Q or…?   作:涛子

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【1】Rerun(再演)

「なんだこれは」

 

 茶水晶の瞳を瞬かせながら、呆然と少女———リランは呟いた。

 いつものように、ご主人様の御仕置きに耐え残飯以下の食事を貪り散らしたリランは、放り込まれた小屋の中で一つ瞬きをした途端、突如として訪れた激しい頭痛により意識を失った。

 そして目覚めた今、リランの小さな頭の中には【クィリナス・クィレル】という男の記憶が刻まれていたのだ。

 なんだこれは。全くもって意味が分からない。

 埃や垢にまみれたみすぼらしい頭を、混乱に任せぐちゃぐちゃに掻き毟りながらリランは低く呻いた。

 反響する知る筈のない無数の声と覚えのない顔、景色、色、模様、匂い。小さな脳みそに溢れんばかりの煮え激る感情が無理矢理に詰め込まれている。

 脳裏に焼き付くのは不思議な光景。ザーザーと降り注ぐ細くも鋭いにわか雨、時折止むことを見るからにスコールだろうか。不規則なそれを浴びながら、リランは一席だけの椅子に腰掛けてスクリーンを見ていた。

 側にあった円形の物体がついた古ぼけた機材は、恐らく映写機だろう。昔、マグル学の教室で扱った覚えがあった。

 

 ———スクリーンにはいったい何が映っていたのだろうか。

 

「うっ」

 

 断片的な映像が再び弾け声が漏れた。痛い、どこもかしこも痛みでしかない。

 薄い母親の愛で育ち、虐められっ子な学生生活を送り、挙句の果てには甘い言葉に騙され禁忌を犯したどうしようもない男の一生なんて何の足しにもなりゃあしない。

 むしろ、なまじか成人男性としての意識があるので、前世とも呼べない男の境遇に怒りしかわかないのだ。

 リランには生前のクィレルとしての自意識のせいか、生まれた直後の記憶がある。映画のフィルムのようにきちんと残された無垢なリランの半生は、正しくロクでもないの一言に尽きていた。

 少女はマグルの両親の間に生まれ、そして流れるように捨てられた。

 正しくは、借金の返済金として押しかけた不成者の手により両親の死体と共に売られたのである。

 不幸はまだまだ続く。

 マフィアが裏で糸を引く児童養護施設に入れられたリランは、生まれつきの霞んだ空色、所謂ブルージュカラーの珍しい髪色も相まってか悪趣味な金持ちに買われた。そして現在、齢五歳になる彼女は動物のように虐げられながら辛うじて生き長らえているのだ。

 不幸比べで、小さいほうが我慢するというのは大嫌いだが、自分相手ならノーカウントだろう。というか、この地獄の元凶は確実に前世の業だ。

 不死を得られるユニコーンの血……その正体は蓋を開ければゾンビのほうが幾分かマシと言える劇薬と言った始末。甘い蜜にまんまと誘われた今は亡き愚か者に何を言っても無駄であるが、怒りを覚えずにはいられない。リランは鉄格子の嵌められた小さな小窓を苦々しく見つめた。

 まだ不可解な点が多くある。段々と鮮明になる記憶の中に憎たらしい二ヤケ面が浮かび上がってくる。脳裏に蘇るのはポルターガイストの不愉快な嘲笑と意味深な台詞。

 

「『再演の始まり』……」

 

 再演。素直に捉えれば、再び同じ舞台が始まるということ。だが今のところ【クィレル】と【リラン】の人生に共通点はない。そもそも性別も年齢も違う。

 というか、ここは一体どこの世界のどんな時空なのだろうか。

 たしかに終わりを迎えた筈なのに、受け答えが出来るほどの意識を持っていたあの空間。そしてポルターガイストの作り出した裂け目のようなもの。眩しい闇という何とも不気味なものに喰われた挙句、よくわからないままにクィレルの意識があるのだ。ここがかつて生きた時代と同じようなものだとは限らない。

 リランは体をこれ以上傷めないように慎重に座り直しながら懸命に過去の記憶を探していく。浮かび上がるものは、どれもこれもトップクラスの悲劇であり、子供らしい思い出が微塵もないことに苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

(誕生年、九月二十六日、五歳、リラン、苗字はなし……これは血統書か? 黒服の人間に、数字を叫ぶ声、オークションか。いや、違う選別?)

 

 商品選別らしきもので作られた血統書に大きな間違いはないだろう。あれだけマフィア共が大騒ぎしていたからこそ強烈に残っていたのは不幸中の幸いだった。今だけは珍しい容姿に感謝しようとリランは皮肉気に頷いた。

 

「誕生日がクィレルと同じなのが気になるな……」

 

 少なくとも西暦がクィレルとして生きていた頃と同じと言うことはわかったが。やはりここは魔法界ではないようである。

 いや、そもそもこの世界自体に魔法界というものが存在しているのだろうか。リランはマグルなのだろうか。魔法使いなのだろうか。仮に使えたとしても殆ど骨と皮である、衰弱しきったこの身体では判断できそうにない。

 

 ———ダメだ。あまりにも情報が少なさすぎる

 

 計画的な性分としては、既に八方塞がりな現状に苛立ちがこみ上げてくる。

 不気味な悪霊ピーブズに、不可解なユニコーンの呪い、そして得体の知れない己の未来。

 ドン詰まりな行く末に、たまらずリランは呻き声をあげながらささくれだった壁に爪を突き立てたが、軋んだ手足が痺れたのでやむなくそっと引っ込めた。

 お手本のような栄養失調状態では八つ当たりをしたくとも出来ない。下手をすればそのまま死んでしまうだろう。ともかく、最優先事項は健康第一である。

 そしてご主人様達……いや、下劣なサド野郎共から情報を得ていけば良い。

 目先の目標を立てて着実にこなし冷静沈着に淡々と焦らず見定める。

 かつて純粋に勉学に向き合っていた頃と全く変わらない考え方に、ふと切なさが込み上げてくるが思い出に浸るのは得策ではない。

 無理矢理憂いを振り払い、気合を込めて頬をペチリと叩いたリランは深く息を吐き出して床にゴロリと寝そべった。

 

「どうせ一度は死んだ身だ……やれるだけやってやる」

 

 これから自分がどうなっていくのかは全く予想がつかないが、少なくとも闇の帝王の配下につき、呪いを受け、身を焼かれて死んだクィレルよりはマシであろう。

 酷使された脳みそに染み渡る眠気と疲労に身を任せリランはそっと瞼を閉ざした。

 しかし彼女は気づかない。

 いくら生まれ変わったとしても人の本質はそう変わらないということを。

 つくづくクィレル同様に見通しが甘いことを。

 いくら避けようとも災難は理不尽に降りかかるということを。

 

 

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