濃密な情報量と自分の成り行きに疲弊しつつも腑に落ちないことはまだ山ほどある。いきなり豹変したピーブズの態度に薄気味悪い何かを感じるもリランは口を開いた。
「『この世界で死んでも呪われる』……。随分とユニコーンの呪いはしつこいんだな」
「油汚れみたいにいうんじゃないよ」
「似たようなものだろう」
少々ヤケクソ気味に答えたリランはソファーに座り直すと眉間をグニグニと揉み解し知り得た真実を整理していく。
恐らくユニコーンの呪いというものは
リランも本来ならばそうなる筈だった。しかし、ピーブズと言う混沌の渦に飲み込まれたことによりなんらかの障害が起きてしまったのだろう。
つまり、魂が巻き戻ったこと、そして肉体が関係のない少女であることが、呪いから逃げおおせた理由なのだろう。ピーブズの話を聞くからに呪いは存続しているようだが。
「死んでも許さないね……。実質的に生まれ変わったにしても、体は別人だろうに。現に、【クィレル】を思い出すまでリランは少しばかり奇妙なただの子供だった。それでも執拗に殺しにかかるなんて本当に聖獣のやることか? いや、聖獣だからこそ、か」
なんて傲慢なんだと恐れ慄くリランにピーブズは笑いながら言った。
「聖獣だなんて言ったってアイツら自体は崇高とは程遠いぜ? ノアの箱舟然り、処女厨思考然り!」
魔法生物なんて大概そんなもんさと、慰めるように締めくくったピーブズは再び時計をみやると口を上げた。まだ時間はあるようである。
「だけど悪いことばかりじゃぁない」
「どういうことだ」
何を思ってそう言った。本当に馬鹿じゃないのか。盛大にののしりつつも、どこか心当たりがあったリランは辛辣に促した。
「ユニコーンの呪いによる圧倒的メリットは三つ」
節くれた指を三本立て、親指を折り曲げながらピーブズは言った。
「一つ目は、マーキング。お前にはぶっちゃけ祟りかってくらいに酷い呪いがかかってる。これはお前を喰ったことによって間接的に呪われたピーブズにしかわからない。おれ自身は呪いみたいなものだしなんの弊害もないんだけどね、つまり安全面も抜群なGPSだ! ただ、濃度が高すぎて、近くにいるときは役に立たないな」
全く安心できないし、リランのメリットではない。勝手に居場所を把握されている事実があまりにも気に入らず、折角ほぐれた眉間にしわが寄ってしまった。
「二つ目。魔力伝達の効率化。これはお前もなんとなく勘付いてたろう? 並の子供が六年間も絶食寸前で生きていけるわけがない」
「確かに怪我の直りが少し早い気はしていたが……。成程、生命維持に魔法を使っていたということか」
薄っぺらい身体を撫でながら合点であると頷くが、やはりイマイチ理解できない。リランの疑問に人差し指をブンブンと振りピーブズは答える。
「魔力伝達ってのは基本的に使えば使うほど上手く強くなっていく。勿論、個人差とか生まれながらのセンスの違いもあるけどね。そんでもってお前は常に自分の命を守ってた。最小限の魔力で最大限の効果でね。だから無言呪文とか魔法の扱いは結構洗練されてるんじゃない?」
「魔法の発生までのラグがほとんどゼロってことか。……だが、それは不幸な目に合うユニコーンの呪いで、仕方なく習得したってことだろ? 結局はデメリットに変わりはないじゃないか」
「勿論!」
リランは溜まらず呻いた。つまりそれは、このままメンター家に居れば未来がないと言うことだろう。ある程度の年齢を過ぎれば魔法省に勘づかれてしまうし、杖がない状態での魔法の使用に関してリランは素人である。
ユニコーンの生息する魔法界には出来るだけ行きたくない。そしてここが過去と言うことは間違いなく闇の帝王も存在している。
何としてでも逃げ出し、ただのマグルとして生きなければ。じわじわと未来への不安が這い上がって来るのを感じながらリランは唇をきつく噛みしめた。
その様を愉快気に眺めていたピーブズは、打ちひしがれる少女をヒョイと引っ張り上げると座り込むリランに視線を合わせ爽やかに告げた。
「ちなみに、最後のメリットはおれが滅茶苦茶愉しいってことだけど、そこら辺ちゃーんとわかってる?」
「お前が性悪なことだけ分かった。シネ」
「もう死んでるぜぇ?」
苛立ちが頂点に達したリランは思いっきりピーブズのすね毛を引っこ抜いた。情けない悲鳴に少し溜飲が下がったが、腹立たしいことには変わりない。涙目で脚を摩り文句を言いつつ、ピーブズは手元の懐中時計をリランにみせる。
「冗談はさておき……そろそろマリアが帰ってくる時間だ。他に聞きたいことはあるかい、お嬢様?」
文字盤の「12」と「4」をさす針に、『もうそんな時間か』と内心驚いたリランはビッとピーブズを指さした。
「サボク・オー・エアクイルだったか。そいつの精神は今どうなっているんだ? たしかマリアの秘書だったよな。今後に関わる。ちゃんと説明しろ」
お前がよく言うね、と小さくぼやいたピーブズは身なりを整えながら、気だるげに答えた。
「こいつは元サラリーマンの廃人寸前のアル中野郎。会社では優等生やってたみたいだけど、一緒に暮らしてた母親を殴りつけてたからお前相手にはちょうどいいかなってかっぱらってきたんだ。本名は知らなーい!」
「お前……」
「顔立ちからして恐らくは中国系の血筋だろうから、それっぽい名前にしといた。まぁ、平気だよ、人種なんて大した問題じゃない。どちらにせよここに潜り込む前に改名手続きはしてるし。正真正銘、こいつはサボク・オー・エアクイル。それでいいんだよ 」
「ちょっとまて、サラリーマンってそれ、会社の方は平気なのか?」
かなり重要なことを言われた気がするが、愉快犯相手に正論なんて時間の無駄でしかない。神経質な質のリランは細かいところまで把握したかった。
「だいじょーぶ! サラリーマンつったって、マフィアの傘下にあった会社だし。つーかそこの下っ端だったしね。取引先もお前が売られてた闇オークションだから平気へーき。むしろ人が消えても全く気にしないザル管理! コイツ、容量悪かったみたいだからきっと勝手にのたれ死んだって思ってるよ」
治安の悪さに慄きつつも、ふと湧き出た疑問がポロリと溢れる。
なぜコイツはリランが売られていたことを知っているのだ。
「おい、まて、まさかお前あの時あの場所にいたのか……!? 血統書と名前の……?」
「ああ、居たわ。ピーブズだね!」
今度ばかりは呆れて物が言えなかった。というかこの流れは前もやった気がする。ああ、頭が痛くて泣きそうだ。
運悪くサド一家に買われたリランを助ける為に———助けてはいないが———悪霊としてジョセフを追い詰め、マリアの秘書に取り憑いたのかと思っていたがだいぶ違った。
正しくは、居なくなっても困らない人間に取り憑き、時代錯誤である意味わかりやすいメンター家に送り出したのである。つまりはこの悪霊が地獄の元凶だったのだ。いや、最初からそうだったか。
怒りを通り越し力なく項垂れるリランの頭上でピーブズは得意気にべらべらと喋りだす。
「いやー我ながらいいセンスだと思うよ!
「ちょっと待て」
リランの導火線は短く乾燥気味だ。聞いてもいないのに、由来を語ろうとするピーブズの胸倉を再び掴み上げ、聞き捨てならないパワーワードを青筋を立てて問いただした。
「色々と物申したいが!! 今私の名字が『エアクイル』と言ったな? エアクイル!! お前の名前は!? 名前!!」
「んふふッ、サ、サボク・オー・エアクイルだけど?」
「エアクイル!? エ、エアクイルゥ!! そ、それってつまり」
「うん。養父だね」
「おま、おまえぇぇ……!!」
「パパだよリランちゃん」
「モ゛ア゛————ッッ!!!!」
とうとうリランは奇声を上げてピーブズ揺さぶりだした。なんだそれは!! 全く! これっぽっちも!! 聞いてない!!!
ゼエゼエと息を荒げ憤怒に燃える瞳を限界まで見開くリランの形相は、血色の悪い顔色と相まって非常に恐ろしいものだが、ピーブズはへでもないらしい。それどころか堪えきれないとばかりに勢い良く噴き出し若干過呼吸になりながらも、
「リラン・チー・エアクイルじゃ不自然だから、Qと Iはおれが頂いたよ」
と告げてくる余裕まである程だ。とても殺したい。
火に油を注ぐどころか、ガソリンを背負って地雷原で華麗なタップダンスを披露したピーブズは、怒りのあまり人語を忘れたリランを掬い上げポンと天蓋ベッドに放り投げると何でもないように声をかけた。
「まあ後は何とかするからさ! もう少しでジョセフも廃人寸前だしさ、マリアがこの家の当主になるまで耐えててね!!」
「~~~~ッッ!?」
——当主交代ってなんだそれ! 全然聞いてないし知らないんだが!? というかやっぱりお前が犯人か!!
最後の最後まで大切なことを言わないピーブズに、リランはありったけ呪詛を唱えるのだった。