1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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終焉序曲(3)

 

それから少し経った頃。

 

「ライス、ホッカイルソー。」

二人のいるベンチの側に来た人物がいた。

昨日、ライスと共に施設に訪れた三永美久だった。

 

「どうしたの、二人とも。」

温かい飲み物を手に現れた美久は、二人のただならない様子を見て心配そうに尋ねた。

「ちょっと、大切な話をしてたの。」

「そう。」

ライスの返答を聞いた後、美久はルソーの方を見た。

「久しぶりね、ルソー。」

「お久しぶりです、美久さん。」

ルソーは顔を上げ、やや赤くなった瞳を美久に向けた。

 

「あなた、顔色がかなり悪いわ。体調悪いの?」

ルソーの表情を見て、美久は心配そうに尋ねた。

「大したことはありません。」

ルソーは目を伏せながら答えると、ジャケットをライスに返し、松葉杖をついて立ち上がった。

「そろそろ脚の治療の時間なので、失礼します。」

 

「そう、頑張ってね。」

暗い表情のルソーに、ライスは左眼を優しく光らせて微笑みかけた。

その微笑をちらと見、ルソーはすぐに目を逸らすと、背を向けて言った。

 

「ライス先輩…何度も暴言を吐いてしまい、申し訳ありませんでした。」

最後に小声で謝ると、ルソーはベンチを去っていった。

 

「なんの話をしていたの?」

ルソーが去った後、美久はライスの傍らに座り、飲み物を渡しながら尋ねた。

「別に。」

ライスは飲み物を一口飲んだ。

ホットコーヒーの苦い味がした。

 

コーヒーを飲みながら、ライスはつと美久を見た。

「ねえ、サンキュー、」

「え?」

あ…

怪訝な表情をした美久に、ライスは視線を逸らして咳払いすると、何事もなかったように改めて美久を見た。

「ねえ美久。あなたは、ルソーさんが制した2年前の日経賞の時、現場にいた?」

 

「ああ、うん。」

学園専属カメラマンの美久は、ちょっと戸惑いながら頷いた。

「あの時、彼女は笑顔は見せていたかしら?」

「必死に笑顔になってたわ。」

美久は、その時の記憶を思い返しながら答えた。

「今回の天皇賞・秋のオフサイドさんと同じくらいに?」

「比べるものじゃないけど、同じかそれ以上に必死に見えたわ。」

「その写真は撮った?」

「撮ってない。」

美久は、悲しげに表情を歪ませて首を振った。

「とてもじゃないけど撮れなかったわ。ライスだって現場にはいなくとも知ってるでしょ?あのレースで何があったか、レース後に何があったか。」

 

「…。」

ライスは眼を瞑って無言で頷くと、ホットコーヒーをこくりと飲んだ。

その日経賞で起きたことを彼女も脳裏に思い返しながら、胸中で吐息をつきつつ思った。

 

天皇賞・秋後の騒動に、ルソーさんはものすごく傷ついたんだろうね…

もしかすると、オフサイドさん以上に。

 

 

 

一方。

施設内に戻ったルソーは、治療室で椎菜から脚の治療を受けていた。

 

…ハア…ハア…

患部にレーザーを当てる治療を受けているルソーは、かなり苦痛の表情を浮かべていた。

ここ数日の出来事のせいか、患部の状態は悪くなっていた。

いつもは治療中携えているシグナルの写真も、手元になかった。

 

数十分後。

治療が終わると、ルソーは椎菜に尋ねた。

「今朝は、スペシャルウィークと会いましたか?」

 

ルソーの質問に、椎菜は無表情で首を振った。

「いや、会ってないわ。来るのを待ってたけど。」

「逃げたのですか?」

「それは…ないと思う。」

不穏な気配を見せたルソーに対し、椎菜は落ち着いてと宥めた。

「昨晩、オフサイドのことを聞いた時かなりショック受けてたから、もしかすると体調崩したのかもしれないわ。」

 

「…。」

ルソーは少し考えた後、ぽつりと言った。

「昨晩、先生に頼まれたシグナルのことですが、…後でスペに話すことに決めました。」

 

「え。」

驚いた椎菜に、ルソーはさびしい微笑をみせた。

たとえ私が消えても、シグナルのことだけは、未来に忘れないで欲しいから。

 

 

 

*****

 

 

 

その頃、メジロ家の別荘。

 

この日もオフサイドは、朝早くから別荘の外にあるメジロ家専用の競走場で、黙々と有馬記念への調整を行なっていた。

昨日来たケンザンの姿が今朝から見当たらなかったが、オフサイドは気にせず調整に集中していた。

 

「オフサイドトラップ様。」

しばらくトレーニングを行なった後、ドリンクを飲みながら小休憩をしていたオフサイドのもとに、メジロ家の使用人が来た。

「なんでしょうか?」

「ただ今、オフサイド様とお会いしたいという方が別荘に来られました。」

椎菜先生か、学園生徒会の方かな。

「どなたでしょうか?」

「トレセン学園所属、チーム『スピカ』トレーナーの沖埜豊様です。」

 

え…

全く想像してなかった人物の名を聞き、オフサイドの手からドリンクの容器が落ちた。

〈「優勝タイムを見ても、スズカが怪我しなければ圧勝していたことは明白」〉

〈「スズカがあんなタイムにバテるわけがない。やっぱり千切ってた」〉

 

悪寒が全身に走った。

 

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