Q or…?   作:涛子

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【19】Venus(明星)

「ハローリラン!! 色々と忙しいのに時間を取らせてしまって申し訳ないけれど、やっと貴女に会えて嬉しいわ! 話したいことが沢山あるのよ! ああ、何から言えばいいかしら? あ、そうだ! この天文学書に書かれている『薔薇星雲と一角獣座の関係がもたらす次元的スピリチュアル』について是非リランの意見を聞きたいの!」

 

「……一角獣の定義にもよるんじゃないでしょうか? 魚類のイッカクなのか、はたまた聖獣のユニコーンなのかでかなり意味合いも変わってくると思います。天文図を見た限りでは薔薇星雲に組み込まれている星座の由来もあやふやですし、発見した人物の自伝書などを見ては?」

「成る程……流石リランだわ! 私そんなこと考えもつかなかった、ありがとう!」

 

 キラキラと眩しい限りの笑みを浮かべたハーマイオニーから、リランはそっと顔を背ける。彼女と話した時間は3分にも満たないと言うのにとてつもない疲労感だ。

 

 クィレルの接近やら双子の前での醜態やら強引に取り付けられたハリー・ポッターとの約束やらと満漢全席並みのボリューミーな一日を前に、リランはなんとか最後の授業を終えた。

 寝惚けた頭に投げられた爆弾の被害はそう容易くは払われず、キリキリ痛む胃と相変わらずなスリザリン生を無視してやっとこさ乗り越えたのである。

 体面など取り繕わずいっそ逃げてしまうかといった虚な邪推は、授業終了の鐘が鳴るや否やどこからか現れた双子を前に揺らぎ、なすすべもなく再び図書室に引きずられる途中で、これまたご機嫌なセドリックがひょっこりと加わったことで完璧にへし折れた。

 なんでお前まで来るんだ! とリランは大層憤ったのだが、そもそもクィレルの担当教科はグリフィンドールとハッフルパフの合同授業だったのだからセドリックに批はない。悪いのはクィレル。つまり自分だ。

 やり場のない怒りと嫌悪に浸る間もなく、たどり着いた先の図書室では存分に恥を晒した場所に座らせられ、挙句意気揚々と双子がその時の様子をセドリックに語るものだからやっていられない。

 更に半ば意識を飛ばしたままやり過ごした公開処刑のその後に、満を辞してやってきた英雄一行及び迫り来るハーマイオニー・グレンジャー。息つく間もなく怒涛の勢いで踏まれたNGワードにトドメを刺されたリランは、ただただひたすらに泣きたかった。

 

 ———私、めちゃくちゃ頑張った。地雷原に放り出されたのによく答えた。あぁ、今すぐその好意の眼差しをやめてくれ。半分程は適当に答えたヤツだ、ヤケクソだから!! 

 

 なにやら話しこむ一年坊主たちを前にため息を飲み込む。外面だけは一丁前なこの体は便利だがハロー効果も絶大で大層扱いづらい。薔薇星雲の星図の話はまだ新任だった頃にも、一度だけ話したのだが誰も聞いては居なかった。

 見目の良い者の話に説得力があるというのはある種の傲慢な魅了魔法(チャームマジック)なのかもしれない。結局のところ人間は見た目が九割なのだ。

 

「ねぇ、リラン、リランはニコラス・フラメルって知ってる? その、僕たちその人のことが気になっててずっと調べてるんだけど」

 

 世知辛さに内心で毒を吐いていたリランは真正面からかけられた控えめな声に顔を上げる。かちあった緑の瞳は期待に満ちていて心底頭が痛い。

 さらにハリーを挟んで向かいに横並ぶ一年生だけでなく、両隣と上座からも待望という名の圧力もかかり居心地がとことん悪い。

 知っているもなにもフラメルの名は魔法界だけでなく、マグルの児童書にまで知れ渡っていると記憶している。しかし強大なダンブルドアの名に若干影を潜めているのもまた事実。錬金術師としては優秀でも肉体は老人であるフラメル氏の計画的策略なのかは定かではないが、セドリック達には知っていて欲しかった。それとも彼の名前には妙な魔法でもかかっているのだろうか。

 いずれにしても教師としては嘆かわしいばかりであるがそろそろ視線が痛くなってきた。しかしここで素直に答えて歴史が変わってはいけない。かといって知恵無しと思われても評判にかかわる。上手く話題を逸らしつつ出来れば彼らの好奇心も押さえたい。さてどうしたものかと、諦めの色濃い半笑いのままリランは口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、リラン、リランはニコラス・フラメルって知ってる? その、僕たちその人のことが気になっててずっと調べてるんだけど」

 

 ハリーの問いかけにセドリックは首を傾げる。どこかで聞いたことのある名前だがパッと思い出せない。確かに聞いたことがある筈なのだ。

 うんうんとセドリックが頭を悩ませている間に、リランが苦笑混じりに言葉を紡いだ。

 

「ええ、知っています」

「ホント!?」

 

 相当な問題だったのだろう、三人揃って同時に驚いたハリー達はリランの解答に歓声を上げていた。興奮に頬を火照らす彼らはなんとも微笑ましく、特にクィディッチの騒動以来それとなく会話をかわし大人びているなと感じたハーマイオニーが初めて年相応に見えた。

 

 ハロウィンの騒動から何かとハーマイオニーを気にかけているらしいリランも、まなじりを緩めた新鮮な顔をしている。あの時に起きた事については触れて欲しくなさそうだったので無理に問い詰めることはしなかったが、今の様子を見れば大方予想はつく。

 歳の差はあれど二人はマグル出身だ。きっと話も合うのだろう。嬉しそうなリランの姿を良かったと思うのと同時に、少し寂しさも感じてしまう。セドリックは少しばかり感傷的な気分に浸っていた。

 

「ところで一体どこでその名を聞いたのか伺っても?」

 

 フレッドの赤い髪の毛越しにリランが肩をすくめる。途端顔を見合わせたハリー達はまごつき中々口を開かない。

 

(あ、コレはダメなやつだ)

 

 刹那、ガラリと空気が引き絞られる。左右を背の高い本棚で囲まれた空間に冷たい圧迫感が押し寄せた。

 

「言えない……、いえ、言いたくないといったところでしょうか?」

 

 不穏な何かを感じとったのか、いつもなら真っ先に突っつき回そうとするフレッドもジョージもリランの両隣でふぅんと鼻を鳴らすに止め。静観を貫いている。

 

「……もし少しでも後ろめたいという気持ちが貴方達にあるのであれば、私はその質問に答えるわけにはいきません」

 

 至って平坦な、まるでいつかのあの時のような温度のない声色に3人の肩が揺れる。

 どうして、とリランに対する失望に溢れた声が漏れるが、彼女の表情は依然として変わらない。ひたりと見据えた煮詰めたカラメル色がじわりと紙の匂いに混ざっていく。手出しは無用かとセドリックは事を見守る事にした。

 

「つまりは貴方達は何か隠したいことがある……そう言うことでよろしいですね?」

 

 先程のハリー、ロン、そしてハーマイオニーの反応は露骨過ぎた。リランの全てを見通すような瞳の前では並大抵の誤魔化しは効かないことをセドリックは身をもって知っている。ふぅと息をついたリランの声はまだ平常だ。

 

「試すような真似をしてすみません。貴方達が一生懸命何かを調べていることはフレッド達から聞いていました。勉強を教わりたいとも。だからこそ疑問に思ったんです。……そこまでして知りたい事をどうして先生方でなく私に聞きたいのか」

 

 目を細めるリランは美麗な容姿と相まってかなりの迫力だ。砂糖菓子のような淡いブルーの髪がサラリと揺れる。フレッドはジョージに向かっておっかないなと口だけを動かしていたが、彼らの青い目にはリランへの親しみが溢れていた。

 さてそろそろ出番だろう。このままでは一年生達が可哀想である。きっとコレを見越して声をかけてきた双子に苦笑いをしつつセドリックは口を開いた。

 

「あのね、ハリー。なにもリランは怒っているワケじゃないんだ。ただ、そのね、言い方が悪くなっちゃうけど……その君たちのやり方はまるで彼女を利用しているように聞こえてしまうんだよ」

 

 今まで口をつぐんでいたセドリックに、すぐ目の前のハーマイオニーがヒャッと背筋を伸ばした。ロンとハリーは不可解だと眉根を潜めている。

 

「利用って……そんな僕たちは、ただ知りたかっただけで」

「うん。わかってるよ。君たちにそんなつもりは無いよね」

 

 半ば遮るようになってしまったロンに申し訳なくなりつつもコレは大切なことだ。キチンと伝えなければならない。

 

「……リランがとても大変な、つまり、ホグワーツ史上初のマグル生まれのスリザリン生っていう微妙な立場に居ることは知っているよね」

 

 こくこく頷く三つの頭を横目に、セドリックは目を見開くリランに大丈夫だよと目配せをした。

 

「だから些細なことでも気をつけなきゃいけないんだ。例え後輩の相談事一つでもね」

 

 そう、実名こそ伏せられていても新聞で報道された彼女の学校生活は想像以上に苦しいのだ。昔、フレッドとジョージが起こした大規模な悪戯に知らぬ間に巻き込まれかけたとき、リランは静かにそして尋常でないほどに怒り悲しんでいた。

 

「『何をするのも貴方の自由だけれど、迷惑の基準も人それぞれです。文句をつけられたくないのであれば誠実に真摯にやりなさい』……ハリー、ロン、ハーマイオニー。君たちの好奇心は自由だ。でもリランに対して、僕たちに対しては誠実じゃなかった」

 

 リランの主張は最もで、同時にたかがと一蹴できてしまうほどの物だ。

 しかし彼女が伝えたかったのは、今までの苦労を無に返す真似をするなということではなく、物事への尺度が人それぞれ違うからこそ真摯な対話とお互いへのある程度の遠慮が必要だということだ。

 我ながら十代の子供には難しいことだと思う。でも不可能ではないこともリランといる事で分かった。

 

「……無理に話せとは言いません。正直に言えないのであれば私も全てを話すことはしません。でも貴方達の助けにはなりたい」

 

 要は何かあったとき言い逃れが出来る最低ラインまでなら教えますと、にっこり微笑んだリランは珍しく狡猾なスリザリン生だった。

 

 

 ▼▽▼

 

 

「さぁーて!! 重たい空気はコレでおしまい!」

「僕たちもぶっちゃけ分かんないから一緒に考えてやるよ、さ、リランヒントだ!」

「……ニコラス・フラメルなら三年生までには習う筈ですが」

「マジで?」

「嘘だろ?」

「ッフフ」

 

 テンポのいい応酬に思わずセドリックは吹き出してしまった。それはハリー達も同じようで口元を押さえている。緊張は解けたようだ。

 

「……押しつけがましいようですが、私はあまり融通が利かない状況です」

 

 神妙な顔で念を押すリランにセドリックは呆れそうになった。

 

 ———君が誰から構わずに押し付けるような人じゃないことくらい皆知ってるよ

 

 言外に告げられた友人としての距離感がくすぐったいやら、探り探りの遠慮の取り方があまりにも不器用やらで、リランを除いた全員の心が一つになった。

 

「うん、分かった。ちゃんと僕たちで探してみるね」

「ちゃんと話せなくてごめん……助けてくれてありがとう」

「無遠慮に迫ってしまってごめんなさい……貴女に恥じないよう精一杯頑張ってみるわ!」

 

 無意識に持っていた罪悪感も安らいだらしく、後輩達の面構えは清々しい。うん、やっぱりリランは凄い。

 

「はい、答え探し頑張ってくださいね。影ながらですが全力で応援しています。……では、ニコラス・フラメルの出生についてです。彼はフランスのボーバトン魔法アカデミーを卒業し、その後———」

 

 セドリックの視線は、熱心に羊皮紙へメモをとる一向から柔らかく語るリランにふわりと移り変わっていく。

 スラリとしたしなやかな手脚と、肩にかかるグレージュの髪は出会った頃よりも随分と伸びていて、確かな時間の流れを感じさせる。昔は顔を上げなければ、リランと目が合わせられなかったセドリックもこの夏で頭ひとつ分ほど大きくなった。

 今年の新学期の朝は驚いたものだ。久々に見た憧れの女の子はこれほど小さかったのかと衝撃を受け、単に背が低いと言うことではなく———むしろリランは長身だ———華奢だとか、薄っぺらいななどと言う感情が生まれた。今なら分かる。アレは庇護欲と称するのに相応しいものだったのだ。

 彼女は冬の空のように儚い。しかし、煌めく金星の瞳は誰よりも力強く勇ましい。セドリックは理解する。守りたいのではなく、隣に立ちたい。頼り頼られる関係を築きたい。

 

 だというのに、このどこまでも優しく聡明な友人は、自身の立場からか巻き込まないように人を遠ざけようとする悪い癖がある。

 一度、臆病風に吹かれて彼女から離れてしまった自分が言える事ではないが、セドリックはリランの側に居たい。ただそれだけなのに一年生の頃、和解が解けた後に距離を置かれた時は本当に泣きそうだった。

 必死に引き留めたおかげか今はなりを潜めているが、好きを突き離す歪な防衛行為は、セドリックが唯一リランに抱いている不満なのである。気に入らないといってもいい。そのくらい大切なことだった。

 だからこそ無防備に笑う姿が本当に嬉しい。このささやかな幸せがいつまでも続けばいいなとセドリックは瞳を閉ざした。





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