1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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終焉序曲(5)

 

*****

 

場は変わり、トレセン学園。

 

学園の生徒会室には、療養施設にいるミホノブルボン以外の、生徒会役員全員(会長メジロマックイーン・副会長ダイイチルビー・役員メジロパーマー・ダイタクヘリオス・ヤマニンゼファー・ビワハヤヒデ・マヤノトップガン)が集まり、緊急会議を開いていた。

 

緊急会議として全役員達を招集したマックイーンは、まず彼女達にオフサイドの現状を話した。

現在彼女の身柄はメジロ家の別荘で保護していること。彼女が今度の有馬記念で帰還する決意を固めていることを明かした。

 

「帰還の決意…」

役員全員、特にルビーとヘリオスが、愕然とした表情を見せた。

「それ、本当なの?」

「本当ですわ。オフサイド本人の口からそれを聞きましたから。」

「止めないと駄目ですよ!」

「勿論、止めるよう説得にあたりましたが、彼女は完全にその決意を固めていました。現状、彼女を翻意させることは何人でも不可能でしょう。」

 

「どうするつもりなんですか?」

比較的冷静な様子のゼファーが、尋ねた。

「オフサイドの有馬記念出走を阻止して、帰還を止めるつもりですか。」

「一つの策として、それは考えていますわ。」

精神不安定だとドクターストップをかけて、出走を無理やり阻止することは可能だ。

普通に考えれば、帰還目的でレース出走する者などあってはならないので、それが一番取るべき方策だと言えた。

だがその手段をとった場合、オフサイドは即座に帰還する可能性が濃厚だとマックイーンは感じていた。

もし徹底的にやるなら、彼女を帰還出来ないよう軟禁状態での監視下に置くくらいにするしかないが、それも終わりが見えないので無意味だ。

「出走阻止で、オフサイドが翻意するとは思えません。その策は最善ではないとみています。」

 

「だとしても、オフサイドがそのような状態なら、レースの無事を考えても出走は止めるべきだわ。」

ゼファーは、淡々と言葉を続けた。

「それで彼女が帰還に踏み切る可能性が高くなったとしても、私達が優先するべきは無事にレースが行われることよ。帰還の決意に関しては、彼女自身の心の問題だわ。生徒会が手を下すところじゃない。」

「その通りですわ、ゼファー。」

マックイーンは頷き、ですがと続けた。

「オフサイドがこのような状態になってしまった原因は、先の天皇賞・秋の騒動ですわ。その際、彼女を守ることを最優先しきれなかった我々生徒会が、今回そのような方針をとって良いのでしょうか。」

 

「では、会長はどうされる方針なのですか?」

ゼファーの言葉に、マックイーンは全メンバーの顔を見渡しながら答えた。

「オフサイドの有馬記念出走は止めません。少なくともそれで、彼女の命には3日の猶予がありますわ。その間、我々が彼女の為に出来なかったことを遂行するつもりです。そう、先の天皇賞・秋の騒動のことです。今だに尾を引いているあの問題を終わらせようと考えていますわ。」

「それはつまり…」

「ええ、以前に我々が挙げた四つの対処の件(29話参照)、あれを全て断行します。」

マックイーンの両眼が冷徹な翠色に光った。

 

「やるのね?」

ルビーとパーマーが、思わず息を呑んだ。

「ええ。学園内の人間、或いは同胞達にも処分を断行せねばならないかもしれませんが、それは覚悟の上ですわ。」

「それが、オフサイドの帰還を止める手段になるの?」

「分かりません。ですが生徒会に出来ることはそれ位しかありませんわ。それをしなかったから、オフサイドはこれほどまでに追い詰められた。…これは、今までオフサイドのような立場に立たされた生徒を守ろうとしなかった我々の贖罪でもあります。」

ヘリオスの質問に対し、マックイーンは険しい表情で唇を噛みつつ答えた。

 

 

過去、これまでの生徒会は、誹謗中傷を受けたウマ娘達を守る為に積極的に動いたことはあまりなかった。

『犯罪皇帝』と中傷されたクライムカイザー。

夢を壊したウマ娘と非難されたライスシャワー。

三冠妨害した駄ウマ娘と中傷されたキョウエイボーガン。

そういった誹謗中傷されたウマ娘達に対し、生徒会は『誹謗中傷に対する答えはレースで出すべき』という方針で本人とチームの責任とし、具体的に大きく動くことはなかった。

従来生徒会は、実績&精神力共に優れたスターウマ娘の集まりで、厳しい声や立場に慣れている者が殆どだった。

その為、弱者の立場がやや理解出来ない欠点があった。

特に、ボーガンのようなウマ娘にたいしては、惨敗したのだから責められても仕方がないという考えを持っていた。

無論、誹謗中傷を肯定した訳ではないのだが、人間との軋轢を極力避ける方針をとったので、然るべき対処を怠った。

その為、大きな禍根を残してしまった。

 

 

「悲劇が起きたレースの勝者に対するケアも怠ってきたわね。」

パーマーがぽつりと言った。

「そうですわね。」

ジンクエイト(テンポイントの悲劇)。

メジロデュレン(サクラスターオーの悲劇)。

ダンツシアトル(ライスシャワーの悲劇)。

そして今ここにいる生徒会の二人、ダイイチルビー(ケイエスミラクルの悲劇)、メジロパーマー(サンエイサンキューの悲劇)。

悲劇にあった本人は勿論、そのレースの勝者の精神的ショックも大きい。

その証拠に、その後レースで勝ち星を挙げたのはエイトとパーマー(1勝)のみで、他は遂に勝てずターフを去った。

その事実も、生徒会は自己責任としてきた。

 

 

「怠ってしまった代償が、遂に今回大きな騒動となって現れました。ひとえ我が生徒会、特に生徒会長である私の責任は大きいです。今後のウマ娘界の未来に為にも、断行せねばなりません。」

 

「オフサイドトラップは、どうするの?」

「手は打っています。現状、彼女を翻意させられる可能性がある同胞が一人いますから、何とか有馬記念までに会わせられるよう尽力します。それから、ビワ。」

マックイーンは、ずっと黙っていたビワハヤヒデに眼を向けた。

「あなたはこの後オフサイドのいる別荘に行き、彼女の保護をお願いします。」

 

「分かりました。」

ビワは、無表情で承諾した。

マックイーンがオフサイド帰還の決意を話した時、表情にこそ決して表さなかったが、一番ショックを受けていたのは彼女だった。

何故なら彼女はナリタブライアンの姉だから。

 

 

「本当にやるのですか?」

少し間を置いて、メンバー中最年少のトップガンが緊張した面持ちで口を開いた。

「多分、引退したOB達…特に生徒会の元重鎮からは、諫められる可能性が高いと思うけど、それにはどう対応するんですか?」

学園を去ったスターウマ娘、ハイセイコー・グリーングラス・アンバーシャダイ・キョウエイプロミス・ミスターシービー・シンボリルドルフ・ミホシンザン・ニッポーテイオー・タマモクロス・オグリキャップ・トウカイテイオー達。

かつてウマ娘界の代表的存在であった彼女達は、今も健在だ。

彼女達は、ウマ娘と人間の間に亀裂が走る可能性がある今回の断行を支持するか不明だ。

それを危惧した質問に、マックイーンは即座に答えた。

「大丈夫ですわ。諸先輩方には現トレセン学園生徒会長の指示として、学園側の態度をとるか、そうでなければ静観を決めるよう要求しますから。逆らえば誰であろうと、例えハイセイコー先輩であろうとオグリキャップ先輩であろうとトウカイテイオーであろうと、みな敵とみなします。」

「は、はあ。」

マックイーンの冷徹な言葉に、トップガンは思わず震えた。

 

「覚悟は出来てる?」

副会長のルビーが、静かに尋ねた。

「断行する相手の中には、レースを主催・協賛しているスポンサーの方々の仲間も含まれているのよ。結果がどうであれ、学園の運営に大きな影響が出ることは避けられないわ。それに理事長はともかく、理事会との軋轢も深刻になるわ。」

「ウマ娘界の未来の為ですわ、ルビー。」

マックイーンは、翠眼を光らせた。

「今後、ウマ娘と人間が共存していく為には、時にこういった試練を乗り越えなければいけないですわ。私達はただ走るだけの生き物ではなく、尊厳ある存在だということを改めて示さなければなりません。一人でも多くの同胞達が、幸せな生涯を送れる為にも。」

 

つと、マックイーンは天井を仰いだ。

昨晩、オフサイドに渡されたノートの内容が、胸の奥に蘇ったから。

 


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