あなたが私のマスターですか?─RE:I AM─ 作:つきしまさん
月のフォン・ブラウンを出港した輸送船の白い船体にはAE(アナハイム・エレクトロニクス)の船籍を示すマークがある。
航路はサイド5を目指す。その航路をさらに伸ばせば地球から最も離れたサイド3にジオン共和国のコロニー群があった。
汚れた地球から吐き出された宇宙の棄民たちスペースノイドは地の果てでコロニーを建造し、やがて彼らはサイド3で自給自足を可能とするまでに成長した。
地球連邦からの脱却を宣言し、サイド3独立の礎を築いたジオン・ズム・ダイクンの死から八年余りが経つ。
ジオンが築いた地位を簒奪したザビ家の支配が確立したサイド3ジオンは不気味な沈黙を続けていた。
「──奥様、グラスをお下げしても?」
「あら、もう一杯くらい楽しむ余裕はあるのではなくて? お兄様もあそこから逃げ出しはしないでしょうし」
「はい、奥様」
女の手元にあるグラスに新たなワインが注がれる。
地球から離れ遠くサイド5──ルウムの宙域にまで来たのは物見遊山ではない。アナハイムとビスト財団の「共同事業」の試金石を届けるためだ。
暗礁地帯のコロニー群を抜けた先にインダストリアル7がある。
アナハイムが所有する工業コロニーの一つとして存在するが、そこにビスト家の本拠があることは一般には知られていなかった。
「死にぞこないが眠る棺桶……もうあなたの時代ではない。おじい様」
男の社会に切り込むのだ。これは手始めの挨拶に過ぎない。
マーサ・ビスト・カーバイン──アナハイムに表と裏で君臨する二つの名を戴く妖艶な美女。グラスに映る自分の顔を眺めて芳醇な液体を呑み込んだ。
マーサは母譲りの美しい髪を指先で梳く。兄のカーディアス・ビストとは歳は五つ離れている。
まだ世界が明るく光に満ちていると信じていた少女時代に父を奪われた。あの頃の私は無力で愚かな娘でしかなかった。
残酷で恐ろしいことに実の祖父が父を殺したのだ。それを知って以来、マーサの胸に宿った黒い怨念は男社会への復讐という消えぬ炎となって身を焦がし続けている。
カーバイン家に嫁いだが野心の炎を継がせるには夫は脆弱過ぎた。会長の縁戚である夫はただの腰ぎんちゃくでしかなった。
男の後ろを歩くだけのお飾り。利用されるだけの女で居続けるつもりは毛頭ない。
そして証明して見せる。自分の力を──
『インダストリアル7が見えます。入港手続きに入ります──』
艦内放送が響き窓の外に目を向ければ闇夜にぽっかりと白く輝くコロニー──インダストリアル7が見えた。
「そのためならば何でも利用してみせる──」
マーサは後部座席に座るもう一人の同乗者に目を向けて笑うのだった。
◆
リズエラは今日の授業の予定を確認する。
アナハイムの学校での生活は一週間目を迎えました。スケジュールは全部記憶していますがこの授業は初めてですね。
課外授業なので全員が移動だ。ニムエはいつも一緒です。
教室を出て前を歩く同じクラスの男子(まだ話したことない)の会話を漏れ聞いた。
「くそ、この後って二年と合同課外授業だろ? モーターラクロスってやったことあるか?」
「ねえよ」
「ええと、それ、どうやって試合するんだよ?」
「知らねえのかよ、ちっこいマシンに乗ってボールを取り合うのさ。んでゴールして得点すんのさ」
「ルナボールみたいだな……」
「基本ルールはルナボールだけどポッドに乗って試合すんのさ」
「げぇ、マジかよ……」
ルナボール? という競技についてはよく知りません。ニムエに聞いてみましょう。
「リズエラ様」
袖を引っ張られ前を見ればそこにいたのは二年生たちだ。一年生たちを出迎えるように競技場で待っていた。
「歓迎するぜ、一年坊主ども。モーターラクロスはうちのしきたりなんだ。たっぷり遊んでやるからな」
陰湿な笑みを浮かべた上級生に一年男子たちは震えあがるのだった。
──時速三百キロ近い速度で打ち出された球体が壁面にある円に命中しホイッスルが鳴った。弾んだボールが転がってさらに点数差が開いていた。
「得点三〇点! 二年生チーム」
得点が加算され二年生と書かれたボード下の数値が入れ替わる。すぐ横に一年生とある。
得点差は一三〇になっていた。二二〇対九〇──圧倒的に一年生チームが差をつけられている。
宇宙の空を背景に球技場ではモーターラクロスの試合が行われていた。
丸い体形のずんぐりとした機体は約三メートルほどの丸い作業用のスペースポッドだ。主に宇宙船外活動、コロニー設備整備用に用いられるものだ。
ボールと呼ばれるバーニア付きのMSもどきの原型であるが、パワードスーツの延長線上で開発されたもので戦闘などを考慮に入れたものではなかった。
モーターラクロスという競技用に改造されていて、腕に当たる部分にはフィンの様なものが付いている。
その腕でボールを吸い寄せたり、打ち出すことができる構造となっている。別の用途としてお掃除マシンとしても使われるが一般的な使い方ではない。
元はAE工業専門学校で使われていた教習用機体であるが、競技用に改造されたものは旧式となって払い下げられた品である。
モーターラクロスという競技も生徒たちが遊びで作ったもので、インダストリアル7以外のコロニーには存在しないモータースポーツだった。
「二年生相手に勝てるわけねーつーの。遊ばれてるぜ……」
一年生の間ではもう諦めモードである。マシンに強い連中を中心にチームを組んだが、この競技を知り尽くしている二年生相手に勝てるわけがない。
これは一年生を歓迎する上級生からの洗礼もかねたいびりであった。
リズエラとニムエは元より選ばれず蚊帳の外であった。一〇分の休憩時間となり、まだ時間はハーフタイムを残している。
「怪我してるじゃないか。誰か保健室まで連れて行ってやれ。誰か交代、いないか?」
「怪我人が出たようですね……」
ポッドから出された怪我人を連れていく姿を見送ってニムエが呟く。
「すれ違いざまの接触事故。相手がフィンで風圧攻撃をした」
「それって反則じゃないですか!?」
「反則ではない。未必の事故? うん」
反則ではないというリズエラの答えに不服という顔でニムエが顔を向ける。
「勝てますか? リズエラ様」
「無理」
リズエラは興味なく足元に丸いマシンを描いていたが、〇.〇〇五秒のエミュレート計算で結果はどうやっても惨敗という計算をはじき出しニムエには即答で返した。
うん、フィンはちょっと大きいけどまあいいか。可愛く描けたポッドに満足する。
「勝率は二.二九八%。残り時間と部隊の士気を加算すると限りなくゼロ」
「そこを何とか?」
手を合わせるニムエ。リズエラにはそれがどういう習慣なのかわからない。
「残念、ならないのです。ゲームオーバーです」
「では私とリズエラ様ならどうでしょう? ズバッといってババッと勝つのです!」
手を合わせたままニムエが立ち上がる。
「勝ちたいのですか?」
こだわるニムエに良くわからないとリズエラは顔を向ける。勝ち負けにこだわるような何かをかけた勝負ではない。
「だってそうですよ! 相手はズルしてるんですよ!」
「ズル?」
はて? 一応競技の説明とルールは聞いたが見ていた限り二年生チームはズルはしていない。
目立つとすれば一年生いじめのパワーアタックや妨害行為くらいだろう。それもルールに照らし合わせればプレイ中の接触事故という程度だ。
ニムエの動機はどうやら悔しいからやり返したい、というものだと推測する。
「ズバッといって……」
「ババッと勝つんです!」
ニムエが握り拳で力説する。根拠のない自信である。
「試算では逆転の可能性はあります」
「本当ですか?」
その期待に満ちたキラキラ具合がまた無邪気で無駄に眩しいのである。
「ああ、うん……私の指示通りにチーム。いえ、ニムエが動ければ二人でも勝てます」
元より即席のチームであるからには連携など期待はできそうにない。そこを二年生チームに突かれて惨敗しているのだ。
であるなら、ニムエだけでも言ううとおりに動くことができるなら、という前提での勝ち目はあった。
「交代希望! 二名ですっ!」
「あ……」
ニムエが手を挙げて交代宣言してしまうのを見送る。
「仕方ありません。やるからには勝ちますよ」
よっこらせっとリズエラは立ち上がって、交代にあてられたポッドの機械類を確かめる。
「簡単に説明するが慣性も働くから気をつけろよ」
ニムエ共々説明を受けるが、リズエラからしてみればこんなものはおもちゃも同然だ。
うん、とてもとてもシンプルな構造。座席に乗り込んでグリップを握る。オイルの匂いが妙に馴染む。ここが自分の居場所のように感じる。
機械の癖や、動力部の油圧バランスなど、振動するパワージェネレーターから感じ取れるマシンの情報を体で感じ取っていく。
大丈夫、私は一〇〇%この子の性能を引き出すことができる。
休憩時間が終わりハーフタイムのホイッスルが鳴っていた──
◆
「──というわけで勝ちました」
ウォンさんへの定時報告は毎日の義務です。朝の定期検診を受けた後で報告を済ませて朝食です。
担任のバンクロフト先生がモーターラクロスの一年生勝利に歴史的価値があると認められたことも話しました。
バンクロフト先生は学年主任ですがまだ全然若いです。
宇宙史の歴史を専門に教えていて、授業は退屈という生徒も多いですが、独特の史観をたまに披露するので面白く聞いています。
そうそう、最新の情報ではバンクロフト先生は二七才で結婚したばかりだとウォンさんの報告に沿えます。
でも今日のウォンさんは報告にはあまり興味はないようで用件を切り出してきました。私の成果をもっと褒めるべきです(プンスカ)。
「──荷物ですか?」
「今日、必要なものが届く。学校も行かなくていい」
ウォンさんから指示をされニムエがおかわりのコーヒーをカップに注ぐ。
二ムエといえば試合では想定以上に良い働きをしました。モーターラクロスの経験があったのでしょうか? ポッドを扱いなれた機体のように操っていましたっけ。
試合の後、勝利した私たちのチームは話題となってみんなに知れ渡りました。
カーバイン会長の養子ということもあって、それまでは誰も積極的に話しかけてこなかったのですが、試合を契機に風向きが変わったようです。
クラス女子にニムエと一緒に昼食を誘われたりしたもしました。これまでにはなかった変化が起きているようです。
おかげで情報が入りやすくなりました。バンクロフト先生のことも「じょしばな」で得たものです。
いつもよりウォンさんの様子は昂っている。待機という名の退屈に気持ちを持て余していたのだろう。
無理もない。インダストリアル7は工業都市で娯楽が少ない。それは大人の男性が楽しむ娯楽という意味でだ。
そういう施設はあるのだが、どういうものであるのかまでは知らない。ウォンさんが連れて行ってくれないのだ。
自分は屋敷に閉じ込めて大人は勝手に外に遊びに行きます。とてもずるいと思います。
「その恰好はダメだ。新しい服を用意する。ニムエに服を取りに行かせる。これがその店だ」
「はい、ウォン様」
畏まってメモを受け取りニムエが食器を下げた。
「この服ではダメですか?」
リズエラは着慣れてきた制服を見る。着るものはどれもがオーダーメイド。
学校の授業で用いる宇宙用の作業服ですらそうだ。一般の規格品はどれ一つリズエラのアレルギー体質を保護できるものはない。
「大事な人と会うんだ。失礼のないようにな」
ウォンさんはポーカーフェイスでそう言いますが、緊迫感があります。その人のことがあまリ好きではないのかもしれません。
◆
港を抜けた工業区域。巨大な搬送用の路面に装甲に覆われたマシンがそびえる。搬送される途中らしい。リズエラたちのちょうど目の前にあった。
軍事兵器なので一般の目に触れる機会はほとんどないが、ここにいる一般人はほぼアナハイム関係者といっても過言ではない。
重厚な装甲を持つ両肩に低反動キャノンを搭載し、両腕部にバルカン砲が四門ずつある。
脚部はキャタピラで巨大な戦車と言った方がしっくりくる。
「RX-75 ガンタンクだ。主動力は熱核融合炉。アナハイムが地球連邦軍に卸している主力製品だ」
「フォン・ブラウンで見た子とちょっと違う……」
「こいつはテスト用のRCX76の一つ前のものだ。お前が乗るのはこれではない」
「ふうん?」
じゃあ、どれに乗るのだろう?
いまだアナハイムが密に進める計画の一端すら知らされていない。
「ウォン・リー、久しぶりね」
全身高級感あふれる服に身を包んだ婦人が現れウォンに親し気に話しかけた。
「これはマーサ夫人。わざわざご足労感謝します」
「あら、私がただの荷物運びの使い走りにこんな場所まで来ると思って?」
「はぁ……」
「そっちの子が例の子ね。会長肝いりの切れない手札とか?」
マーサの視線がリズエラに向けられる。話しかけにくい状況なので直立不動でいたが、リズエラはその視線を真正面から受け止める。
新しい服は会長の令嬢に相応しいものだ、と客観的に見てもフォーマルなものであると認められます。
なので格好的には失礼なことはおそらくないでしょう。
「私はマーサ。マーサ・ビスト・カーバインよ」
差し出された手にリズエラも手を伸ばす。
「……カーバイン?」
それにビスト?
「ええ、そうよ。カーバイン家にビスト家から嫁いだの。二つの名を持つのって大変なことよ。それだけに世界を背負う役目を担っているのよ。あなたもその一員としてね」
「っ!?」
ぎゅっと手を掴まれリズエラは一歩前に踏み出した。
「あなた……ほんと男たちが群がりそうなキレイな子ね。これから一緒に新しい世界を切り開きましょう。私はそのお手伝いをしにここに来たのよ」
耳元で囁かれた言葉にリズエラはマーサの顔を見つめ返す。
「そうですか……」
「そうそう、紹介を忘れていたけど、もう一つの荷物は彼女。ミス・ナガノ!」
マーサが手を叩くと背を向けていた女が振り向く。呼ばれるまで律義に順番を守っていたようだ。
コート姿にバイザーは変わらず、クリス・マリア・ナガノは手荷物の鞄のみを携えている。
「例のロボットの解析チームにいた彼女よ。会長が役に立つと判断して荷物に組み込んだの。ビストとアナハイムが進めるモビルスーツ開発プロジェクトに有用に使って頂戴ね」
マーサが来訪の意図をあらわにし、インダストリアル7でのリズエラのモビルスーツ開発実験の日々が始まるのだった。
俺、ガンダム二次の1シーズン投稿し終わったらFSS17巻と水星の魔女見るんだ
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両方許されない 二次作を完結するまでな!
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好きなだけ堪能していいぞ