1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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〈死神〉に散ったウマ娘達(5)

 

「…。」

ノートを読み終えたマックイーンは、静かにそれを閉じると卓の上に置いた。

 

恐ろしい内容ですね、これは…

胸元から込み上げる吐き気を堪えながら、マックイーンは額にかいた汗をハンカチで拭った。

華やかなレースの裏側にある、レースから最も遠い世界。

そこで散っていく同胞達が数多くいることは、マックイーンも知っていた。

だが、その散り際がどのようなものかは想像しなかった。

いや、無意識にあまり想像しないようにしてた。

 

厳密に言えば、このノートに記されている帰還者達は、皆敗北者だ。

レースに生きるウマ娘にとっては、単に走る能力だけでなく、身体の丈夫さだって実力のうちだと理解している。

〈死神〉に散ったウマ娘達は、皆その部分が欠けていた。

非情に言ってしまえば、弱い者は生き残れない世界である以上、還るのはやむを得ないことなのだ。

 

でも、そこまで割り切れる程、ウマ娘は強くない。

ましてや、レースで闘った末の敗北なら帰還だってある程度受け入れられるが、そのレースの舞台にすら立てずに帰還していく同胞達には到底無理だろう。

ノートに記されていた帰還者達の、レースに立てずにこの世を去ることへの無念が綴られた言葉を思い、マックイーンは眼を瞑った。

 

私だって、こうなる可能性があった。

マックイーンの現役生活に終止符をうったのは、〈死神〉と並んで不治の病と恐れられる〈ケイジンタイ炎〉。

マックイーンが生き残れたのは、その病を発症する前にターフで実績をあげれていたからだ。

もしその前に発症していたら、私もこのノートに記されている一人だったかもしれない。

 

 

「…。」

感傷的になりそうな自分に気づき、マックイーンは首を振って眼を開いた。

改めてノートを手に取り、オフサイドトラップのことを思った。

 

現状、オフサイドの帰還の決意は揺るぎそうにない。

ケンザンの言葉だけでなく、直にオフサイドと接したマックイーンも、それを痛切に感じた。

もし、オフサイドが死に場所と定めている有馬記念への出走を自分が止めようものなら、彼女は即座に帰還に踏み切るだろう。

それぐらいに切迫つまったものを感じた。

 

一体どうすれば…

マックイーンは唇を噛んだ。

もし、オフサイドがそのような決意をしてると公にすれば、一時的には止められるかもしれないが、結局彼女は追い詰められて同じようなことになるだろう。

公にしては絶対に駄目だ。

 

だが、タイムリミットはあと4日。

どれだけの手が打てるだろう。

私はもうどうなっても良い、オフサイドだけは救わないと。

 

なんとか彼女を絶望から救い出せる者はいないのか…

自分では無理だ。

彼女と親しいウマ娘達なら動かせるか。

だが、彼女が慕う先輩のフジヤマケンザンはもう殆ど諦めていた。

あとは、学園を去った元トレーナーか、ステイゴールドかホッカイルソーか…果てはまた、サイレンススズカか…

 

駄目だ…

マックイーンは頭を抱えた。

彼女達ですら到底、オフサイドの心を動かせるとは思えなかった。

もしオフサイドが救いを求めているのなら動かせるだろうが、オフサイドは全く救いを求めていない。

帰還の決意を明かしたのが自分(とケンザン)だけであることからしても明らかだ。

 

多分、オフサイドは極力周囲に影響を与えずに、帰還しようとしてるのだろう。

だから、その場を有馬記念に定めた。自発的な帰還ではなく、レース中の故障による帰還という形にする為に。

無論、他の出走者の妨害にならないように故障するつもりだろう。

そのようになったとしても、誰一人としてオフサイドが自ら故障したとは思わない。

ルソーもゴールドもスズカも…

 

いや、気づくかもしれませんわ。

マックイーンは首を振った。

例え気づかなくても、オフサイドが追い詰められていたことを知っている者達は、悲しみを爆発させるだろう。

その結果、どのようなことが起きるかは大体想像出来た。

間違いなく、事の全てを知ったスズカは絶望するだろう。

そして、ルソーをはじめとした〈死神〉と闘う病症仲間達が一層追い詰められることも明白だ。

最悪、帰還者の続出だってありうる。

 

そうなってしまっては、もう取り返しがつかない。

 

 

「…。」

マックイーンは、再びノートを開いた。

何故オフサイドトラップは、これを私に見せたのか。

その意味は、微かだが分かる。

〈死神〉に散った者達の声を届けることで、彼女達への救いを求める為。

そして、

「ウマ娘を代表する立場でありながら、〈死神〉と闘う者達をずっと見ようとしなかったこの私…いや、歴代の偉大ウマ娘への、ささやかな憎しみの表れですわね…。」

 

それは受け入れますわ。

私少なくとも私は、その責めを負うべき存在です。

責任は取りますわ。

 

とにかく、やれるだけのことはやらねば。

自身も心が折れかけていることを感じ、マックイーンは必死にそれを奮いたたせた。

 

このトレセン学園生徒会長メジロマックイーンに最も重要なのは、最後まで責任を負えるかということですわ…

 

万策尽き果てた時は、自らの帰還をもってオフサイドの決意を覆すことも、覚悟せねば。

ノートを握るマックイーンの手に、冷たい力が入った。

 

 


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