サードレマ ◆
もうもうと立ち込める煙幕に視界を潰され、
同時に自身がまだ
ほんの数秒前までスズキ・SGというアバターの命を奪わんとしていた凶刃と、その主であるこの煙幕の下手人。
スズキのHPをポーションで回復しながら、その両手足をポリゴンに砕いた悪趣味なPKの気配が、最早そばにない。
「っ、やっと見えてきた……」
強い催涙作用もあるのか。プレイヤー相手の目を数秒塞ぐ強力な煙幕に包まれたスズキは、薄目を開けるのがやっとだった。
そうして。
見えた眼前には、やはり小柄な黒衣がいなかった。
見逃されたのか?
否。
事実は、四肢を欠損してるスズキを仕留めるのは意図も容易いと判断され捨て置かれただけであり。
捨て置いた、その上で。
煙幕がもっとも濃く張り巡らされたタイミングで、1秒でも早く、黒衣の男がこの場においてもっとも驚異と目す──長駆の女を仕留めんがためであった。
「シィィヤアァッ!」
この広間の端に転がるスズキから反対端、この部屋の出入り付近で奇声があがる。
スズキの薄ら目が驚きで、反射的に見開かれる。
襲撃の瞬間と、その結末が見えた。
……黒衣がスキルを使用している。猛加速による風圧が煙幕を切り裂き、猛烈な勢いをつけた黒衣がその勢いのまま腕を一振りする。
煙に乗じた、背面からの不意打ち。
狙われた長躯の女は棒立ちのまま、首を刎ねられる──そうスズキは幻視した。
直後、女は理解不能の動きで黒衣を撃墜せしめた。
「こ、ぱ──っ!?」
「チッ、くそ」
催涙の煙幕で視界を潰され、何も見えてなかったはず。
黒衣の男は間違いなく、背面から不意打ちを仕掛けていた。
長躯の女はされるがままになってしかるべき状況だった。
「外したか。……久々じゃ、調子も狂うかぁ」
なのに、なのに。
激しく吹き飛び瓦礫に突っ込んだのは黒衣の男で。
外した、などと言う女は、背後の男を見もせずに回し蹴りで吹き飛ばしておいて、何を外したと言うのか。
女はただただ退屈そうな声色で、調子が狂うと呟きながら顔の傷のような部分に──どこか寂しげに指を当てていた。
「な、に、なにしやがった? いまどうやって、スキルか、魔法か、なにで」
「あん? ただの“勘”だよ、それがなんだ」
「……、……?」
男も、そしてスズキも絶句した。
“あの状況を勘だけで?” 当然、虚言を疑う。
だがあまりにも、当然至極と言い切るその姿に、一切の偽りが見出せないでいた。
知らず芯からゾクリと訳も分からず震えるスズキに対し、
黒衣の男は憤怒からその矮小なアバターを震わせた。
「っっ! っんざっけんなっ、こんのクソネカマ野郎がっ!
ここまで邪魔してくれた以上、ぜっってぇにぃ、テメエをキルしてやっからなぁっ!」
堰ききったかのごとく怒声を浴びせた黒衣が、既に持つ短剣とは別にインベントリから新たに武器を取り出す。
短剣、ではない。男の小柄で黒衣を纏った暗殺者のような姿に対し、意外なことに長剣の類を取り出した。
その刀身はしかし、鋼の色ではない。汚いガラスのような、濁った翡翠のような刀身のその長剣。
「へへへ……! ほーら、よぉっ!」
男はニンマリとしたあと、無造作に、長剣をなんと投げ放った。
投げられた女にとっては、けれどもそんな意志の感じないモノは攻撃ですらなく。
身を捩って半身になるだけで、その軌道から体を避けた。
長剣が女の背後を無駄に飛び去る、その直前、
黒衣の男は、投げた長剣と入れ替わるように女の背面に現れて。
「とっ──」
「はあ……、っ」
「た゛、ぁ──?!」
その背面を不意打った、はずだった。
黒衣の男は、ため息交じりに、半身からさらに身を捻り放たれた女の裏拳で顔面を殴られ、軽々と再び、今度は違う瓦礫の山に吹き飛んだ。
スズキからすれば、剣と男が入れ替わった事自体から謎である。
気づいたら女がまた不意打ちされてて。
気づいたら黒衣がまた吹き飛んでいた。
ただ、1つ分かるのは。
己を惨めな姿になるまで痛めつけた圧倒的な黒衣よりも、遥かにずっと。
サードレマのどこぞの店で出くわした恐ろしい目をしたこの女アバターの“ネカマ”プレイヤー、
【サバイバアル】が、遥かに強者なのだということだけだった。
(3月25日だいたい23時)
あーばよーーっ!!
(通勤する日とモンハン休憩中は執筆します)