エイティシックス ~死の仮面~   作:SIS

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#3 考えなしの白ブタ

#3

 

 その日、共和国の防衛線で一つのトラブルがあった。

 何度目になるか数えもしないレギオンの進行と、それに対処する86区の部隊。

 いつも通りで、しかし結果はいつもとは違っていた。

 ごく少数のレギオンが、86区の防衛線を突破してしまったのだ。

 レギオンの取る、アーマイゼを中心とした、数に物を言わせた浸透突破戦術。それに後方から対処するのが、指揮管制官(ハンドラー)の仕事だったが……それも形骸化して長いという事だろう。部隊の目となり耳となるはずの指揮官が適当に仕事をしていては、エイティシックス達も敵を見逃す。

 そうして浸透突破したアーマイゼ達は、後方の地雷原に到達。やむを得ず、要塞の迎撃砲が起動したのだが……馬鹿馬鹿しい事にも、数十の迎撃砲の砲撃をもってしても僅か十機ばかりのアーマイゼを撃破できなかったのだ。

 理由は単純。要塞砲のことごとくが、不発弾だったのである。もとより、まともに整備されていなかったようだ。ミサイルはただの重たい円筒と化し、砲撃はただ地雷原に爆発物を埋めただけ。もちろんそれらの質量によって、直撃を受けた不幸なアーマイゼは一たまりもなく撃破されたが、本来発揮するべき威力の数百分の一にも満たない。文字通りただの案山子、というわけだ。

 そうして地雷原を、高性能のセンサーで無人の荒野を進むがごとく駆け抜けたアーマイゼは、ついに共和国の防衛ラインを突破しようとし……その直前で、駆け付けた防衛地区とは別の戦隊の遠距離砲撃によって撃破された。

 流石にこの事は、大きな問題になった。

 いくら寝ぼけた共和国の軍上層部も、自らの喉元に刃が迫っていたというのを知れば対応もする。

 問題の不良管制官は更迭。迎撃砲の不発弾についても、スタッフを入れ替えた上で今後報告を上げるように処置。そのうえで、八つ当たりのように迎撃を担当したエイティシックス達の部隊を解散させて再編成した。

 逆に言うと、それでおしまい。

 更迭された管制官もすぐに別の場所に配備されるだろうし、報告を上げるように、とはいっても抜本的な対処にはならない。いつも通りの、場当たり的な、メンツを守るためだけの形だけの改善だ。

 

 だからこそ。”彼女”の付け入る隙があった。

 幽鬼のように囁く、死神の助言。少佐という立場と、ミリーゼ家の権益も容赦なく活用した。

 上層部の知らぬところで、迎撃砲の条件付き運用権限が一定階級以上のハンドラーに任され、迎撃砲の整備スタッフの中には彼女のシンパが潜り込む。

 思わぬ偶然を、彼女は存分に活用した。

 

 

 本当に??

 

 

 東部方面第九線区。

 そこが、ミリア・ハーヴィス少尉指揮管制官の新たな任地だ。

 ミリアは、共和国の中でも下層の生まれだ。王政を排し共和国となった事で表向き身分の差はないが、しかし貧富の差はなくならなかった。

 明日の食にも困るような、貧しい生活ではない。しかし多くを望むことはできなかった。職すらも。

 だから軍人になった。レギオン完全停止まであと2年といっても、だからといって軍人が不要なわけではない。少なくとも2年は食べていけるのだから。それに、軍に入れば相応の庇護は受けられる、ただの無職よりも今後に役立つだろう。

 それにもう一つの理由がある。

 その事を思い返しながら、ミリアは配属部署の上司と対面する。

「貴方が、ミリア・ハーヴィス少尉ですね。私はヴラディリーナ・ミリーゼ。階級は少佐ですが、見ての通り貴方より年下です。不必要に敬う必要はありません」

「はっ、少佐」

 やっぱ本物は違うなあ、とミリアは内心呟いた。

 ヴラディリーナ・ミリーゼ少佐。士官学校を飛び級で卒業した、超エリート。実家も元貴族の肩書を持つ資産家で、ミリアからすれば天上の人物だ。

 白銀に輝く髪と、真珠のような瞳。光の当たり方によって虹色に輝いて見えるのは、今や数少ない白銀種の純血中の純血だ。白系種を優遇する共和国でも、いわば血統書付きの貴種、その一人。本来ならば、いくら少佐階級とはいえ軍人などやっているような人間では、無いだろうに。

 しかし彼女がお飾りではない事を、ミリアは事前によく知っている。

 担当地区でのレギオン撃破率は堂々の一位。戦術指揮は苛烈にして大胆にして緻密、もし普通の戦場であっても、彼女ならばあるいは……そう思わせるだけのものがある。その分、僻みややっかみも多く、あらぬ噂や誹謗中傷も受けているようだが、彼女は一顧だにしていない。

「よろしい。早速ですが、貴方には開けた穴を埋めてもらいます。先日の顛末はご存じでしょうが、無能が遊び半分でレギオンを逃し、共和国の防衛線を脅かしました。それに伴い、部隊も再編を余儀なくされています。貴方には再編した部隊の指揮と管理をお願いします。まず最初に、部隊のメンバーや適性の確認を行い、私に報告してください」

「? 指揮管制官同士でそのようなやり取りを行っているのは聞いたことがありませんが……」

 そもそも、管制官室は個室だ。おずおずと尋ねると、白銀の少女は張り付けたような笑みでくすりと笑った。

「他所は他所。ここでは私のやり方に従ってもらいます……別に私一人でやってもいいのですが。多少の不便さは、ご愛嬌というものでしょう?」

 噂は案外、的を得ているのかもしれない。

 得体のしれない年下の少女の、不可解な威圧感にごくりとミリアは唾を飲んだ。

 ……本当の意味で戦場をミリアは知らない。だからこの時も、ミリーゼの纏う気配のそれも、理解していなかった。

 彼女の纏う、死の気配を。

 

 新任地での初任務はつつがなく終わった。

 いやむしろ、今までの任務の中で、一番簡単に終わったといえる。

 ミリーゼのもたらす、正確無比な戦術予報。見えない敵が見えているかのような、来るべき未来が見えているかのような。

 レギオンの戦闘力は強大だ。例え数に物を言わせて突撃してくるだけだとしても、だからこそ厄介極まりない。M1A4の火力では敵主力たるレーヴェの正面装甲を破る事も難しく、対応は基本伏撃と奇襲になる。だが、それを行おうにも周囲を警戒するアーマイゼとグラウヴォルフの群れが存在する。

 本来、戦術とは不利お補うものだ。圧倒的な質と量に物を言わせてせまりくるレギオン相手には、犠牲を承知であたるしかない。それがミリアの考えだった。

 だがミリーゼは全く違う。多少の性能差など関係ないといわんばかりに、性能の劣るエイティシックス達をチェスの駒のように巧みに操る。地形を巧みに利用しレギオンの行動を誘導し、誘い出し、無防備な側面を突く。恐ろしいのは彼女に見えているのは自分の担当する一地区だけでなく、管制室に詰めている複数の同僚の担当地区すら、完全に把握しているようだった。複数の地区が完全に連動してレギオンを迎え撃つ。犠牲者は限りなく少なく、そして死んだ者も本人ですら納得せざるを得ないほどに、完璧に計算された死の領域。攻めてくるはずのレギオンが、むしろ罠に踏み込む蟻の群れのようですらあった。

 そこまでくると、いっそ不気味ですらあった。

 業務を終え、引継ぎをすませたミリアは休憩室で代用コーヒーを飲みながら独り言ちる。ここの設備は質が良くないらしく、苦みと渋みばかりが強いコーヒーだった。

「お疲れ様」

「中尉。お疲れ様です」

 声をかけてきたのは、同じ管制室にいた年上の男性だった。階級が上の相手に、慌ててカップをおいて敬礼すると相手も敬礼を返してくる。厳めしいのはそれまでで、敬礼を崩した男性はふっと笑った。

「なかなか疲れただろう。ミリーゼ少佐殿は人使いが荒いからな」

「ええと……」

「正直にいって構わないよ。私もあの人も、そんな事を気にするほど暇ではないからな」

「はぁ……」

 年上の男性という事で内心少し身構えていたミリアだったが、その心配はなさそうだ。そう思うと、口も軽くなる。

「中尉は、ミリーゼ少佐の元では長いのですか?」

「おかしな事を聞くな。少佐はいうほど軍歴が長いわけではないぞ? 下手したら君より短いかもだ。……まあ、今いるメンバーの中では、一番の古株だが」

 だから、とひと段落置いて、中尉は続ける。

「ミリーゼ少佐のやり方は、きついだろう」

「……はい」

 それは。認めざるを得なかった。

「私も、戦域管制官として勤務してきましたから。エイティシックスが死ぬのは、珍しくないはずなんですが。今日の作戦では一人死んだだけなのに……それがちょっと、きつくて」

 その理由はわかっている。

 報告させられたからだ。知ってしまったからだ。

 コードネームで呼ぶ、エイテイィシックス達。その一人一人に、”名前”があるなんて当たり前の事を。

 たったそれだけの事で、死の意味が変わってしまった。

 人ではない獣から、この世界でたった一人の、人間に。

「……辛いなら、ミリーゼ少佐に掛け合おうか? あの人のやり方は、人として正しいのは間違いないが……正しすぎる。奇麗すぎる川に、魚が住めないように」

「いえ、大丈夫です。それにミリーゼ少佐の指揮は、勉強になりますし……」

「俺はとてもそうは思えないが」

 中尉の顔はしかめ面だ。忌まわしい者を思い返すような口調と表情。

「あの人には、多分俺たち凡人とは違う世界が見えてる。本当は管制室じゃなくて、最前線、エイティシックス達と肩を並べて戦っているんじゃないか、そう思える気がする。彼女にはみえてるんだ。最前線で侵攻するレギオンの足音が、とどろく砲声が、エイティシックス達の苦悶の声が。恐ろしい人だよ、彼女は。比べちゃいけない」

「……あの。中尉……?」

 てっきりこの人はミリーゼ少佐の腹心の部下か何かだと、そう思い込んでいたミリアは想像と違う反応に目を瞬かせる。中尉の言動はまるで、むしろミリーゼ少佐を恐れ、いぶかしんでいるようで……。

「ああ、すまない。そうだな、不思議に思ったかもしれないが……別に私は、ミリーゼ少佐のシンパでも部下でもないんだ。目はつけられているようだがね」

「他の人も……?」

「遠からず、といった所かな。ほぼ全員がミリーゼ少佐と面識があるが、彼女に心酔する者は一人もいないよ。なんなら恐れているのかもね」

 だからこそ、離れられない。中尉が言外に語った言葉を、ミリアは悟った。

「あまり魅入られない方がいい。まともでいたいならね」

「ええ、と、はい、じゃなくて。了解しました」

「はは。まあ、ミリーゼ少佐の元にいれば出世できるのは違いないよ。それだけは違いない」

 そういって、中尉は笑った。

 

 その数週間後に、ミリアは転属願いを人事に届けた。

 理解してしまったからだ。

 全てが、彼女の思惑で動いていた事を。

 偶然なんかじゃない、全てが。

 

 信仰阻止失敗は偶然じゃない。役に立たない管制官を後方に下げるため、そして迎撃砲を自由に使うための理由づくりとして、ミリーゼが仕組んだことだ。

 そして線区全体を管理するのも、レギオンを効率的に撃退するため、それだけじゃない。

 彼女は時としてミスをする。それが、ミスじゃなかったとしたら。戦果をあげすぎたエイティシックス達が、より危険な前線に配備されるのを防ぐために。最前線のエイティシックス達をすりつぶしてしまわないために。ミスを理由に、再編という形で戦力を再分配している。

 それが、理解できてしまった。理解できるほどに、ミリーゼ少佐を理解してしまった。そうなったらもう彼女の元にはいられない。

 そしてそれすらも、ミリーゼ少佐の思う通りなのだろう。彼女は、”有能”な管制官が広域に配備されるのを望んでいる。

 エイティシックスも、共和国軍人も、等しく。彼女にとって盤上の駒に過ぎない。もし彼女と対等に差しあえる存在がいたとしたら、悪魔と向かい合う事ができる存在がいるとしたら……それは悪霊だけだ。

 ”レギオン”だけが、彼女の敵で。それ以外のすべては、等しく。

「……戦乙女なんかじゃない。あの人は、悪魔だ……」

 そして、その悪魔と契約した私は。これからどうなるのだろう。

 手の中の書物。焚書によって失われたはずの、レイシャ・ノウゼンの著書。『次世代学習型AI論』。ミリーゼ一派の誘いに乗ったのは、普通の方法では手に入らないこれを、手にするための軽い気持ちだった。そのたった一冊の本が、あまりにも重い。

 愚か者は、一欠けらのパンの為に子を差し出したという。

 ならば、自分は。

 

 にわとりがさんどなくまでに。

 

 

 その理由をミリアが知るのは2年後の事。巨竜の咆哮が轟き、偽りの平和が破られてからだった。




次回あたりからシンが絡むかも。
基本的なストーリーラインはできてるけど、いかんせん思い付きで書いてる。

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