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12月10日。
朝早くトレセン学園に登校したゴールドは、早速朝のトレーニングをしようと、体操服に着替えて運動場へ向かった。
寒ー。
運動場のコースに立ったゴールドは、肌に感じる冬の寒気に両腕を組んで歯をガチガチ鳴らしていた。
12月の早朝はもう凍えそうな寒気だ。
寒い寒い寒い。
そうだ、なにか暖かいこと考えよー。
ニンジン鍋・ニンジン鍋・ニンジン鍋・ニンジンスープ・ニンジン鍋・ニンジン鍋…
「なに一人で美味しそうなこと言ってるんですかー?」
頭の中に鍋物を敷き詰めていると、後ろから爽やかな声がした。
振り返ると、チーム『スピカ』所属の2年生、黒鹿毛ウマ娘スペシャルウイーク(通称スペ)が、涎を垂らしそうな顔で立っていた。
「おはようございます!ゴールド先輩!」
「やー、おはようスペ。今日も寒いね〜。」
二人はチームは違うが、よく一緒にトレーニングする仲であった。
「ですねー。では一丁、軽くランニングしますか!」
ゴールドと同じくちょっと寒そうだったスペはぽんと手を叩くと、早速コースを駆け出した。
「待ちーや。」
ゴールドは慌てて後を追った。
「あんた、やっぱ速いわね…。」
グラウンドを10周ほどした後、ゴールドはゼーゼー青息吐息になりながら、一汗かいた程度の疲れしかみせてないスペを見上げた。
普段はただの爽快大食いド天然のスペだが、ダービーを圧倒的な強さで制したその実力は世代最高峰と評されている程高い。
今年はもうレースへ出走しないらしく、来年の飛躍へ向けて日々励んでいる。
「まだまだです。」
寝っ転がって呼吸を整えているゴールドの傍らで、スペはうんしょうんしょと柔軟体操をしながら、笑顔で首を振った。
「この程度では、エルコンドルパサーさんにもスズカさんにも到底敵いません。」
スペシャルウィークは、同じ『スピカ』のチーム仲間であるサイレンススズカの親友であり崇拝者。
1年生時に目の当たりにしたスズカの走りに魅了され、チームを共にしてからは一層魅了されるようになり、現在は彼女の走りを越えることを目標としている程だった。
現在、大怪我の治療をしているスズカの看護も誰より献身的に行っており、二人の仲は他も認めるほど非常に親密な関係にあった。
「ねえ、ゴールドさん。」
少し経った後、腕の柔軟体操をしながら、スペはふと言った。
「良かったら、来年から
「え?」
前屈運動をしていたゴールドは、思わず動きを止めた。
「なんで?」
「ゴールドさんが所属している『
「…どこで、そんな話を?」
硬直したゴールドに対し、スペは邪っ気ゼロの明るい口調で続けた。
「学園内での噂です。でも、結構本当らしいですし、新しく所属するチームも早く決めておいた方が良いのではと思って。うちのチーム、トレーナーさんも仲間達もゴールドさんの事をすごく評価してます!大歓迎しますよ!」
「考えとくわ。」
完全に好意で誘ってきた様子のスペに苦笑しながら答えると、ゴールドはつとその場を離れ、一人でランニングを始めた。
チーム解散か…
コース上で真っ直ぐ走る練習をしながら、ゴールドは先程スペから言われた言葉を脳裏で反芻していた。
その可能性は非常に高いことは、ゴールド自身もよく分かっていた。
チーム名声の没落、所属生徒の激減。
それだけでなく、トレーナーも学園を去っていなくなった。
新トレーナーもまだ決まってない。
何より、ある生徒がチームにいることが、解散させられる一番の理由だ。
ゴールド本人ではなく、もう一人の生徒、他ならぬオフサイドトラップだ。
その後、早朝の練習を終えたゴールドは、制服に着替え直した後、運動場の隣にあるチーム施設、『フォアマン』チームの部室へと向かった。
また落書きされてるなー。
部室の扉や壁に書き殴られた『冷血ウマ娘』『最低ウマ娘』『お前が怪我すれば良かった』等の文字を見て、ゴールドは溜息を吐いた。
郵便受けにも多くの投書が詰め込まれている。
内容は落書きと同じような中傷と罵倒ばかりだ。
悪質なウマ娘ファンによるものが殆どだけど、もしかすると学園の生徒がやったのもあるかもしれないなー…
苦々しく思いながら、ゴールドは殴り書きされた落書きを殴り返すような勢いで消し、投書をチギッチギに破り捨てた。
もうこんな日常は一ヶ月くらい続いているから慣れた。
といって、受け入れた訳ではないけど。
「なんでこんな目に遭わなければいけないのさっ!」
掃除を終え、誰もいない部品も殆どない殺風景な部室に入ると、ゴールドは落書き消しに使った布切れを悔しそうに床に叩きつけた。
オフサイド先輩が、一体何をしたってのさ…
オフサイドトラップ。
彼女のことを、“第118回天皇賞覇者”…と呼ぶ者は殆どいない。
殆どが、“非情・冷血・自己中《エゴイスト》・ウマ娘にあるまじき者”、などと呼ぶ声が多かった。