あなたが私のマスターですか?─RE:I AM─   作:つきしまさん

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12話 スタックコード:リズエラ(後編)

「よし、開けるぞ」

 

 取り外したハロの外装が机に並ぶネジの隣に置かれた。机にはコンピュータのモニタに工具箱と所狭しといった状態だ。

 散らかる部屋は足の踏み場もない。気が付けばこの状態になってしまう。

 

「──やっぱりメモリが増設されてる。少し重くなったと思ったんだよね」

「体重気にする、失礼! 失礼!」

「気にするような体形じゃないだろ。まん丸だしさ」

 

 ハロがアムロの手の中で抗議する。「うるさい」と電源スイッチが切られハロが沈黙する。

 

「言うことまで生意気になってるし……こんなのスペック過剰だよ」

 

 開いたハロの複雑に絡み合ったコードは新たに埋め込まれたものだ。

 市販のハロはこんな作りではない。もっと単純化されていて安っぽい感じだ。買ってもらった当時、すでに解体して機能は把握している。

 それが今やおかしいくらいハイスペックだ。

 小型化された高性能なメモリ。

 増設された謎の回路。

 アムロでもよくわからない代物だ。

 

「父さんに渡すとどんどん魔改造されてくよな、お前……」

 

 子どものおもちゃにしては高価すぎる最新のものが取り付けられている。

  

「……ここ、ブラックボックスになってる。何だろうな?」

 

 コンピュータに繋げたハロのデータを照合しながら改造されている部分を解析しようとするが失敗する。

 

「こいつじゃ演算スペックが足りないのか……グレードアップするしかないけど、お金がなあ……」

 

 機械であればなんでも解析するのは子どもの頃からだ。技術屋のお父さんに似たのね、と小さい頃に母からよく言われた。

 その似ているという言葉は、母と父が離れる原因ともなったことを考えられるようになってからはつらい類似点ともなっていた。

 その共通点も親子関係の距離を縮めることにはならなかった。テムは自分の仕事で家庭をかえりみない。

 モニタに連動させたハロの図解が細部まで展開する。

 

「これがこうなって……脳波コントロールがここで繋がってるんだな……でも、何のための回路だろう? 別のシステムに繋がる大きな回路がある」

 

 アムロは知らずにテムのシステムの重要な部分に触れていたが、それが何かであることかを知る前に呼び鈴が鳴っていた。

 初めは気が付かなかったが三回鳴らされてようやく気が付いて立ち上がる。

 

「うん? 誰だ……」

 

 玄関の扉を開く。フラウ・ボゥかな? と予測していた人物ではなくアムロは言葉に詰まった。

 

「こんにちは」

 

 明るい栗色の髪は耳元までのショートカットにバイオレットの瞳の少女──その目と近い色合いの紫のハロを胸元に持つリズエラがいた。

 可憐にほっそりとした体に特徴的なマントを羽織った姿。服装からしても彼女は特別な存在のように思えた。

 事実、アナハイムの会長令嬢という立場は、彼女がこの世界では支配階級の位置にあることを現している。

 アナハイムのお姫様──そんな言葉も彼女にはぴったり当てはまるだろう。

 以前のモスクの歓迎会で一度会ったきりだ。それに相手は高校生。共通の会話などどう探していいのかもわからない。

 

「あの……えと、何ですか? 父もモスクさんも職場で」

「知ってる。君に会いに来た」

「え?」

 

 まっすぐにこちらを見て言う少女に戸惑いの声。アムロの戸惑いは引っ込み思案な態度となって内気な顔を覗かせた。

 彼女はフラウ・ボゥとはまた違う。どう扱っていいのかよくわからない。同級生の気安さが通じない。

 

「じゃあ……」

「君のハロ見せて」

「ハロ? いいけど……」

「入るね」

 

 アムロが言葉を選ぶ前にリズエラが家に入っていた。

 

「どうぞ、散らかってるけど」

 

 慌てながら何でもないと体裁を取り繕い、その横顔を眺める。

 近くで見ると知っている女の人の誰とも違う。

 端正に整った小さな顔、目の色はすみれ色? っていうのかな? すらりと伸びた手足、着ている服まで違う世界の人間みたいだ。

 

「ううん、片付いてる」

 

 リズエラが室内の様子を観察して感想を述べる。

 

「まあ、そうだね。モスクさんがだいたい片づけたんだけど……」

 

 家の中を完全な形にしたのはモスクの手柄だ。ああ見えて几帳面なタイプらしく、ごみの類はゴミ捨て場に残らず送られ、毎日掃除マシンが稼働できる状態になっている。

 アムロの自室は除いてだが。

 

「ハロ、おいで、お客様だよ」

「ハロっ! お客様っ! キュート! キュート!」

「うるさいっ! うるさい!」

 

 アムロのハロがリズエラのハロに電波を飛ばす。二機が交互に弾みながら転がっていくのを見送った。

 

「あなたのハロ、賢いですね」

「君のハロの方が賢い。脳波干渉にすごく過敏」

「え?」

「おいで」

 

 なぜ、そんなことを? と疑問を向ければ、リズエラの意識を向けたアムロのハロがくるりと一転してその手の中に納まった。

 まるで手品のように見えて、湧いてきた疑問が頭の中でこらがってアムロは混乱する。

 リズエラの指向性を持たせた脳波に反応したハロの動きであったが、他人から見れば手品の手管に見えただろう。

 

「今のどうやって?」

「うん……この子の回路、拡張されてる……あの子と同じくらい」

「あの子?」

 

 ハロ二号機のことを指しているがアムロにはわからないことだ。二人の情報知識には大きな隔たりがある。

 何か会話をしなければとアムロは台所に目を向ける。客人に相応しい振る舞いをすることで間を持たせようとする。

 

「……飲み物持ってくるよ。何かあるから」

「うん? アムロが飲みたいものが欲しい」

 

 顔を上げたリズエラが注文しアムロは頷いて答えた。奇妙な注文だと思ったが台所に向かう。

 冷蔵庫を開けてアムロは中身を確かめる。

 

「飲みたいものって言ってもなぁ」

 

 調子が狂う訪問者に落ち着こうとため息。飲みたいものは特にない。無難なのはオレンジジュースだろうと手を伸ばした。

 リビングでハロと向き合うリズエラを見る。ハロに語り掛けているようにも見える。

 

「機械と話してるのか?」

 

 アムロには理解しがたい女の子がそこにいる。

 

「飲み物持ってきたよ」

 

 飲み物を手に持っていくと不意にリズエラが立った。

 

「アムロ、表に行こう」

「外? 何しに?」

 

 突然の申し出、まだジュースにも手を付けていない。

 

「アムロの行きたいところでいいよ」

 

 アムロが持つコップを取り上げてリズエラが一口含む。

 上目遣いの目が合って、その仕草に目を奪われてアムロは言葉に詰まった。

 

「行きたいところって……別にないけど」

「好きなところはないの?」

「買い物ならなくはないかな……」

 

 マシンの部品を仕入れに行く予定はある。スペックの足らないマシンにメモリを増設するくらいしか用事は思いつかない。

 何にしても、とうてい女の子を誘っていくようなところではない。ジャンク屋通いを趣味にしてる子にも見えなかった。

 

「じゃあ、そこに行こう。アムロの好きなところも教えて」

「好きなところって言っても。何もないよ、このコロニー、まだ全然出来上がってないし……」

「ダメ?」

「出かけたいなら、いいよ。その代わり退屈でも知らないからね?」

「アムロといるから大丈夫」

 

 ドキッとするようなことを言う。そんなことを女の子に言われたことは今までない。その言葉にどんな意味があるのかなんて思いもよらない。

 

「そ、そう? じゃあ出かけよう」

「うん!」

 

 弾んで返る声は嬉しそうで初めてリズエラの笑顔を見たような気がした。とっつきにくさの仮面から無邪気さが転び出る。 

 

「これ、ヘルメット。サイズでかい?」

「うん……?」

 

 渡されたヘルメットをかぶってリズエラが返事をする。少しずれて明らかに合っていない。

 

「ここをしっかり止めて固定する……いいかな」

 

 アムロが手を伸ばしてきちんと固定する。

 

「ありがとう、アムロ」

「じゃあ、乗って」

 

 こそばゆい感覚を感じながらも、その感情はヘルメットの内にアムロはしまい込んだ。

 スクーターの後ろにリズエラが座りアムロの腰に腕を回す。

 

「しっかり掴まってて」

「うん」

 

 伝わってくる感覚と体温を感じて緊張で体が強張る。これほど近くに異性という存在を感じたのは初めてのことだ。

 近所からの視線を気にしながらもアムロはエンジンを吹かせて走り出す。

 

 

 クリスマスを迎える商店街のモール──

 冬という厳しい寒さの季節を体感することのないコロニーにおいても、一年の終わりに来る時節への感慨を求める人は多い。

 地球の聖人キリストの誕生日を祝うのは、宇宙に棄てられた人々が劣悪な環境で生きていくための希望を繋ぎとめる一つの縁(よすが)でもあった。

 人類が宇宙に進出して八〇年近い歳月の中、彼らの間で宗教的な意味は失われても、クリスマスを祝う家族の団欒は人々の営みに深く刻み込まれたものともなっている。

 積極的な移民政策時代の労苦が過去のものとなった世代でもこの行事は受け継がれている。

 フラウ・ボゥが荷物を抱えて商店を出たのは少し肌寒い時間になった頃だ。

 スクーターを置いた道端で買い忘れがなかったかと袋の中の品物を確かめる。 

 

「あ、フラウお姉ちゃんだっ! 何してるの?」

「ん?」

 

 馴染みのある小さな子の声に振り向く前に腰元に抱き着かれていた。

 しがみついたのは男の子と女の子だ。もう一人男の子がいるが、三歩下がった位置で二へラと笑った。

 

「レツ君、キッカちゃん、抱き着かない。荷物抱えてるんだから!」

「はぁーい」

 

 フラウからと二人が離れ三人組が並んだ。 

 褐色の肌に白い歯を対照的に見せるのはレツ・コ・ファン。

 元気いっぱいの金髪の女の子はキッカ・キタモト。

 少し大人しそうな黒髪の男の子はカツ・ハウィン。

 

 フラウと同じ区画に住む住民の子どもたちだ。家が密集した区画に住む人々は横の繋がりを大切にする。

 サイド7は新興コロニーで移住してきた人同士の繋がりはまだ浅いが、生来、コロニー暮らしをしてきた人々の集まりであることに変わりはない。

 宇宙に住む人々は、お互いの暮らしを支えるシステムを小さな団地の中に一つのコロニーとして構築した。

 フラウが小さな子どもたちの面倒を見るのは本人が世話好きだからというだけではない。

 フラウも幼い頃からコロニー暮らしだ。世帯が集う団地の中で年上の世代のお兄さん、お姉さんが面倒を見てくれた。

 そうやって助け合う下町のシステムの中で生きてきたフラウからすれば、子どもたちの世話をするのはごく普通のことであったのだ。

 両親も助け合うことを信条とする人たちであることから、フラウの行動基盤の一部ともなっていた。

 子どもたちはまだランドセルを背負っている。まっすぐ帰らずにどこかで遊んでいたのだろう。

 

「みんなまた寄り道して、お母さんに怒られても知らないから」

「平気っ! フラウお姉ちゃんと遊んでたって言うもん」

「ねー」

 

 キッカとレツが示し合わせる。

 

「それ、ケーキの材料ですか?」

 

 マートの袋を見上げてカツが聞く。

 

「そうよ」

「でっかいケーキ作るの? こーんなにでっかいやつ」

 

 レツが手を広げて道の端から端に寄る。

 

「ばかね、そんなでっかいの作らないわよ」

「えー? バクバク食ってトンネル掘るんだよ。結婚式のケーキみたいなやつ」

 

 レツがキッカに説明するのは、結婚式の広告パンフレットにあるような巨大ケーキであろうかとフラウは想像する。

 

「そんなにでかくはないかな?」

「じゃあこんくらい?」

 

 今度は少々控えめにレツが手を広げるがそれでも大きい。

 

「普通のケーキのサイズだよ」

「お姉ちゃんね、彼氏に作るんだよぉ~」

「マジ? お姉ちゃん、彼氏いんの?」

「はぁっ!? 違います。彼氏なんていません!」

 

 キッカとレツのやり取りに思わず声が出て、しまったとフラウは口に手を当てる。

 

「かーれーし、かれしー。でっかいケーキ上げるんだー!」

「二人とも声がでかい」

 

 はしゃぐレツにキッカが一緒になる。

 

「あ、フラウお姉ちゃんの彼氏だ」

 

 カツの一言にフラウは思わず振り向く。

 

「だからぁ……アムロ?」

 

 向かいの車線、止まったスクーターに目を止める。 

 どことなくぼさっとした感じの印象があるアムロは遠目からでもすぐに判別できた。

 

「ほら、彼氏だ」

「誰かと一緒にいるよ?」

「あの人……」

 

 一人少女がいる。フラウは会ったことがある相手だと認識する。自分では到底太刀打ちできないお嬢様──

 

「大変だ、お姉ちゃんの彼氏、取られちゃうよ!」

「だから、彼氏じゃ……待ちなさい!」

 

 フラウが否定するも子どもたちは尾行作戦を開始するのだった。

 

 

 ショッピングモールの下の階を見下ろせるホール。下の通路を買い物客が行きかう。

 

「ありがとうございました」

「どうも」

 

 アムロはカードで支払いを済ませ店内の展示物を眺めるリズエラに目を向ける。

 こういう店に来たのは初めてだという。コロニーの電子部品何やらが集まる、いわばジャンク屋と呼ばれる店だ。

 目的のパーツは手に入った。

 

「何を見ているの?」

「これ、可愛い」

 

 リズエラが手に取ったのは何かのパーツだ。よく磨かれていて新品同様に光っている。

 

「ターボシャフト?」

「うん、可愛いから」

「可愛いんだ」

「部品としてよく機能するのが好き」

「そうなんだ」

 

 そう言ってリズエラは棚に戻す。

 

「買い物終わり?」

「まあね。リズエラ、さんは何か欲しいものあるの?」

「さん、はいらない」

 

 その呼びかけに不満があるとリズエラは目で抗議する。

 

「そお……リズエラ?」

「はい」

 

 アムロにそう返したリズエラの口元に微笑みが浮かんだ。

 

「おなか減ってたりは……」

 

 継ぐ言葉を探して出た台詞はさらにふさわしいとは思えないものだ。自分も特に食べたいものがあるわけではない。

 

「クレープ」

「え?」

「クレープ食べたい。あそこに売店がある」

「いいよ、クレープ食べようか」

「うん」

 

 頷くリズエラの横顔に嬉しそうだな、と見てアムロはクレープ屋へと足を向けた。

 

「展望台ってこうなってるんだな……」

「あそこに座ろう」

 

 リズエラが指さした先の空いた席に二人は座った。一面窓ガラスから街の風景が一望できた。

 夕暮れの色合いを再現した空が茜色の日差しを展望台の窓に投げかける。二人の影が床に伸びる。

 今いるのは商店モールの最上階、展望台がある一角だ。アムロ自身は初めて来る場所だった。高い所にあるのでGは0.8と地上よりも軽い。

 買い求めたクレープの包みがその手にある。リズエラが選んだものをアムロも注文した。

 

「美味しい」

「そうだね」

 

 甘ったるいクリームに果物を包んだクレープに口をつける。こんなの、母さんと行った遊園地以来かもしれない。

 

「アムロのこと、教えて」

「教えるって……何を?」

「じゃあ、学校のこととか」

「つまらない話でしょ?」

「ううん」

 

 リズエラは本当に聞きたいのだ。アムロのことをすべてを──

 

「楽しいことない?」

「楽しいね……まあ、ないこともないかも?」

 

 初めは気乗りのしなかった話題も、聞き手があると、初めはぎこちなかった言葉もいったん話し始めると自分でも驚くほどの言葉が溢れ出した。

 学校のことを話した。

 退屈な先生の授業。

 はねっかえりのカイ・シデンのことや世話焼きのフラウ・ボゥのこと。

 

「お母さん、優しい人だったんだね」

「いい人か……そうだね」

 

 いつの間にか母のことを話していた。それも記憶の中で一番優しかった頃の母さんのことを。

 悪い思い出は深く胸の内に刻まれている。あれは母が家を出て行った日だ。

 家を出ていく母の後ろ姿。トランクケースに持ち物を詰めて二度と戻らぬことを知らないままボクは母さんを見送った。

 それはアムロの胸に深く落ちて苦みを伴った。その苦みは今も消えていない。

 ホールの時計がここに来てからずいぶん時が経ったことを示す。かれこれ一時間はいるだろう。そろそろここも締まるはずだ。

 

「君のことを話してよ」

「私?」

「学校のこととか、友だちのこととか? ボクは話したよ」

「うん」

「済まないが、お喋りはそこまでにしてもらいたい」

 

 割り込んできた男の声にアムロは顔を上げた。見知らぬ男がそこに立っていた。

 ウォン・リーが来ることを知っていたリズエラは立ち上がってまっすぐに彼を見た。

 

「誰、ですか?」

「マスター」

「マスター?」

 

 リズエラからこぼれ出たマスターという言葉。その響きはあまり良いものではない気がした。人を縛り付け隷属させる言葉だ。

 展望台にはもうリズエラとアムロ。スーツの男とその後ろからやってくる数人の男たちだけになっていた。

 先ほどまでちらほらと閑散とした展望台に人がいたはずだが今は誰もいなかった。

 

「今すぐ帰るんだリズエラ、お遊びは気が済んだか?」

 

 施設を抜けだしたリズエラの動きをウォンは追っていた。リズエラがどこにいようと追跡する装置を使っている。

 その装置を無効化することはリズエラには容易いことだ。本気で逃亡するのであれば機能を破壊している。

 ゆえにウォンからすれば施設を抜けだしたのもリズエラの気まぐれにすぎないことがわかっていた。

 だが、アムロからすれば高圧的で有無を言わさない大人の暴力のように感じた。

 後ろにいる男たちは屈強で力も強そうだ。その威圧感を感じて湧き出した感情は反感となってウォンを見返した。

 

「君が誰かは知っている。テム・レイ技術主任の息子さんだろう? 」

「父をご存じですか……」

「仕事の上でね」

 

 そんなことがあるのか? 父は技術畑でよく言えば一途な仕事人間だ。それがこんなマフィアみたいな連中と仕事をするはずがない。

 高級スーツのウォンはともかく、二人組の用心棒はいかにもな外見をしている。

 

「今は帰りません」

「何?」

 

 思わぬ反抗の言葉にウォンは驚きの目をリズエラに向けた。これまでウォンの言葉に真っ向から反抗したことはなかった。

 インダストリアル7を出てから予想外のことがリズエラに起きている。サイド7に留まった経緯もそうだ。

 マーサに直訴して予定まで変えさせた。

 

「私の言葉が聞けないというのか?」

 

 ウォンは注意深い目をリズエラに注ぎ、命令を無視する対象への対処を考える。

 

「イヤだって言ってるじゃないですか。彼女は自分の意思でここにいるんです。帰りたければ自分で帰るでしょう?」

「アムロ・レイ君、彼女の時間を無駄にすることはアナハイムの損失を意味する。こちらの事情を理解してもらいたいね」

「大人の事情なんて知りませんよ。リズエラが何だっていうんです。彼女は高校生でしょう?」

 

 彼女が普通ではない、特別な人間だということはアムロもわかっていた。だが今は大人の勝手に逆らう意思がそう言わせていた。

 

「わきまえなさい。彼女は立場ある人間だということはわかるね? 会長のお嬢さんは私たちの保護下に置いているのだ。それが一番安全だからだよ」

「だからって大の大人が無理やり連れて行くんですか、横暴ですよ」

「生意気だが、道理だ。私は非常に丁寧にお願いしてるんだがね」

 

 力尽くの対処は最も愚策だ。そのことをウォンはよく理解している。リズエラが未知の行動をしている以上は。

 

「まだ……帰りたくありません」

「聞き分けなさい。どうしたというんだ? 何があった?」

 

 窺い見るウォンの問いには答えず、目を伏せたリズエラがアムロの手を握った。アムロはその手を握り返す。

 アムロとリズエラの目が合った。彼女が何を望んでいるのかを知る。

 そして理解した。走れ、走れアムロっ! と。その衝動はアムロにもわからない。理由なんてわからなかった。

 

「リズ、走るよ」

 

 囁いたその言葉にヴァイオレットの瞳が揺らいで応えた。次の瞬間二人は走り出す。

 

「待てっ!」

 

 ウォンが叫び即座に男たちが二人を追う。

 

「対象が移動を開始。外に出たら追跡を優先しろ」

                                                                                                                                                                    

 外に待機させた車両に連絡し、追おうとしたウォンだが足を引っ張る感覚によろける。

 その足元にしがみつくのは子どもだった。モールに入ったアムロたちを尾行していたちびっ子三人組である。

 

「おい、こいつ悪い奴だぞ!」 

 

 レツがウォンのズボンを引き下ろそうと腰のベルトにぶら下がり。

 

「お姉ちゃんの彼氏いじめてたっ!」

 

 キッカが反対側にしがみつく。 

 

「悪い奴だー」

 

 カツが正面からウォンを指差し溶けたアイスのカップでスーツにシミを作る。

 

「何だ? お前たちはっ! 離さんか!」

「イヤだっ!」

「きゃあっ!?」

 

 バランスを崩した体勢から立ち上がってウォンがレツとキッカを引きはがす。

 

「悪い奴」

 

 指さすカツにウォンの血圧がカリカリと上昇する。

 

「親はいったいどこにいるっ!」

「はわ!」

 

 ウォンの剣幕に子どもたちが縮み上がり近くに潜んでいたフラウ・ボゥが立ち上がった。

 

「えと……そのう……ごめんなさいっ!」

 

 フラウはウォンに向けて思いきり頭を下げるのだった。

 

 

 二人を追う男たちがエスカレーターを駆け下りてエントランスに飛び出る。

 男たちの足は速い。アムロの足では直に追いつかれる。リズエラは対処の手を繰り出す。

 

「止まってっ!」

 

 リズエラが急に立ち止まって体を回転させる。それに返事をする間もなく、突如吹いた突風がアムロの足を浮かせて尻もちをついた。

 手刀の形を作ってリズエラは空気を叩きつけるように後方に放った。見えない衝撃が到達し男二人の足元を浮かせ、遅れてきた風に吹き飛ばされる。

 その時間、一秒にも満たない、わずかゼロコンマ秒の出来事だ。

 起き上がったアムロは痛みの声を上げる男たちが転がるのを見た。なぜ? どうしてそうなったのか不明だった。

 

「何?」

「怪我はさせてない。あそこから出ましょう」 

「でもそこは……」

 

 リズエラが指さす先にはモールの外に通じる業務用出入り口がある。関係者以外立ち入りできないし、電子認証がいるはずだ。

 

「大丈夫通れる。時間がない」

「待て……」

 

 立ち上がった男たちが二人に向かって突進してくる。

 再びアムロとリズエラが走り重い扉の前につく。電子操作の盤に手を当てリズエラは操作する。同時に建物内のマップデータも読み取った。                              

 

「開いた!?」

 

 疑問に思う間もなく扉の隙間を抜けてすぐに閉めた。扉が閉まると同時に電子ロックが落ちる。

 同時に男たちが扉に取りついて操作盤のキーを押すが反応はない。リズエラによって外部からの干渉を受け付けないようロックされていた。

 あまりにも都合の良いタイミングで、まるで魔法のような瞬間だ。

 

「ロックされた? 何をしたの?」

「行きましょう」

 

 戸惑うアムロの向こう側で男たちが扉を叩く。このモールの建物構造を把握するリズエラが先導して従業員出入り口の最後の扉を抜けて表に出た。

 外はすっかり暗くなっていて肌に感じる空気も冷たかった。

 

「行こう、リズ」

 

 冷たい風を頬に感じながらアムロはスクーターを拾った。あの男たちがいつ現れるかわからない。この場をすぐに離れたかった。

 特に行く当てはない。逃亡して安全に隠れられるような場所を考えたが時間も遅い。

 町中をうろついて誰かに見つかる危険よりも、まず家に帰ることを優先した。相談に乗ってくれる大人が必要だ。

 父さんは……あてにはできない。モスクさんの方が頼りになる。アムロはそう判断する。

 

「それでいい?」

「うん、アムロの言うとおりにする」

「なんで逃げてるの?」

 

 彼女の立場ならあの男……偉そうな態度の大人たちを従わせられるだろう。なのになんで自分といたがるのかがわからない。

 わからないことだらけだ。今日起こったできごと全部。何で逃げ出したのか、とか。理屈ではわからない。

 

「光……だから」

「え?」

「あなたが私の……」

 

 その言葉の意味を聞く前に見慣れた街路に入った。

 アムロがほっとするもつかの間、見慣れない車両と二人を出迎えるように立つ男たち。その先頭にウォンがいた。

 

「あ、アムロ兄ちゃんが帰ってきたぜ!」

「アムロ」

 

 レツが指差し、フラウが道の向こうのスクーターの二人を認める。

 あの後、ウォンから小言を食らい、家まで保護という形で連行されたのだ。

 夜中の子どもの出歩きは禁じられているから当然の処置をウォンはしていた。

 

「フラウ・ボゥ……」

 

 並ぶ子どもたちとフラウを見て気が緩む。家の扉が開いて背の高いモスクが姿を現し、アムロを見て手を挙げた。

 直前でアムロはスクーターを止めた。もう逃げる場所なんてない。

 

「どうする、リズ?」

「もう逃げない」

「わかったよ……」

 

 スクーターから下りたリズエラがヘルメットを脱いでアムロに返した。彼女の匂いが残るヘルメットを抱えアムロは男たちの方へ歩くリズエラに声を上げた。

 

「また会えるかな?」

 

 その言葉に足を止めリズエラは振り返った。

 

「その時が来れば」

 

 リズエラはそう答え、「さようなら」、という言葉の後、紫のハロが続いた。

 

「怪我はないか? 大変だったな」

 

 モスクの大きな手がアムロの肩を軽く叩く。

 黒塗りの車の戸が閉まり、ガラス越しにリズエラの顔を最後に見た。走り去った車の残影をいつまでも記憶にとどめて。

 

「さあ、あなたたちも帰りましょう。一緒に謝ってあげるから」 

「うちのかーちゃんうるさいんだー」

「あたしもー」

 

 子どもたちを送るフラウ・ボゥが一度こちらを見たが、アムロはかける言葉もないままただ見送った。

 

「腹減ってるだろ? 最高のローストビーフを焼いたよ、すぐ食うか?」

「後で頂きます……」

 

 モスクに促されるままアムロは明るい家の中に入っていた。

 

 

「──そう見つかったの。心配するようなことでもなかったな」

 

 女の声が告げて通信が切られた。非常灯の明かりを受けて女のシルエットが闇の中に浮かび上がる。

 微かなライトがマシンを照らす。クリスの前に二機のメサイアがある。搬送用ハンガーに載せられ二日後にはサイド7を経つ予定だ。

 サイド7におけるメサイアの役割は終わった。RX-78建造に必要なフィードバックを終えてインダストリアル7に帰還する。

 ほぼ無重力に近い空間にクリスは跳躍する。

 美しい黒髪を躍らせてゆっくり落ちる体を制御すると、メサイア一号機の外装甲を蹴ってハッチ部に辿り着いた。

 リモートコントロールで開閉したコクピットにくるりと身を翻らせてクリスは乗り込む。 

 

「不思議だ……なぜ私はこのマシンを造ったのだろう? 一時の熱のなせる業か。そうだとしよう。なぜ、この姿形でなければならなかったのか? なぜ、私が選ばれたのか?」

 

 光を帯びたメサイアの双眸が外の世界を映し出す。RX-78と同じ「ガンダム」の顔を持つ存在。

 リズエラ以外はメサイアの脳波システムをコントロールすることはできない。専属のニムエですらそのシステムを「完全」に動かすに足る脳波量は持っていない。 

 現時点でメサイアを完全に使いこなすことができる者は存在しないだろう。設計し、組み上げた本人ですらわからぬ機体の発光現象の謎も。

 メサイアは「リズエラ」のためだけに造られたモビルスーツなのだ。その「ファティマ」のためのマシンはなぜ生み出されたのか?

 

「あのマシンを再現する。それだけのために私はアレを設計した。そう、すべてを解析した。だが、私はメサイアの図面をまるでずっと前から知っているかのようだった」

 

 誰にするともしれない告白。独り言だ。

 熱に浮かされたようにモニタに反射する自分の姿を見る。

 

『私は……クリスティン・万梨阿・ナガノ。そう、あなたは受け取った。次元、時空をも越えて転送されたその情報を』

 

 その唇から漏れた声にクリスではない誰かの響きが混じった。一瞬で転じたその変化は異様なものだった。

 クリスの黒髪が藍色の髪に変化し、双眸に宿る魂は別人となっていた。その身をうっすらと発光させコクピットは眩い光に満ちた。

 衣装も変化を遂げて藍色の髪を持つ超常のファティマの姿になる。女神のごとき光の帯を帯びて彼女は瞬いた。

 

『私を通じてあなたはジョーカーの英知と技術をインストールされた。同時に我が夫であるアマテラス。その分身であるレディオス・ソープ。私が記憶に持つ「彼の」力もコピーされた。……私はラキシス。あなたはこの世界におけるもう一人の私、分身と言える存在…… 私の中の知識や技術は同時偏在する私に送り込まれた。ジョーカーより来訪したモーターヘッドに触れた影響であなたは偏在する私を顕現させた。あまりにも膨大な情報であるため人の身には一部だけに留まった。本来ならば起こりうるはずのなかったできごとが起こった……この世界にジョーカーの産物をもたらすことになった』

 

 コクピットから体を丸めたクリス、いやラキシスが漂い出る。暗い空間に光が差して跳ぶ。

 

『超文明が衰退する世界から来たものを手にした人々の選択は? ようやく宇宙に飛び出したばかりの人類よ、あなたたちは知るでしょう。人の最も恐ろしい部分を。後悔せど何度も過ちを繰り返すその愚かしさを』

 

 弧を描いて逆さに立った姿でラキシスは冷たい光を放つマシンたちを見下ろした。

 破壊の象徴たるキルマシーン。モーターヘッドの姿を再現したこの世界のモビルスーツはジョーカーの粋を極めた破壊兵器と比べるべくもない。

 だが、この世界においては非常に強力な兵器として存在する。

 

『世界を変える力を手にしてあなた方は選択するでしょう。やがて一つの意思に帰結する道も……』

 

 光の残滓が消え失せてラキシスの言葉は力を失った。その体が地に落ちて、冷たい床にその身を横たえる。

 光の消失と共にその姿はクリスの姿に戻っていた。

 しばし後に身じろぎしむくりと上体を起こした。何が起きていたのかわからずクリスは頭を振って立ち上がった。

 

「私は何を……していた?」

 

 クリスは言葉を取り戻し、その瞳は元の怜悧な黒い光を湛える。つい数分前の記憶がない。

 

「夢遊病か……そんなわけはない」

 

 精神不安や夜に意識なく歩き回る症状は出たことがなかった。

 不安に感じたその手が十字の形をしたクリスタルのネックレスに触れた。

 キリスト教の十字架に似ているが、形状は剣のようにも見えるそれはクリスのお守りだった。

 

 

 

= The Five Star Stories =

 

 

 




アニメでは7話目のお話さん(∩´∀`)∩

俺、ガンダム二次の1シーズン投稿し終わったらFSS17巻と水星の魔女見るんだ

  • 水星の魔女は許す、FSSは許さん
  • FSSは許す、水星の魔女は許さん
  • 両方許されない 二次作を完結するまでな!
  • 好きなだけ堪能していいぞ
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