Q or…?   作:涛子

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【16】The game starts(試合開始)

 ———米

 

 白く輝く粒だった甘み

 

 ———米

 

 ほわりと立ち昇る優しい匂い

 

 ———米

 

 肉汁を絡め、魚肉を包み、野菜と調和する魅惑の美食

 

 ———米、こめ、嗚呼……白米!! 

 

 極東の小さな島国が誇る食物は、その抜群の包容力でリラン・エアクイルの精神を支えていた。

 びゅうと吹いた木枯らしにリランは口まで覆ったマフラーを更に引き上げ、ぎゅうっと縮こまる。ブツブツと『米』を連呼する様は不信そのものだし、濁った瞳は即効で病院送りの瀕死っぷりだが生憎と彼女は至って正常だった。

 いや、客観的自分の総評(優秀な少女)を維持すべく正常を勤めていたというのが正しいだろう。その為の手段が米というあたり大分狂っているが、それも彼女の心境を考えれば致し方無い。

 彼女が外見通りのか弱い美少女なら医務室なり何なりと今すぐに向かうが、リランの精神年齢は三十路越えの野郎であった。

 無駄にプライドが高く、往生際も悪い拗らせきった童貞。おまけに陰キャ属性も付与された前科持ちのハゲ。

『地獄を乗り越えてしまったばかりに生まれてしまった開き直りの日和見うんこ』

 これはとあるポルターガイストが調子づくリランを評した言葉だが、実に的を得た答えである。

 まどろっこしく現状を濁しているが、端的に言ってしまえば、リラン少女が保身主義を貫きすぎた結果ハッフルパフの席でクィディッチの応援をしているという事態になったというだけなのである。

 スリザリンの試合なのに、自寮の応援はせず他寮の観客席に居座るなど、まさにどうしてそうなったとしか言いようがない。

 いくつかの要因が絡んだ故のイレギュラーだが、一番の原因はやはりハリー・ポッター、彼だろう。

 さかのぼること数日前。ハロウィーンのクィレルの動向を探るべく一段と気を張り詰めていたリランは、その努力も虚しくものの見事にトロールとハーマイオニー・グレンジャーに遭遇してしまった。

 キーパーソンがトイレで泣いているなんて予想外をかまされたリランは、気の強い女子から放たれた『放っておいて!』に生来の弱腰も相まって完全にたじろいでしまった。 思えば最大の失敗だった。

 優等生の建前上、思いっきりかち合わせた少女を見殺しにするわけにもいかず、かと言って『クィレル』のやり方でトロールを倒すわけにもいかない。

 不味い、不味いの一心で何とかトロールを仕留めようとしたその矢先に、英雄の登場。リランはあきらめの境地に達した。

 殆ど無意識に振るった杖は八つ当たりも兼ねて、いっそオーバーキルに愚鈍な怪物を仕留めた。

 しかし、前世においてスネイプのかけた反対呪文に即座に気づいた聡明なグレンジャー嬢は、不自然なリランの介入を訝しみ鋭くそれを指摘した。

 

『どうして居場所が分かったんですか』

 

 当然、『前世の自分が仕組んだからです』なんぞと答えられるわけがない。電波も不信もいいとこである。

 疲弊した脳ミソでは『誤魔化しておけ』以外の選択肢が浮かばなかった。リランは美少女フェイスを今までにないくらいに和らげて全力で微笑んだ。

 リランは更に決定的なミスを犯した。確かに彼女は自分の顔が大好きで、必要とあらばとことん利用する。だが自分の魅力は顔のみと認識している。故に、いくら顔面偏差値がマサチューセッツ工科大学の笑みだろうが、にじみ出ている性格うんこは減点もの。つまり、必殺『麗しご尊顔アタック』はあまり万能ではないと考えていた。

 演技力に自信があるくせに、周囲から遠巻きにされている理由を自身の性格の悪さと結びつける矛盾。ガワは清楚に取り繕っても、やはり彼女の本質は拗らせ野郎なのだ。

 いくたこくた、クールビューティーな美少女の笑みの真の価値を理解していなかったリランは、ポッター一行に懐かれ、教師陣に和まれ、そして現在進行形でクィディッチの応援に巻き込まれたという訳である。

 とどのつまり自業自得の自滅の自爆、それに過ぎなかった

 

「ハリー! フレッド! ジョージ! 皆頑張れー!!」

「……」

 ──こいつら、こんなに仲良かったか? 

 

 隣に座るセドリックに合わせ小さく旗を降ったリランはふと思った。前はそれ程親しい間柄とは言えなかった双子とディゴリーが、リランを通じて友達になったことを知らない彼女は眉間にしわを寄せる。

 当初の予定では、前世の通りクィレルがポッターの箒に呪いをかけるかどうかを確認をするだけだった。しかし、トロールの件で益々クィレルに目をつけられたと警戒していたリランの計画は、早朝から待ち構えていたウィーズリー双子に粉砕されてしまった。

 混乱するリランは、ハリーが緊張してるんだとか、ハーマイオニーも張り切ってるんだとか、僕たちも応援して欲しいだのという怒涛の押しにあれよあれよと流され、セドリックによってハッフルパフの応援席に連行された。

 それにしても双子の圧が凄かった。きっと彼らは、ハロウィンの悪戯で生やしたカボチャにまともな思考能力を吸い取られてしまったのだろう。素であの過激な暴動はありえない。

 あのまま毛髪も栄養の糧になればよかったのにと、前世から双子に振り回される恨みからリランは低く毒づいた。

 

「凄い飛びっぷりだなあ! ハリー凄いね!!!」

「……ソウデスネ」

 

 ──ああ、お米よ。お米さま

 

 光属性は話を聞かない。負けから学んだリランは、高くついた勉強代に再び米へと想いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 

 

 

 

 十一月に入り校庭の湖が凍りつき霜柱がおりた今日この頃、早朝の大広間は騒めきと興奮に満ちていた。

 クィディッチの開幕と、ハリー・ポッターのデビュー戦に沸き立つ生徒たちは、頭上に漂うピーブズに気づいていない。

 自ら透明化しているとは言え、無関心なのは頂けない。目立ちたがりのポルターガイストは、数百年前の契約を恨んだ。

 リランという最高の玩具と過ごした好き放題の数年が恋しい。今までに働いたそれなりの悪事を棚に上げ、調子よく憂いた男は、ふと聞こえてきた会話に耳をすませた。

 

「ああ、遂にクィディッチが始まった!! 開幕早々スリザリンとグリフィンドールなんてもうすごいよ!」

「去年はボコボコにやられちまったからなぁ……勝ってくれよぉ!!」

「勝てるさ! だってあのハリー・ポッターがいるんだぜ!? ウィズリーの話じゃ物凄い飛びっぷりだったらしい」

「何にせよ、クィディッチ狂いのマクゴガナルじきじきご指名のシーカーなんだから期待してもいいと思うよ」

「違いないね!」

 

 鼻息を荒げ興奮しながら談笑する男子生徒達を、ピーブズは冷めた眼差しで一瞥した。

 つい先日まで、リラン・エアクイルのハロウィン騒動に夢中だったのに何とも変わり身の早いことだ。

 話題の移り変わりが早いのは、閉鎖的なホグワーツでは致し方無い事なのかもしれない。だが、自分が手掛けた玩具の愚行がこうもやすやすと流されるのは大変面白くなかった。

 ピーブズは必死になって優等生を演じるリランが滑稽で堪らなかった。メンター家の地獄で培った滑らかな魔力循環と言えども、それを駆使する脳内は生前の凡人スペック。天才なんぞと身に余った称号に無意識に縋る少女は学習能力がないのだろうか。

 

 ──臆病者のクセしてすぐ調子に乗るよなァ、絶対に

 

 今まさに、眼前でウィーズリー双子に絡まれているリランを半目でピーブズは見やった。

 キチガイに刃物とはよく言うが、是非とも辞書に、日和見屋に演技力も付け加えてほしい。いや、そもそもあの顔面がいけない。

 誰だよあんな美少女にうんこ野郎突っ込んだのは、そうだよピーブズだよ。やりこめられ虚無に陥った馬鹿面(リラン)に笑いが堪えきれなかった。

 

 ▼▽▼

 

 何も知らない少年達の甘酸っぱい青い春が、元禿げ頭の犯罪者に注がれるというのは、心の底から愉快極まりない。

 惨い字面に腹をよじらす愉悦の悪魔は、寒空の下で穴熊の寮に居座るリランをただただ見つめた。

 ハリー・ポッターが入学してから、ピーブズは殊更にリランの言動を見るに留めていた。ただ単に血みどろ男爵が嫌だったという理由もあるが本命は違った。

『あちら側』から伝わったクィリナス・クィレルの終わりはもう直ぐ近くに迫っている。

 ユニコーンの呪いで、賢者の石にまつわるいざこざにリランは確実に巻き込まれるだろう。

 聖獣の怨念を滲ませた魂を一時とはいえ飲み込んだ自分は、結果的にマグルの体で裂け目を創り出せる程の力を得た。

 リランとクィレル(クローンとオリジナル)

 超えた修羅場は違えど、本質は同一な彼らの引き起こす『何か』をピーブズは待ちわびているのだ。

 なぁリラン。現実逃避に走るのは結構だけど、随分とお前余裕だねぇ

 それとも自分のことなのに分からなくなったのかい? 

 揺蕩うような囁きがパキリと凍てついた。

 


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