Q or…?   作:涛子

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【25】 Cherry bonbon Bomb boy(錯乱某忘・爆弾坊々)

 我らがマグル学教授である、アリフ・シカンダーは言った。

 バレンタインデーとは恋愛の催事として名を馳せながらも、その実は明確な起源がわからずじまいな奇妙な歴史であると。

 奇妙さを語る理由の一つとして、約八〇〇年程前にローマ皇帝クラウディウスに反抗し処刑された「聖ウァレンティヌス(バレンタイン)」を祈る日だというものが挙げられている。

 キリスト教徒にとっても重要な日であることから今現在で最も有力な説とされているらしいが、恋を唄うにはいささか血生臭い由来である。

 つい先程までの浮かれ髭ポンチが嘘のように、シカンダー教授は真面目に語った。いや単にバレンタイン馬鹿なのかも知れないが、それを抜きにしても彼の授業は勉強になった。

 学問として実に幅が広いマグル学を教える難しさは、かつて同じ学問を専攻し教鞭を振るっていたリランだからこそわかる。

 魔法族にとってはどうしても異文化的なマグル学なのだ。丁寧でわかりやすい説明をせねば、あらぬ誤解が生じたり、新たな火種を生みかねない。

 それ故に【クィレル】の若輩者ぶりが改めて分かったことも加え、尊敬とは言わずとも彼のことをそこそこに気に入っていたのだ。

 だがその敬意は、たった今この瞬間をもって過去のものと化した。

 移り変わって芽生えたのは、何としてでもシカンダーの髭を毟りとるという決意、そして処刑台を前にした囚人のような諦めであった。

 

「なぁ〜リラン〜……なんでオレには、バレンタインくれないの?」

「……? ……!?」

 

 リランが死刑囚であるならば、真横に居座る赤毛の男は処刑人と言ったところだろうか。いや、この重圧はバレンタインを追い込み圧制した皇帝(クラウディウス)に違いない。

 嗚呼、なんという事だろう。髭野郎の余計な知識(…………)のせいで、比喩の絶望感が深みを増してしまった。

 じらりじらりと炎に炙られるような切迫感。

 どうして自分はジョージ・ウィーズリーに詰められる羽目になっているのだろうか。

 

 ▼▽▼

 

 発端はわからない。リランが授業までの暇なコマを空き教室で過ごそうと椅子に座った途端に、後を追ってきたらしいジョージが駆け込んできたのだ。

 

「リラーン? なぁ、なんで?」

 

(ひ、ひぇ〜〜〜〜!? 急にどうしたんだお前ェ……)

 

 既に絞首刑は執行されていたのかと錯覚するほどに青の眼差しが息苦しい。突拍子もない圧力に思わず情けない声が漏れそうになってしまった。穏やかとは言い難くとも単純に怒っているわけではないあたりが尚更気味が悪かった。

 口振からして原因は一週間前のバレンタインデーだろうか。しかしフラメルを見つけたハリー達の衝撃的な瞬間も相まって、リランの記憶はかなり断片的である。

 だが、こうも強引に話を進めようとするらしくもないジョージを見るからに覚えはなくとも何かしらやらかしたに違いない。

 やはりいくら体面を取り繕いたくとも、らしくないことは無闇にしない方が良いに限るのだろう。現にリランはその()()()()()振る舞いのせいで意味不明な状況に陥っているのだから。

 泣き虫蛙を助けたばかりに、蛇は獅子に捕まってしまった。惨い仕打ちだ。スリザリンでも目を逸らすに違いない。

 兎にも角にも彼の「バレンタインくれる」に当枠するもっと鮮明な記憶が必要である。無い心当たりを探るべくリランは必死に脳みそを回した。

 バレンタイン当日はハーマイオニーが女子寮へ脱兎のごとく駆けたその隙に逃げ出した。その後は誰にも会っていない。ということは翌日の土曜日だろうか。

 快晴だった為リランは中庭で読書をしていたのだが、そこかしこに成立ホヤホヤであろうカップル共が湧き、虚しさと忌々しさに耐えかね退散しようとしたのだが、邪魔が入った。

 

(あぁ、そうだ。フレッドとハーマイオニーがやってきたのだったか。ここで何かやらかしたな?)

 

 珍しい組み合わせの二人につい押し止められ会話をしたことを思い出した。彼らは月末のクィディッチについて話し合っていた。スネイプが審判を務める事について、贔屓されないのかだの、ジョージが驚きすぎて箒から落ちて泥を食っただのとリランを挟んで言葉を交わしていた。

 

 ———そうだ。そのときリランはアンリーからのチョコ菓子を手に持っていた

 

 ネビルにも与えたチョコだ。守護霊を呼び出す為に必要な幸福感を掴もうと持ち歩いていたのだ。

 そして、目敏く気づいたフレッドに面倒だからとチョコを渋々やった。ハーマイオニーにもだ。帰り際にはセドリックに会った。彼にも渡した。破局に対する慰めのつもりだった。

 

「……ジョージ、それは、土曜日の」

「……」

 

 返事を聞かずとも不機嫌そうな顔を見れば十分だった。成る程、これは見事にジョージだけが仲間外れである。自分は意図せずに可哀そうな事をしてしまったらしい。

 点と点が繋がり漸く合点がいったリランであるが、同時にジョージの言動に対する疑問が湧いてきた。

 

(いくら寂しいからって、『友人』からチョコが貰えなかっただけで、こんなに人を追い詰めるものなのか?)

 

「その、ジョージ」

「……? ……!? は、オレ、エ、なん!?」

 

 リランが声をかけきらないうちに、ジョージも自身の不自然さに気づいたらしい。釣り上がっていた碧眼を丸々と見開くと、珍妙な声をあげて椅子から瞬時に飛び退いた。

 腑抜けた沈黙がリランとジョージの間を通り過ぎる。カチカチと規則的な時計の秒針だけが、唯一動じていなかった。

 跳ね上がった姿勢のまま自身の手とリランを交互に見る姿に、先程の威圧感は微塵もない。忙しなく青くなったり白くなる顔は赤髪も合間って二日酔いした信号機のようだった。

 

「……あの、わざとではないんです。本当にごめんなさい」

「!? あ、うん、そ、ソウダネ」

「お詫びと言ってはなんですが、コレどうぞ。試合応援してます」

「は、……ありがとうございます?」

 

 一言でリランの心情を表すならば、「何が何だか」が一番適切だろう。

 よく分からない拗ね方をする子供に付き合う暇などリランは持ち合わせていない。持ってるのはせいぜい皮肉とキャラメル一粒くらいである。

 リランは挙動不審なジョージの掌に無理矢理それを握らせた。

 昼食時に出たちょっとした菓子だ。何の意味も他意もないが、貰えるだけマシだと思って欲しい。こちとら言われのない罪で無駄に緊張させられたのだ。身に覚えのない何かで責め立てられるほど気分の悪いものはない。

 

「では、これで失礼しますね。遅れましたが、ハッピーバレンタイン」

「ハッピーバレンタイン……?」

 

 本当は呪いの一つでもくらわせてやりたかったが、先の醜態と顔芸に免じて勘弁してやることにした。日陰物気質を極め切った卑しい男はどんな時でもカースト上位者の失態を見過ごさないのだ。

 言動がブラッジャー野郎な人間クソ爆弾にも、異性との触れ合いに対する気恥ずかしさは存在していたらしい。流石はローティーン、まだまだ夢みがちな年頃(チェリー)だ。

 もっと揶揄いたい気持ちもあったが、コレ以上美少女との戯れを許してやるのも癪であると、リランは立ち上がり振り返ることなく廊下へ向かった。

 思わぬことで面白いものが見られたが、危うく13階段を登ったバレンタインのようにリランもまた殺されかけるところだった。呆れたプラマイゼロ理論である。

 どちらにせよ、バレンタインなんてクソ食らえ、つくづくその一言に尽きた。

 

 

 

 

 

 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 

 

 

 

 

 さて、様々な珍事はあれど季節の巡りは早いもので、本日はクィディッチ首位決定戦である。

 多くの生徒が待ちに待ったハッフルパフ対グリフィンドールの戦いは、昼過ぎというのもあり、観戦席の殆どが満員に近い。

 陽気なカナリアイエローと強烈なスカーレットがそれぞれ競うようにひしめき合い、視覚的にも大変騒がしい限りであるが、その中でも一際に目立つのはハッフルパフが掲げた横断幕だった。

 

Gryffindor goes out like a lamb(グリフィンドールは子羊のように去っていく)……ねぇ……)

 

 三月のライオンのオマージュだろうか、随分と苛烈な煽りである。これほど露骨に荒れたハッフルパフは初めて見た。

 やはり温厚な寮と言えども、優勝杯を七年近くもスリザリンに取られっぱなしだったことがよほどの屈辱だったのだろう。優しい人ほど怒らせると手に負えないのだ。

 誰が考えたのかは知らないが、好戦的なけしかけを目にしたリランは少々気まずくなってしまった。両者が目の敵にするスリザリンである自分が、どちらにも肩入れしないと宣いつつも、グリフィンドールの客席で傍観しているというのは結構な挑発ではないだろうか。

 本当ならリランは今日の試合は見るつもりがなかった。この試合自体、記憶にもあまり残っていないことに加えて、これ以上のハリー達との交流は避けるべきだと考えたからだ。

 リランの身のふりの方針は、ハリーにとって、時折りアドバイスをくれるヒロイン候補の先輩でいることだ。彼らの兄貴分であるウィーズリー双子を介して関わることが出来る絶妙な距離感と、不遇にもめげない憂いた高嶺の花であることを重視した立ち位置。

 以前にも述べた通り呪いとリランはゴムの紐で繋がっているようなもので、離れた分だけその反動が痛く残酷になる。関わっても死、関わらずとも死。いつ考えても不条理である。

 どうせ酷い目に会うならば最小限の負傷で済まして仕舞えばいいと、リランの眩い美貌と影のある風情を利用した、酷く自惚れた解決策を講じ続け約5ヶ月。順調そのものとは言い難いが、概ね上手くいっている。

 問題は、リランが若干絆され過ぎた気がすることだった。いや、確実に絆された。冬休みは思わぬ伏兵だった。その間隔を戻す為にも、大人しく守護霊の勉強をしようと思っていたのだ。

 しかし、またしてもセドリックと双子に応援を頼まれ逃げの選択肢を失ってしまった。同世代との付き合いがあってこその計画である。

 クリスマス前に避けまくった結果が、あの酷いバグの要因だとすれば断るのはリスクが優る。苦渋の末にいやいやと引き受け今に至たるのだ。

 

「いいこと、忘れちゃダメよロン。ロコモーター・モルティスよ」

「わかってるったら! ガミガミいうなよな」

「ねぇ、二人とも杖なんか持ってきて何をしてるの?」

 

 左隣から上がったハーマイオニーとロンのなんでもない! と言う大声にリランは内心で頭を抱えた。

 そうだ。部外者の自分がグリフィンドールの席にお邪魔をするとなれば知り合いが居て当然。しかし、隔てを置くと言って早々にハリー一行に絡まれるとは、とんでもなく意志薄弱だ。

 否、スネイプが本日の試合の審判を買って出たせいで、リランまで駆り出される事になったと言うのが正しい。ただの寮生の一人であるリランには何もできないというのに。

 バレンタインの後日、ハーマイオニーとフレッドが悩んでいたスネイプの審判問題は()()()()()()()()殆どなかった。

 ということは、その時のクィレルは何も出来なかったということ。おおかた、ダンブルドア辺りが観戦に来たのだろう。いくらスネイプがハリーを守る為の憎まれ役を演じようとも、臆病者の【クィレル】が圧倒的脅威の前で事を起こす筈がない。

 つまり、ハッフルパフの贔屓やハリーへの傷害を案じ、必死に足縛りの呪いを練習している彼らには申し訳ないがそんな可能性は百パーセントないのである。

 これは予備知識と自分自身であるからこその考察だ。リランが言えるわけもなく、結局もどかしさに苛まれたまま試合開始を待つしか出来なかった。

 なんでもないと下手くそな言い逃れを揃ってボヤきながら、首を振るハーマイオニー達とリランの温度差たるや、語るまでない。

 そのままなんとも言えない気持ちのまま眺めていると、訝しげな顔で二人を見つめていたネビルと目があった。

 本当に面倒なので軽く瞬きをしてやると、途端に色白の柔らかそうな肌をサッと赤らめアワアワと縮こまってしまった。リランのそれは図らずも言い訳の手助けになっていたらしく、ようやく三人の問答は終わった。

 

「ありがとうリラン、助かったわ。上手く誤魔化せたわ」

 

 ハーマイオニーの耳打ちに返事を返す前に、選手達がグラウンドに入場してきた。スタンド中に反響する湧き上がる歓声とがなる鳴り物の中で、ロンが嬉しそうに叫んだ。

 

「ハーマイオニー! ダンブルドアだ! スネイプを見ろよ、あんなに意地の悪い顔をしてる!!」

 

 リランの予想通りだった。長い銀の髭を撫でるダンブルドアと側にいるクィレルの姿にグッと苛立ちを堪える。案の定しっかりバッチリ監視されているではないか。

 よくぞあのザマで前世は成功したものだと、悪態をそのまま飲み込んだその時、試合開始のホイッスルと同時にロンの呻き声が聞こえた。

 

「あぁ、すまないねウィーズリー。気がつかなかったよ、ホラここはどこもかしこも赤いだろ?」

 

 撫でつけたプラチナブロンドに、冷えた薄いグレーの瞳。白く冴えた細い顔と嘲笑を浮かべる皮肉に歪んだ口元。

 何事かと振り向いたそこには、ドラコ・マルフォイが立っていた。

 

 ▼▽▼

 

 ハーマイオニー達の懸念は半分正解だったようで、スネイプは試合開始直後にも関わらず、グリフィンドールに何かと難癖をつけてはハッフルパフを贔屓していた。

 どうせなら、やりたい放題やりたいのだろうか。難儀というか普通に厄介な男である。これでは生徒に嫌われても文句は言えない。

 

「知ってるかい? グリフィンドールの選手は気の毒な人達ばかりが選ばれているんだ」

 

 丁度、スネイプが今度は何の理由もなくハッフルパフにペナルティー・シュートを与えた時だった。スタンドに腰掛けたマルフォイが聞こえよがしに嫌味を投げてきた。

 スリザリンの厄介な男はもう一人いた。グリフィンドールの面々はマルフォイの挑発に苛立つ素振りを見せつつも、試合に集中しているらしく一切応じなかった。特にハーマイオニーは空を旋回するハリーに夢中で一言も言葉を発さない。

 

「ポッターは両親がいないし、ウィーズリー一家はお金がない。ロングボトム、君もチームに入ったらどうだい? 脳みそがないんだから」

 

 誰も反応しないのが面白くないのか、マルフォイは子分のいかにも愚鈍そうな少年達——クラッブとゴイルだったか、どちらかは正直区別がつかない——と共にせせら笑いながら中傷してくる。

 が、不思議とリランに対しては何も暴言を吐かず、反抗的な目で睨んでくるだけだった。

 

(フンッ、痛くも痒くもないな)

 

 リランははっきり言ってマルフォイに全く興味がなかった。関わりと言えばせいぜい、ハロウィーンの騒動で噛みついてきた際にハリーの闘争心に火をつけた戦犯と知った怒りをそのままぶつけた程度だった。

 入学式の後にも何か言われた気がするが、リランの出生に対する嫌味は彼以外のスリザリン生からも吐いて捨てるほどぶつけられているので一々覚えていない。つまりマルフォイはその程度の存在だった。

 むしろホグワーツの理事である父親のルシウス・マルフォイの方を恐れていた。穢れた血を排除せんと強制退学なんぞを命じられるかと思ったのだが、ダンブルドアがいる以上強くは出れないらしく、3年経った今でも何の嫌がらせもない。

 理事の立場であるからこそリランの有能ぶりを間近で感じ取ったのか、人知れずダンブルドアがリランにかかる火の粉を振り払っているのかは分からない。

 いずれにせよ、今まで闇の帝王だの、サド義父母だの、クソポルターガイストだのを相手にしてきたリランは、前菜程度の脅し文句にビビった挙句、陰から罵ることしかできない額が七光りした貧相な小蛇なぞ全く怖くないのである。

 しかしながら、これは経験を得た大人だからこその意見だった。

 いかに相手の格が低くとも、自分にぶつけられた暴言が少しでも名誉をかすめたのなら、黙って受け流してはいけない。

 十代の多感な時期には逆に不健全ではないかとリランは思うのだ。

 ネビルは座ったまま後ろを振り返り、正面きってマルフォイに言い放った。

 

「マ、マルフォイッ、ぼ、僕……僕には、君が何人束になってもかなわないくらいに素晴らしい価値があるんだ!!」

 

 リランの好きな大福のようにふにふにした顔は真っ赤に染まっていたが、瞳は怯えつつも決して逃げ腰ではなかった。

 

(よ〜く言ったァ!! よく言ったな、いいぞロングボトム!!)

 

 マルフォイもクラッブもゴイルも笑い転げていたが、リランは彼らを笑い飛ばした。とんだブーメランと言われて仕舞えばそれまでだが、どんな事情やしがらみがあろうとも、人を罵ることでしか上に立てない奴は所詮、その程度なのだ。

 ロンも試合から目を離す余裕がないながらも「いいぞネビル、もっと言ってやれ!!」と声を張り上げた。ハーマイオニーも指を十字架に組みコクリと力強く頷いていた。

 

「ハッ、ロングボトム! 君は脳みそが金で出来ているに違いないね。君はウィーズリーより貧乏だ。つまり生半可な貧乏じゃないってことさ」

 

 よくもまあ、回る舌と頭だ。咄嗟にアルフォンス・ドーデが出るあたり腐っても貴族らしく教養には富んでいるらしい。

 ハッフルパフの弾幕といい、存外マグルのマザーグースや書物は魔法族に広まっているようだ。シカンダー教授が喜びそうである。

 それにしても意外だ。純血主義を掲げるわりに、『黄金の脳を持つ男』を——フランス人のマグルが書いた怪談だ——読み聞かせるだなんて、それこそ寓話的に思う。

 リランも読んだことがある。屋敷に囚われていた頃、マリア・メンターに読み聞かせられたのだ。悪趣味な女の私物に教訓を語る本があることもまた、寓話染みている。

 話の内容は至ってシンプルな因果応報的ものだ。

 黄金の脳を持って生まれた男が、実の親にたかられ友に裏切られ、阿呆な女に恋焦がれ、どんどんと脳みそを失い、最後は虚しく命を落とす。

 黄金は自分を形作るものの比喩、知識や感情、感動、記憶だろう。易々と他人に明け渡すなといった説教は妙に身につまされる話だったのでよく覚えている。そう、本当に記憶というものは———

 

「え」

 

 刹那、リランの背筋が凍った。

 血管がギュッと引き締まり、グラグラと視界が揺らぎだす。耳の奥で心拍が轟き、胃が勢いよく競り上げ、冷や汗が全身をつたった。

 ハーマイオニーが立ち上がり、マルフォイが何か叫んだようだが、リランは全く気づかなかった。

 目の前を急降下する紅の閃光をリランはただ見つめることしかできなかった。

 空をかける流星のごとく、飛沫を上げた今までの情景が弾け回り、身体の芯を揺さぶる。

 ぐるぐる、

 

『クィレルを怪しんだスネイプが自ら監督を買って出た試合だった筈だ。閏年だったこともあり、朧げな記憶の中でも鮮明な出来事だった』

 

 ぐるぐる、

 

『ハーマイオニーとフレッドが悩んでいたスネイプの審判問題はリランの記憶には殆どなかった』

 

 酩酊、

 ———クィディッチ初戦、かつてのクィレルはハーマイオニー・グレンジャーに薙ぎ倒されたか? 

 酩酊、

 ———違う。スネイプのローブに青い炎がついたのだ。燃え盛って、目を離して、

 酩酊、

 ———クリスマスに抜け出したハリー・ポッターは図書館に忍び込んで、廊下で自分はスネイプに詰め寄られ、そして、何かにスネイプは手を伸ばして、

 ……矛盾。

()()は圧倒的な、どうしようもないほどの、禍々しいまでの矛盾だった。

 

「ッハァ」

 

『アネモネは押し花に最適です。きっといいものが作れますよ』

 

 吐き気に耐えきれず咄嗟に下を向いてしまう。嗚咽が喉を締め付け、脂汗がこめかみをつたった。

 嵐のような歓声もリランには水の中のようにくぐもり不鮮明だった。

 閉じた瞼の裏に、かつて見た、()()()()()()()凪いだようなクィレルの顔が浮かんでは霧散していく。

 くすんだ不健康な肌が、神経質そうな三白眼が、泣き出しそうな眼差しが……、

 

「————————」

 

 ……自分の顔の輪郭が急にぼやけてしまった? 

 違う、違う、違う!!! 自分の顔ではない。クィレルはクィレルであり、リランではない。

()()()()()()()()()は純粋な愛情を持っている。そうだ、そうだ。そうなのだ。

 疑うことすらなかった事実が覆った。疑うべきだったのだ。疑わねばならなかったのだ。

 今までも心当たりはあった筈だ。あった。確かにあった。何故見逃した? 何故気がつかなかった? 何故何故何故!!!! 

 知らない記憶、やけに朧げな記憶、あまりに粗雑な記憶の混沌(カオス)

 逆行とは、物事の順序に逆らった方向に進むことだ。

 しかし、既にリランの知る歴史と本来の歴史が混同している。

 リランが全てを知らなければ話は違った。歴史を変えた影響だと受け入れることが出来た。

 

『この世界が前世と違っていたとしても、過去の記憶と今の状況が全く噛み合っていない訳ではない』

 

()()()()()()()()。微塵も噛み合っていない。全て破綻してしまっている。めちゃくちゃに乱丁したシナリオだ。

 リランは知らないはずの記憶を、()()()()()()()()()()はずの記憶を当たり前に受け入れていた。当然のように、自分の記憶のように。

 その事実が酷く恐ろしくて堪らなかった。

 リラン本来の記憶がじわりじわりと蝕まれていたのだ。

 

『ここはお前のいた過去じゃあないんだぜ?』

 

脳みその奥で久しく聞いていなかった、憎らしい声が嗤っている。

 

『おい、ピーブズ! お前、私のことを揶揄っていたな? 意味深な適当を言いやがって!!』

『ンン? 何のことぉ? 朝からしかめっ面してさあ、美容に悪いんじゃない?』

 

 奴は否定をしなかった。肯定もしなかった。嘘ではない、からかいではない、空言ではない。

 

『———世の中には自らの脳で生きるしかなく、些細な日々を生きる心の糧を、自らのそのものとして欠くことができない人がいます』

 

『最も大切な大切な純金の粒で、つぐなうしかない人々がいるのです。つぐないは彼らにとって酷い苦しみです』

 

 マリアの歌うような声が、ピーブズのいやらしい囁きが、クィレルの平淡な吐露が、リランの心の奥を、丁寧に優しく無惨に引き摺り出す。

 

「……あぁ」

 

『———そうして、その耐え難い呵責の苦しみに疲れ切ると……』

 

リランは正しく、『黄金の脳をもつ男』だったのだ。





シカンダー:恋愛煩。出番はもうない。

ジョージ:爆弾坊。思春期。キャラメルは大事に食べた

マルフォイ:乱坊々。散々な言われようだが、お勉強ができる為に、criticalを打った

ネビル:忘れん坊。可愛い。頑張ったね!!

リラン:錯乱忘。そ れ ど こ ろ で は な い!!!!!!!!


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