あなたが私のマスターですか?─RE:I AM─   作:つきしまさん

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その名はガンダム(UC0078)
7話 月へ


 ドーム状の天井の下、多くの技術者たちが席に座ってMSのオペレーション・プログラムを展開している。

 司令部の内壁に設置された大型のスクリーンにコロニーから発った二機のモビルスーツ「メサイア」が映し出された。 

 コロニーの外壁を真下に飛行旋回してターンを切ったメサイアをカメラが追う。

 

「今日で最終日だなナガノ博士」

 

 クリスに声をかけたのは壮年の男──カーディアス・ビストであった。その後ろにはガエル・チャンとウォン・リーもいた。

 MS開発チームの主任はクリスだが、カーディアスがメガラニカ司令部の本当のボスだといえた。

 メサイア開発の資金や素材はすべてビストが提供し、アナハイムは人材を提供している。 

 採算度外視のプロトタイプMSはメガラニカで生まれたのだ。今日はメサイア最後の訓練となる日であった。

 

「プロトタイプ二機は本日を以て最終調整を終え、RXメサイアはすべてのテストを完了します」

「このチームを率いて二年と半ばで完成にまで至った君の手腕を評価する」

「ありがたいお言葉ですがまだ終わっていません。メサイアが世に出るまでは」

 

 クリスはカーディアスへ返しスクリーンに顔を向ける。

 高速機動する機体からコクピット内のカメラに切り替わる。二人の健康状態もオペレーターが監視を続けている。

 

「そうだな。私たちの悲願の結晶か……」

 

 カーディアスは頷いてモニタに映るメサイアを見つめた。

 

「メサイア両機ランデブーポイントへ向かってください」

「アステロイド・ベルトに潜む擬態岩礁を特定しこれを撃破せよ。いつもより多いがその分だけ密だぞ。テストはこれで最後だが、いつも通りでいい」

『了解』『りょーかいです』

 

 クリスに二つの返事が同時に返った。

 リズエラのバイタルは一定の感覚で乱れは全くない。ニムエは少し興奮気味だ。それもいつものことだ。

 焦らなければ非常に優秀な成績を叩き出すのだから。

 白い二つの筋がコロニーの外周を一回りした後、月側に向かって飛んでインダストリアル7を離れた。

 スクリーンに映るメサイアは互いに付けられたカメラを通して中継されている。

 

「ニムエ、最大加速でランデブー」

「はーい」

 

 二つの機体が同時に並ぶと速度を増して飛行する。人が耐えられる限界速度までメサイアが加速され激しい震動がコクピットを揺らした。

 それがエンジンの鼓動と合わさってリズエラに高揚感を与える。

 リミッターがかかっている限界域での活動だ。

 一方でニムエの集中力は限界まで研ぎ澄まされていた。額に汗がにじむ。細心の注意をマシンの操縦に注ぎ込む。

 リズエラにとってはこれがただの「散歩」気分でしかないことをニムエはよく知っていた。

 加速したG重圧の世界でニムエが気絶せずにいられるのはこのパイロットスーツのおかげであった。

 人体にかかるG圧を減衰し散らすことでどうにか意識を保っていられるのだ。もし生身で乗っての加速であれば無事ではいられないだろう。

 例外はリズエラのみ。彼女にはこのスーツすら必要ではないのだから。

 

「まるで遊んでいるようですな……」

「彼女たちからすればメサイアは手足も同然だな。私ももう少し若ければ志願したが」

「では私も志願しますよ」

「それも面白いかもしれん」

 

 当主の冗談にガエルは真顔で頷いてみせる。彼としては冗談ではなかった。

 二機のモビルスーツがコロニーが採掘岩礁として確保するアステロイド・ベルトの海に到着する。

 

「離脱」

 

 リズエラの合図でニムエが反対方向に離脱する。

 演習場となる岩礁地帯に目標を探しスラスターを吹かして角度を変えると岩の群れに飛び込んでいた。

 鮮やかな手並みだった。

 

「最小限に、素早く、補足する」

 

 M02のニムエが擬態岩礁を発見して先端が鉤型をした有線ハーケンを放った。

 風船で膨らんでいた擬態岩礁を破壊しハーケンを回収し機体を回転させる。岩の間を小刻みに飛び回りながら次の目標を見つける。

 白い流星たちが岩礁の間を飛び回る。

 

「三つ目♪」

「ああ、嘘!」

 

 チャンネルから響くリズエラの声にニムエは焦った。こっちはまだ二つ目だというのに。

 しかもハンデ付きだ。こちらが一つ落とすとリズエラは一つ余計に落とす。そうやって遊んでいるのだ。

 焦りがすべてを曇らせる。感覚は常に外へ向けること。宇宙での活動はそうしていないと些細なことで命を落とすことを知っていた。

 

「四と三♪」

 

 リズエラの弾んだ声が響く。ミノフスキー粒子を散布していないのでテストパイロットたちのやり取りも司令部には筒抜けだ。

 パイロットの安全と報告のため秘匿されたオープン回線を用いている。司令部以外で傍聴される可能性は低い。

 モビルスーツの開発という現場であるが、その華やいだ声を司令部で聴けるのも今日が最後であった。

 

「捕捉された!?」

 

 擬態岩礁にはセンサー搭載のものがあり、範囲に入った対象をロックオンする。その数秒以内に撃破しないと捕捉されてセンサー攻撃されるのだ。

 攻撃を食らえば減点である。止まることは許されない。

 ニムエは加速しながらギリギリ本物の岩礁の間をすり抜け減速、その瞬間に擬態センサーにハーケンを打ち込んだ。

 メサイア二機が岩礁地帯を踊るように飛行する様は美しいものだ。

 しかしニムエにはそれを眺めている暇などなかった。訓練のたびに死にそうなほど必死になってリズエラに食いつく。

 そしてプライドごと叩き潰されるの繰り返しだ。この一年でニムエの操縦技術が格段に上がったのは負けん気の強さからくるものだった。

 

「両機、全撃破を確認。被弾はゼロです」

「テストは終了しました。プロトタイプ・メサイアを月に移送し次のプロジェクトに移行します」

 

 結果が出てクリスはカーディアスに報告する。

 リズエラの勝ちだが、最終的にニムエと撃破数まで合わせている。それを狙ってできてしまうのがこのチームだった。

 

「ゼロワン、ゼロツー遊ぶな」

 

 誘導オペレーターの叱責する声が響いて二人はその声に振り返る。

 岩礁でランデブーしたメサイアがテスト終了後も留まって鬼ごっこを始めたのだ。始めたのはリズエラである。

 負けたら勝った方に特大のパフェをおごるという賭けのようだ。彼女からすればこっちの方が遊びではなく本気である。

 

「ふふ……」

 

 あいつらしいな、とクリスは笑ったがカーディアスの前だと自重して口元を引き締める。

 

「申し訳ありません。すぐに帰投させます」

「それくらい構わん。若いのだ。見事な操縦技術を見せてもらった」

 

 岩礁地帯を高速で飛び回る様は見ている方は冷や冷やするものであったが、彼は少女たちの操縦技術が神がかっていることを理解していた。

 カーディアス本人はビスト家の一員として将来を嘱望されていたが、祖父のやり方に反発した学生時代に家を飛び出し、地球連邦軍の戦闘機パイロットとなった事もある。

 そのビスト一族の中でも非凡な才能を示し、鋭敏な頭脳をサイアムに見込まれたのだ。

 あと一〇歳若ければテストパイロットに名乗り出ていたはずだ。

 

「これにてRXメサイア、M01、M02の稼働試験はすべて終了する。帰投次第、試験用オペレーティング・システムはすべて凍結。コピーは全削除せよ。メサイア計画は第二段階へと移行します」

 

 クリスの宣言に技術者たちに笑顔が浮かんだ。この三年近くの成果がようやく表に出る時が来たのだ。

 アナハイムの主流から外れ閑職に追い込まれた者たちの悲願がようやく実る。それはクリスとて同じであった。

 開発チーム全員が総立ちになった。誰かが拍手を始めると、それは連鎖して広がり司令部のドーム全体に鳴り響く。 

 

「これから月だな」

「はい」

 

 カーディアスに返し、クリスは月へと思いを飛ばしていた。

 

 

 ──この日は登校最終日だ。学校はほんの少しばかりの休暇を迎えて学生たちは日々の学業から解放される。

 その期待とすでに解放された気持ちになった学生は授業もない教室で雑談に興じている。

 最終学年ともなれば卒業と就職。その前に経験するインターンシップについての話題が多かった。

 

 私が工専の学生になって三年目を迎えました。宇宙歴0078年となりインダストリアル7におけるモビルスーツの開発はすでに終了段階に到達しています。

 集まったMS開発チームは解散となるのかはまだわかりません。メサイアが築いてきた実績を披露するため月のアナハイム支社に実験機を送ることが決まっています。

 アナハイム側がメサイアのことを把握しているのかはわかりません。

 大きな会社なので支社ごとにやっている事業をすべて把握している人間などいない、というのはウォンさんから聞きました。 

 ビストとの共同事業と聞いて、それがモビルスーツの開発と思う人はいないかもしれません。

 短い休暇期間を利用して私たちも月に行きます。三年ぶりの月面都市は変わらずにそこにあることでしょう。

 名物の月面ピザはまだ試していません。クリス博士と一緒に食べに行こうかな。

 

「正直まだ絞り切れてないよぉ……」

「あたしはもう決めたよ」

「早いよ。親からはどうすんだーってせっつかれてるけど」

「あんたはまず卒業できるかが怪しいけど……」

 

 周囲では進路についての話題で盛り上がっています。

 学生の適性をはかるためのインターン制度もあるので、学業の単位を取得できているのであれば問題があるようなものではないはずです。

 工専の学業カリキュラムは割と細かく、一般教養も含めて成績となるので勉強尽くしの日々なのです。

 進路……はて? 私は卒業したらどうするんでしょうか?

 遺伝子研究所に就職?

 マーサ所長の顔を思い出すが、耳に飛び込んできた会話を拾って、リズエラはそちらに注意を向ける。

 私ってばすごい地獄耳なのです。

 見ればバーチとタリアが話している。その距離は親密に見えてすごく近い。

 二人は内緒で付き合っているらしいのですが周囲にはもうバレバレなのです。タリアの隠し事は私には通じないのです。

 はっきりと意思を表に出さないタリアだけどバーチには良く喋るのだ。

 おかげで工専の女子友では唯一の付き合いだったのが、最近はニムエと一緒にハブられているのです(ショボーンです)。

 

「──昨日の夜、俺見ちゃったんだよね」

「何を見ちゃったの? バーチ君」

「流れ星っていうのかな……港のバイトで外出てたんだけど」

「夜のアルバイトは工専で禁止されてるじゃない……」

「黙ってれば大丈夫だよ」

「見つかったら退学になるよ?」

「いや、それがさ、流れ星っぽいのを見てさ」

「流れ星を見たの?」

「かと思ったけど全然違ったな。動きがさ機械っぽくて、あれは絶対、人が操縦してたと思う」

「シャトルで?」

「ただのシャトルじゃできない動きだったな。戦闘機っぽかったよ。カメラで撮ったけど、早すぎたのかただの白い筋で──」

 

 得られる情報はそこまでで十分だ。

 バーチ君、それは、それはとても見てはいけないものではありませんでしたか? 

 密閉型コロニーであるため外部から見られる心配はないこともあってメサイアのテストを行っていたのですが、見られたとあっては困りものです。

 幸い、バーチ君は工場長の息子さんですから、彼のお父さんに情報をリークしてネガを消去してもらいましょう。

 リズエラは重要事項、と頭の隅にクリップするのだった。 

 

 ──その日、ラウンジにいた私に声をかけたのはアンナ先生でした。この日の彼女といえば淡いパステルカラーというのが印象です。

 ブラウスに少し長めのロングスカート。工専の先生方の中では女性らしい女性は珍しく映ります。

 無重力下ではリスクある服装ですが彼女の粗相は一度も見たことがありません。

 

「リズエラ・カーバインさん?」

「はい」

 

 ぼうっと校庭を眺めていたリズエラはその声に反応する。

 

「良かった。あなたとはなかなか話す機会がなかったから」

「お話をする用事がありませんから」 

 

 そっけなく返して離れようとすると呼び止められる。リズエラは振り返ってアンナ先生に向き直る。

 

「ごめんなさいね。進路の応募事項にあなたの記入がなかったから。インターン応募の項目があったと思うんだけど」

「ありました」

 

 すでに研究所にインターン扱いで通っているかと思って素通りしていた項目です。

 それにアンナ先生は一般人なので私の事情は知らないことでしょう。会長令嬢ゆえの怠惰と思われたのかもしれません。

 良いとこ育ちの病弱なお嬢様は「世間知らず」というのが周囲の評価です。この三年で作りあげた私の「顔」というやつです。

 

「電子書類だからすぐに終わるのだけど……」

「わかりました。今記入します」

 

 アンナ先生と椅子に座って必要な項目を埋めていく。

 応募企業はこのインダストリアル7に入っている会社ばかりだが、むろん秘密機関であるビストの遺伝子研究所の名前はない。

 空白なのが問題なのであって希望がなければ希望なしと書けばいいだけであった。

 お役所仕事的な事務手続きをすべて完了させる。

 

「ありがとう。時間を取らせてしまって」

「構いません。お仕事でしょうし」

「あなたと話をしてみたかったのは本当よ?」

 

 アンナ・リンクスは柔らかな笑みで応える。

 その笑みが多くの男子生徒を虜にしていることを本人は自覚していないであろうことは、彼女の少女らしい振る舞いから推測することができます。

 先生らしさはまだ足りませんが、それは微笑ましい所であるとリズエラは思うのです。

 

「──月に行くのね」

「はい、一週間ほどです」

 

 アンナ先生には旅行に行くと伝えました。

 故郷が他のコロニーにあれば、一時帰京する生徒もいれば、ここに留まって休暇を過ごす生徒もいます。

 さすがに地球出身者はごくわずかなので彼らもきっと留まることでしょう。彼女は地球出身でしょうか?

 

「休みが終わったら、またお話ししましょうね」

「機会があれば、また……」

「いい休暇を!」

 

 ニムエとタリアが迎えに来てリズエラはアンナ先生に別れを告げていた。

 

 

 港をAEの輸送船が離れてインダストリアル7が遠ざかっていく。

 宇宙にぽつねんと浮かぶコロニーは、今まで過ごしてきた世界があまりにも小さな世界であったことを実感させてくれるものだった。

 何度も遠くからインダストリアル7を見る機会はあったのだが、こうしてコロニーから離れて違う世界に行くと気分もまた違って感じるものであった。

 工専のクラスメイトたちはそれぞれの休みを過ごすだろう。タリアともしばしの別れだ。

 座席に座って遠ざかるインダストリアル7を眺めてからリズエラは正面のニムエに戻る。

 

「クリス博士からすれば凱旋ということになりますね」

「凱旋?」

「うん、端職に追いやった連中に復讐してやるのだー、みたいな?」

「ああ、なるほど。やり返してやるんですねー」

「いや、復讐などしないよ」

 

 コツンと握りこぶしが優しめにリズエラの頭に落ちる。顔を上げればそこにクリスがいる。

 見慣れた白衣姿ではなくパンツスタイルのスーツだ。そうして見ると実際の年齢よりもはるかに大人びて見える。

 当人はまだ一八と工専の学生と変わらない年齢だ。

 

「でもうちの子のお披露目なのです。かっこいい登場シーンくらい用意してもいいのでは?」

 

 リズエラの愛する可愛い可愛いメサイア一号機と二号機は、度重なる検証実験と訓練を経てもはや一心同体も同然であった。

 バージョンも重ねて初期のころよりもはるかに性能は向上していた。

 おかげであれは普通の人間が乗るものではなくなってしまったな……とクリスが少し後悔するほどであった。

 

「お披露目といっても公式のものではないよ。とは言っても本格的な模擬戦を予定している。相手はガンキャノン鉄騎兵中隊一二機を用意しているそうだ。どうだ、ワクワクしてきたかい?」

「ええ? 実戦なんですか?」

 

 ニムエが驚く。メガラニカでの実戦はリズエラとしか経験がない。

 

「これまでの成果を思う存分に発揮できる機会が訪れたというわけさ。噂に聞くRX-78も拝めるかもしれん」

「RX-78ですか? アナハイムの公式型番ではまだ公開されていませんよね?」

「機密ではあるけどね。この情報もさる筋が教えてくれた」

「マーサ所長ですね」

 

 リズエラが正解を口にする。

 あのおば……マーサ所長はアナハイムに太いパイプを持っているので常に最新の情報を得ているようです。

 なぜかリズエラには心を許しているのだが、男社会に挑戦して女の存在を示すことを常々口にするようになったのは、リズエラが自分のルーツを知ろうと自主的に研究参加してからだ。

 彼女からすればリズエラはすでに同志の扱いなのであった。

 

「あの子が寂しがってるから行ってあげないと」

「リズ様の愛が始まりましたねえ……」

「過保護もほどほどにな」

「はーい」

 

 生暖かい視線を背にリズエラはふわりと浮かび上がって二人に手を振った。座席の一番向こうに目を向けるとウォンが座席で眠りこけていた。

 モビルスーツが収められている区画に向かう。すべての整備を終えた二機がそこにあった。

 ここでは無重力だ。リズエラは床を蹴って空中に飛び上がると体を一回転させ、機体の胸部を上がってメサイアの頭部に到達する。

 一本角が生えたモビルスーツの頭には「顔」が存在する。宙に漂いながらその顔に触れて冷たいフェイスを額に感じた。

 

「ガンダム……」

 

 リズエラは誰も知るはずのないその言葉を口にした。本人さえもその単語の意味を理解していない。

 その「顔」はリズエラの記憶に唯一残っているマシンの素顔だ。他に知るのは、その顔をスケッチしたときその場にいたウォンとメラニーだけである。

 初対面の取調室で記憶にあるモノを書くようにと言われて書いたスケッチがこのガンダムの顔だったのだ。

 二機のメサイアは同じ顔を持っている。あの時のものがモビルスーツの顔に再現されることはリズエラも知らなかったことだ。

 ただ唯一、自分の記憶に関係するものという認識だけである。

 リズエラ専用機であるM01のコクピットまで降りてハッチを開けて入り込む。

 

「不安? うん、違う宇宙に行くんだものね……」

 

 リズエラは両手を広げコクピットの天井に掌で触れる。

 肌で直接感じるマシンの意思──それは他の人には決して聞こえない声だ。言葉とはふと湧いて出てくる意識の塊のようなものだ。

 モビルスーツの意思のようなものを実感できるようになったのは、実験機に初めて搭乗して以来だ。

 月で乗ったガンキャノンやガンタンクにはないものがそこには宿っている。

 それは知っている誰かの声であったりする。断片的だったり、はっきりと聞こえることもある。

 クリスのものであったり、ニムエのものであったり、関わった人たちの言葉だったりする。

 その残留思念のような意思が木霊のように竜骨神経を通じてリズエラに伝えてくる。

 それらの声とは別にマシンの意思も感じ取れた。それはとても幼くて、小さすぎて誰にも聞き取ることはできない。

 その語り掛けてくる言葉に耳を澄ませるのをリズエラは好んでいた。

 リズエラは目を閉じて座席に身を委ねる。竜骨から響いてくる意思に心をシンクロさせていた。

 

 電子情報は脳波シンクロによって伝達されパイロットはそれを受け取り、発信する。

 フレームに組み込まれた脳波シンクロシステムは、モビルスーツの前身であるモーターヘッドからの着想を得たクリスによって設計された。

 驚異的な身体能力を持つ騎士やファティマではなく、人が乗るべきマシンとして、人体操作では不可能な動きを再現するため脳波コントロールによる操作を可能とする。

 それはモーターヘッドの在るべき本来の姿ではなかった。

 「マシン・メサイア」。そう呼ばれたモーターヘッドの前身であるマシンの姿に近いものであったのだ。

 そしてこのマシンもまた「メサイア」と呼ばれている──

  

 

「シャア・アズナブル。貴様を我が指揮下の宇宙攻撃軍の士官に迎え、モビルスーツ部隊の一員とする」

「はっ! 謹んでお受けいたします」

 

 先月、地球から宇宙──サイド3へと戻ったシャア・アズナブルはドズル・ザビ麾下となっていた。

 暁の蜂起。ジオンの学生によるクーデターの際に連邦軍への反乱に加わり、それを指揮するガルマ・ザビと共に連邦の基地を占領した。

 それを契機にジオンは連邦政府との決別をしたといっていい。連邦の圧力下にあったサイド3コロニーはジオン自治共和国国防軍を再編し、独立した国家への道を歩み始めた。

 蜂起によって故国を救うために戦った憂国の士。若い少年少女たちが幾人も犠牲になったが、若い英雄たちは今こうしてジオン独立のために立っているのだ。

 だがシャアの事実は異なる。元来勇ましい気質ではないガルマを担ぎ上げ、言葉巧みに誘導して先導したのはシャアの手腕であったのだ。

 そうと知るドズルもまたザビ家の人間である。シャアは胡乱だが、小僧一人操れぬでは面目が立たぬ。

 それにまたシャアの地球での遍歴も彼の興味を引き付けるものであった。数々のモビルワーカーを操り、その腕前はすでに保証されている。

 一人でも多く麾下のMS部隊に欲しいドズルにとってこの上ない人材であった。 

 ──宇宙を駆けた一機のMSが岩礁の小基地へと帰還する。遅れて数機のMSが続いて帰還した。

 テストパイロット兼実戦要員として訓練を受ける小隊が帰還したのだ。

 

「お帰りなさい。お疲れ様です」

「調整は完璧だ。だが機動の反応はもっと速くしてもいい」

「リミッター制限がありますもので……パイロットの安全が第一です。空中分解なんて見たくありませんからね。ツィマットであったでしょう」

「ああ……そうだな」

 

 整備に返しシャアはヘルメットを脱いだ。その素顔を覆うのはマスクだ。

 表情を映さない無機質な仮面は、彼の目の色素異常を防護するためのものだ、ということになっている。

 この基地に来てからずっと新型機の訓練に時間を割いていた。 

 MS部隊を養成するための施設であったが、突貫で造られたので居住性も娯楽も殆ど望めない宇宙の監獄のような養成基地だ。

 訓練よりもこの環境に愚痴をこぼすものが多かったが、シャアは文句の一つもあれば訓練に意識を傾けていた。

  

「MS-05 ザクIか……」

 

 小型融合炉を積んだ人型機動兵器。ガルマからその存在を聞き、暁の蜂起後の除隊の際もドズルに立っての希望としてMS部隊への編入を希望した。

 MSの存在こそがこの世界に置いて彼が立つ術であることをその頃から感じ取っていたのだ。

 その感覚は間違っていなかったといえよう。地球での経験から自分が呼び戻されることは確信していた。

 

「カラーは赤ですか?」

「ああ、頼む」

「暁ですね」

「そうだ」

 

 機体に施すペイントは本来であればマーク程度であるが、機体の色を赤く塗ることを許されたのはこの基地ではシャアだけだ。

 その意味を整備の人間も理解している。何せ彼は暁の蜂起で英雄となった男なのだ。

 この基地でシャア・アズナブルを知らぬ者はいない。

 

「アズナブル上等兵、司令がお呼びです」

「ドズル閣下が? わかったすぐに行く」

 

 赤い塗料に塗られていくザクを一瞥してシャアはその場を離れた。 

 小惑星基地として用いられている岩礁はその鉱物資源の利用に加え、掘り進めた部分を居住区域としても利用している。

 天然のコロニーとしてこの上なく最適であったが、コロニー暮らしに慣れたスペースノイドでも住むとなれば躊躇うものだ。

 岩窟の天井下の通路を抜け司令部の通信室に姿を現す。

 

「シャア・アズナブル、参りました」

「楽にしろ」

 

 モニタ向こうのドズルはいかめしい顔でジロリとシャアを見る。

 

「貴様の顔を眺めるのはあまり面白いモノではない」

「マスクを着けたままで申し訳ありません。外しましょうか?」

「不要だ。お前の素顔などどうでも良い」

「はぁ……」

「世間話をしに呼んだのではない。貴様はキシリア機関を知っているな?」

「キシリア閣下直属の情報部隊だと聞き及んでいます」

「そうだ。キシリアが掴んだ話では裏切り行為が進行しているとのことだ」

「裏切り? 誰に対してです?」

 

 シャアの注意深い視線がドズルへ向けられる。

 

「我々……ジオンに対する裏切り行為だ。到底許されるものではない。ミノフスキー博士の脱走計画があるという話だ」

「それはミノフスキー博士が連邦に寝返るということでありましょうか?」

「そういうことだ」

 

 ドズルの目は怒りが宿っている。声を押し隠しているが握りしめた拳がすべてを語っていた。

 

「ジオンのモビルスーツ開発のすべてを博士は熟知している。どれ一つたりとも連邦のクソどもに渡すわけにはいかんのだ! 貴様には博士を……」

「どういたしましょうか?」

「連れ戻すのだ……それが叶わぬ時は仕方ない。決して奴らの手に渡してはならぬ。ザクによる出撃を認める。貴様の初陣だ」

「私一機ではありますまい?」

「当然だ。作戦行動には俺が手塩にかけて育てたモビルスーツ部隊を使う。キシリアの情報を元に作戦を展開する。博士を泳がせ月で捕らえるのだ」 

「承りました。シャア・アズナブル、月で任務にあたります」

 

 シャアはドズルに拝命の敬礼を送る。

 

「……お前にも部下を付けてやる」

「部下でありますか? 自分は帰参したばかりの一兵卒にすぎませんが……」

「ヅダの開発チームにいた連中だ。今は俺の指揮下に入ってザクの訓練を受けている」

「ツィマット社のEMSチームですか?」

 

 現行のザクが採用される際、そのライバルとなったのがツィマットのヅダと呼ばれるMSだ。

 性能の上ではザクを上回るとされながらも機体の不具合で採用は見送られたという。その現物を見たことはないが開発に関わったパイロットたちはEMSチームと呼ばれていた。

 

「ツィマットの開発チームが解散した際に連中も軍属を離れた。俺の召集で帰参したが、全員が一兵卒からを希望してな。そいつらをお前につけてやる。指揮官として使いこなしてみせろ」

 

 ドズルの見せた笑みは好意的なものではなかった。貴様風情が使いこなせたらな、という意趣が込められている。

 

「了解いたしました」

「貴様が戻り次第作戦を開始する。寄り道して女を抱く時間などないぞ」

「はっ!」

 

 通信が切れてシャアは手を下す。巡り巡ってきた機会に胸は昂るが冷静な仮面の下にその表情を隠していた。 

 

 

「シャア」

「ララァ」

 

 シャアがララァの体を受け止める。インド系の血を引くララァはシャアが地上で保護した少女だ。

 ララァは不思議な力を持つ。その力をカジノで荒稼ぎする悪い男に利用されていたが、経緯があって彼女を狙うブローカーたちからシャアが助け出したのだ。

 コロニー港の端で二人は久方ぶりの再会を果たした。地球から宇宙へ戻った後、シャアはすぐにMS訓練のためにララァの元を離れていた。

 サイド3への移民申請が通り、港の管理センターを出たララァはシャアが借りたアパートメントに入っていた。

 借りる際も軍属の身内ということで少し融通を利かせている。シャアは一度も訪れていなかったが不自由はさせていないはずだ。

 

「すまないな一人にさせて」

「いいんです。私、軍に志願しようと思います」

「なぜだ?」

 

 見上げるララァの視線を受け止めてシャアは問う。

 その瞳には吸い寄せられるような抗いようのない魅力がある。こんな時でなければいつまでも見ていたいような目だ。

 無意識に男の心をつかんで離さない。ララァと共にあることは奇蹟のようでもある。

 

「そうすればシャアの近くに居れるような気がするから」

「軍隊はそうはいかない。一緒にいることは難しいだろう」 

 

 子どもゆえのあさはかな思い付きとも取れるが、ララァが愚かな娘でないことはよく知っていた。

 

「あまり時間がないんだ。すぐに発たねばならなくてね」

 

 基地から帰還したシャアはすぐに軍艦に乗って出航を待つ身だ。そのわずかな時間をララァと過ごしている。

 

「夢を見ました……」

「夢?」

「とても怖い……白い幻影がシャアを連れて行ってしまう夢……」

「夢は、夢だ。私はどこにも行かないよ」

 

 シャアが差し出した手をララァの細い指が受け止めて頬に当てる。

 

「だから、少しでもあなたの近くにいたいのです。シャアを取り巻く運命の一部になりたくて」

 

 その吐息を感じながらシャアは笑った。

 少女の言葉の意味を詮索する時間はない。頭にあるのは任務のことだけだ。

 

「私もできる限りのことはするとも。ララァも今は帰りを待ってほしい」

「はい」

 

 ララァに別れを告げて立ち去るシャア。その背中をララァは見つめる。

 

「私は視たのですシャア……」

 

 その瞳は今ではない未来のビジョンを映す。視たものを思い出した瞬間、また夢で見た映像が今ある世界を塗りつぶして再生される。

 その鮮烈なビジョンに立っていることができずにララァは床に手をついた。

 

 

 

月を切り裂くように白い幻影が降り立つ

そのロボットを操るヴァイオレットの瞳の少女

戦いは一方的に恐ろしいまでに残忍に

大地を赤く染めて散っていく命の数々

その惨劇の最中に赤いモビルスーツが幻影を迎え撃つ

 

 

 

 そこでビジョンは終わった。空虚な冷たさを膝に感じながらララァは立ち上がった。

 この身に感じた感覚は現実そのもの。散華する命の響きを聞いていた。その声を耳に残して瞳からこぼれた涙を袖でぬぐう。

 

「あなたは生き残るわ、シャア……そしてあなたが辿る運命は私のものでもあるの……それがわかるから」

 

 そう呟いてララァは港に背を向けていた。

俺、ガンダム二次の1シーズン投稿し終わったらFSS17巻と水星の魔女見るんだ

  • 水星の魔女は許す、FSSは許さん
  • FSSは許す、水星の魔女は許さん
  • 両方許されない 二次作を完結するまでな!
  • 好きなだけ堪能していいぞ
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