#2
白亜の街並み。白の人々。
国旗とは裏腹に、偏執的なまでに白で彩られた共和国の街並み。
かつて、様々な色で満たされていた共和国の姿を知る者は、今や少ない。
そんなある種の狂気で満たされた平和の片隅、市民の憩いの場である噴水公園の傍らで、一人の若者がベンチで何をするでもなく黄昏ていた。
街を行く人々は、そんな彼を気にも留めない。
そんな中、一人の少女が人の流れから離れ、若者と同じベンチの反対側に腰掛ける。深窓の令嬢といった風の、風になびく長いスカートに、長く伸ばした銀色の髪。見る人誰もがつい目で追ってしまう美少女だったが、その朗らかな顔はどうにも作り物っぽい、どこか違和感のぬぐえない……不気味な少女。
一つのベンチで、数人分の距離を開けて隣り合う、二人の若者。
ややあって、世間話でもするかのように少女が口を開いた。
「バルク・アーラさんですね」
「ああ……。なんだよ、正規軍のスーパーエリート様が声かけてきたかと思ったら、とんだ美人さんじゃねーか。こんなベンチじゃなくて、オシャレな喫茶店とかで話しない?」
「申し訳ありませんが、盗聴等を考えるとここが一番ですので。貴方も、これ以上変に目立ちたくはないでしょう?」
「そりゃそうだが……」
年下の少女の、大人びた……大人すぎる対応に出を挫かれる若者。そんな彼の様子に全く頓着する事もなく、時間が惜しい、とばかりにミリーゼは淡々と話を進める。
「貴方に声をかけたのは、ほかならぬ貴方が大学を負われた一件の話です」
「ああ……あの事かぁ……」
うんざりした顔でアーラが呻く。彼自身、納得いっていない気持ちと飽き飽きとした気持ちで一杯の、ある出来事。
彼は工業大学の出身だった。戦時下故、一応兵器産業ともかかわりがある中で、彼は仲間とちょっとした好奇心である者を組み立てたのだ。特に何の含みもなく。
M1A4。表向きには”無人機”とされている、対レギオン用軍事フェルドレスを。
「いっみわかんねーよな。無人機にコクピット作ったからあんだけバッシングって。もともとコクピットがある代物だろうがよ。そりゃ原型になった設計図じゃコクピットの代わりに制御回路詰んでた訳だが」
「そうですね」
「俺は別に、”86”に対して政治的思考は持ってないよ。どうしようもねえし。ただ技術のそれとこれとは切り離して考えるべきだろうがよ」
相当不満がたまっていたのだろう、口を尖らせて初対面の少女にグチグチと不平を告げる青年。
聊か不適切な言動も混じっているが、彼の発言はあくまでも技術者、追求者としてはそうおかしなものではない。むしろ真っ当といえる。技術の発展において、人道とは時に切り離して考えるべきものだ。兵器ともなれば、猶更である。いかに味方の損害を抑えながら、相手の人道を踏みにじるか。兵器の発達は、一言でいえばそれに尽きる。
「ひとつ聞きたい」
「ああ?」
「貴方はもし、しかるべき施設があれば”有人仕様”のM1A4を製造できるのですか?」
「……ったりめえだろ」
少女の言葉に含む意味合い。それを読み取ったうえで、アーラは太々しく鼻を鳴らした。
「むしろあんなガラクタよりずっとマシなもん作って見せるぜ。許可さえ貰えればな。ってか、何考えてるんだろうな軍上層部の連中。2年後にレギオンが停止するなら、そっから先は人と人の戦争だろうがよ。あんなガラクタで、ほかの国家と渡り合えると思ってるのかね?」
「アーラさん。共和国は独裁国家ではありませんが、軍をどうどうと批判するのは貴方の自由を損ねる恐れがありますよ」
「はっ。とっくに損なわれてるっての」
M1A4を勝手に建造した件の責任を問われ、アーラは大学を自主退学させられた。その後も職にもつけず家にも戻れず、なんとか貯金を切り崩して生活している有様だ。今回、ミリーゼという十代の少佐などという怪しげな人物の接触を受けたのも、とにかく藁にもすがりたい気持ちだったからだ。
「で? あんたは、俺にドローンを作らせて、どうするんだ? 国家転覆でもするのか?」
「まさか。そんな事に何の意味が?」
そんな事はしない、ではなく。そんな事に何の意味が、と。
”意味があればする”とでもいうのか。それとも……。
アーラは、無軌道な所もあるが、本質的には聡明な人物だ。感情把握にも長けている。だから彼は、ミリーゼの鉄面皮の向こうにあるものを、僅かばかり感じ取る事ができた。
この後に及んで理解する。目の前の少女は、自分が思っていたよりも別の意味であまりに危険だと。
「だったら……なんだってんだよ。俺に?」
「別におかしな事を頼むわけではありませんよ。安心してください。”戦後”を見据えて、共和国は独自に有人のフェルドレスを備えておく必要がある。ドローンではなくてね。その前準備として、M1A4を使って色々と実験したい、という話が私の元に来ているのですよ。その計画に、貴方を招集したい」
カバーストーリーだな、とアーラは即座に看破した。
今の軍上層部の腐敗ぶりは彼も理解している。まっとうな軍人は10年前の戦いでみんな死んで、死ぬべき戦いで生き残るようなクズか、心折れた奴ばかりが上層部に居座っている。
そして連中は悪夢のような現実を見据えられずに楽観的な妄想に逃げて、いつしかそれが真実と思い込んでいる。
何も知らないのは市民だけだ。
それが分かっていて、どうするつもりもない自分も同罪で。……だが、この目の前の新米少佐は。
「招集うんたらは、まあわかった。どうせ金もなくてどんづまりだったからな。それはいい。その代わり一つ答えてくれ」
「なんでしょうか」
「アンタ、一体何を見た?」
意味合いのはっきりしない曖昧な問いに、しかしミリーゼは確信を得たように、ひきつった笑みを浮かべた。
「地獄を」
ミリーゼ少佐の言った言葉の通りに、アーラは軍の施設に招かれた。
脱落者であるアーラを、しかし歓迎した同僚達は、やはりいずれもミリーゼ少佐を通してつながった者たちだった。
どんだけ行動力あるんだよ、と呆れかえっていたアーラだったが、その彼も、”現状”を認識すれば流石に呆然とする他なかった。
「なんだこれは……」
アーラの目の前に広がるのは、M1A4の自動工場から取り寄せた生産ラインの写真。そして一部の部品。
出来の悪いスクラップのような。当初の設計よりも大幅に劣化したそれを見て。
「なんなんだこれは!?」
ドローンフェルドレスとされるM1A4は、とにかく質より量、数をそろえるのが最優先。そのため各部は徹底的に省コストが図られ、一部部品においては民生品の流用だ。さらに導入時の混乱や急を要する事態もあり、少々設計が”雑”ではある。
それでも、技術大国であるサンマグノリア共和国の名にかけて、半端なものは作っていない……そうアーラは当然のように考えていた。
それがどうだ。
目の前に転がっているのは、それこそガラクタそのものだ。最低限の基準すら満たしていない、到底製品として成り立たない不良品の山。
「いくら自分たちが使う訳じゃないからって……いくらなんでもねえだろよこれは……?! 技術を馬鹿にしてんのか……なあ、おっさん、マジでこんなの前線に送り込んでるのかよ?」
「耳が痛いね」
愕然とするアーラの問いに答えるのは、中年の技術スタッフだ。彼もまた、憂いに満ちた目で部品を眺めながら、アーラに現実を伝える。
「残念ながらこれが事実だ。完全自動化された製造ラインといえば聞こえはいいが、その実最低限の管理しかされてない。不良品チェックや、選別工程もまともに行われていないんだ。コストの無駄だといってね。消耗する為に送り込むのだから、いちいち弾いたら資源の無駄だ、と」
意味が、わからない。アーラは言葉を失う。
それにしても、こんな部品でくみ上げられたのでは、M1A4が一体、想定スペックの何割の性能を発揮できているのか。
そもそも、何故試作段階の設計がそのまま流用されているのだ? あくまでこの仕様は、急遽開発した戦闘用ドローンを、これまた急遽有人仕様に変更した、突貫につぐ突貫作業で作られたものだったはず。砲撃管制用CPUは機体後部とはいえむき出しのままだし、コクピットハッチも本来は頻繁な開閉を想定していないメンテナンスハッチの流用だから、頭上に砲身があってちょっとした事で開かなくなるという不具合だって抱えてる。機体強度が足りなくて搭載する火器も火力に乏しく、間違っても人間を載せて”レギオン”の超高性能機と戦わせていいものではない。
アーラ自身は86区の差別とかそういうのはどうでもいい事だと思っている。正しくは、それを否定すしただすだけの正義も熱量も行動力も、彼は持つ事ができなかった。大衆に迎合したという意味では同罪だ。
だが、技術者として、”無駄”は許せない。
「……いいぜ、やってやろうじゃねえか。おいおっさん、製造ラインの資料とかありったけくれ」
「どうするんだい?」
「まずはその”無駄”こそが”無駄”だって証明してやる。メンテナンス代金ケチって機械を回せば、かえってコストがかかるって事を馬鹿どもに教えてやる。それに設計もだ。できる限りの当時の資料が欲しい。この歩くガラクタが、本当はもっとまともなもんだって証明してやるさ」
「いいね、若いのは嫌いじゃない。サンマグノリア共和国がこんなものしか作れない、と後世に残されてはたまったものではないからね」
技術者としてのプライドか、ごく僅かな時間でアーラと技術士官達は打ち解けていた。互いに寝食を忘れて、談義に没頭する。
その日、研究棟から明かりが消えることはなかった。
それからしばしの後、86区に届けられるM1A4ジャガーノートの部品精度が急激に上昇し、エイティシックスの整備員たちは首を傾げる事になる。