あなたが私のマスターですか?─RE:I AM─   作:つきしまさん

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13話 メサイア強奪(前編)

 AEのロゴマークを冠する輸送船がサイド7に入港する。

 建造中のコロニーであるため、新たな入植者や建造資材を大量に積んだ船が日切りなしに出入りしている。

 サイド7は連邦軍の宇宙要塞であるルナ2に最も近く、他に存在するコロニー群からは最も遠い。

 最寄りのルナ2は月とは反対側に位置するため、サイド7は宇宙経済領域の辺境にあると言えた。

 

 連邦とアナハイムが協力して開発に当たるRX-78の建造に当たっては、極秘裏にことを進めたい各上層部の思惑からサイド7という最適な場所を選ぶこととなった。

 表向きは連邦主導である。だがそこにビストの影がある。連邦政府に対し強い影響力を発揮するビスト家の秘密は「箱」と呼ばれる存在にあった。 

 

 宇宙世紀が始まって最初に起こった最大の悲劇。

 宇宙世紀元年を告げるその日、首相官邸ラプラスへの破壊テロ事件によって衛星ステーション・ラプラスは崩壊した。

 首相をはじめ、各国の政府要人、そこに集った報道関係者数多の人命が失われた。 

 そのとき失われたものの中に「箱」があった。

 時の連邦政府にとってはスキャンダル程度のモノでしかなかったそれが、己の保身に走った官僚らの手によって触れてはならぬもの、利権を保証するための担保になったとき、箱はその性質をゆがめて連邦に対する脅迫材料となった。

 箱を手にしたサイアム・ビストは辣腕化だった。箱を操り、虚だった中身を連邦政府の弱みに変えた手腕は悪魔的だったといえる。

 

 そして今、箱に新たな魔力が注ぎ込まれようとしている。

 ジオンの台頭。

 宇宙に進出したスペースノイドとアースノイドたちの軋轢は、すでに誰も止めることができないところまで来ている

 戦争への引き金はその撃鉄を振り下ろすのみとなっていた。

 この呪縛を完全なものとするために──

 そう思考してマーサの口元に笑みが浮かんだ。

 

「私が手にするのは次の時代への切符。私はお父様のようにはならない」

 

 サイアムの手によって殺された父は当主の器ではなかった。子ども心にも父親の器が大きなものではないことは悟っていた。

 だが、子にとって親を奪われるということ。それを実の祖父が手を下したことが幼いマーサには許せることではなかった。

 弱さは罪。命を奪われるような罪が父にあったのか?

 だから彼女は力を欲した。男たちを屈服させ、祖父すらも超える力をだ。

 

「その「箱」は丁寧に扱ってちょうだい」 

 

 船に運び込まれた函はクリスタルの棺の形状をしている。

 それを運び込むのを確認してマーサは輸送船に乗り込んでいた。

 

 

 青白い光がリズエラの体を包み込む。一糸まとわぬ姿でベッドの中に横たわり、細い指を腹部の上に絡めて目を閉じている。

 リズエラは意識と体が切り離されていく感覚の中にいた。体がここにあるという感覚以外は遮断されつつあった。

 表層意識と深層意識の狭間で耳に届く声を感知する。意識ははっきりとここにある。

 

 肉体から意識を切り離してマシンと精神を共有するとき、精神が収まる部屋をリズエラは用意する。そこでマシンと対話を行うのだ。

 神聖不可侵なその空間は神殿と呼べた。いかに薬で操ろうとも、強制しようともそこだけは何者にも侵すことはできない。

 

 医療用ベッドはアナハイムが開発した最新の型だ。ベッド単一で遺伝子治療が可能で完全な無菌室としても機能する。

 リズエラのために作られた特注品である。

 眠るリズエラを見下ろしてマーサが声をかける。

 

「このベッドの寝心地はどうかしら?」

『問題はありません』

 

 電子音声じみたリズエラの返事が返る。ベッドを覆う円を描くガラス面の内からは音声は漏れることがない。内部のマイクを通じて外に音声を流している。

 精神と肉体を切り離した状態だが、リズエラは内部のマイクに音声を生成して発言することができた。

 微弱な脳波コントロールでこのベッドは内部からの操作も可能にする。元よりファティマの能力を基準に作られたベッドだ。

 

「体のメンテナンスもあるけれど、あなたのメンタル面の調整も行います。ウォンからあなたが意外な行動を取ったと報告を受けているけれど」

「……はい」

 

 リズエラの脱走劇はマーサの耳に届いている。本人の自由意志による行動であると言うが管理する人間の責任問題だ。

 ウォン・リーが制御できないのであれば強制的な手段に訴える必要がある。

 アナハイムとビスト。二つにまたがる組織の「秘密」となった彼女が制御できない存在であってはならない。

 非情の手段を用いてでも管理は徹底されなければならない。自らの手の内にある新しい「箱」のカギはこの手に握っておかなければ──

 マーサの目に映るリズエラは己の野心をかなえる道具の一つに過ぎない、が、今の彼女にとってリズエラはなくてはならない存在でもある。

 今は、ね──意思を含んだ目がリズエラを貫く。

 

「問題はあるかしら? こちらのチェックが甘かったのかしらね?」

『ありません。私は正常です』

「そう……」

 

 手元にある資料に一人の少年の顔がある。アムロ・レイ。リズエラが特別な関心を示した存在。

 

「テム・レイ主任の子息と何を話したのかしら? ずいぶんと親密にしてたみたいだけど」

『ハロの情報を交換しました。アナハイムの機密に関わるデータのやり取りはありません』 

「おもちゃで遊んでいただけ? 彼に興味があるのかしら? 男の子として?」

『答える必要を感じません』

「あら、そうよね。あなたのプライベートに踏み込むつもりはないわ。いつでも聞けることだし……薬が効いてきたのではなくて?」

『はい……』

 

 機械音のリズエラの声が鈍く響いた。

 

「いい夢を見てね」

『夢は見ません……』

「そう、お休みなさい。リズエラ」

 

 沈黙に沈み、青い光の中で完全な眠り姫となったリズエラにマーサが告げる。

 

「睡眠状態に移行しました」

 

 電子音だけが響く室内に乾いた男の声が告げる。リズエラとマーサ以外にもう一人この部屋に男がいた。

 

「投薬量を増やしなさい。彼女には地球に降りるまで寝ていてもらいます」

「しかし……通常の倍以上は……」

「彼女なら問題はないわ。普通の人間なら廃人になる量だけれど、彼女の神経は恐ろしく強靭だから。安全のために地球に着くまで眠ってもらうだけです」

「はあ……」

 

 生返事を返した男の目が怯えた色を浮かべて、ベッドに眠るリズエラと隣に立つマーサを見つめた。

 

「私の指示には忠実に従ってちょうだい、ベントナ。うだつの上がらないあなたを引き上げたのは誰だったかしら?」

「もちろんあなたです。ミセス・カーバイン」

 

 ベントナが忠実な犬の声で返す。この部屋の主は気まぐれで男を服従させることに抜かりがない。

 マーサは時にはその魅力を人を動かすことに使うが、ベントナは恐怖と功名心によってマーサに支配されていた。

 命令のままに人を殺す量の薬物を注射したとしてもマーサ・ビストに逆らうことは彼にはできなかった。

 

「研究所が成果を上げれば功績はあなたのものになる。インダストリアル7のような辺境の研究所ではなく、ゆくゆくは大きな研究所の所長にもしてあげられるわ。今の副所長以上の待遇は保証してあげる。地球での役職はあなたの悲願でしょう?」

 

 マーサの手が伸びてベントナの白い研究服の襟元を直す。ほのかに香大人の色香と香水の香りがベントナの思考を麻痺させる。

 

「一研究員に過ぎない私にお声をかけてくださったことは感謝しております。研究に参加できるだけでも非常に光栄に思っております、ミセス・カーバイン。彼女は人類の宝……遺産となるでしょう。今後も彼女の遺伝子の研究が進めば大きな利益をアナハイム……ビストに提供することができる」

「利益だけではないわ。私たちは世界そのものを手にする。その栄誉をあなたは手にするのよ」

「み、身に余る光栄です」

 

 小柄な体を縮こませてベントナは返事を返した。

 細い針がベッドの内部から伸びてリズエラの肌に注入される。投薬量を増やした睡眠薬がリズエラをより深く眠らせる。

 

「終わりました」

「ご苦労様。あなたも休むといいわ」

 

 暗く閉ざされた世界でリズエラはその声をはるか遠くに聞いていた。

 

 

 鋼鉄のコクピットでシャアはパイロットスーツ越しに伝わってくる艦内の空気を感じ取る。

 軍に招集されるパイロットはコクピットに自分の私物を持ち込む習慣がある。軍規定では禁止されていることだが、それを頑なに守る者の方が少ない。

 家族や恋人の写真が筆頭だ。肌身離さずに側に置いておきたいという心情は、この宇宙という無情の空間に生きる者たちにとって大きな心の拠り所であった。

 そうしたものを持ち込むことを軍の監督官は黙認することの方が多かった。彼らにとってもそういう心情は深く理解できたからだ。

 ザクのテストパイロットとして基地で訓練していた男たちも何がしかの形でそういったものを持ち込んだ。

 

 シャアにはコクピットに飾るような家族の写真は存在しない。

 家族は奪われた。その仇の元で雌伏の時を過ごしている。正体を偽り復讐の刃を懐に隠して。

 アルテイシア──

 だからこそ、そのようなものは存在しなかった。守るべきものすら心の底に葬って「彼」はここにいる。

 キャスバル・レム・ダイクンでもエドワウ・マスでもないこの顔がシャア・アズナブルという仮面こそが今の自分だ。戻る道は存在しない。

 ふと沸いた過去への感傷めいたモノを瞳を映さぬ仮面の内に消し去っていた。

 

 作戦はじきに開始されようとしている。シャアは乾いた唇を唾で湿らせた。

 秘密任務に就く艦内には作戦開始前の緊迫感が漂っている。最中、シャアはザクのコクピットで待機を命じられている。

 その時間もこの身に受けた屈辱に耐える日々を思えば短いものだ。

 雪辱となった月での戦いの後、基地に戻ったシャアは待機を命じられた。降格も除名も、何の処分もないままに過ごした。

 かといって自由にできるわけもなく基地での待機となった。

 家族や友人に連絡を取ることは禁じられていた。もう一月はララァの顔を見ていない。あの娘は今は何をしているのだろう?

 

「白い奴か……ララァの言ったとおりになった。あの子には不思議な力がある」

 

 一月前に港で交わしたララァの言葉を思い出す。

 ララァの予知めいた言葉。何かのビジョン、そういったものを感じ取れる力が彼女にはある。その力で一度はシャアの命を救ってもいる。

 月面の戦い。シャアの乗る赤いザクと対峙した敵モビルスーツとの戦闘を思い出すと今でも身震いを覚えるほどだ。

 性能差だけではない、圧倒的な「何か」を感じた。

 恐怖に飲み込まれたわけではない。恐れが自分の中にいもしない怪物を生み出したわけではない。

 

「ニュータイプ……感じたものはそれか?」

 

 極度に緊張感を強いられる宇宙空間の戦場では、被験者が受ける精神的なストレスからPTSDを発症することもある。

 専門医師の判定を受けて、その心配はないと判断されて、今再び任務を与えられザクに搭乗していた。

 古びた輸送船を改装した艦内のハンガーデッキに詰め込まれたMSザクは計五機だ。

 何の因果かラル、ガイア、オルテガ、マッシュと同じメンバーでの任務を与えられシャアはここにいる。

 再起の機会があるということは、まだ私にも運があるということだ。その運をここで掴む。もし奴が出てきたとしてももう二度と敗北はしない。

 どのような作戦であろうと奴を捕まえて見せよう。

 

『各パイロット準備はいいか? 目標を捕捉した。標的の鹵獲作戦を開始する。諸君にジオンの栄光あれ』

 

 船内放送がオープンになり、静かだった艦内がとたんに慌ただしくなる。

 

 

 偽装輸送船パーミッシュは、つい先日まで本物の商業輸送船としてコロニーや月間の物資輸送の仕事をしていた船だ。

 それがジオンに徴用協力という形で没収され、MSを積んで軍事任務に就いている。乗組員はごっそりとジオン軍人と入れ替えられてだ。

 商船としての登録は本物であるが、にわか商船の艦長が着るのはジオンの軍服だ。

 

「目標を確認。追尾を開始します」

「船足を落とせ。勘繰られるなよ」

 

 パーミッシュは最大速度を落とし目標とのランデヴー地点へ向かう。距離を千キロから数百キロに縮め、そこからの距離はほぼ隣行するようなものだ。

 

「相手は輸送船だがこっちの足もそう速くないからな。何せこっちの方が重い。荷物の分とガタイの大きさがある」

「了解」

 

 警戒感を与えないという点においてパーミッシュは合格点だ。ここまでの流れではだ。

 

「接触、五分二十秒後」

「ミノフスキー粒子を散布開始しろ」

「ミノフスキー粒子散布します」

「よし全速で行け」

「エンジン全開、全速発進!」

 

 標的に向けてパーミッシュはエンジンに火を点す。船内のパイロットたちが放送を聞いたのはこの時だった。

 偽船長がマイクを握る。

 

「各パイロット準備はいいか? 目標を捕捉した。標的の鹵獲作戦を開始する。諸君にジオンの栄光あれ」

 

 民間船を改造したものなので、MSを宇宙に押し出すカタパルトデッキなどは存在しない。各機が順番に飛び立つ。

 指揮を執るのはランバ・ラル大尉だ。残りの三人は見知った顔ぶれである。

 シャアと同じく彼らも待機を命じられている間は同じ境遇だった。とはいえ特定の隊員と親交が深まったわけでもない。

 

『各員、フォーメーションは崩すなよ。連邦のモビルスーツが出てくる可能性もある』

 

 ミノフスキー粒子散布下だがMS同士で接触した「触れあい回線」は通じる。

 

『あの旧型のキャノンタイプなら話にならんがな』

 

 ガンキャノンへの侮りをオルテガが口にする。

 実際、ザクを前にガンキャノンは無力に等しかった。

 

『オルテガ、恨み返しは考えるなよ。今回の任務は敵モビルスーツの拿捕だ。極力無傷で手に入れたい。飛び道具には気を付けろ』

『へいへい、わかってますよ』

 

 ガイアの諭にオルテガが首をすくめる。

 

『その前に片をつければいいでしょう。出てくる前に終われば言うことなしですが』

 

 不安を隠した言葉をマッシュが発する。

 

『相手の出方次第だ。モビルスーツを出してくるようなら手筈通りに対処する。宇宙は俺たちのテリトリーだ。こっちには仕掛けがある。各自、自分たちの仕事を完遂しろ』

 

 隊長のラルに了解、と全員の返事が返る。動き出すチーム。ザクが順次に飛び立つ。

 シャアの番になってマッシュが声をかけた。

 

『シャア、また特攻で壊すなよ』

「そうならぬよう気を付けます」

 

 そう返したシャアが飛び立ちザクチームが作戦行動を開始する。目標はメサイアの鹵獲である。

 

「船長殿、降伏を勧告しますか?」

「降伏? 降伏ねえ……」

 

 返事など面倒と帽子を手で掴んで船長はヒゲ面を震わせる。

 

「接敵して即制圧行動に出てるのに勧告もあったもんじゃないだろ。そんなことする海賊がいるか? いいか、俺たちはお宝を前にしてそれを奪いに来た海賊だ。海賊は勧告なんかしねえ、欲しいものがあれば奪い取るだけだ。昔の海賊はそうだったんだよ。文面はいらねえんだ。降伏しろってのは鼻先に銃口突き付けて言うもんさ」

「了解。じゃ、一発かましてやりましょう」

 

 宇宙空間に飛び出した五機のザクが軌跡を描いてAEの輸送船に迫る──

 

 

 サイド7から出港したアナハイム船籍の輸送船が予定通りの巡行航路を航行しながら地球を目指す。

 窓から見えるその先にある青い惑星の姿は遠くからでもはっきり見ることができた。地球時間では今は早朝を迎えた頃だろう。 

 

「地球……」

 

 ニムエの中にある地上での最後の記憶は赤かった。それは血塗られた赤だ。煙る黒い揺らぎの向こう側に見える真っ赤な炎だった。

 ──燃え盛る村、炎に包まれた世界で二人の男が拳銃を向けあう姿がある。破れ、汚れた連邦軍の制服を着る男の腕の中に赤毛の少女が抱かれている。

 それが私だ。今の自分になる前の何もかも失った私だ。その頃の私はアンジェカと呼ばれていた。

 小さなアンジェカは何も知らず、何も知ろうとしなかった。父が反連邦ゲリラの一員だということを。

 銃を向けるのは同じ連邦の制服を着た士官だ。

 ビスト家の当主カーディアス・ビスト。今よりも若く青年期を脱した軍人の顔でガエルに銃を向けている。

 私の住んでいた村は連邦軍の特殊部隊によって焼き払われた。テロリストを匿い、武器の密輸を助けていたという容疑で。

 でもそんな事実は知らなかった。平和で何もない村。誰かが来ては通り過ぎていくような土地にある小さな村だ。

 父親は村で商店を開いて生計を立てていた。生活に必要な雑貨を扱う店。

 貧しいけれど家族みんなが優しかった。

 その生活は突然踏みにじられ、焼き払われた。たった一つの命令で村の人たちと家族全員の命が奪われた。

 地球連邦はテロリストに対して容赦することを知らない。テロリストに関わる者すべてを排除という命令が出されていた。

 その命令に逆らったガエルがどのような処分を受けるか? テロリストを守る者に軍が行う行動は粛清のみだ。

 カーディアス・ビストが命令を忠実に実行する男であったならば二人ともその場で死んでいたことだろう。

 だが、そうはならなかった。村の唯一の生き残りが私だ。ガエル・チャンが死にかけた私の命を拾い、当主様がすべてを投げうって私たち二人を逃がした。

 ──そして一〇年という歳月が経って今の私がいる。過去の名前はもう忘れた。今はニムエだ。あの人が与えてくれた名前。 

 

「ここにいたのか。メサイアの調整をしたいと班長が呼んでいたぞ」

 

 ニムエにクリスが話しかけて横に並んだ。先ほどまでハンガーにいたニムエはパイロットスーツ姿のままだ。

 メサイア用に開発されたスーツにAEのロゴは入っていないが、MS用パイロットスーツの運用実績はAEの新型スーツに採用されている。

 メサイア計画によって造られた物は部品一つに至るまでアナハイムとビストの共有財産として扱われている。連邦と提携するMS開発計画は、ビストの新規事業としてこれからも継続していくことになるはずだ。

 多大な利益を生む産業に深く入り込むことでメサイアにかけた費用以上の利益をビストは受け取る──

 その道具の一つとして在ることをニムエは考えることをしない。自分がここにいるのは与えられた役目を全うするためだ。

 ニムエの足元にはリズエラのハロが転がっている。リズエラが眠る間のお世話はニムエの役割だ。

 

「降りてからでもいいんじゃありません? ここは宇宙だもの、メサイアの調整なんか私にはできませんよ」

「そうだね、リズも籠の中だしな」

 

 籠という言葉に眉を寄せたニムエが隣のクリスを見返す。

 研究所のベントナとマーサがリズエラを拘束している。そのことに口出しをする権限はニムエにはない。

 

「あの人たちは好きません。当主様の妹だからって好き放題し過ぎよ」 

「かもな……地上に降りればモビルスーツに懐疑的な連中も考えを改める、というが地上でのメサイアのデータが欲しい」

「クリスはぶれないよねえ……」

「早くついてほしいよ」

 

 ニムエを横目にクリスは窓から見える地球を一瞥する。アナハイムの船が地球に向けて降下するまでまだ時間があった。

 地上用に仕様変更したメサイア二機を載せてMS模擬戦を披露するという名目で地上基地に降り立つ予定だ。

 公式上存在しないMSを公開するという決定を下した上層部の意図はメサイア計画に組み込まれているものなのか……

 メサイア計画に深く関わるクリスには計画外の意思を感じさせるものだ。元々の計画にない決定。

 すべての指示を女王然としたマーサ・ビストが出している。

 地上のお披露目もマーサが首脳陣を動かしたのではないか? わからぬ人だ──

  

「君は地球出身だろう? 故郷は懐かしい?」

「いいえ、懐かしくありません。故郷はもうありませんから」

 

 すべてが失われた一〇年前の過去はクリスにもリズエラにも話したことはない。

 

「そう……でも、帰る家はあるだろう?」

「家ですか……」

「メガラニカが家ではないのか?」

「家族はいませんから」

 

 あまり考えたことはなかった。家などいらなかった。

 ただ、あの人がいる場所にいられさえすればよかった。それが家というのならば私の帰るべき家があるのだろう。

 家族を殺した連邦を許したわけではない。でも全部が憎いわけではない。軍人は命令に従うしかないのだ。

 ニムエが嫌いなのは、上から命令を下し、自分たちは手を汚さない人たちである。きれいごとを言いながら人を死に追いやるような輩だ

 

「ねぇ、クリスを待っている人はいるの?」

「家族以外でという意味を含んだ質問かい?」

「ストレートに答えてほしーんですけどぉ」

「いないよ、私の恋人は自分の研究だ。それ以外打ち込むことを知らないし、技術オタクなんだよ」                                   

「モスクさんにデートに誘われてたじゃないですかー?」

「な」

 

 ニムエは一瞬のクリスの表情の変化を見逃さない。この天才科学者を動揺させることができたなら一本勝ちである。

 

「プライべートなことに答えたくないな」

 

 視線をそらし、腕を組んで質問をガードするクリスにわかりやすいと二ムエが頭の中で注釈をつける。

 

「ふうん、そうですかぁ。じゃあ、私がデートしちゃうかも」

「好きにしたらいい」

「私のタイプじゃないんです」

 

 期待より食いついてこないクリスの返しに頬を膨らませて窓辺に肘をつく。そのとき艦内に鳴り響いた警報にニムエはバランスを崩した。

 

「アラートか」

「緊急警報ですよ!」

 

 弾けるようにニムエが走る背にクリスの声が追った。

 

「どこへ?」

「ブリッジっ!」

 

 振り返ったニムエがエレベーターのボタンを押す。追ってきたハロはニムエに蹴飛ばされクリスの元へ漂った。

 

「痛い、痛い!」

 

 上がった先は船のブリッジだ。ニムエは船内のざわめく声を聞いた。ぴりついた緊迫感を感じ取ってニムエの表情も硬くなる。

 

「ジオンのモビルスーツだって!?」

「ジオン?」

 

 すでにレーダーは沈黙し使い物にならなくなっている。スクリーンにカメラからの姿が映し出される。

 数機のMS姿が映し出された。後方からこの船に迫っている。

 非戦闘艦であるこの船には砲台も戦闘機も積んでいない。

 そんなバカなことってある? ニムエの目に映る乗組員の反応は素人そのものだ。

 

「この宙域で嘘だろ? 連中、戦争でも仕掛けるつもりか? 連邦の管轄内だぞ!」

「応援を呼べないのか?」

「無理だ、通信が遮断されて……」

「ザクね、応援なんて呼んでも遅い」

 

 吐き捨てたニムエがすぐに身を翻す。その呟きを聞いていたオペレーターが声をかける。

 

「おい、あんた、どこへ行くんだっ!?」

「ジオンの好きにはさせられないでしょう! モビルスーツならこっちにもある!」

「どうするつもりだよ?」

「出てあいつらを追い払うのよ!」

「追い払うって、あんたよせ──」

 

 最後まで聞かずニムエは動いた。

 はやる気持ちに焦りを覚えながらニムエはハンガーに向かった。警報は鳴りやんでいたが艦内の雑音は混乱に満ちたものだった。

 調整後のメサイアのハッチに取りついたニムエを整備班の一人が見とがめる。赴任したばかりの若い整備員だ。 

 

「何やってるんだ! あんたっ!?」

 

 下からの声を無視し、ニムエはメサイアに乗り込む。

 

「私が守らなくちゃ……私が守るんだ。武器……ライフルは持っていかなきゃ」

 

 起動オペレーションが立ち上がりパイロット認証される。その青い光が緊張しきったニムエの顔を照らし出す。

 メサイアに火が灯りエンジン音を唸らせて起動した。

 機体の震動がメサイアのニムエを小刻みに揺さぶった。フレームから伝わるのは若干いつもと違う感覚だ。

 

「ちゃんと動いてよね」

 

 行ける。大丈夫。私は行ける。何とかして見せる──

 エンジンと同様に震える鼓動を落ち着かせようと唾を飲み込んだ。

 ドキドキは止まらない。こんなとき近くにいて落ち着かせてくれるいつもの声がないことに動揺している。

 誰か私を落ち着かせてよ!

 

「おい、話を聞けって!」

 

 正面飛びこんできた声がニムエを苛立たせる。さっきの整備員が開いたままのハッチに取りついて視界に入った。

 

「おい、ブリッジっ! メサイアを止めろよ!」

「そこをどいてっ!」

 

 ニムエの前で怒鳴る新米の整備員の名前までは憶えていない。アストナージといったが今は名前どころではない。

 

「無茶言うなっ! 再調整しなきゃ無理だ!」

「じゃあ、再調整してよっ!」

「バカ言ってんじゃねえの! そんな時間ねえよ! 仕様変えるのだって何時間もかけてるんだ!」

「あなた、今、バカって言った!?」 

「人の話聞いてんのかっ!?」

 

 噛みつく勢いのニムエにむっとなったアストナージが言い返す。

 

「そんな暇ないから! どいて、あそこのハッチを開けて! 敵が来てるのよ!」

 

 ニムエの指が船外に出る大きなハッチを指し示す。

 

「敵って……戦争する気かよ!」

「向こうが仕掛けてきてるんじゃないっ! 死にたくないなら開けてっ!」

「ああ、くそっ! 開けりゃいいんだろっ!」

 

 メサイアが立ち上がり、掴まっていられずにアストナージが離れた。低重力を漂ってヘルメットをかぶるとハッチの開閉装置へと跳んだ。

 ビームライフルを手にしたメサイアが背後で動く。

 

『おい、そこやめさせろ! 交渉で時間を稼ぐ! メサイアを出させるな!』

 

 ハンガーデッキに響く声に対処できる者はいない。アストナージは舌打ちする。誰と交渉するって?

 

「もう遅いよっ! 同期データの修正さえできてないんだぞ! どうにか応援を呼んでくれ!」

 

 アストナージがマイクに向かって叫ぶ。

 

『馬鹿を言うな! 通信が遮断されてるんだぞ!』

「じゃー何もするなってのか! ハッチ開くぞ、全員退避っ!」

 

 輸送船のハッチが開き純白のメサイアの姿が宇宙空間に露わになる。ザクの位置を補足しようとカメラのセンサーを走らせる。

 わずか一〇キロほど先にザクの機影があった。

 

「あいつらにめちゃくちゃさせない。できる。私はできる!」

 

 操縦桿を握る手に力がこもる。ビームライフルのエネルギーパックはこれだけだ。

 注意をこちらに引き付けなければ──

俺、ガンダム二次の1シーズン投稿し終わったらFSS17巻と水星の魔女見るんだ

  • 水星の魔女は許す、FSSは許さん
  • FSSは許す、水星の魔女は許さん
  • 両方許されない 二次作を完結するまでな!
  • 好きなだけ堪能していいぞ
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