑張れと無責任な応援を送ったリランは、いつの間にか止まっていた呼吸をソロリと吐き出した。
絶対に有り得ないが、もしスリザリンなんぞに入られていたら関わらざるを得ないだろう。こちとらそんな悪夢はお断わりだ。よくやったぞクソ帽子。ナイスな判断だ。
一番の不安要素が消えた今、リランの心は早く寮に帰りたいという気持に移り変わっていた。スリザリン生との接触を徹底的に避けている身としては、一緒の席に着かなければいけない学校行事など苦痛でしかないのだ。
「そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」
日本の漫画で見たが、校長の話というものは大体長いらしい。我が校のダンブルドアは短くて助かるなと、大皿に現れたポテトサラダを山盛りにしながらリランは思った。一番後ろの端にいるが、周りに誰も座っていないので思う存分に食事が出来る。
クランベリーソースのかかったステーキは、ナイフを乗せるだけで切れるほど柔らかい。したたる肉汁をブリオッシュに絡め、付け合わせの玉ねぎとともに一気に掻っ込めば、信じられないくらいの幸福感が押し寄せた。ローストチキンは表面がパリパリ、中はもっちりジューシーだが、ニンニクとハーブのおかげでくどすぎずに美味い。リランは切実に米が食べたかった。この丸パンも最高だが、米粒をどっしりと口いっぱいに頬張りたいのだ。
「あーあ、ご馳走に夢中になっちゃうなんて案外余裕があるのかい?」
「……何のようですか」
「リス見たいな顔で凄まれても怖くないよ、じゃじゃ馬ぁ!」
憎たらしいクズ野郎の登場に、一気に気持ちが降下した。
本気でぶん殴りたいが、今は目立ちたくない。リランの晩餐を邪魔するだけなら、わざわざ血みどろ男爵の寮にコイツは近づかない。一体何の用だと睨み付ければ、ピーブズはグリフィンドールの机に顎をしゃくった。
パチリ
振り返ればエメラルドグリーンの瞳とかち合った。アーモンドの形の良い双眸はリランの視線に戸惑っている。目を逸らした彼は、両隣に座る赤髪のっぽのの体格がよいほうに何やら尋ね、もう一度こちらを見つめてきた。
ハリー・ポッターとがっつり顔を見合わせている実状にリランは固まった。
(は? え、何だこの状況……? え? いや、えぇ……?)
リランの脳内は、しょっぱなから計画が打ち壊された事実に宇宙が誕生していた。更に、緊張が高まりすぎたことで、今まで碌に人と目を合わせたことのない弊害に牙を剥かれ泡を吹きそうだった。
目を逸らしていいのか、というかガンを飛ばされているのでは? むしろ怪しまれている?
(なにそれこわい)
余計な憶測だと分かっているのに、失せたはずの
笑っといたから平気だよな? 平気? 平気? かと、心をチクチク抉られる感覚を誤魔化すように桃のゼリーを口に運んだ。
「えぇっ! 割とマジで余裕じゃん! つまんな———ってナイフは駄目だろ」
ひゅんと我に返ったリランは、まんまと己を嵌めたポルターガイストの足首をバターナイフで殴りつけた。が、相手は幽霊である。おちょくるばかりのピーブズは血みどろ男爵を呼ぼうとするリランを慌てて引き留めた。
「待て待てまって! ふざけたワケじゃないってば! ほら、皆見てるよ? 落ち着こう!」
「……」
声に出すのも憚られる罵倒を飲み込み、リランはピーブズの言葉を待った。リランとピーブズの相性の悪さは学校内で密かに目立っているのだ。本当に大切な要件でなければ殺すぞと念を込めた眼差しにピーブズはそっと耳元で囁いた。
「ハリー・ポッターはね、さっき来賓席を見てたんだ。わかる? クィレルだよ、それで額の傷をさすって、それからお前の方を見た」
「っ」
刹那、リランの背筋に悪寒が走った。
味覚が失せ、全身の血がザアッと臆病な思考に流れていく。事態を探ろうと急速に思考回路が動き出した。
ハリー・ポッターは、禁じられた森の遭遇時も石を奪おうとしたときにも、頭を押さえていた。恐らくそれは、クィレルの頭部にある闇の帝王による限定的な頭痛によるものだろう。
問題はここからだ。彼は『クィレルを見た後にリランをみた』のだ。
前世であの少年は、賢者の石を狙う人間の名にクィリナス・クィレルをあげていた。スネイプの悪印象に彼の思考は乱れたが、少なくとも一度は怪しんでいた。結果としてクィレルはまごうことなき悪だったのだから、英雄の本能は侮れない。
以上を前提とした上で、今さっき何故あれだけハリー・ポッターはこちらを凝視していたのかを考えてみる。導き出された答えにリランは吐き出しそうになった。
「なあリラン」
血みどろ男爵の気配にスッと浮かび上がったピーブズは、いつもの甲高い声を潜め、らしくない素振りで口を開いた。
「ここはお前のいた過去じゃあないんだぜ?」
———そんなこともうわかっている
震える指先を握りしめてギュッと目を瞑る。ぼやけた周りの声が頭の中の混乱に拍車をかけた。
(きっと勘違いだ。考え過ぎだ。英雄といえどもただの11歳だぞ?)
懸命に落ち着きを取り戻そうと前を見やるが、リランの心臓には悪霊の去り際の一言が重たく圧し掛かっていた。
目の前の豪華な食事ももう楽しめそうにない。