「分かったわ。」
頼みを断固として拒否したルソーに対し、椎菜はそれ以上は強いて頼まなかった。
「お休み、ルソー。」
最後にそう言うと、椎菜は病室を出ていった。
椎菜は医務室に戻った。
深刻な事態になったわね…
室内の椅子に座ると、椎菜は額に手を当てながら天井を仰いだ。
まさかスペが、スズカと会おうとしたオフサイドを阻止していたとは…。
絶望の世界を知らない彼女からすれば、オフサイドは許せない言動をしたウマ娘だったのだろうが、それにしても深刻な影響を及ぼす行動をしてしまった。
深刻な事態…
つと椎菜は、ポケットからスマホを取り出した。
スペにもルソーにも伝えていないが、実は二人と廊下で会う前に、彼女はマックイーンから重大な連絡を受けていた。
そう、『オフサイドトラップが有馬記念で帰還する決意を固めている』という内容の。
到底すぐには信じられる内容ではなかったが、オフサイド自身がそれを認めたということも知るにつれ、それは事実だと受け入れるしかなかった。
オフサイド、今日突然ここに会いに来たのは、私達に最後の挨拶をする為だったの?
昼間、この医務室であった時の彼女を思い出した。
今すぐはこのことはルソーには伝えられないわね…
椎菜は唇を噛み締めた。
今ルソーに伝えたら、彼女の心が本当に危なくなる。
一歩間違えれば今度こそスペに危害を加えかねない。
オフサイドの決意は、スペと会う以前から固まっていたらしいということはマックイーンから聞いて確認していたが、現状ではそれを信じられるとも思えない。
だが、もう有馬記念までは日にちがない。
明日にでも彼女にそれを伝えなければ。
「…。」
椎菜は思考を止め、室内のベッドに横になった。
「オフサイドトラップ…」
あなた、本当に還る気なの?ここまで、ここまで頑張ってきたのに…
〈死神〉に真っ向から立ち向かって、血みどろの死闘を何度も繰り返して、遂に〈死神〉に勝ったというのに…
自然と、涙が込み上げてきた。
一方その頃。
「…う…ん…」
スペはベッドで、苦悶の表情で横になっていた。
何度も寝ようとしたが、とても寝付ける状態じゃなかった。
『何百人も〈死神〉に未来を奪われ、絶望の中で還っていったわ。生き残れたのはほんの僅か。その僅かの一人が、オフサイドトラップだった』
椎菜から教えられた戦慄の事実と、帰還室で聴こえた同胞の最期の声が、スペの脳裏でずっと響き続けていた。
お母さん…
苦悶の中、スペは虚空を見つめ、亡き母の面影に語りかけた。
私、大変な過ちをおかしてしまったのかな…
*****
時刻はやや遡り、トレセン学園の学園寮。
4日後に迫った有馬記念へ向け調整に一段と熱が入っているステイゴールドは、この日も夜遅くまで学園でトレーニングを行い、夜遅くに帰寮していた。
帰寮したゴールドに、幾つか郵便物が届いていると管理人から連絡があった。
寮部屋に戻ってそれを確かめると、それは全てオフサイドからのものだった。
先輩から?
郵便物を開けて見ると、何冊かのノートと、手紙の入った二通の封筒が入っていた。
なんだろ?一通の封筒を開け、手紙読んでみた。
『ゴールドへ
このノートは、私の競走生活の記録を記したものです。有馬記念が終わるまであなたに預かってて欲しいのです。お手数かけますが、宜しくお願いします。』
は、はあ…
手紙を読み、ゴールドは一人頷いた。
ただ預かるだけだから面倒なことでもない。
ゴールドはノートを、部屋にある机の引き出しにしまった。
それから、もう一通の封筒を手に取った。
封を切ろうとした時、
「?」
ゴールドは手を止めた。
封筒の表面に、こう記してあったから。
『この手紙は、有馬記念が終わった後に読んで下さい。』
有馬記念が終わった後に?
だったら手紙の必要なくないかな?
有馬記念終わったら普通に会えるんだろうし。
少々謎に思ったが、ゴールドはそれに従って封は切らず、ノートと同じく引き出しにしまった。
ま、良かったな。
手紙をしまった後、ゴールドは制服姿のままベッドにごろっと横になって思った。
オフサイド先輩が調整の為に姿を隠してから一週間以上経った。
有馬記念に集中する為彼女の現状に関しては全く詮索せずにいたが、先輩は大丈夫だろうかという不安はどうしてもあった。
でも、手紙を見たことで少し安心した。
先輩は元気そうだ。
調整も上手くいってるのだろう。
「楽しみです、先輩。」
ゴールドは窓の外を見、どこかで調整しているであろうオフサイドのことを思った。
今度の有馬記念、お互い必ず結果を残しましょう。
あの天皇賞・秋の悪夢を払拭する為に、『フォアマン』復活の為に、そしてお互いの未来の為に。
12月23日。有馬記念まで、あと4日。