Q or…?   作:涛子

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【14】”He”aling&”Her”o(「彼」の癒しと「彼女の」英雄)

 ホグワーツでのリランの朝は早い。

 寮の誰よりも早く起床し、検知不可能拡大呪文を掛けたカバンを持ってさっさとベッドを離れる。

 強引な部屋換えによって変わったルームメイトの四人は、スリザリンにしては控えめな性格の為、荷物を荒らす真似はしないと思うが念には念だ。

 変に騒ぎ立てては彼女たちが起きてしまう。無理に顔を合わせる必要もないとリランは滑るように談話室から出た。

 薄暗く冷えびえとした地下牢を抜け、足早に廊下を進んでいく。窓ガラスを照らす太陽の位置はまだ低く、冬の気配が感じられた。寒さに指先をセーターの袖に引っ込めたリランは、厨房のある地下廊下へと向かった。

 かじかむ手で梨の絵画を擽ればドアノブがひょっこりと現れた。緩んだ頬を申し訳程度に引き締めたリランは、ノックと同時に扉を開けた。

 

「おはようございます。エアクイル様!」

「皆さんエアクイル様がいらしてくださいましたよ!」

「おはようございます! お嬢様! 丁度パンが焼き上がったところです!」

 

 ドアを開けた瞬間、鼻腔をくすぐる美味しい匂いがリランを包み込んだ。足を踏み入れるか入れないうちに、朝食を作るしもべ妖精たちにたちまち囲まれる。

 

「いつも美味しい食事をありがとうございます」

「そんな! 滅相もない!!」

 

 頭にお盆を載せた妖精にお礼をつげ、リランは厨房の隅の椅子に座り受け取った白パンに齧り付く。

 

(うっっまいなあ……)

 

 ほんのり甘いふわふわとした生地が、舌の上で優しく溶けていく。今日も最高に美味しいぞと意味を込め、目の前のしもべ妖精にリランは微笑んだ。

 途端にキーキー声で喜んだ彼らは、オレンジジュースをコップに注いだり、ソーセージにケチャップをかけたりと至れり尽くせり食べ物を持ってきた。

 ちまちま動く妖精たちはリランの数少ない癒しである。一年生のハロウィーンの頃から厨房を訪れるようになったリランは随分とここに救われている。しもべ妖精たちは自身を肯定してくれる上に、謙虚で神経を逆なですることもない。おまけに爬虫類好きなリランとしては、彼らはとても可愛らしい。

 

「昨夜のご馳走も美味しかったです。ピーブズに何か悪さをされませんでしたか?」

「ええ、大丈夫でございます。私たちが安心して働けるのも、お嬢様がいらしてくれるからです!」

「ああ、泣かないでください……! 私は大したことはしていません」

 

 零れんばかりに涙を浮かべるしもべ妖精にハンカチを渡す。拭ってしまってもいいのだが、彼らには過剰摂取なためこれに留める。

 名前の通り屋敷に努めるしもべ妖精は、意外にもマグル生まれに厳しい。

 そんな彼らにリランがこれほど受け入れて貰えているのは、ポルターガイストへの抑止力だからだろう。

 一刻も早く忘れ去られてほしい、通称『ピーブズ滅多打ち事件』彼らの耳にも入っていたらしく、大変感謝されている。

 学生時代は関わる機会のなかった屋敷しもべ妖精に、打算と言えども接触出来ているのは怪我の功名というやつだろう。

 しみじみとパンをかじっていたリランは、ふと気遣わしく見つめてくる特別に仲の良い(と思っている)しもべ妖精、アンリーの視線に首を傾げた。

 

「何か……?」

「いえ! し、失礼いたしました。その、リラン様のお顔の色があまり優れておりませんのでしたので……」

 

 食べかすでも付けていたのかと思っていたリランは、アンリーの言葉に驚いた。教員も騙せるポーカーフェイスも彼女には効かないらしい。やはりあの恐怖は昨日の今日では忘れられないようだ。

 周りを黙らせるため学年主席を守り続けて、悪霊やらウィーズリーやらイケメンやらに絡まれる日々を送っているリランは心底疲れていた。新学期初日で、えげつない情報量に翻弄された彼女は愛らしいしもべ妖精の思いやりが胸に沁みた。

 

「あのハリー・ポッターがいると思うと中々眠れなくて……」

「成程、それは致し方ありませんね。お水をお持ちしましょうか?」

「いえ、そろそろ戻るので大丈夫です。お仕事頑張ってくださいね」

 

 尚も案じるアンリーを制し、リランは立ち上がった。今の精神状態でこれ以上ここにいると死んでしまう。妖精達に再度お礼を述べ、盛大に見送られながらリランは厨房を後にした。

 何だか色んな意味で疲れた。地下の空気にキリリと気持ちを落ち着ける。

 

(ハリー・ポッターがどんな理由で私に目を付けたかなんていくら考えても仕方がない……。学年も違うのだしそうそう出会うこともないだろう)

 

 手土産に持たされたスコーンをバッグに入れ、リランは自分に言い聞かせた。この世界が記憶と違うものと確定した今、英雄よりもクィレルの動向の方が重要だ。もし暴走なんてされたら呪われたリランが真っ先に被害に合う。

 呪いが満足するまでリランは死ねない。あの地獄をもう一度なんて()()()()ごめんだった。

 

「はあ……」

 

 ———とにかくやるしかない

 

 リランは気合いを込めて拳を握った。

 

 

 

 

 

 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 

 

 

 

 

「やあーっと見っけた! ハリー、ロン、彼女がリラン・エアクイルだ!」

「は、初めまして! ハリー・ポッターと言います!」

「ロン・ウィーズリーです!」

 

(どうしてこうなった!!!!!)

 

 リランの心中はこの一言に尽きていた。以前もやったぞこの件!! ワンパターンな呪いだなオイ!!! 

 とめどなく溢れる動揺を堪え、リランははにかむ少年たちに目を向けた。

 いや、薄々察していた。不機嫌なスネイプだったり、寮で憤るドラコ・マルフォイや上機嫌なマクゴナガルの様子から、何となくナ二か(フラグ)が打ち建っていることには気づいていた。

【クィレル】の記憶でも、ハリーを引き連れたマクゴガナルが、授業中にオリバー・ウッドを呼び出した後に大波乱が起きていた。よく覚えている。

 だからこそ、一ヶ月近くもウィーズリー双子を振り払ってきたのに。何故だ。なぜこう上手くいかない。

 この際素通りしようかと思うが、中庭で呼び止められているので人目が痛い。背後のフレッド・ウィーズリーを撒くのも至難の業だろう。ではどうするか。

 

「……初めまして。リラン・エアクイルと言います」

 

 コンマ数秒の熟考でリランが弾き出したのは、『逆に関わる』という打開策だった。今までの逃げの姿勢が良くなかったのかもしれない。呪いとリランはゴムの紐で繋がっているようなものなのだ。離れた分だけ反動が痛いのなら近づいて無効化してしまえばいい。

 

(肉体的に死ぬ可能性が上がったほうがまだマシだ)

 

 度重なるしっぺ返しに、肉を切らせて骨を断つどころか全てを犠牲にする極端な自暴自棄をリランは選んだ。

 

「早々に申し訳ないのですが、私と関わるとその……」

「オイオイ、何水臭いこと言うんだリラン!」

「そうさ! 言いたいヤツには言わせとけばいいんだよ。君がクールなことに変わりはないんだから」

「……相変わらず元気ですね」

 

 ———いやどんな仲だ。お前らグリフィンドールだろうが!! 

 

 衝動のままに双子を湖にぶち込んでやりたい。リランは苛立ちを押さえ何の用件かとジョージに尋ねた。

 

「元気だって? こーんなしょぼくれて今にも倒れそうなのに?」

「僕たちの溢れ出る悲しみが君には見えないのかい?」

「ハリー、君の眼鏡貸してやってくれ」

「うう、吐きそうなくらい気持ちわるいぜ———ってゴメン! ごめん!」

 

 真顔で見つめるリランに双子は冗談を飛ばすのを辞めた。ハリー・ポッターにやられたガン見攻撃はかなり有効な飛び道具らしい。今後も使おうとリランは心に決めた。

 

「ほら、なかなかさ君と会えなかっただろ?」

「ハリーがシーカーになったから、その報告も兼ねての友人紹介ってやつだよ」

「ロニー坊やもハリーも君のことを知りたがってたし」

 

(なにを!! やらかして!! くれたんだ!!!!)

 

 照れくさく笑う双子の善意が全力で恨めしい。友人経由で美少女と知り合うなんぞもう、主人公の典型的な出会いじゃないか。

 ほら喜べよ、お前の好きな悲劇のヒロインが爆誕したぞ。

 怒涛の仕打ちと完全にマークされた現実に、とち狂った感情のまま、リランは柔らかく笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 

 

 

 

「あそこでクィレル先生と話しているのはどなたですか?」

 

 組み分けを終え夢のような時間に浸っていたハリーの心は、鋭く痛んだ額の傷に若干冷めてしまった。

 来賓席に座った男の敵意に溢れた眼差しから逃げ、心配するパーシーを誤魔化すようにあの鉤鼻の先生は誰なのかと訊ねてみる。

 

「おや、クィレル先生はもう知っているんだね。あの人はセブルス・スネイプ先生。魔法薬学の教授だ。……本当はこの学科を教えたくないらしい。クィレルの席を狙ってるって言うのが専らの噂だよ」

 

 通りであんなに怯えているワケだとパーシーは肩をすくめた。ハリーはしばらくスネイプを見つめていたが、二度と彼はこちらを見なかった。

 そのまま何となくスリザリンの机を見つめていたハリーは、長机の一番後ろの空席に目がいった。よくよく見ると生徒の影から霞んだ空色が覗いていた。

 

(誰か座っている……?)

 

 ハリーは好奇心のままにジッと生徒の頭部を見つめていたが、ふと、その人物がこちらを振り返りパチリと目があった。

 瞬間、ハリーは時が止まったような気がした。

 煮詰めたカラメル色の切れ長の瞳が逸らされることなく静かに瞬く。真っ白い肌と冬の空の髪が砂糖菓子のようだ。蝋燭の光が少女の睫毛に煌めいたとき、ハッとハリーは我に返った。

 

「パーシー、スリザリンの席に座ってる青い髪の人って……」

「ああ、リラン・エアクイルのことかい?」

 

 リラン。どこかで聞いたことがある名前だ。思い出そうと再び彼女の方を見ると、柔らかく微笑んで向き直ってしまった。

 妖精のような少女の雰囲気に惚けていたハリーは、パーシーに話を聞こうと声をかけた。しかし、皿の上の料理が消え静まり返った大広間に機会を逃してしまう。

 結局ハリーが彼女のことを聞き出せたのは、学校生活にやっと慣れた頃、スリザリンと行った飛行訓練の騒動の後だった。

 

 

 ▼▽▼

 

『おい、ロン、俺たちは真ん中の車両まで行くからな。なんせリー・ジョーダンのでっかいタランチュラを見に行かなきゃならない』

『それにもしかしたらリランも居るかもしれないし……。あ、そうだ自己紹介はしてたっけ? 俺……じゃなくて僕たちはフレッドとジョージ! そこに居るロンの兄貴だ』

『じゃ、またあとでなハリー!』

 

「あ!!!」

 

 怒涛の連続にすっかり疲れ切っていたハリーは、掻き込んでいたステーキ・キドニーパイを飲み込んだ瞬間、唐突に思い出した。

 かなり素っ頓狂な声を出してしまったと慌てて隣を見やるが、百年ぶりのシーカーという事実をハリー以上に噛み締めていたロンは感動のあまり気づいていないようだった。

 

(……良かった、変なところは見られていないみたい)

 

 ほっと胸を撫で下ろしたハリーはじっくりと思考を巡らせる。

 そうだ、リラン、彼女の名前はロンと初めて話したあのコンパートメントで聞き覚えがあったのだ。ようやくひっかかりがとれたとスッキリしたが、今度は双子とリランの関係が気になってくる。

 どうしたものかとパイを咀嚼していると、僥倖なことにウィーズリーの双子がホールへと駆け込んできた。興奮した様子の彼らは、ハリーがシーカーになったことを褒め称え、クィディッチ・カップは手に入ったも同然だと笑っていた。

 話が一段落着いたところで、2人がまたどこかに行かないうちに思い切ってウィーズリーの双子に尋ねてみた。

 

「ねえ、フレッド! 汽車で君たちが言ってたリラン……あっ、パーシーからも聞いたんだけど彼女って、珍しい髪色をしてるスリザリンの女の人だよね?」

「ああ、そうさ! 彼女こそが僕たちのマドンナにしてベストクールガールのリランさ!」

「最近会えてなくってさ、君、いつ彼女を見かけたんだい?」

 

 彼女の名前に一層と破顔したフレッドがジョージと共にハリーの向かいに座りながら首を傾げた。ジョージも残念そうなへの字口である。

 

「入学式の晩餐で目が合ったんだ。ねぇ、彼女ってどんな人なの?」

「スリザリンなんだから嫌な奴に決まってるよ!」

「これだからロニー坊やは……」

 

 正気に戻ったらしいロンの突然の言葉にフレッドとジョージはやれやれと同時にため息をついた。

 更に憤慨するロンを宥めつつも、あんなに優しく微笑む人が意地の悪いスリザリン生と同じ性質の持ち主なのだろうかと、ハリーは疑問に思った。

 

「いいかロンよ。確かにスリザリンはいけ好かない奴ばっかりだ」

「なら、リラン・エアクイルも────」

「いいから聞きな」

 

 やはり堪らず口を挟んだロンの口にジョージが手近にあったロールパンを突っ込んだ。もがもがと呻く弟に構わずフレッドが話を続ける。ハリーも黙って耳を傾けた。

 

「僕たちは三年間ここで過ごして改めてスリザリンがヤな奴らだって言ってるんだ。耳年増は結構だけどお前はもっと視野を広く持て!」

 

 ホグワーツを語るにはまだまだ早いぜとジョージが小突くのにハリーはドキリとした。そうだ自分も先入観で決めつけている。

 組み分け儀式が終わった後も、無意識に聞いていた全てを鵜呑みにしていたのではないだろうか。マルフォイのことがあったにせよ全員が同じ人間とは限らないのではないのだろうか。

 

「いいかロン。リランはな、……マグル生まれなんだよ」

 

 フレッドが言うや否や、ロンはあんぐりと口を開けた。自分に対しショックを受けていたハリーはイマイチ理解が追いつかなかった。その様子にジョージが彼女は物凄く窮屈に毎日を過ごしてるんだと、簡単に噛み砕いた補足を加えてくれる。

 

「酷いもんだったぜ? しょっちゅう教科書なんかもぐちゃぐちゃにされててさ。しかも彼女、すっげえ美人だろ? 女の僻みも合わさって可哀想だのなんのって……」

「端っこの方だけど日刊預言者新聞にも乗せられちまってたな、実名報道はされてなかったけど好き勝手な投書もあった。……僕たちも最初はスリザリンだからって気にしてなかった。今思うと最低だよなあ」

 

 普段のお調子者な姿とは違う彼らの初めてみる姿にハリーは息をのんだ。リランを取り巻く実情と壮絶な境遇を自分の過去と重ね合わせ、思案に耽った。

 叔母さんにはキッチンバサミで頭をくりくりにされ、叔父さんには不平不満の捌け口にされ、ダドリーにとっては都合の良いサンドバッグ扱い。

 学校ではダブダブのお古の服に壊れたボロのメガネをかけたおかしなハリー・ポッター。何をするのも上手くいかない全くまとも(……)ではない妙チキりんないじめられっ子が自分のレッテルでステータスで。

 誰にも相手にされない苦しみ、誰かの鬱憤を理不尽に受ける苦しみ……もう二度とあんな思いはゴメンだった。

 

(僕には魔法があったから自由になれたけれど、彼女は魔法に振り回されている……)

 

 文字通りスリザリン生の、否、魔法界の顔も見たことのない純血主義者達からの受ける差別と憎悪。少し考えただけでも腹の奥がドロドロと渦巻き、ハリーは今すぐにでも走り出したいような、居ても立っても居られない感覚に囚われた。

 いつしか周りに座っていたグリフィンドールの一年生も、話に聞き入っていた。ロンも神妙な顔つきで続きを促していた。

 

「ここからが彼女がクールたる所以の話さ」

「そして僕たちの友情物語も始まる」

 

 湿っぽい空気を一蹴し、ニヤリと得意げに笑った彼らは軽快に喋りだした。

 

「リランはまじでサイコーに強い女の子だった! 涙の一つも見せないで、授業でバンバン虐めっ子どもにやり返して、いまや学年の出席! 一番点数を稼いでるんだ」

「あの身も凍えるくらいの無視っぷりは凄まじいモンだったぜ? 雪女も真っ青な睨みもかましてた。ホントに凄いぜ、彼女にとっちゃ全部がA storm in a teacup(ティーカップの中の嵐)! 大した問題じゃなかったんだ」

 

 確かにあの整った顔で凄まれたらハリーはきっと動けないだろう。リランの予想以上の精神力はとてもではないが真似できそうにない。身振り手振りを交えた双子の語りは佳境を迎えた。

 

「何やっても顔色一つ変えないリランに痺れを切らしたんだろう。スリザリン生は、ある日朝食の席でケンカを売った。卑怯なことに集団での囲い込み!」

「あんまり人がいなくって、気づいたらそうなってたから僕たちも止めようが無かったんだが……」

「そこにハッフルパフの王子様セドリック・ディゴリーが現れた!」

 

 皆一斉にハッフルパフを見やった。リランに味方がいたことにホッと息を吐き、それで彼女はどうなったのだろうとハリー達はいつの間にか拳を握りしめていた。

 

「ディゴリーはデカい上級生にも勇敢に立ち向かった! でも王子様は簡単に跳ね飛ばされて胸ぐらをひっつかまれてしまった。もうダメだ! その場で気づいてた人間は皆そう思ったね」

「けどそんなピンチをリランが救った」

「『これ以上己の品位を貶めてどうする』」

「たった一言。それだけで彼女はスリザリンを黙らせた」

「魔法も暴力も使わないでの落し前のつけ方さ」

「サイコーにクールだったぜ」

 

 締めくくられた言葉のとおりだった。勇猛果敢で、忍耐強く、賢く、侮れない。同い年だった当時の彼女は素晴らしく格好いい人間だった。

 感心すると同時にハリーは先ほどまでの自分が恥ずかしくなった。

 パンを飲み込んだロンが、双子との友情を問うまでハリーは羞恥心と尊敬とため息をぎゅっと堪えていた。

 

「これだけ聞いたら完璧超人なエアクイル様だけど、彼女だって人間だった、ただの普通の女の子だったぜ」

 

 フォークにブロッコリーを突き刺したジョージは、心底面白そうに笑っていた。フレッドもふにゃふにゃと口元をヒクつかせている。どうやらコレが彼らとリランの友愛のきっかけのようだ。

 

「ある日の小春日和のことだ。廊下を歩いていた僕たちはお前らも散々迷惑してるピーブズの悲鳴に驚いた」

「え? あのチョークを投げてきたり後ろから鼻を摘んできたりするポルターガイストの悲鳴!?」

 

 ロンの驚きに同意するように周りの一年生やら寮生が首を傾げたり、目を見開いている。ハリーもまたあの幽霊に散々煮湯を飲まされた覚えがある為、かなり動揺した。

 

「そうさあのクソッタレの悲鳴なんて精々、血みどろ男爵以外に聞いたことがない!! こいつは何事だろうとコッソリ覗いたそこで僕たちは信じられないものを目にした」

「ま、まさか……!」

 

 何かを察したハリーは双子の煽りにつられて声に出してしまう。その反応に堪えきれないと噴きだしたフレッドをジョージがはたいた。

 

「そのまさかだよハリー。そう、僕らが見たのは……ぼっこぼこにピーブズをぶん殴るリラン・エアクイルの姿だったのさ!!」

 

 真剣な表情で告げられた衝撃の事実に、一瞬グリフィンドール生が静かになり、そしてドッと笑いの渦が巻き起こった。

 

「わははっ! 以上が僕たちの親友の話だ。満足したかいハリー?」

「うん!! 教えてくれてありがとう二人とも」

「リランは忙しいから中々見つかんないけどいつかちゃんと紹介するよ。それじゃあ僕たちはこの辺で。楽しい夕食を!」

「リー・ジョーダンが学校を出る秘密の抜け道を見つけたっていうんだ。きっと、『おべんちゃらのグレゴリー』の銅像の裏にあるヤツさ。じゃ、またな」

 

 足早に立ち去った双子を見送ったハリーはロンと顔を見合わせた。何が何だか分からない心境で、お互い呆然としている。

 そして数秒後、じわじわと再び溜まった笑いに弾かれたように二人は笑い出した。

 だが、満足に笑いきらないうちに会いたくもない顔が現れた。クラッブとゴイルを従えたマルフォイだった。

 

 ▼▽▼

 

 売り言葉に買い言葉、とんとん拍子に決まった真夜中の決闘にハリーは血気に逸っていた。夕食後、付きっきりで魔法使いの戦いの知恵をつけてくれたロンもとても興奮している。

 

『最後の食事を楽しんでいるようで何よりだよポッター。穢れた血……おっと失礼、食事中に言うものではなかった! 彼女と仲良くなりたいのなら、マグル界行きの汽車の旅なんて良いんじゃないかと思うよ、今夜にでも出るんだろ?』

 

 飛行訓練に関しては突っ掛かられることを予想していた。が、よりにもよって奴は今やあの場にいたグリフィンドール生の多くの賞賛を集めた尊敬すべきリラン・エアクイルをコケにしたのである。

「穢れた血」と言う言葉の意味はよく分からなかったが、リランに対して懐疑的だったロンがソーセージを滅多刺しにする程に憤るくらい酷い単語だと言うことで充分だった。

 真夜中の外出に関してのハーマイオニー・グレンジャーの忠告はもっともなことだと思ったが、厭けざるマルフォイの顔を叩きのめせるまたとないチャンスを見過ごすわけにはいかなかった。何より、リランの名誉と彼女の言葉が強く胸の奥で燃えさかっているのだ、止められるわけがない。

 ハリーは、ずっと一人だった。だが今は違う。ダドリーに虐められていた自分を、マルフォイに揶揄われ誇りを汚された自分をハリーは変えたかった。

 

「ロン、絶対にぶちのめすよ」

「もちのロンだよハリー!!」

 

 しかしそうは問屋が下さない。

 約束の時間、ハーマイオニーとネビルの余計なお荷物を抱えて、トロフィー室についてみればまんまとマルフォイに騙されたという始末。

 挙句の果てにピーブズに見つかる有様だったが、ロンの『リラン・エアクイルに言いつけるぞ』が功を奏し何と、フィルチから逃げる手助けをしてくれた。エアクイル様様である。

 ハーマイオニーの呪文で開いた部屋に雪崩れ込んだ四人は、息を殺してフィルチが去るのを待っていた。悪態とともに消えた気配に、やっと帰れると安堵していたハリー達は、三頭犬による死の恐怖に脅かされやっとのことで八階の寮にたどり着いたのだ。

 初めての冒険は散々な結果で、寮の得点どころか命を落とすものだった。だがそれ以上に、あの決断が無謀に終わらず、マルフォイの卑劣さを証明できたことへの充足感に溢れていた。

 次の日、ロンと一緒に昨夜の出来事について意見を交わしながら大広間に向かったハリーは、マルフォイの鳩が豆鉄砲を食ったような顔に笑い出しそうになった。

 三頭犬と仕掛け扉に何が隠されているかネビルとハーマイオニーは無関心だった。ネビルは三頭犬がトラウマになっているしハーマイオニーはハリー達と口も聞かなかった。

 ハリーとしては、お節介な知ったかぶりに指図されないことに清々していた。今やハリーとロンの想いはリラン・エアクイルに近づくことと、どうやってマルフォイに仕返しをするかでいっぱいだった。

 そのチャンスは両方とも一週間後に訪れた。コノハズクに運ばれてきたニンバス2000はマクゴナガルからの贈り物で、マルフォイが何も言い返せないのが最高にスッキリした。一時限目が始まる前にロンとコッソリみたニンバスは箒を全く知らないハリーでも素晴らしい出来だと分かった。

 興奮冷めやらぬまま浮ついた気持ちで午前中の授業を受けたハリーは、昼食を取るため大広間に向かう途中、フレッドとジョージの双子に呼び止められた、

 

「やあハリー! あ、ロンもいるな?」

「今少し時間を取れるかい?」

「いいけど、一体何だって言うんだい?」

 

 答える間もなく連れ出されたハリーとロンの疑問は、中庭に着いた途端一気に吹き飛んだ。

 ブルージュの髪と華奢な体躯、ブーツとタイツに包まれた長い脚。輝くカラメル色の甘い瞳、……間違いなく、リラン・エアクイルがそこには立っていた。

 

 ▼▽▼

 

「やあーっと見っけた! ハリー、ロン、彼女がリラン・エアクイルだ!」

「は、初めまして! ハリー・ポッターと言います!」

「ロン・ウィーズリーです!」

 

 憧れの人物を前に緊張するハリー達を知って知らずか双子は勢い良くリランに話しかけた。

 ゆったりと振り向いた彼女は美術品のように整っていて、自己紹介の声がどもってしまった。

 日の下で見る少女はどこもかしこも輝いて見えたし、伏し目がちな瞳が瞬くたび、音を立てているかと思うほどに羽ばたく睫毛が素晴らしく可憐だ。

 

「初めまして。リラン・エアクイルと言います」

 

 穏やかに花びらのような笑みを浮かべた彼女は、透き通った声色で名乗った。心地のよいソプラノにハリーはうっとりと聞き入った。双子の冗談に呆れる顔すら美しい。

 

 ──―ちょっと顔が良すぎるんじゃないかな

 

 やっと話せた喜びとリランのあまりの造形美に、ハリーの頭の中は緊張と困惑が蔓延し、全く語彙のない感想に埋め尽くされていた。

 




リラン「めっちゃ目ぇつけられとるやんけ・・・」
ハリー「めっちゃ美人おるやんけ・・・」



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