1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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〈死神〉に散ったウマ娘達(3)

 

ケンザンとの話の後、マックイーンは別部屋で一旦一人になった。

 

『もう手遅れです』

ソファに座って紅茶を喫しているマックイーンの表情は、深刻そのものだった。

今の彼女にはソファの柔らかさも香り高い紅茶の味も感じない。

脳裏に、ケンザンから言われた言葉が鈍く響き続けているだけだ。

 

オフサイドがそこまで追い詰められているなんて思ってなかった。

いや、普通のウマ娘ならその心配はした。

オフサイドだから、その可能性はないと思ってた。

 

クラスニー…

マックイーンの視界に、銀髪のウマ娘の姿が映った。

クラスニー、私、何をやっていたのでしょうね。

オフサイドが還ってしまっては、自分がたてた計画はなんの意味もない。

…。

深い嘆息をしながら、マックイーンは懐から、今朝オフサイドから渡された手紙を取り出した。

 

『〈死神〉との闘いに終止符を打つ為です』

『私は栄光も未来も称賛もいりません』

『盟友が待つ場所へいくだけです』

『どうか私に、死に場所を下さい』

 

手紙に書かれた言葉に、オフサイドの絶望の大きさがうかがえた。

絶望し過ぎ、とは思えなかった。

そんなことを思っていいのは、絶望を知らない者達に対してだけ。

オフサイドは、絶望の世界を生き抜いてきたウマ娘だ。

帰還に繋がる絶望を何度も乗り越えたウマ娘だ。

そんな彼女が、ここまで絶望した。

 

 

コンコン。

「失礼します。」

部屋の扉をノックする音がして、使用人が入ってきた。

オフサイドの世話を頼んだ使用人だ。

「なんの御用ですか?」

「オフサイドトラップ様から、マックイーンお嬢様とお話ししたいとの要望がありました。」

オフサイドの方から?

「どうぞ、通してください。」

自分の方から行くつもりだったマックイーンは、暗い表情のまま了承した。

 

 

5分後。

オフサイドが鞄を持ってマックイーンのいる部屋にきた。

「オフサイドトラップ。」

「…。」

オフサイドは無言で一礼すると、マックイーンの向かいのソファに座った。

 

「フジヤマケンザンから、話を聞きましたわ。」

マックイーンは、あまり力のない翠眼でオフサイドを見つめた。

「あなたがそこまで追い詰められていたとは、想像してませんでした。」

「生徒会長が罪を感じる必要はありません。」

いつもの冷徹な雰囲気がないマックイーンをいたわるように、オフサイドは言った。

「むしろ、こんな私の為にずっと手を尽くして下さったことに、感謝しています。」

 

“こんな私”…

「こんななんて言わないで下さい。あなたはこのトレセン学園の生徒で、誇り高き天皇賞ウマ娘ですわ。」

「誇り高くなんてありません。あの天皇賞のどこに誇り高い要素があるんですか…」

オフサイドの口元に、自らを冷笑するような笑みがもれた。

「このメジロマックイーンにとっては、あなたはそれに充分値するウマ娘ですわ。」

「“サイレンススズカの故障の恩恵を受けた1分59秒3の天皇賞ウマ娘”、なのにですか?」

「タイムなどではなく、あなたはサイレンススズカ故障後のレースを、いや、『第118回天皇賞』を守った。その点のことですわ。」

 

「守れてません。」

マックイーンの言葉を聞き、オフサイドは口元の笑みを消した。

「守れていたのなら、誰もあそこまで悲しまなかった筈です。」

言いながら、彼女の手が小刻みに慄えだした。

「私はもうターフで走れる時間が殆ど残っていない、6年生の引退目前ウマ娘。あの天皇賞は自らの最後のレースとして全てを懸けて走ったのに、ターフに輝きを刻むことすら出来なかった。私はその程度のウマ娘です。」

 

「それが、あなたの還る理由ですか。」

膝元に爪をたてたオフサイドに、マックイーンは努めて冷静な口調でそう尋ねた。

「…。」

オフサイドは俯き、すぐには返答せずに少し間をおいてから答えた。

「理由は多すぎて、全ては言えません。まとめていうとしたら、私は〈死神〉との闘いに疲れました。」

〈死神〉…

〈クッケン炎〉のことだとはすぐに分かった。

あなたは〈死神〉に勝ったのでは、と言いたかったが、それは出来なかった。

 

「どうしても、還るのですか?」

「はい。病症仲間達に希望や未来を示すことも出来ませんでしたから、還るよりありません。」

「ルソーやステイゴールドや他の『フォアマン』仲間達、その他あなたと親しい者達のことは、考えないのですか?」

「もう考えられません。」

そう即答したオフサイドの姿からは、マックイーンもかつて感じたことがないくらいの絶望感が漂っていた。

 

これが、生き甲斐を否定されたウマ娘の末路…

同胞に対する悲しみがマックイーンの胸を浸した。

 

「生徒会長。」

黙ったマックイーンに、オフサイドはつと鞄から一冊のノートを取り出し、マックイーンに差し出した。

「これを、受け取っていただけますか。」

「これは?」

「〈死神〉と闘った同胞達の記録です。」

 

記録…

マックイーンをそれを受け取ると、ぱらっとページを捲った。

…!

内容を一目見た瞬間、マックイーンは即座にノートを閉じた。

 

「これは…」

「どうか、生徒会長であるあなたには知って頂きたいのです。」

一瞬だけだが、その内容をみて戦慄したマックイーンに、オフサイドは懇願するように言った。

 

「〈死神〉に罹った同胞達の、未来の為に。」

 


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