Q or…?   作:涛子

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【17】Reckless driving(無謀な駆動)

 いくら現実から目を背けようとも、時というものは無情に流れるものである。

 幾分か平静を取り戻したリランは、弾丸のように目の前を掠めたブラッジャーの風圧に顔をしかめた。

 鋭く弧を描いた暴れ玉は、冷え切った空気を巻き込みながらギュインッとハリー・ポッターに向かって突撃していく。

 ぶつかってしまうのではないかと一瞬肝を冷やしたが、物理法則など意に介さない身のこなしで易々と交わす姿に、心配は無用かと息を吐き出した。

 

「リラン、そんなに気を張ることないよ! ホラ、今だってフレッドがブラッジャーを遠のけてくれたしさ」

 

 リランの緊張に震えた呼吸に気づいたセドリックが、背中に手を添えて明るく言った。

 だがしかし。普段なら本当に人間がよく出来ているなと、嫉妬すら抱かず珍しくも素直に感心していたであろうセドリックの励ましも、今のリランには全く響かなかった。

 

(頼むから何事もなく終わってくれ……!)

 

 本当に何かイレギュラーが起きてはしまわないかリランは気が気でない。何せこの試合で、クィレルはポッターを殺そうと初めて直接的な行動を起こす。そしてその企みを阻止しようとしたスネイプを英雄一行は怪しむのだ。

 それにしても中々機会が掴めないとはいえ、こんな大人数が集中するクィディッチの最中で、我ながら随分と阿呆な真似をした。よくもまぁ目撃者がたったの三名で済んだものである。

 

(知性もなにもない愚策中の愚策! 全く、お前に知性のレイブンクローを名乗る資格はない)

 

 ありもしない薄っぺらい寮愛を盾に、リランは徹底的に過去の己を貶めた。

 リランはかなり緊張していた。それこそ普段よりも激しい罵倒の一つでもなければ今にも失神しそうなのだ。

 実質的にクィレルの最期が決まる、いわば全てのターニングポイントと言っても過言ではない重要な一幕に冷や汗が止まらない。

 リランは浮足立つ心を抑えるように、肺の奥を冷えた空気で満たしリー・ジョーダンの実況放送に集中する。

 

「さて今度はスリザリンの攻撃です。チェイサーのピュシーはブラッジャーを二つかわし、双子のウィズリーとチェイサーのベルをかわして、ものすごい勢いでゴ……!?」

 

 一瞬途切れた軽快な語りに、遂にクィレルが動いたのかと、心臓が嫌に引き攣った。しかし、流石と言うべきかすぐさま本調子を取り戻した解説により、リランのそれは杞憂に終わった。

 どうやら先程の詰まりは、ゴールに突っ込むエイドリアン・ピュシーのすぐそばにスニッチを見つけた驚きだったようだ。ざわざわと観客席に広がった興奮のさざ波を突っ切って、二人のシーカーが宙を駆け巡っていく。

 金色の閃光により近いのは小柄な紅蓮のユニフォームだった。一段と箒の速度が上がっていく。

 役目を忘れたかのように佇むチェイサー達も、隣で息を呑むセドリックも、誰も彼もがハリー・ポッターが縦横無尽の大接戦を制したかに見えた。

 刹那、鈍い衝突音とそれに続く怒りの声が寒空に轟く。

 スリザリンのキャプテンであるマーカス・フリントが、ハリーに体当たりを働いたのだ。

 あからさまな反則行為にグリフィンドール寮生や観客から抗議や罵倒が沸き上がった。

 

「何て事をするんだ、彼にはスポーツマンシップのカケラもないのかい……!?」

 

 グリフィンドールに与えられた、ゴールポストに向けてのフリー・シュートを見つめるセドリックが静かに憤った。これにはリランも心から賛同した。危うく英雄様が死にかける所であったし、何より、もし自分があの巨体に突撃された挙句、もう少しで地上に突き落とされていたかと思うとゾッとする。

 穏やかな他寮のセドリックでさえ怒りを露わにしたのだから、リー・ジョーダンが中立中継を保つのことが難しくなっても仕方がない。

 マクゴナガルに注意される前の実況には、『胸糞の悪くなるインチキ』や『おおっぴらで不快なファール』などの暴言が聞こえた。

 凄みに耐えかねたジョーダンは、咎めるマクゴナガルをあしらうと、グリフィンドールのシーカーを危うく殺しかけたマーカス・フリントの不正を()()()()()()()()()()()()()と皮肉たっぷりに称して解説に戻った。

 アリシア・スピネットが投げたペナルティーシュートが決まり、クアッフルはグリフィンドール所持のままゲームが続行する。

 

 ────そろそろ頃合いか……

 

 ジッと空を凝視していたリランは、再び襲いかかってきたブラッジャーを交わしたハリーの箒が不自然に揺れ動いたのを見逃さなかった。多少の抜けはあれど【クィレル】としての記憶はしっかりと覚えている。特に最悪の一年だったのだから尚更だ。

 呪いのかかった箒は、呪文の目的に違わず乗り手を振り落とそうと自由自在に動き回っている。全く言うことを聞かなくなったニンバス2000の異常に気づいている者は、生徒の中では恐らくリランただ一人だろう。

 ゆっくりと上昇していくシーカーを余所に、双子のどちらかがフリントにめがけてブラッジャーをかっ飛ばした。直後、唸りを上げた剛速球は見事に標的の顔面へ突撃する。

 しかし、衝撃を受けつつもスリザリンのキャプテンはクアッフルを取り落とさなかった。思いのほか根性があったのだろう。鼻っ面がへし折れていて欲しいと呟くジョーダンの期待を裏切るようにボールは金の輪っかをくぐり抜けた。

 再び奪い奪われのせめぎ合いが続いた時だった。

 

「ねえ、何だかハリーの様子が可笑しいよ……!?」

 

 スリザリンの大歓声を悔しげに見ていたセドリックが、突然顔色を変えて宙を指さした。指先の向こうには、小さな影が遥か上空を旋回していた。漸く異変に気づいた他の生徒もあちらこちらで空を見上げている。

 次の瞬間、球場にいた全員が息をのんだ。荒々しく揺れ動いていた箒が更に高く舞い上がったのだ。競技用のブーツがプラプラと無防備に投げ出される。今やハリーは片手だけで箒の柄にぶら下がっていた。

 

「マーカス・フリントに何か呪いをかけられたのかも」

「箒のコントロールを失っちゃったのかな……?」

「ああっ、危ないってば!!」

 

 背後に座るハッフルパフの生徒たちが口々に騒ぎ立てる。唯一、冷静と言っても妥当な立場であるリランと言えば、固く拳を握りしめたセドリックに習って身を震わせていた。眉まで寄せた渾身の心配顔である。

 リランは固唾をのむ観衆を尻目に、グリフィンドールの真正面に位置された職員席へ双眼鏡を向けた。丁度ハリーの真後ろにスネイプの姿が見える。反対呪文を唱える土気色の顔に感情は伺えないが、内心は焦りに満ちている筈だ。

 

「頑張れハリー……もうちょっとだけ粘るんだ!! フレッド達が上手く受け止めてくれる!」

 

 激しく震える箒に観客は総立ちだ。同様に、恐怖に顔を引き攣らせたセドリックがハリーに向けて励ましの声援を送った。人知れずクアッフルを奪い、五回も点を決めたフリントなど最早誰の眼中にもなかった。

 セドリックに続くように、ハッフルパフやレイブンクローが声を上げた。自寮の試合ではないために人数は少ないが、それでも団結した彼らの掛け声はしっかりと伝わったようだ。

 

(これ、私も何か言わなくてはいけないのでは?)

 

 スネイプの一つ後列に佇み、何食わぬ顔で呪詛を唱えるクィレルを注意深く睨んでいたリランは、いつの間にかグリフィンドールからも聞こえ始めた応援の声にハタと気づいた。

 認められた人間でないとはいえ、敵チームのシーカーを援護するのは如何なものかと躊躇うが、そもそもスリザリンのチームにいる連中はリランへの対応を()()()()馬鹿だけだった。

 あまり目立ちたくはないが、この状況で優等生のリラン・エアクイルが無反応なのは反感をかってしまう。

 

 ────これ、完全にヒロインポジションだよな

 

 完全なる自意識過剰な思考回路だが、現状として一番安全な選択である『敢えて近づく』と『必要最低限の関わり』を満たすものはこれしかないのである。

 精神年齢を意識した途端、脳内の絵面が阿鼻叫喚と化してしまった。リランは自身の精神衛生を考慮してセドリックの後に叫ぶことにした。中身が【クィレル】(拗らせ童貞)でもセドリック(美男子)なら相殺できる。

 セドリックのポテンシャルに責任を擦り付けたリランは、一つ瞬きをすると大きく息を吸いこみ──まるで鬱憤を晴らすが如く──ここ数年ぶりに声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────頑張れハリーッッ!!! 

 

「……おんやァ?」

 

 目下混乱中の『クィディッチの初試合』とは名ばかりのお粗末な殺人計画を、愉しく愉快に嘲笑っていたピーブズは、飛び交う声援を掻き分けた涼やかな声色に眉を上げた。

 ガヤの中でも全く色褪せない繊細なソプラノは、実に小気味よくハリー・ポッターの心に透き通ったようだ。

 霧が晴れたように苦悶の表情へと確かな力が宿る。声援に頷いた英雄は、見かけによらず案外肉体派なようでガシッと箒の柄を握りしめると未だに暴れ狂う箒に勢い良く跨った。

 突然聞こえた美しい声にどよめいていた一瞬は、果敢なその姿によってたちまちに塗り替えられた。

 

「い~のち拾いしたねぇ……」

 

 ────運がいいのやら悪いのやら

 

 感動に包まれる会場を浮遊しながらピーブズは呆れ返った顔でリランを見つめた。

 いい加減あの阿呆は自分の影響力に気がつくべきだ。どうせ、内心のゲスが周囲にはバレているだとか、そんなに意識されていないだとか、しょうもない間抜けなことを考えているのだろう。

 その見解は間違ってはいない。ただ、間違っていないだけで正解ではないのである。

 リラン・エアクイルと言う人間は、スリザリン生にとっては得点稼ぎでしかない、ただの面汚しな邪魔者で、グリフィンドール生は宿敵のスリザリンに属している時点で論外だ。

 温厚なハッフルパフの生徒にとっては、いくら外見が美しいとは言っても張り付けられたレッテルの多さから関わりたくない人物であるし、自分達レイブンクローを差し置いて学年主席に居座る人間は目の敵そのものだ。

 蛮勇で、陰湿で、保守的で、薄情。

 リランの中で蓄積されたホグワーツの四寮に対するイメージはどれも冷徹で等しい現状だ。何百年生きているピーブズが言うのだから間違いない。だからこそピーブズは不思議でならない。そこまで客観視できるのなら何故自分に適用出来ないのか。

 

「やっぱり何処か狂っちゃってんのかねぇ~?」

 

 元のスペックは平凡だがクィレルは決して鈍感ではない。自分が喰らった故の魂の欠陥なのか、それともただただ単純に馬鹿なのか。ガワは完璧なリランのつむじを見つめピーブズは欠伸をこぼす。

 学校内の人間全てに認められる何てことはとんでもない魔法を使わない限り絶対に無理だ。あの天下のダンブルドアだって全員一致は不可能なのだからお里は知れている。

 同時にそれは多数決原理が全て正しいと言えないということを証明している。

 リランが認識している自身の扱いは事実だ。遠巻きにされている厄介者。それは正しく、しかし全てに共通している訳ではない。

 決して良い意味合いではないけれど、『異端』である己をスリザリンに認めさせた。グリフィンドールの売りである『勇気』を彼らよりもよっぽど正しく纏った。『知恵』を尽くし自分の価値を見出し、辛い状況を『忍耐強く』乗り越え、そして『友を守った』。

 これのどこに文句をつければいいのか。打算的な感情はあれど、そこは持ち前の猫かぶりでキッチリ覆い隠しているのだからもうアレだ、普通に質が悪すぎる。さぞかし響いただろうなとピーブズは想うし、響いたからこその今の慕われようだ。

 というか、そろそろ自覚しないと認められない連中(一生群像集団)が可哀想だ。人生二週目の大人げない無自覚死体蹴りで、ご自慢のプライドが風穴に塗れてしまう。

 

 ────まァ、性根が臆病者だから数がデカい方に靡くのはしゃーないか

 

 潔くリランの奮闘を放置したピーブズは、また一つ大きな欠伸をした。この圧倒的な適当ぶりが、ピーブズの悪霊たる由縁である。

 リランの掛け声を聞いた途端、クィレルの呪いの出力が跳ね上がったことだったり、ハリー・ポッターの箒の呪い返しの容量が、ギリギリ寸前で今にもはじけ飛びそうだなんてことをわざわざ教えてやる筋合いはピーブズにない。

 必死にしがみついているが、そろそろ限界だろう。乱高下するジェットコースターのようなそれを耐える精神には舌を巻くが、体力は所詮十一歳の少年だ。

 

「いやマジで、他の奴らの心象を読み取れよ」

 

 この調子では主にポッター少年の命が別の意味で危ぶまれる。

 対人偏差値及び、恋愛知能指数が味噌っかす・オブ・カスなリランを、ピーブズは心底残念なものだなと、冷ややかに見つめた。

 

 

 ▼▽▼

 

 

「……えぇ……?」

 

 心底憎たらしい相手に哀れまれているとはつゆにも思わないリランは、記憶よりもかなり激しく暴れるハリーの箒としぶとく耐え続けるハリー張本人に困惑していた。

 果たして“前„の時はこうだっただろうか? 情けなくもグレンジャー嬢に薙ぎ倒された【クィレル】はここまで強力な呪いをかけただろうか? 

 イレギュラー(リラン)の介入で依然よりも闇の帝王に強く脅されているのか、はたまたこの世界の住人自体が強化されているのか。いずれにしてもリランには分からないことだ。

 いちいち起こりうる差異に反応していてもキリがないと、手早く切り替えたリランは、再度観客席を注視する。

 

 ────いた

 

 茶水晶の相貌は、遠方の、観客の群れを掻き分けてスタンドを疾走するハーマイオニー・グレンジャーを捉えていた。

 風に靡く豊かな栗毛を追いかければ、彼女は職員席のすぐそばまで近づいている。そしてほんのひと瞬きの合間に、友のために自力する健気な少女は、眼前のターバン男を盛大に客席から叩き落した。

 

「────ンッッ、ぐっ、ふ……ッッ」

 

 リランは噴き出すのを必死に堪えた。内の頬を噛みしめすまし顔を全力で装い、スネイプのローブの裾から竜胆色の鮮やかな炎が上がったことを確認する。

 慌てふためく教員を見るか見ないかの内に、とうとうリランは両手で顔を覆ってしまった。先程の頭からつんのめったクィレルの無様な有様に笑いが抑えきれない。

 

「リラン、もう大丈夫だよ! ハリーはちゃんと箒に乗れてる!」

 

 零れそうになる汚い嘲笑を飲み込むあまり、彼女の全身は震えていた。傍から見れば恐怖と心配に耐えられなくなった美少女だが、中身は最低の阿呆である。

 まさか同級生がろくでなしの馬鹿野郎とは知らない純粋なセドリックに、なけなしの良心が痛んだリランは辛うじて冷静を取り戻すと顔を上げた。

 その時リランが目にしたのは、急降下した真紅の流星が四つん這いで着地した光景だった。

 パチンと口元を抑え、まるで何かを吐き出そうとするハリーに、セドリックが恐々と息を漏らす。

 戦々恐々と見守る中、彼の口元からこほっと何かが飛び出した。間違いない。あの眩い金色の球体は勝利の終止符だ。

 

「──────スニッチを捕ったぞ!!!」

 

 シーカーの掲げた猛々しい雄たけびに、会場は熱狂の嵐に飛び上がった。割れんばかりの歓声がガンガンと反響する。英雄の頭上にかざされた胡桃大の輝きにリランはやっと試合が終わったことを実感した。

 

「やったあああああッッッ!! 凄い、すごいよハリー!! よく頑張った!」

「セドリック嬉しいのはわかりますが少し落ち着いてください。そんな前のめりでは落ちますよ」

 

 ブンブンと旗をふり全身で喜びをあらわにするセドリックに、若干の温度差を感じつつもリランはいつものように窘めた。いずれは敵対するのによくもまあこんなに喜べるものだ。

 直射日光に目がくらんだリランは呆れまじりに口角を上げた。マーカス・フリントを筆頭に反則だと喚くスリザリン生以外は、皆楽しそうである。肩の荷が一つ降りた故か今は素直に祝福を譲受出来そうだ。

 

 ──―とりあえず帰ったら米を食べよう。

 

 波乱万丈のクィディッチ初戦。様々なアクシデントがありつつも、試合結果は前回と同様、170対60でグリフィンドールの勝利で幕を閉じたのだった。

 





リラン:一人だけガキ使
セドリック:ぐう聖 真のヒロイン
ハリー:ヒロイン()補正でナイス主人公
ハーマイオニー:MVP
スネイプ:鋭い悲鳴(CV:土師孝也)




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