「ホ~ぉ? 結構、羽振りがいいんじゃないマリア様? さっすがだねぇ!!」
事務仕事に勤しんでいたピーブズは、おどけた調子で呟いた。
それにしても凄まじい書類の数である。送付や提出、書き換え等々やることの多さったら途方もなかった。いくら睡眠を必要としないピーブズが憑依しているとはいえ、体はサボク・オーのもの。感覚が鈍かろうが流石に五徹はキツかった。
———秘書についたのはマズかったかもしれない
紙束を適当に纏めながら冷静に思ったが、マリアきってのご指名だったのだから、どちらにせよなるべくして成ったのだろう。考えても無駄だとピーブズは首を降った。
コチコチと静かな部屋で置時計が時を刻む。 小気味よい規則的な秒針の音と同調するように、ピーブズは思いを巡らせた。
この男に憑りつき、屋敷に忍び込んでまだ半年も経っていない。だが、マリア・メンターは驚くほど簡単にピーブズを信頼していた。
実のところ、肉体を得てもピーブズの五感は殆ど死んでいる。久しく乗り移った彼は、その特性をど忘れしていた為、初勤務で紅茶を淹れるお湯や暖炉の炎を幽体時と同様の感覚で、しかも、その時覆った大火傷にも真顔で対処というおまけ付きで扱ってしまった。多分それが彼女のおきに召したのだろう。相変わらず理解不能な琴線だと、リランがいたらどつかれそうな事をピーブズは思った。
そう、リラン。脳裏に浮かんだ少女にピーブズは口角を吊り上げた。
愚かな男を喰らったら、もっと愚かになって帰ってきた。これほど愉快で馬鹿らしい茶番は、生まれて、いや、死んで初めてだった。
神経質で臆病者の皮肉屋、容量の悪い頭でっかちに歪んだ倫理観。日和見野郎かと思えば信じられない程の忍耐力でしぶとくしがみつく根性。安外と脳筋思考なのも面白い。度々崩れる御粗末な理論武装もお気に入りだ。
悪人面で二ヤつく様子は控えめに言って不審そのものだったが、生憎、通報する目撃者はいなかった。
無機物と生命体の呼吸が、紙の匂いと混ざっていく。淡々と資料を積上げピーブズはジッと左手を見やった。小指から順に握りパッと開けば陽炎のように景色が揺れる。続けざまに、パチンと指を鳴らすと歪んだ景色がスルリと吸い込まれた。
一見何の変化も見られないが、ピーブズは確信した。
———カオスの、自分の力が増している
「マグルの体で裂け目が作れるなんてどーゆーことだよ……」
気が抜けたしかし、困惑しきった声色でピーブズは眉根を寄せた。
クィレルの存在が『向こう側』の自分から伝わった時、ホグワーツでシャンデリアの留め金を緩めていたピーブズは『どうやってここからそこへ向かうか』と頭を悩ませた。
別にちょっとばかり留守にしたって何ら問題はない。他のゴーストと違って自分は自由だ。だが、感じる呪いの大きさからして一筋縄ではいかないことは容易に察せられた。これはかなりの持久戦になるだろうと当たりをつけたピーブズは、長期間学校を離れることに難色を示した。
こんなに割の良い餌場はないし、ダンブルドアにだってきっと怪しまれる。それに悪戯が出来ないなんて有り得ない!
偏り過ぎた優先度に酷く迷走したピーブズが、『もうアイツ見捨てていいかな』と結論を出しかけたその時、事件は起こった。
「めんどくさいなぁ~……。アレだ、もうこっちのおれがやった訳じゃないし、いいよほっといても!」
「いや、絶対面白いってば! チラッとだけなら見に行けるぜ?」
「うーん……でも悪戯をサボっちゃうのは———って」
「え?」
考え込んでいたらいつの間にか分身していた。
今までの人生ならぬ悪霊生がひっくり返るような珍事にピーブズは本気の本気で焦りまくった。今までのこんなことは一度だってなかったのだ。
かなり動揺していた彼らの正気は揃いも揃ってゴミ箱に頭を突っ込んだところで戻ってきた。
そしてスンッと憑き物が落ちたような顔で———彼ら自身が憑き物と言ってしまえばそれまでだが———互いに向き合ったピーブズらはあくどい笑みを浮かべた。
———これお前がいけんじゃね?
その後どちらが行くかで少々揉めたが、オリジナルのピーブズがクィレルの元へ行くこととなった。
「あとは任せたぜピーバジー」
「うん、お土産頼んだよピーブズ」
教師とフィルチに感づかれないようピーブズはコッソリと場内から抜け出した。
姿を消し、魂を飲み込んだ際につけた呪いを頼りにイギリスをうろつきまわる。中々に骨の折れる作業だったがクィレルの業を考えればまず間違いなく無事ではない筈だ。
要は、信じられないくらい不幸なヤツを探し当てれば良い。三日ほど路地裏を中心に治安の悪い箇所を探っていたピーブズは漸く呪いの名残を見つけた。どうみても堅気で無い男の体に残る呪いの痕跡にやっぱりかと嗤いつつも適当に意識をかっぱらう。
憑依先の仕事場はいかにも怪しい建物の地下だった。そこには狭苦しい部屋に押し込められたショウヒン達がいた。
やはりマフィアだったかと死んだ目の子供達を眺めていたピーブズは気力に溢れた一対の水晶に目を奪われた。持ち主はマグル界では見たこともない珍しいブルージュの髪の毛をした少女だった。
間違いない、アレは呪われた子供だ。
記憶もないのに猫を何匹も被って従順にする強かさに興味を惹かれたピーブズは、思えばここで初めてクィレルを認識した。
商品名の記入作業を任されたピーブズは少女の血統書を手渡されニンマリと心中でほくそ笑む。名前を付けれるなんて好都合だ。
イル・リエニアルスルーク、ケリイ・カイス・ウウルル……
存外にも拘りの強いピーブズはふと『向こう側』の己の言葉を思い出した。『再演』……そうだ!! 再び同じことを繰り返す!
ピーブズは閃きのまま書類にrerunと書こうとするが、一度頷くとLilanと少し捻って綴った。
満足げに頷いた悪霊はクィレル……否、リランを買ったメンター家の詳細に目を通した。
流石は裏側の世界だけあって情報は事細かに記載されている。そこそこに稼いでいるらしい地主の倅であるジョセフ・メンターは、母方の高祖父が階級
サッチャー政策があるというのにと呆れたピーブズは伴侶のマリア・メンターにも目を通す。普通の家庭に生まれたマリアは貴族に大層憧れを抱いていた、否、現在進行形で憧れているらしい。
その願望を周囲がドン引きするほど拗らせた彼女は中々強かな人物でジョセフの見合いに進んで名乗りを挙げたようだ。彼女自身が相当な投資家だった為、金目当てブランド目当てとある意味お似合いの二人と言えるだろう。
(まぁどっちとも狂った性癖モンスターだけどさァ!!)
可哀想なリランちゃんと笑い転げた悪霊は、リランの買い取り先のしっかり住所を目に焼き付けると憑依を解き疾風の如く飛び去った。
ホグワーツへの帰り道で彼は、着々と算段を建てていく。
まずは、メンター家に忍び込み旦那の方をダメにしてしまおう。元々抑圧された人間のようであったし女よりは簡単に廃人になるだろう。それからさっきの男に乗り移ってメンター家に忍び込むのだ。リランだって誕生日を迎えたほうがきりがいいだろうし、何たって今月は大事なイベントがある。ポルターガイストとして見過ごすわけにはいかない。
「アー……養子制度ってどうなってるんだっけ? まあ後で調べればいいか」
ウキウキと空を駆けぬけたピーブズは学校につくや否や、ことの次第を上機嫌にピーバジーへと語った。
ピーバジーは発酵しすぎたウィスキーと蛆のわいたスモークサーモン片手に迎えてくれた。
「なあ、ピーブズ。お前これからどうするんだい?」
天文台のてっぺんで夜景と怒り狂うフィルチを見物しながら宴を楽しんでいたピーブズは、ピーバジーの口に咥えられたサーモンが夜風に揺れるのを尻目に答えた。
「とりあえず、バレンタインをぶち壊す」
「そうだね!!」
こうして、恋の芽を毟り取ったり、生徒の試験勉強を全力で妨げたり、フィルチにウィスキー(勿論腐っているものだ)を送り付けたりと外道極まりない日々を謳歌しながら、ピーブズは五ヶ月の間計画を練っていた。
緻密な準備の末、彼は思惑通りの『ジョセフを墜落させマリアを当主にする』という書き筋を達成した。
「第二ステップまで、合わせて八ヶ月……結構長かったけどこーんなに素敵なオモチャ──じゃなくて、相棒が見つかったんだから安いもんだよね!」
やはりリランがいたらすね毛を抜かれそうなことを口走り、ピーブズはチラリと時計を確認した。
「あらら、もう夜の九時ぃ? はっやいね人間の時間は……!」
未だに慣れないとぶつぶつ一人ごち、まだ今日はリランに食事を与えていないことにピーブズは気づいた。
医学書だったか、病人食の指南書かは忘れたが、そこに記載された極東の料理は胃に優しい物が多かった。常人では物足りないがあの萎びたもやしを肉付ける第一歩としては相応しい。アジアンマーケットでの買い物は多少値が張るが、金のあるメンター家にとっては微々たるものだろう。
また味気ないオカユを食べるのかとピーブズは若干気が滅入るも、実は米の腹持ちの良さに感心していたりする。
今度、日本のくさやという乾物と一緒に食してみよう。アレは臭いが凄まじいので感覚の鈍さも気にならないのだ。
取り留めないことを考えたピーブズはグッと伸び上がり、ひと段落ついた仕事を終わらせようとしたところで———
「——イヤアアアアアァァァァァッッ!!」
脳髄をぶち破る、悲痛にまみれた少女の絶叫が屋敷中に轟いた。
「は!?」
少し掠れた曇りガラスのような悲鳴。子供らしい鼻にかかったまろい声に、大人びた冷めた声色。それは間違いなく聞きなれたリランのものだった。
瞬時にピーブズは駆け出した。何か厄介が起きていることは確実で、何より今まで彼女の感情に溢れた声なんて聞いたことがない。
———生意気なアイツがあんだけ取り乱してんだ。絶対ヤバいぞコレェ!!!
瞬く間にマリアの寝室へ繋がる廊下へとたどり着いたピーブズは、叫びに駆け付けたであろう使用人を捕まえて焦るままに問いただした。
「ねえお前! どうせ事情知ってんだろ!? マリアはナニやらかそうとしてんだよ!?」
教えろと怯える女中に構わず、ピーブズは小声で唸り上げた。もしかしたらいつも通りの『オメカシ』なのかもしれない。限りなく薄い可能性だとわかりつつも、リスクの大きさに躊躇った上での判断だった。
「わ、わたしはなに、なにもしらないッッ!! わ、るいことはしてな、っあ————」
「そーかよ。じゃあ、死んどけッ!!」
自己保身に走った女を気絶させ、ピーブズは部屋へ突っ走った。ゴミが更に役立たずになるくらいの所業……。マリアに雇われるくらいにはまともな人間ではないコイツらが狼狽えるほどの何か。
不味い以外の何者でもない。思いつく限りの最悪を予想し、覚悟を決めたピーブズは駆ける勢いをそのままに渾身の力を込めて扉を蹴り開けた。
「リランッッ!! お前、生きてるかァ!?」
大砲並みの破壊音で鍵を粉砕したピーブズは、大声で少女の安否を確認した。しかし、彼が予想したマリアの驚愕の声もリランの返答も返ってこない。
「はぁ……? 一体全体どーなってんだよ……!?」
薄暗い部屋に漂う濃厚な血の匂いと香水に鋭く舌を打ったピーブズは、訝しげにカーテンのしまった天蓋付きベッドへ近づいた。
あからさまに不穏な気配がするそれに警戒しながら、ゆっくりとピーブズはカーテンへ手をかけ、僅かに聞こえたか細い息遣いにピタリととまる。ああ……リランのものだ。
涙の混じりの声に間に合わなかったのかと舌を打ち苦々しく顔を歪めたピーブズは、一声、開けるぞと告げると返答を待たずにザッとカーテンを開け放った。
絹の布が舞い上がると同時に一層濃くなる悪臭。遊び尽くす前に壊れてしまったかと何とも言えないやるせなさを感じたピーブズはそろりと広がる惨状に目を向けた。
彼が目の当たりにしたのは体液の混じった赤黒い血しぶきと切り取られた肉片。そして奈落の絶望に沈む少女の姿……
などではなく
「ッうぇ、んグェッア、おおン゛ン゛〜〜〜〜ンンッ!!」
濁点交じりの奇声を上げ、泡を吹いてノックアウトしたマリアを下敷きにするリランという不可解な光景だった。
時系列
ピーブズが分身、going闇オク 2月 リラン5歳
勉強&計画。力を溜め込んだり 7月
リランが記憶を取り戻す 9月
サボク・オーとして勤める 10月 リラン6歳
奇声を上げる幼女(元成人男性) 10月←今ここ