あなたが私のマスターですか?─RE:I AM─ 作:つきしまさん
テムの眼下で巻き起こった爆発の渦は月の地表を赤く照らしだした。その衝撃は真上にあった救助艇の船体を大きく揺らす。
ヒートホークの斬撃を受けてガンキャノンが崩れ落ちる。近接戦に持ち込まれた時点で連邦MS部隊の敗北は決まっていた。
圧倒的な機動性と運動力を持つザクが連携して動けば、赤子の手をひねる様なものだった。
また新たな爆発が地面を揺らしテムの目の前で強烈な閃光を放つ。
「危険です! これ以上は近づけませんよっ!」
「ダメだ! 何としても博士だけは回収しなければ! 探すんだっ!」
叱咤するテムの指示で灼熱の噴煙を上げる地表にセンサーを向けて救助艇が飛ぶ。いつ撃ち落されても仕方ない危険な行為だ。
赤いザクの照準が一瞬救助艇を捉えるが、何の火器も積んでいない船からすぐに照準を外す。
間一髪のところで命を救ったことを知らず、テムは生存者の姿を視界に捉えるが、すぐに噴煙の向こうにその姿を見失っていた。
破壊された車両から飛び出した人影は、戦場から逃げるように徒歩で走るが、無重力の世界を宇宙服を着て走る行為は水の中でもがくに等しい行為だ。
爆風がその背中を押すように弾き飛ばした。トレノフはもんどりうって破壊されるMSの姿を目にする。
「終わりだっ!」
悔恨の言葉が漏れて涙にぬれた目で追手であるザクを見上げる。
「食らいやがれっ!」
マッシュ機が振り上げたヒートホークがガンキャノンの頭部を激しく殴打し、頭部を破壊されても抵抗しようとする機体の右腕を斬り落とす。
「こんな……ことが」
繰り広げられる一方的な殺戮を前に、それ以上の言葉を失った部隊の指揮官が席から半ば腰を浮かしたまま呻くように呟いた。
一二機のガンキャノンに対するはザクが九機。接戦を予想した指揮官の計算は大きく狂っていた。
降下した鉄騎兵中隊は連邦が誇るMS部隊だ。それが圧倒的なまでの戦力差で各個撃破され全滅に等しい状態だ。
「戦力差は……撤収だ。回収して、退却っ!」
「無理です、どうやって! て、敵、回避!」
進路上に飛び出したのはオルテガのザクだ。バズーカを構え狙いを標的に定める。
「一人も生かして帰すかぁっ! 貴様のためにとっておいた残り弾だぁっ!!」
至近距離で滞空したオルテガが引き金を引く。
「派手な花火だぜっ!」
船のエンジン部に吸い込まれるように消えた弾頭は心臓部を打ち抜いて船体を大きく揺るがした。その次の瞬間には炎が舞うように爆発四散する。
その光景にテムは目を奪われる。が、すぐに自分の使命を思い出す。
「み、味方が全滅……もうダメだ。撤退しましょうっ!」
パイロットが座席に沈み込むように震えた。
「バカ者っ! 何のためにここに来たと思っている! ミノフスキー博士の救助のためだろうがっ!! この下に博士がいるのが見えんのか!」
「バカモノ! バカモノ!」
ハロが連呼し、救助艇パイロットの首根っこを掴んでテムが赤外線センサーを睨みつける。あまりにも多すぎる熱源のせいでセンサーはまるで役立たずの状態だ。
「ダメです! 熱源が多すぎてまるで役に立たないっ!」
「アソコ、イル! イルッ!」
「どこだ? どこにいる?」
ハロがミツケタと叫び、テムは一度見失った生存者の姿を探した。
だがあまりにも遅かった。戦場に立っているのはザクだけだ。
「博士がこの下にいるというのにっ!」
鉄騎兵中隊のMSはすべて撃破されている。ただ手をこまねいて見ていることしかできない。
「もう逃げられんぞ、博士……」
煙る炎の中からランバ・ラルのブグが姿を現す。破壊されたMSの陰に隠れたトレノフに最終通告を突きつける。
「博士、大人しく投降してください。もう誰もあなたを逃がすことはできやしない。我々とあなたは仲間だったはずだ! 連邦に魂を売り渡すおつもりかっ!?」
ザクの100ミリマシンガンがトレノフに向けられる。もう逃げられないと観念して姿を現した博士が立ち止まる。
「ラル大尉、私は……」
「大尉っ! 上方から熱源接近! 速いっ!」
「全機散開っ!」
シャアの警告によりラルが指示する。ラルとガイアたちのザクが散ってシャア部隊が迎撃の射撃体勢で迫りくるモノを迎え撃つ体制を取る。
高速の機体が揺るがすコクピット内──全標的を捉えたリズエラはそのうちの一機のザクに初撃を放った。
超音速を越えるスピードで降下するメサイアが眼下十数キロ先に向けて放った閃光はビームライフルによるものだ。
「ビーム砲?」
シャアの呟き後、長距離から放たれた一条の光がロルフ機の胸部を狙いたがわずに瞬時に打ち抜いた。それはエンジン部への直撃だった。
コクピットの乗員は瞬時に蒸発し核融合炉の爆発が新たな戦闘の火ぶたとなって散った。
シャアの指示と同時にEMSチームの三人が即座に跳ぶが、その爆発の影響をもろに受けて各機が混乱に陥る。
「今のは何だっ!」
「わかりませんっ! 艦砲射撃ではっ!?」
テムの問いにパイロットが応える。
「ジョウクウ12キロカラ、ソゲキ! ソゲキっ!」
「野郎! どこだっ!」
憤懣をオルテガが叫び、演算したハロがソゲキと連呼する。
「あれ……何だ?」
クルトの呟きにレオは月の空に滞空するモノを見た。純白のMSが戦場を睥睨するように見下ろしている姿があった。
それも背中合わせに二機のメサイアが光の粒子を散らしてさん然とそこに存在していた。
「白い……モビルスーツ?」
テムの呟きが無線に入り込んだノイズに消える。
「あの光は何だ?」
その姿を誇示するように浮かぶ機体から漏れ出る光──MSのムーバブルフレームが光る現象はまるで聖書にある天使か、救世主キリストの降臨の姿のようであった。
「シンクロナイズド・コントロール・クリア。コントロールをニムエに戻します」
「コントロール了解」
ニムエに操縦コントロールが戻される。
複数機同時制御プログラム。シンクロナイズド・コントロール・システムは脳波コントロールによって複数機操縦可能なMSシステムとしてクリスがリズエラと共に開発したものだ。
サイコフレーム──後にそう呼ばれることになる機体の構造材で、モビルスーツの先駆けであるメサイアに実験的に組み込んでいる。
対象が無人であっても脳波コントロールによる同時制御が可能だ。
メサイアそのものがサイコミュとして機能するが、適正化にはまだほど遠く、あまりにもホストパイロットにかかる負担が大きい。
ミノフスキー粒子散布化の世界では電装部品の意思伝導率が極端に低下し、リズエラの能力をもってしても数分で稼働停止に追い込まれる。
「SCSは不完全燃焼でーす」
頬を膨らませたリズエラが不服を漏らし、実用化までの課題と脳みそにメモすることを忘れない。
二機のメサイアを輝かせていた粒子が収束して消える。
「博士を確認、ニムエは確保を」
「了解です」
背中合わせのニムエが返事を返す。リズエラがマーカーを付けた場所に博士を確認する。
「あいつが、あいつがロルフをやりやがったんだっ!」
「ルッツ! うかつに動くなっ!」
「うるせえっ!」
レオの制止を振り切ってルッツ機がスラスターを吹かして跳んだ。
「援護する!」
「了解!!」
ルッツ機を援護するようにレオ機とクルト機がマシンガンを乱射する。
地を蹴って上に飛びあがるとヒートホークに持ち替えての特攻をルッツが仕掛けた。
「ゴーっ!」
その言葉がリズエラの合図だった。リズエラは正面の敵を相手にしニムエは博士を確保に動く。
ザク三機の連携行動を前にリズエラは即座に接近戦を選択する。突如下降しメサイアがビームサーベルを手にし突進してルッツ機と宙で交差する。
その刹那、胴体を断ち切った光の刃を人々は見た。あまりにもあっさりとルッツのザクが胴体と泣き別れして落ちた。
エンジン部を直撃しなかったものの誘爆を起こしてザクが四散する。
「うわぁぁぁっ! 何だ? こいつぅぅ~っ!」
クルト機が眼前に迫る敵にマシンガンを連射する。
「クルトっ、下がれ!」
レオ機がショルダーでタックルしてクルト機を押し出す。地上に降り立ったメサイアと正面からレオ機が接触する。
その瞬間、ザクの右腕が飛び、次には半分に絶たれた胴をねじ切られるように回転しながら吹き飛んで起伏のある丘の斜面に追突して爆散した。
「ビーム兵器っ! MS用に実用化していたのか! 何という威力だ……」
その恐ろしい威力にシャアは戦慄する。あっという間に三人の部下が命を落とした。
「野郎、ブンブン飛び回りやがってぇっ! 」
「オルテガっ! 突っ込むな! 陣形を守れっ!」
ラルの制止は届かない。
地表すれすれに低空飛行で飛んで旋回したニムエのメサイアがオルテガ機と交差する瞬間、地を蹴って機体を回転させて放たれた光の刃がザクの腕を二本とも斬り落とす。
「おろ? 何ぃぃぃ!?」
立ち往生しながら膝をついてオルテガ機が倒れこむ。
瞬時にかかる凄まじい反動と圧力の中でニムエは迫るマッシュ機と並走しながら挟み撃ちに動くガイア機をけん制するように後方に跳んだ。
「ぐっ!」
肉体にかかるGにニムエは唇の端を噛んだ。赤い粒が飛んでヘルメットのバイザーに赤い点を残す。
「何て動きだっ! ザクの比じゃないぞっ!」
「こいつはここで潰すっ!」
ガイア機とマッシュ機がヒートホークを手に最大加速してニムエ機に追いすがる。ラルはマシンガンで援護に動くが味方機が迫る最中では狙いが定まらない。
視界の隅でもう一機のメサイアが後方に動くのを見た。シャア機とクルト機が追撃する。
「奴は博士が狙いか!」
その合間にもマッシュ機の頭部が飛んで落ちた。ガイア機が振り上げたヒートホークは柄の部分を残して消失する。
「来ないでよっ! こっちの方が全然強いんだからさぁっ!」
血の味を舐めながらニムエが叫びガイア機の頭部にビームサーベルを突き刺す。二機のザクが頭部を失いバランスを失って後退するのを荒い息を吐き出しながら眺めた。
「シャア隊長、こいつはやりますっ!」
「よせっ! クルトっ!!」
マシンガンをけん制に撃ちながら突っ込んだクルト機がヒートホークに持ち換えリズエラに特攻をかけた。
「うぉぉぉーっ!」
「無駄です」
敵の排除をすることに何のためらいもなくリズエラは動く。マシンそのものとなって。
エンジンの爆発はさせられない。ミノフスキー博士の位置が近すぎる。先ほどの上空からの狙撃は爆発させても問題ないと計算した位置からのものだった。
だからコクピットのみを射抜く。ごく単純な選択だ。
「バカな、コクピットだけを……?」
「狙っているのかこいつは!」
驚愕するラルとシャアの前に光刃をクルトのザクの背中まで貫通させたリズエラ機の姿があった。
「くそぉっ! こいつめぇー!」
ヒートホークを振り回しニムエのメサイアにラルが仕掛けた。もはや特攻である。
「こ、来ないでよっ! 性能はこっちが上なんだからっ! わっかんないかなぁぁ~っ!」
ニムエがでたらめに振り回したビームサーベルがブグの肩を切り裂き、左腕を半ばまで落とした。
たちどころに溶解し機能を失った腕をラルは即座に切り捨てる。
「エンジンはダメ……エンジンはダメなんだからっ!」
敵も動いている。リズエラのように正確無比にエンジン爆発をさけて仕留める力は自分にはない。
それは攻撃の詰めの甘さとなっていた。決定打となる手をニムエは持たない。
撃ち合いざまにヒートホークとビームサーベルが干渉しあって強烈な光を散らしあった。
パワーでブグが劣るものの狙いすませた合打ちでメサイアの動きが乱れる。
ラルのブグは攻撃の機会を逃さない。目の前の敵に攻撃へのためらいのような反応があった。
再度の打ち込みを行った後、互いの間合いを伺う。
「さっきの人たちと違う……強い!」
ニムエは荒い息を吐き出す。額ににじんで落ちた汗が片目を曇らせる。
「このパイロット、甘い!」
戦場に立ったことがない。それを言うならばラルとてMSでは初陣。だが、軍人として生きてきた経験がある。
「ならば、やりようもあろうよ」
敵の動きを読んでラルは乾坤一擲を狙う。腰を落とした体勢から地を蹴って突進する。
「右? 左っ!?」
しかし、ニムエの迷いをついたラルの攻撃は閃光によって封じられる。
「させません──」
リズエラ機のライフルから迸った一撃がラル機が振り上げた武器を破壊し、もう一撃が脚部に損傷を負わせてブグは膝をつくことになった。
「くそっ!」
ラル機にはもう武器がない。リズエラのライフルの照準はラル機を捕らえたままだ。
圧倒的なまでの戦闘力の差──それだけではない、えも知れぬプレッシャーがラルを捕らえて放さない。
「大尉っ! こいつは私が引き付けるっ! 部隊を立て直してどうか撤退をっ!」
「シャア、無理はするなっ!」
リズエラ機を狙撃したのはシャアの赤いザクだ。シャアを追ってリズエラのメサイアが動いた。
「排除する」
博士の確保をニムエに任せてリズエラは赤いザクを追う。すでに残った敵は戦力的に無力化されたに等しい。
「全員動かないでっ! 生きている人はそこに集まってくださいっ!」
ライフルに持ち替えたニムエ機がこの場にいる全員に向けてビームライフルの銃口を向けた。
生存者であるラル、オルテガ、マッシュ、ガイアはわずかに動くことができるザクから降ろされ一か所に集められた。
「女にやられたのかよ……」
血の気収まらぬとオルテガが青筋を立てる。
「ミノフスキー博士ですね。お迎えに上がりました。こちらに」
メサイアの手に博士を乗せてコクピットハッチを出てニムエが手を差し出す。思ったよりも若い娘の声に戸惑いながらトレノフはその手を握り返していた。
◆
白い流星が赤い残影を追って飛ぶ。
クレーターの落ち込んだくぼみに赤いザクが飛び込んだ。円面の淵に沿うようにスラスターを吹かしてシャアは敵の存在を背後に感じとる。
「一機だけでも。やれるか?」
四人の部下を瞬殺した白いMSだ。奴に甘さはない。じきに追いつかれるだろう。
もう一機と違ってこいつは危険だ。何のためらいもなく殺戮する。
殺意があればわかる。だが奴からは気迫や意志を感じさせるものがなかった。まるで機械そのもののキルマシーンだ。
本能でシャアはそう感じていた。
「私は甘いな……」
ラルを救おうとした自分に対し自嘲するように呟く。
復讐を果たすまでは死ぬことはできない。その想いは深く魂にまで刻まれた己の宿業だ。
赤いザクにけん制のビームが迸った。誘いをかけるものでシャアはあえてその動きに乗じることにした。
「こっちへ来い!」
誘い出すつもりなら逆手に取ってこちらが先手を取る。
背後に感じた強いプレッシャーに弾倉を空にしたマシンガンを投げつける。全速でメサイアに向かって突進した。
「よけられまいっ!」
正面からぶつかった両機。格闘戦を仕掛けたザクにライフルを捨ててメサイアが応じた。
がっちりと組み合う形で空中で回転しながらザクは加速して岩壁に強烈に押し込んだ。激しい接触に装甲が悲鳴を上げてメサイアの機体が激しい火花を散らす。
「頑丈だが、中は無事では済まされんぞっ!」
勢いのままにシャアはさらに揺さぶりをかける。加速した機体を遠心力とザクの重さで回転させながらさらに地面に激しく叩きつけた。
身体にかかる強烈な負荷にシャアは歯をかみしめる。想定していたとはいえMSによる直の肉弾戦は大きな負担だ。
これが通常のパイロットであれば脳震とうを引き起こしていただろう。が、そこでザクの動きが止まった。
「動けん……」
振り回されるままだったメサイアの腕がザクの動きを封じている。損傷したザクの腕が引っ張られ空虚の間にザクが浮かぶ。
振り上げたメサイアの腕から突き出した衝角槍がモノアイの頭部ごと叩き落とした。
その強烈な衝撃がシャアを襲う。そして再度コクピット内が大きく揺れた。
意識が飛ぶのを感じシャアは気を失った。
駆動系統を完全破壊されたザクが浮かび上がる。メサイアに仕掛けた後先考えぬ特攻はザクにも致命的な損傷を負わせていた。
ザクの片腕をもぎ取ったメサイアがその腕を捨てた。
「任務を遂行します」
敵の排除が命令である。リズエラはマスター命令を忠実に順守する。
ビームサーベルで止めを──
ざわめく感覚──
違和感──
それはずっと感じていたものの正体──
彼を殺してはいけない!
なぜ?
彼とは誰?
輝く光る剣にためらいの意思が吞み込まれる──
”「地球に住む者は自分たちの事しか考えていない、だから抹殺すると宣言した!」”
”「人が人に罰を与えるなどと」!”
”「私、シャア・アズナブルが粛清しようというのだ、アムロ!」”
その瞬間、声が私の心一杯に満ちた。
”「地球が持たん時が来ているのだ!そんな物では!」”
声は続く。
”「──アクシズの落下は始まっているんだぞ!!」”
”「νガンダムは伊達じゃない!」”
光のビジョンがリズエラを包み込む。その光は巨大な隕石の塊から発せられている。
これは、何──?
”「結局、遅かれ早かれこんな悲しみだけが広がって地球を押しつぶすのだ。ならば人類は、自分の手で自分を裁いて自然に対し、地球に対して贖罪しなければならん。アムロ、なんでこれがわからん!」”
”「わかってるよ! だから、世界に人の心の光を見せなけりゃならないんだろ!」”
嗚呼……! 光が見える……
宇宙に投げ出された私の心は光の波によって押し流された。
あの時、光となったすべての人々の声を聴いた。それは一つの奔流となってアクシズの軌道を変えさせた。
もっとも光り輝いた魂が二つ昇華しながら「彼ら」は私を導いた。
その声がそっと優しく包み込んで地上に向けて「私」を送り込んだのだ。
「シャア・アズナブル」
「アムロ・レイ」
「彼ら」と、そして「彼女」が──
「あなたたちが──」
震えながら体を抱いた。熱い雫を頬に感じ、記憶とせめぎ合う意思の狭間に揺れた。
『リズエラ、もうデータは十分だ。帰還しろ』
その声がリズエラを現実へと引き戻す。
収束していたビームの光が消えて、ザクに止めを刺すことなくメサイアは月の宇宙(そら)を飛んだ。
「了解、帰投します」
マスターから帰還指示に返答を返す。
目の前に水分のしずくが漂ってリズエラはヘルメットを脱いだ。零れた明るい髪が広がって頬にかかる。
リズエラは大きく息を吐き出して、遥か眼下になったザクを見降ろした後、メサイアは帰還していた。
◆
月面の地表すれすれに赤い残骸が漂う。電子機器がわずかに点滅する暗いコクピット内で意識を失ったパイロットがいる。
仮面の口元が開きわずかに指先が動く。
落ち込んだくぼみの陰から赤いザクが漂い出る。シャアは太陽の光を見た。
生きている──なぜ私は生きている? どうやって生き残った?
ザクのコントロール機能は失われている。操縦桿に置いた手を戻してヘルメット・フェイスに触れた。
残存酸素を確認する。問題はない。コクピットも空気漏れを起こしていない。
MSは動きそうにない。激しい戦闘の傷跡を残す機体をどうにか動かそうと試みるが果たせなかった。
このまま宇宙を漂うデブリの中で死ぬわけにはいかない。
通信機能は死んでいなかった。
私としたことがうかつだな……
味方からの通信にノイズが混じる回路を開く。飛び込んできた声はオルテガのものだ。
『おい、赤い奴、生きとるかっ?』
通信を送ったオルテガの後ろにはラルがいる。マッシュ機にはガイアが搭乗する。
頭部を失ったザク二機に生存者である四名が搭乗していた。
『ラルだ。シャア上等兵、お前を回収して帰還するぞ』
「ご無事でしたか、大尉」
ラルの声に仮面の下でシャアは笑みで答えた。
『無茶をするなと言ったはずだ』
「連邦は、あの白い奴は?」
『ミノフスキー博士を取られた。が、我々には眼中もくれずに行ったよ。お前が引き付けたもう一機もな』
「そうでしたか」
『何があった、シャア?』
「わかりません……奴は、私を見逃したようです」
『命あってこそ次がある。この雪辱は必ず晴らす。除名処分にならなけりゃだがな。あの四人は残念だった』
「はい……」
何という無力さだ。シャアは動かそうにも動かぬ操縦桿を強く握りしめる。
むざむざ四人の部下を死なせたこと。抗うには圧倒的な強さを持つ敵MSの存在。
そして光を見たような気がした。
その時のことをラルに説明する言葉をシャアは持たない。それが何であったのかを確かめることもできない。
あの瞬間──刹那のひと時でしかなかった邂逅。
機体を揺るがす衝動。頭部のないマッシュのザクが赤い機体を確保していた。
視界を確保するためかハッチは開きっぱなしだった。
「そいつは捨ててこっちに移れ。酸素は問題ないか?」
「平気です」
「コクピットはこれ以上乗れん。図体がデカいのが二人いるからな。手に乗れ」
「了解」
シャアはコクピットから出て味方機に乗り移る。
「こちらの位置は報せてある。直に回収が来る」
ザクに乗り換え、友軍の指定ポイントに向かいながらシャアは激戦となったスミス海を振り返った。赤く燃えた戦場はすでに遠く地平線の向こうとなっていた。
◆
『──M02、ミノフスキー博士を収容したらただちに帰還せよ』
クリスの声がニムエのコクピット内に響く。
散布されたミノフスキー粒子はほぼ散って通信機能が回復していた。
ニムエは眼下の捕虜に目を向ける。捕虜の扱いなど知らないのだ。相手は軍人である。
「あの人たちはどうしますか?」
『あの人たち?』
「ええと、パイロットさんたちですけど……」
『ジオンなど放っておけ』
「いいんですか?」
『連邦の軍人なら拘束して捕虜にするだろうが我々は関係ない。ザクの回収も任せればいいさ。リズも帰還させる』
「了解です──」
回収したミノフスキー博士にしっかり捕まっているようニムエが指示してメサイアが再起動する。
救助艇のテムは乾いた口の中を湿らせた。白いMSから目を離すことができないでいる。
「これは現実なのか……? あれが、あれがモビルスーツだというのか?」
「部長」
「何だ?」
「アナハイム所属の船から通信です。所属はインダストリアル7ですが……」
「インダストリアル7?」
テムが返事をする前に通信が開かれる。
『テム・レイ部長、こちらのデモンストレーションはいかがでしたか?』
「これがデモンストレーション……だと?」
女の声にテムが返す。眼下に拡がるのは一面戦場の跡だ。デモンストレーションなどという生易しい世界ではない。
『救助に手が足りないでしょうからこちらからも支援を出します。よろしいですか?』
声がやたら近くに感じる。大きな船のシルエットが頭上にさしてテムは見上げた。そこにAEのロゴマークを付けた輸送船があった。
「やはり、あれがビストと共同で開発したというモビルスーツなのか……」
『その通りです。最高のパフォーマンスをご体験いただけたかと』
眼下の惨状に心動かした風もないものの言いようにテムはいら立ちをぶつけた。
「君はいったい誰だっ!」
その問いに冷徹な美貌を持つ双眸がゆっくりと瞬きする。美しい唇が言葉を形作る。所作の一つさえもまるで芸術品のようだ。
彼女の傍らでウォン・リーはその横顔を眺めながらメサイアがもたらした”戦果”を一望する。「救世主」の名を冠したマシンが引き起こした虐殺の現場を。
「私はクリスティン・マリア・ナガノ──あのモビルスーツ「メサイア」の設計者です」
「メサイア……ナガノ博士、やはり……」
帰還する二機のメサイアがハッチが開いた輸送船に収容されて、遅まきの救援部隊がスミス海に到着していた。
◆
アナハイム聴聞委員会の議場で証人としてテムがその場に立つ。先のスミス海で行われた戦闘に対する関係者各位の聴聞会だ。
その中でテムはRX-77部隊損失という責の矢面にいた。
「ジオニック社のモビルスーツ部隊は撃退という形で我が社のメンツは保たれましたが、RX-77部隊はMS-05によって全滅。全滅したRX-77の開発責任者はあなたですね、テム・レイ部長?」
「おっしゃる通り、スコアはゼロ対一二。開発責任者として慚愧の念に堪えません……」
「それは辞職する意思有りの発言かね?」
議場に参列する役員たちから罵倒に近い言葉が投げかけられる。
メサイアの活躍でジオンのザクは完膚なきまでの敗北を喫したが、ここで問題にされているのはRX-77の失態と部隊全滅という大きな損失に対するものであった。
軍部のプライドを傷つけた責任は擦り付けの泥試合だ。そのスケープゴートとしての席にテムは立つ。
「新型モビルスーツの助けがなければミノフスキー博士の救援すら成功しませんでした。あの機体、RX-M「メサイア」の存在が窮地を救ったと言っていいでしょう。ジオンのザクは完成された兵器として恐るべき戦闘マシーンとして存在しました。それを上回る圧倒的な力をメサイアは発揮したのです」
スクリーンに記録された戦闘シーンが展開される。テム自身がハロに記録させた映像が多い。
メサイアが登場しザクを蹂躙し破壊していく様には座る役員たちも見入っていた。
「この驚異的な能力を誇るメサイアがあればジオンのモビルスーツを恐れる必要はないでしょう。ですが、我々アナハイムは企業です。このメサイアを生み出すために使われた資金と人材のコストは莫大なものであり、ライン製造の基準を到底満たすことはできません。ですから私はこのメサイアを基にした新たなRXタイプの開発を進めることを提言します」
「君は立場をわきまえているのかね? RX-77を大量生産させるためどれだけ尽力してきたことか。使った金と政治力ははねえ──」
険を持った口調でテム糾弾を続けようとするのを立ち上がった一人が制した。
スーツの女性はマーサ・カーバインが遮って発言する。
その傍らにはクリス・マリアと会長令嬢リズエラの姿もある。
救出したミノフスキー博士は健康検査と怪我の治療のため病院に入院している。
「それらの出費を補って余りある見返りを私たちは受け取る。そのためのモビルスーツ開発を推し進めます。ここにおられるテム・レイ部長を新たなRX-78の開発主任として任命します。これはメラニー会長直々のご指示です」
「そ、それは……」
マーサの前で役員の一人がしりすぼみになり、抗議の声は沈静化する。
会長を引き合いに出した威力は絶大だ。役員らの顔を見ながらマーサは続ける。
「このメサイアをモビルスーツ開発の主軸に据え、RX-78建造の礎とすることで人材、資金のコストは押さえることができます。連邦政府からの要望に応えたコストでの建造を実現させ、この新基準モデルを持続可能な事業として実現することができるでしょう。ジオニック社の開発するモビルスーツよりも遥かに洗練されたマシンが量産されることで、我が社はそれを求めるすべての顧客のニーズに応えることができる──」
マーサの言葉に聴聞会の雰囲気は流れを変えていた。
「テム主任、あなたからもどうぞ」
「サイド7でアナハイムが推し進めるこの計画──RX-78。その名をガンダムと呼びます!」
テムが宣告して議場は締めくくられる。
ガンダムの名を聞いて人々が囁き合う。これに反対意見を述べる者はいなかった。
「メサイア計画第二章──」
クリスの小さな呟きは誰の耳にも届かない。隣のリズエラ以外には。
「ガンダム……」
リズエラのヴァイオレットの瞳が大きなスクリーンにあるRX-78の姿を映すのだった。
7話、8話、9話合わせて、アニメにしたら4~5話めの展開デス
■登場人物紹介
【クリスティン・万梨阿・ナガノ】 声:川村万梨阿
漢字名はあまり理解されないため「万梨阿」はマリアとして表記される。
0078年時点で18歳の天才科学者。
グラナダ出身。
マーサ・カーバインの招聘を受けてビストとAE共同のMS開発担当となる。
◆設定
永野護(くりす)と川村万梨阿の名前を持つことから彼女はこの二人の分身である。
その姿は藍色のラキシスと酷似しており、とてつもない美女。
髪は藍色ではなく黒髪で目元を隠すバイザーを愛用しているが別に色素異常とかはない。
次元を超えた神の力を扱えるかは明らかになっていない。
俺、ガンダム二次の1シーズン投稿し終わったらFSS17巻と水星の魔女見るんだ
-
水星の魔女は許す、FSSは許さん
-
FSSは許す、水星の魔女は許さん
-
両方許されない 二次作を完結するまでな!
-
好きなだけ堪能していいぞ