Q or…?   作:涛子

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【26】That’s The Badger…Just a sec(その通り、いやちょっとまて)⁉︎

 ———物体を構成する部品の全てを、一つ残らず新しいものに置き換えたとき、過去の()()と現在のそれは同じであると言えるのだろうか。

 

 ギリシャ神話から由来する『テセウスの船』というパラドックスがある。

 テセウスは激しい戦いの末、怪物ミノタウロスに勝利した。人々は栄光を讃え、彼が乗っていた船を後世に残そうとしたが、肝心の船はどこもかしこも朽ち果て、とても持ちそうにはなかった。

 人々は考えた。もしも船を修繕してしまえば、『英雄の船』という本来の価値が失われてしまうのではないかと。

 矛盾じみた存在意義の問いは大変難しいものだった。多くの者が悩み、頭を捻った。現在でも完全に分からずじまい、という訳ではないが、それでもすぐに答えられる者は中々居ない。

 人類にとって幸いだったのは、紀元前三〇〇年の時代に、かの有名なギリシャの哲学者であるアリストテレスが見解を示していることだろう。

 アリストテレスは『テセウスの船』について議論を交わす、弟子デメトリウスと()の哲学者達に事の要因を形相、質料、起動、目的の四つに分けて考える『四原因説』を提言した。

 すると彼らは、質料因、すなわち船の構成部品だけが違っていることに気がついた。一周まわっただけのように思えるが、このアイデンティティの判断基準が議論において重要であると判明したのである。

 そうしてデメトリウス達は、過去の賢人ヘラクレイトスの『ヘラクレイトスの川』という、同じく同一性を問いた論理も用いて結論を出した。

 川の水が流れ新たな水に変じようとも、川そのものの名に影響するわけではない。同じようにこの世の全ては生々流転であり、中身が変わろうともその本質の客観的な認識は変わらないと定義づけたのだ。

 そう小難しいことではない。人間や生命、自分自体が身近な例だ。

 人間の細胞は約七年間で入れ替わり、どんなに生命力の強いものでも十年は持たないという。しかし記憶や心、そして魂は不可視であり不変だ。

 それ故に、皆一度は自己愛を拗らせたモラトリアムに陥り、自分が何者であるなどと突飛に疑えど、結局は自己存在そのものを否定せずに生きている。

 ただしそれは、己を己であるとたらしめる理由が()()であった場合のみに成立する。

 

「———ッ、ハァ、ッ」

 

 リランは違った。()()()()()()()()()。理に反しているのだ。

【クィレル】が呪いから一時的に逃げおおせられた理由は、一切関係のない少女の肉体に魂が成ったからである。

 この時点で、【クィレル】とリランの形相因(姿や形)は異なり、同時に肉体自体は呪われていないことから質料因(材質)も否定された。

 また、【クィレル】はアイルランド人のマグルの母とイギリス人の魔法使いの父の間に産まれた。リランの産みの親は南イングランドに住むイギリス人のマグルであり、もっというなら一度ピーブズに魂を飲まれている。起動因(誰がどのように)は根本から切り崩された。

 目的因(何の為に)などこちらが聞きたいくらいだ。何故この世に存在しているのかなんて、生きているのかだなんて、自分自身ですら理解不能だと言うのに。

 ……もう()()ではない。

 リランは既に、不変でなければならなかった記憶と魂(アイデンティティ)を消失してしまった。

 クリスマスイブの夜、リランは言った。

 クィレルの犯した罪であるのに何故同情せねばならないと。

 自業自得を悔やむ資格はなく、無様な行く末を哀れむ余地などないと。

 正しくその通りだった。罪も業も文字通りリランのものではなかったのだから。 

 今思えば、なんて烏滸がましいのだろう。

クィレル(リラン)】はクィレルではなかったというのに、【クィレル(リラン)】こそ生きた屍であるというのに。

 ……モラトリアムは誰にでも訪れる『大人になる為の猶予期間』だ。

 うろうろと彷徨う者や、もがき苦しむ者、ダラダラと躊躇する者、人それぞれに子供と大人の境を歩み、アイデンティティを見つける。

 人格形成において重要なのは拗らせた期間の長さではなくその密度と質である。

 ねじ曲がったまま大人になり、最期を迎え損ねた承認欲求の燃えかす(リラン)が、()()である筈がない。

 リランは激しい動揺の理由に気づいてしまった。

 理想の自分を盾に過去を罵りながらも、無意識の底ではクィレルでありたかったのだ。

 

 クィレルのままで自分をやり直したかったのだ。

 

 

 ▼▽▼

 

 

「やった! ハリーが勝った……私たちの勝ちよ! グリフィンドールが首位に立ったわ!」

 

 リランがゆっくりと顔を上げたその時、左半身に何かが突撃してきた。ハーマイオニーが感極まって飛びついてきたのだ。

 いつの間にか試合は終わっていたらしい。狂喜するグリフィンドール生達を、ハーマイオニーに揺さぶられるままリランはただ無感動に見つめた。

 先程までの強烈な吐き気は嘘のように引いていた。少しばかり目の奥が痛む気がするが、全てがのっぺりと鈍間なように感じる。

 左右に揺れる視界に、遅れて頭痛が始まる。どうにも五感の類いが他人事だった。

 

「信じられないわ! こんなに早くスニッチを捕まえるなんて、5分もたってい、ないの、に……? リラン、?」

「ックラッブ、ゴイル!! ウィーズリーをぶちのめせッ!!」

 

 ハーマイオニーの声が不意に萎んだ途端、間髪いれずマルフォイが噛み付き遮った。昂った鋭い声に鼓膜がジンと痺れる。

 何があったのか、ブロンドの髪はどこもかしこも埃塗れで、怒りに歪んだ目には青あざをクッキリとこしらえていた。

 

「も゛う一発くらいだいか負け犬め! とっどと失せろ!」

 

 スタンドから立ち上がったロンが鼻血をダラダラと流しながら、濁点混じりの啖呵をきった。マルフォイと同じくらいボロボロで、肩には気絶しているネビルを背負っている。

 

「フンッ、その様でかい?」

 

 マルフォイが鼻で笑った。威勢は良いがどう見ても手下達相手(クラッブゴイル)に軍牌が上がっている。

 一触即発の雰囲気に、状況を飲み込めていないらしいハーマイオニーがリランの手を握ってくる。困惑した顔と揺らぐ茶色の瞳にようやくリランの琴線が揺らいだ。

 そうだ。どんなに絶望していようとも、優しいリランの仮面を外すわけにはいかない。

 リランにとっては偽りの人格でも彼女達には真実なのだから。

 

「ハーマイオニー、さん」

 

 リランはハーマイオニーの手を軽く握り返すと、空いた右手でゆっくりと頭を撫でた。

 リランに成って、初めて本当の意味で優しく人に触れた瞬間だった。

 

「、リランッ、あなた」

 

 栗色の髪からそっと手を放す。カタカタと震える指先、妙に気抜けた思考回路。だが、魔力は不思議と漲っていた。

 溢しかけた苦笑を飲み込むと、リランは静かに杖を取り出した。

 フワフワと覚束ない意識を半ば無理矢理に手繰りよせ、無言のまま山なりに杖を振り下ろす。

 

イモビラス(動くな)

 

 微かに揺れた杖先から青紫のストロボが勢いよく二発飛び出し、バキバキと拳を鳴らすクラッブとゴイルにそれぞれが命中した。

 

「オワッ!!」

「なんだと、っ!?」

 

 何かに縛られたように静止した二人に、マルフォイとロンは揃って振り返ったが、まるで正反対の感情に目を細めている。

 その拍子に、リランの視界がくらり、と一瞬傾いた。

 

「ッッ、覚えていろよウィーズリー!」

 

 不利を悟ったマルフォイは屈辱に顔を歪め、憎々しげに一瞥すると、手下を置き去りにスタンドを去っていった。

 

 ———なんとか、上手くいった

 

「〜〜〜ッリラ゛ン〜!! 君っでば最高だぜー!」

 

 ネビルを振り落とさんばかりに喜び踊りながらロンが近寄ってくる。

 笑顔は返せているだろうかと、リランは無意識に止めていた呼吸をゆっくりと吐き出した。

 寒い。凍えそうなほどの寒気に全身の産毛が逆立つが、気色の悪いことに身体の芯が裂けそうなほど血が熱く蠢いている。

 吸って、吐いて、また吸って。ふらつかないように椅子に手を押し付け、両足をぐっと踏ん張らせるが俄然、自由がきかない。

 

「リラン!? 顔が真っ青よ、やっぱり」

 

(あ、れ、体が、うまく)

 

 世界が斜めに落ち込み、ハーマイオニーの泣き出しそうな顔が目の端に映り込む。

 直後、ブレーカーを落としたようにリランの意識はブツリと途切れてしまった。

 

 

 ▼▽▼

 

 

「……ぁ……、?」

 

 眼裏(まなうら)に浮かんだオレンジ色に誘われるまま、リランは睫毛を振るわせた。

 ぬかるんだ意識がのんびりと状況を咀嚼する。頬への柔らかな感触、鼻につく薬の匂い、身体の気怠さと疼く熱っぽさ。

 

(私、熱が……倒れ、それで医務、室に、ックソ)

 

 順繰りに記憶を辿り終わった途端に、刺すような痛みが脳みそを揺さぶった。思わず眉間に力が入るが、反動で更に悪化する。

 一度体調の悪さを自覚してしまうと、もうどうしようもなかった。今やスプリングの軋む些細な音さえ耳障りで仕方がない。

 瞬きをするごとに増していく不快感をやり過ごそうと、なんとか首を傾けたときだった。誰かの話す声と気配が徐々に近づいてくる。

 

「いいですか、十五分きっかりですからね。まだ彼女は安静にしなければなりませんから」

「はい、勿論です先生……」

「……セド、リック?」

 

 零れ落ちたリランの声に、スクリーン越しのシルエットがビャッと飛び跳ねた。なにやら慌てた様子で右往左往したかと思えば、数秒後にマダム・ポンフリーを連れて戻ってきた。

 

「起きましたか? あぁ、まだ熱が少しありますね、喉は痛いですか? 結構、この薬をお飲みなさい」

 

 カーテンが開き、水差しと薬のボトルを抱えたマダム・ポンフリーがベッドを覗き込んできた。彼女は心配そうな顔のまま、しかし非常にテキパキとリランの容態を確認し始める。

 リランはされるがままだった。パジャマを取り替えられ——いつのまにか着ていた——、身体の汗を拭われ、杖を振るわれ、小匙の液体を流し込まれる。

 

「〜〜〜〜苦っ!?」

 

 強烈な苦酸っぱさに具合の悪さが一瞬吹っ飛び、口いっぱいに唾液が溜まる。

 きっと顔中がしわくちゃに歪んでいるに違いない。リランは吐き気と頭痛を堪えると、ほとんど気合いで飲み込んだ。

 この学校で唯一、リランの変顔を目撃したであろうマダム・ポンフリーは特別に反応することはなく、リランに氷のうを当てがい、セドリックに厳重に注意を施すとエプロンを翻して去っていった。

 

「やぁリラン。食べれそうなら、コレ、口直しにどうかな?」

「……お気遣いありがとうございます」

 

 葡萄の入った籠を持ち上げなから苦笑するセドリックに、リランは迷わず頷いた。良薬は口に苦しのことわざ通り、体はすっかり楽になっていた。

 

「君、突然倒れて、そのまま丸一日眠ってたんだよ。みんな心配してる。特にハーマイオニーが……ハイ、どうぞ」

「態々皮剥きまで……ありがとうございます」

 

 小皿に乗った葡萄を受け取ったリランは、セドリックとの会話に躊躇いを覚えていた。顔を、目を合わせることが酷く難しい。

 

(……あのまま、寝たフリをしていればよかったのに、ちくしょう。なまじ調子が戻ったせいで、クソ)

 

「……リラン、何かあったんだろ?」

「ッ!!」

 

 不安を見抜かれ、図星を突かれたことにリランの心がまた軋んだ。その通り、()()()()()。想像もしていないとんでもない何かだった。

 彼の真っ直ぐな目を見てしまったら、慰められてしまったら、何も知らない癖にと、自ら棚に上げて当たってしまいそうだった。

 

(優しく、するなよ)

 

 ひとえに、理不尽な感情を抑えられているのは、セドリックが相手だからだった。

 リランは知っている。彼の純粋さと優しさが本心であることを。彼は最初から誠実に友であったことを。

 

「……自分がわからなくなって、しまって」

 

 重く迫る暗雲からポツリと、並々と満たされたコップからタラリと、想いが、言葉が転がり出た。

 

「私らしさって、私が居る意味はなんだろうって……」

「好きだと言外に伝えられても、それは本当のクィレル()に対するものなのか、どうかもわからなくなって」

「っ、見栄なんです全部。一から理解しないと守護霊(魔法)も何も出来ないし、前世の矛盾(大事な事)も忘れてしまうし、少しも完璧じゃない」

「皆が信じてくれるリラン()クィレル()は正直に答えられていない気がして」

 

「———そんなことない!!」

 

 堰を切ったように溢れたリランの吐露は、出し切るほんの手前でセドリックに拒まれた。

 いつもの優しげなものとは違う、聞いたことのない切羽詰まった声色に、リランはシーツをギュッと握りしめた。

 

「そんな、そんな悲しいこと言わないでくれよ……!!」

 

 俯きながら絞り出された声は、酷く震えていた。今にも泣き出しそうなセドリックにかける言葉が分からず、ただ口を噤むことがしかできない。

 

「———この際だからハッキリ言わせてもらう。僕は君に理想なんかない」

「え? 、ッ!?」

 

 突如、温かい何かに顔が包まれ、柔らかな灰色の瞳にぶつかった。

 リランはセドリックの掌を頬に添えられたまま、文字通り真正面に向き合っていた。

 

「リランは寂しがり屋の癖にすぐ逃げようとするし、結構食いしんぼうだ。今みたいに時々極端なこともある」

「……でも努力家で負けず嫌いなところも、とても優しくて感情的なのも知ってる」

 

 セドリックの眼差しは、聞き分けのない子供を見るもので、しかしそれ以上に慈愛に満ちた穏やかさだった。

 

「僕はねリラン。そのままの君を、僕の友達を信じてるよ」

「———ッッ!!」

 

 稲妻に打たれた気分だった。陽光の煌めきが、砕けた心の氷に反射しながらリランの、クィレルの瞳の中に舞い上がった。

 心地の良い既視感。だが、クリスマス(あの時)よりも荒々しく、無茶苦茶だ。

 胸の奥が激しく軋み、滲み出した熱い奔流がつま先から巡り喉元から迫り上げてくる。

 リランは今まで見て見ぬフリをして振り払っていた、不慣れな感情の正体を理解した。

 

(やり直したかった。クィレルのままで、ありのままで、セドリックに、友達に受け入れて欲しかった)

 

 セドリックが述べた『リランの悪癖』は、リランとして取り繕うことが出来なかった綻びで、クィレルの名残りで、テセウスの船だったのだ。

 

「っ、セドリック、ありがとう」

 

 真実、心からの言葉だった。嵐がさった後の清々しさに久方ぶりに肩の力が抜けた。

 

(結局は、振り出しに戻っただけ……何も解決はしていない。でも、それでもコレで良い)

 

 この気づきは無駄ではない。デメトリウス達が交わし合った議論のように、大切で重要な黄金の粒を見つけられたのだ。

 

 ……それからリランはセドリックと沢山の話をした。

 全て本音ではないけれど、精一杯なるべく正直に感じたまま想いを紡いだ。セドリックには本当に誠実でありたかった。

 アンリーから預かったというチョコ菓子——バレンタインの時と同じだ——を受け取り、はたまた試合の結果を慰めたり、この先の試験について話したり、と会話は弾んだ。そしてその中で、いくつかの意外な事実も判明したのである。

 例えば、スネイプが倒れたリランを医務室に運ぶ程度には自分を気にかけていたことや、あの苛烈な横断幕を考えたのはセドリックだったということだ。

 

「ちょっとライオンを落ち着かせたくてね、負けちゃったけど、結果的に正解だった見たいだし」

 

(ラ、ライオン?? 一体何が?)

 

 リランが尋ねる前に、そろそろ時間だとセドリックは笑いながら立ち上がったので、会話は打ち止め、お開きになってしまった。

 

「それじゃ、お大事に。あ、忘れるところだった! コレ、体調が落ち着いたら読んでね」

 

 葡萄の入っていた籠の中から、セドリックがいくつかのカードを渡してきた。暖色の派手な色味のものは双子とパーシー。サックスブルーはハリーとロンから。たんぽぽ色はハーマイオニーとネビル。そして、ミント色のセドリック。それぞれからのお見舞いだった。

 

「うん、コレで寂しくないね。じゃあ、今度こ、」

「ディゴリー!! エアクイル!! 時間厳守です!!」

 

 天井のシャンデリアを揺るがすマダム・ポンフリーの怒号に、セドリックとリランは二人揃ってビャッと肩を跳ね上げた。

 ソロリとお互いに顔を見合わせ、同時に苦笑する。

 全く締まらない、しかし、素敵な友情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春も半ば、イースター休暇まで僅かという麗らかな金曜日。

 

(何が『素敵な友情だった』だこの野郎ォ!!!!!!!)

 

 リランは今までの傷心はどこへやったと言われんばかりに、内心口汚く下衆に荒れていた。

 鼻息荒く向かう先は、めでたくマダム・ピンスの監視網が落ち着いた図書館であるが、今日は守護霊の勉強ではなく息抜きを兼ねた別途だった。

 

 今週をもって期末試験まで十週間を切ったのである。息抜きになっていない? 腐っても一度N.E.W.T(イモリ)試験を合格し、教職に着いた身からすると苦でもなんでもない。

 むしろ、三年生の勉学は余裕でパスできる難易度で、頭を回しつつ一息つくのに丁度良い塩梅なのだ。

 

(そんなことよりもだ!!! 守護霊は一瞬も出てこないし、腐れポルターガイストは全く顔ださねーし、スネイプは順調に誤解されてるし、クィレルはヘタレてアピールしてこねぇーし!!!)

 

 いや、しなくていいんだって!! と、リランはブンブンと頭を振った。あのハゲ野郎のアプローチは変わり映えのない鬱陶しさで、遠回りで、大変めんどくさいのである。

 リランが退院する日に、隠すように枕元に添えられていたデイジーも恐らくクィレルの仕業だろう。

 妖精か。さっさと告白してくれば思いっきりフッてやれるのに、気持ち悪さも大概にしてくれないだろうか。

 態度をどうにかして欲しいといえばスネイプもそうだ。相変わらずハリーを守るとはいえやり方が不器用というか、あまりにもおざなりすぎで逆に態とらしい。

 あまりに悪役がハマりすぎているせいで、子供達がものの見事にミスリードにかけられている。

 天職か。どうせ嫌な奴になるならば、ことあるごとにクィレルに優しく接するハリーとロンの奇行を止めてはくれないだろうか。善意が見ていてキツいのだ。

 普通に考えて、11歳に励まされる22歳(ハゲ・童貞・ロリコン・後頭部に闇の帝王)の絵面を目撃したら酷い以外の感想が出ないだろう。何故誰も止めない。リランがおかしいのか、この世界のクィレルが舐められ過ぎなのか。

 

「ハァ———……」

 

 深く深く吐き出した自身のため息に、リランは溺れそうだった。

 三月は、拗らせから抜け出し切れていなかったことによる黒歴史に始まり、リランにとって色んな意味で居た堪れない日々だったのだ。

 耳元でライオンの咆哮をぶつけられたようなスタートに鼓膜が劈けそうになったと言っても過言ではない。

 リランは、セドリックの前で曝け出したあれやそれを素直に美談として片付ける事を良しとしなかった。

『開き直ったように見えて、その実未練タラタラでした』というリランと【クィレル】の本音を、格好をつけずにそのまま受け止め、悶える事が大切だと思ったからだ。

 その代償がこの荒みっぷりなのだが、精神疲労と侮る事なかれ。セドリックという奇跡の権化のような友人を得ても、恥ずかしい過去に削れるものは削れるし、人は羞恥にベッドの上で声無き声を上げる。

 リランはマフリアート(耳塞ぎ)シレンシオ(沈黙呪文)に心の底から感謝し、オブリビエイト(忘却術)の使用を何度か本気で検討した。

 本当に恥ずかしかったが、不思議とスッキリした気分だった。募りに積もった感情の塊に、リランはかなり追い詰められていたらしい。

 

(イースター休暇に入れば、クィレルはハグリッドから三頭犬のたぶらかし方を聞き出す為にドラゴンを手に入れる筈だ。そこにハリー達が首を突っ込んで、大量減点。禁じられた森の罰則でユニコーンを殺しているところを目撃されて、()()()なケンタウロスに邪魔立てされる)

 

 これ以上の矛盾がなければ、ハリーの掌にかけられた不思議な呪文によりクィレルの顔は焼け爛れ、そのまま灰になって崩れ死ぬ

【クィレル】がユニコーンを殺し血を飲み始めたのは、四月の半ばであるが、記憶の矛盾と改竄がわかった今、もうアテにしない方が得策だろう。

 いずれにせよ、呪い殺されること自体に変わりはないのだから。

 

「ハァ……ん?」

 

 嫌な最期だと再びため息をこぼしかけたリランの頭上を、キラキラ光る赤色の何かが通過した。

 目で追いかけたそれは、透き通った四枚の羽と大きな複眼をもったトンボだった。季節外れの燃えるような色合いが、鈍色の空によく映えている。

 悠々と暫く空を泳いでいた赤トンボは、やがてリランの前に降りてくると二、三回身を震わせ、ポンッと軽快な音を立てて羊皮紙に変身した。オレンジの星形の煙が宙に霧散する。

 

「え、何、……『ヘイ、リラン!!』……ウィーズリー?」

 

 突然の変身術に戸惑いながらも手に取ったそれは、暫く話していなかった双子からの手紙だった。一巻き分くらいある。どちらが書いたのか、やけにガチャガチャした文章だった。

 要約すると、『もう直ぐ母の日である為贈り物をしたいが、女性であるリランの意見が欲しい』ことと『試験勉強の為の勉強会に来て欲しい』とのことだった。

 

「ご丁寧に日付の指定までねぇ……参加者はセドリックに、リー・ジョーダン。いや、流石に明日は無理。四日は自分で使いたいし、十一日か」

 

 リランが四月十一日の土曜日に丸印をつけると、羊皮紙は再びトンボに戻り、一度、複眼を七色に煌めかせるとどこかへ飛び去っていった。手の込んだことをする双子である。

 ユニコーン殺しの大罪人が同級生と勉強会とは、中々に不可解なものであるが、フラッシュバックする黒歴史に一人延々と耐え続けるのにも限界が来た。

 リー・ジョーダンとは殆ど話したことがないが、セドリックも居るのであれば安心だ。双子も多分余計なことはしないだろう。

 羞恥心はまだ燻っているが、やはり持つべきものはハッフルパフの友達だなと、リランは妙な言えない気持ちのまま一つ瞬きをした。

 

「……そういえば、もうすぐアイツらの誕生日だっけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、その万年筆使ってくれてるんですね……!」

「モチロン! すげぇ使いやすいぜ、なジョージ?」

「ん? あぁ、ウン。そうだな、ありがとうリラン!」

 

 ———いや、あからさまだよ君

 

 セドリックは飛び出しそうになった言葉をグッと飲み込んだ。

 図書館の片隅にて開かれていた期末試験の勉強会は、フレッドが取り出した赤い万年筆によって一時中断された。

 どうやら、先週の水曜日にあった双子の誕生日にリランが贈ったものらしい。通りでリランが嬉しげで、ジョージがボーッとしているワケだ。

 

「それにしても宿題が多すぎるよマジで。リランの万年筆があっても一生終わる気がしない」

「色変わり、文字翻訳、計算機能、辞書付きって、いやエアクイル凄いな!?」

「それだけじゃないぜ、リランはセンスもいいんだ。ママも僕たちのアルバムに喜んでたぜ!」

「いや、本当にエアクイル凄いな!?」

「リランでいいですよ。リー・ジョーダンくん」

「リーって呼んでよ、リラン!」

 

(良かったねリラン……!!!!)

 

 背伸びをしながらボヤいたフレッドを皮切りに、それぞれが休憩に入った。リーの純粋な賛辞に微笑むリランは、控えめだが本当に嬉しそうで心が温かくなる。

 セドリックは年末のパーティー以来、どこか上の空でいつにも増して浮世離れしたリランの雰囲気が心配だった。

 スリザリンに心無い言葉を言われたのか、それとも双子のどちらかの調子に乗りすぎたイタズラにまた悩まされているのか。

 もしイタズラならば、今度の首位決定戦でやり返してやろうと意気込んだ。別れた彼女に未練はないが、フラれ弄りも腹に据えかねていたことに加えて、少し確かめたいことがあったのだ。

 どちらにせよ思いっきり煽りまくろうと決めたセドリックは、友人の手を借りながら巨大な横断幕を完成させた。リランと双子の度肝を抜いた顔を想像しただけで、面白可笑しかった。

 ……どことなく気がかりに思いながらもクィディッチの練習に勤しんでいたのが悪かったのか。

 負けの悔しさを噛み締めていたセドリックは、ふとグラウンドではしゃぐグリフィンドール生越しに見えた、がらんどうのスタンドに釘付けになった。

 背の高い真っ黒い出立ちの佇まいに、ヒュッと息が詰まる。

 

 ⦅スネイプ先生が、誰か担架に乗せている? 一体なぜ、あの人が……ッ!!!! ⦆

 

 考えるまでもなかった。試合前に双子と言い合ったではないか、リランはグリフィンドールの応援席にいたのだ。

 ミーティングを終わらせチームメイトを慰め、慌てて城の中に入った時、中庭に差し掛かる手前でハーマイオニーとロンを見つけた。

 

『ッハーマイオニー!! リランが倒れたって、大丈夫なのかい!?』

『!! セドリック、リ、リランが! リランの手がすごく冷たくて、私気付いてたのに何もできなくて』

『マルフォイが喧嘩を売ってきたんだ。それでクラッブとゴイルに殴られそうになったところをリランが助けてくれて……! でも、限界だったみたいで、魔法を使った後にそのまま倒れちゃって』

『……何か思い詰めてるみたいだったわ、凄く顔色が悪くてっ』

 

 詳しいことはわからないが、顔中が血まみれのロンとほとんど泣いているハーマイオニーを責める気など起きるはずもない。二人ともすっかり憔悴しきり、その場の混乱が目に見えるようだった。

 

『セドリック? 、あ、ロン! ハーマイオニー!!』

『!! ……教えてくれてありがとう、君たちは何も悪くないよ。じゃあ、僕はこれで』

 

 自責の念にかられていたセドリックは、背後からハリーが現れたことをきっかけにその場を退散した。向かう先は医務室だった。

 

 ⦅リラン、リラン、!! ⦆

 

 試合の疲れも忘れてセドリックは南棟に走った。医務室へのあと一つの曲がり角を疾走した時、お菓子を抱えた双子に出くわした。

 

『よぉ、セドリック! そんなに走ってどうし』

『それどころじゃない!! リランが倒れたんだ!!』

 

 片手を上げるフレッドをセドリックは遮った。丁度良い、二人にも話してしまおうと、ハーマイオニー達から聞いたことの顛末を余すことなく伝えた。

 

『マルフォイの野郎、次あったらただじゃおかねぇ……!!』

 

 二人の苛立ちは凄まじかった。特にジョージは持っていたパウンドケーキを握り潰すほどに怒り狂っていた。かなりの激情にセドリックの方が冷静になったくらいだった。

 リランに会えたのは翌日の昼過ぎだった。マダム・ポンフリーに頼み込み許可をもぎ取ったセドリックは恐る恐るリランのベッドに近づいた。

 

 自分の名を呼ぶ掠れ声に一年生の頃の記憶が蘇った。また自分は彼女に気遣われてしまったのだと、セドリックは泣きそうになった。

 そして、紆余曲折を得てセドリックはようやくリランの心に触れることができた。

 どうやら少々強引な方が彼女には効くらしく、現に、歪な防衛行動も少しばかり鳴りを顰めたようであった。

 だが、最もセドリックが驚いたことは彼女の悪癖に対してではない。リランとの付き合い方はゆっくりと向き合う長期戦だということは身をもって知っている為、今更であった。

 それよりも、ジョージがリランに対して行動を起こしていたことに仰天したのである。

 

『好きだと言外に伝えられても、それは本当の私に対するものなのか、どうかもわからなくなって』

 

 リランが告白されるのは今に始まった事ではない。厄介者扱いを受けつつも、しょっちゅう手紙をもらっているし、彼女はそれに辟易している。

 だからこそ、告白自体に嫌悪を抱いていないリランにセドリックは引っかかった。それはつまり、その告白した人物に対してリランがかなり気を許している相手からということではないだろうか。

 そして()()ということは、直接的ではないにせよ相手は何か行動を起こしている。愛を伝える日といえば、バレンタインという最高のイベントを外す者はいない。きっとその日に何かあったのだ。

 セドリックは殆ど確信に変わった疑念を再確認する為に、お見舞いの後、双子の元を訪れた。

 

『やぁ、フレッド、ジョージ! リランに会ってきたよ』

『どうだった? 元気そう?』

『ちょっと疲れが溜まってたみたいで、色々話もしたよ。ああ、そうだ。もしカード以外にお見舞いを渡すつもりならチョコはやめておいた方がいい。アンリーから貰ってる』

 

 セドリックは、リランが告白じみた行為に戸惑っているということは伏せて、リランが会話の中で一番反応していた、チョコレートに、いや恐らくはバレンタインについてそれとなく持ちかけてみたのだが……

 

「———そろそろイースターだろ? ハグリッドがハロウィーンのカボチャみたいなでっかいイースターエッグ作ってくんねぇかな」

「アー、そういやこの間やけにルンルンしながらブランデーの樽を担いでたぜ? きっとチョコレートボンボンでも作る気なんだよ」

「おいフレッド! それじゃあオレが食えないだろ!!」

「それならブランデーチョコじゃないですか? あ、でもただのチョコなら持ってますよ」

 

 ボヤいたリーに笑ったリランが鞄から取り出したチョコレートを手渡すのをセドリックは殆ど呆れたまま眺めた。

 正確にはちゃっかりリランの右隣に座り、ジトっとリーの手元のチョコを見つめるジョージであったが。

 

(冗談のつもりの煽り文句だったのに、まさかホントに煽っちゃうだなんてさ……)

 

 セドリックはジョージのポンコツ具合にため息をつきたくなった。

 案の定ジョージはバレンタインに何かやらかしていたらしい。が、タチの悪いことに彼は全て無自覚である様子なのだ。

 年末パーティーからなんとなくは察していた。リランの世話をやく自分に対して、やんわりと突っかかってきたり、リランと自分が絡まないことに対しては少し語気が荒くなっていたり。

 

「セドリックも良ければどうぞ」

「ウン、アリガトウ……」

 

 リランもリランだ。もっと仲良くなろうとマグルの文化を勉強していたセドリックは知っている。

 もし、ジョージがマグルの間でバレンタインにチョコレートを渡す意味を知ったらどうなるだろうか。

 今だって、チョコとリランの顔をチラチラ見ている。聞き間違いでなければ、ジョージはキャラメルと呟いていたと思う。本当に二人の間で何があったというのだろうか。

 

(リラン、チョコの意味、絶対知らないだろうな……)

 

 リランの詳しいマグル界の事情は知らないがこれも多分予想通りだろう。セドリックは、もう、なんというか罪な女の子だねとしか言えなかった。

 とにかく、リランが元気であればそれでいい。割り切ることにしたセドリックは教科書と新しい羊皮紙を机に広げた。

 現実逃避よりも、目下優先すべきは試験勉強である。休みが明けたら課題の量はもっと大変になるだろう。

 

「よしっ!」

 

 三学期も終わりが近づいている。リランの懸命な努力のおかげか、スリザリンの得点は去年以上に(かさ)を増している。

 優勝杯を逃したことに悔しい気持ちが訳ではないが、腐らずリランを見習って最後まで頑張ろうと、セドリックは羽ペンを片手に決意を固めた。

 

 ———だが、セドリックは3週間後信じられない光景に目を向くことになった

 

「何だよ、コレ、……!?」

 

 後に一夜の悪魔と密かに語られる、グリフィンドールとスリザリンの大量減点であった。




リラン:漸くまことの友を得た為SAN値回復。暫く悶える。
セドリック:忍耐強く真実な奇跡の13歳。そりゃ彼女にフラれる。友情わからせアナグマ野郎。
ウィーズリ-:リランが倒れてびっくり。一名は本気で不整脈。
一年生:リランが倒れて心臓止まりかけた。減点で心臓止まった。

フォイフォイ:リラン特攻持ち&ヘイトが倍に。減点で心臓止まった。
スネイプ:ネビルとリランを魔法で運んでくれた。クラッブとゴイルはその場で解除して、二点減点した。

デイジー:誰が置いたのかな
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