1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

125 / 297
青信号の悲劇(1・過去話)

*****

 

 

2年前の3月17日、中山競バ場。

 

この日のメインレースは、天皇賞・春のトライアルレース「日経賞(G2・2500m・11人出走)」。

このレースには、『フォアマン』メンバーのホッカイルソー・シグナルライトが出走する。

 

この日は、朝から強い雨が降っていて、バ場は不良状態だった。

 

「予報通りのバ場状態になったわね。」

「そうですね。」

日経賞出走一時間ほど前。

ルソーとシグナルは、控え室で待機しながらレースへの準備を整えていた。

日経賞の直前人気はルソーが3番人気、シグナルが5番人気。

二人とも重バ場を得意としているので、かなり有力視されている。

とはいえ、1番人気のカネツクロス(重賞2勝含む3連勝中)も重バ場が得意だから、二人だけに有利というわけでもない。

 

「トレーナーさんからは、展開はスローペースになるだろうが、それでもいつも通り私は中段、ルソーさんは後方待機でと、指示されましたね。」

ルソーもシグナルも、共に差し脚が持ち味。

焦って掛からないようにと注意されている。

「まあ2500mのレースだから、少し掛かってもすぐに落ち着けば大丈夫だよ。」

「そうですね、落ち着くことが大切ですね。」

「あんたは特にね。よく入れこみ過ぎてスタートで失敗して焦ること多いから。」

「もー、ルソーさんたら。」

かかり癖のあるシグナルにルソーがそう言うと、シグナルはプクっと膨れた。

 

やがて、シグナルが先に準備を終えた。

「ではルソーさん、お先に。」

「あら、もう行くの?まだ入場まで大分時間あるけど。」

「はい。地下通路で待機して、そこで緊張を解します。」

「そう。じゃ、またレースでね。」

ルソーは、シグナルに拳を突き出した。

「はい、健闘をお祈りします!」

ルソーの拳に、シグナルは笑顔でちょこんと拳を突き返した。

「お互い最高のレースをして、ブライアン先輩・ローレル先輩・トップガンさんが待つ天皇賞・春への青信号を灯しましょう!」

 

 

 

 

場は変わり、競バ場のウマ娘専用の観戦場。

ゴール正面あたりに位置するその場所には、日経賞に出走するウマ娘達の関係者が多く集まり、出走の時を待っていた。

その中には、先日天皇賞・春のトライアルレースを制したナリタブライアン・サクラローレル、その他病気療養中のオフサイドトラップ、リーダーのフジヤマケンザンや昨春加入した新メンバーの二人(ロイヤルタッチ・フサイチコンコルド)、そして岡田トレーナーも含めた、『フォアマン』チームメンバー全員の姿もあった。

 

「トレーナー、二人の状態はどうでした?」

「ああ、二人ともかなり良い。」

「シグナルは入れ込んでませんでしたか?」

「ちょっと入れ込んでたが、それでも大分落ち着いてる。」

「そうですか、大分あの子も成長してきましたね。」

「もう重賞レースを何度も経験してるからな。余裕も少し出てきたのだろう。」

「ルソーはどうでした?」

「いつも通りマイペースだが、かなり自信があるように見えたな。恐らく、出走者の中で一番良いんじゃないか。」

「そうですか。かなり期待出来そうですね二人とも。」

「ああ。」

トレーナーとケンザンは、そんな会話を交わしていた。

 

その二人の傍らでは、オフサイドとタッチ、コンコルドの三人が、レース発走の時をじっと待っていた。

そして更にその傍らでは、ブライアンとローレルが、こちらはかなりピリピリした雰囲気でレース発走を待っていた。

 

先週、ブライアンは阪神大賞典でマヤノトップガンとの歴史的な激闘を制して1年振りの勝利を挙げ、来たる天皇賞・春で現役最強ウマ娘としての完全復活を期していた。

一方のローレルも昨春の大怪我を乗り越え、先週の中山記念で1年1ヶ月ぶりのターフを踏み、故障明けにも関わらず前年の皐月賞ウマ娘ジェニュイン以下の猛者達を直線であっさり交わして完勝するという衝撃的な復活勝利を挙げた。

彼女もまた、天皇賞・春で悲願の覇権奪回を期していた。

まだ天皇賞・春までは一月以上あるのだが、二人とも既に闘志で滾っていた。

この日の日経賞の観戦も、二人にとっては仲間の応援ではなく、天皇賞・春で闘うであろう相手を見に来たと言って良かった。

 

 

 

やがて、日経賞の出走者入場の時間となった。

1番人気のカネツクロス、過去に天皇賞・秋とJCで3着の実績がある4番人気ロイスアンドロイス、重賞含め4連勝中の2番人気ベストタイアップ、6番人気だが昨年の同レース覇者インターライナー、その他テンジンショウグンなど出走者達が続々とターフに入場してくる。

そして、ルソーとシグナルも入場してきた。

 

「ルソー先輩!」

ターフに入場したルソーは、観衆席から応援の声を聞いた。

見ると、後輩のタッチとコンコルドが、自分に大きな声援を送っていた。

「ルソー先輩、頑張って下さいね!」

「おう、頑張るよ!」

後輩の声援に笑顔で応えていると、

「ルソー、落ち着いていけよ。」

「しっかりねー!」

傍らのトレーナー、オフサイド・ケンザンの仲間達も声援を送ってきた。

「はい!頑張ります!」

それらの声援に応えながら、ルソーはちらっとブライアン・ローレルの方を見た。

二人とも無言の笑顔で、ルソーを見ていた。

…怖。

ルソーは眼を逸らした。

二人が天皇賞・春に向けて尋常じゃない闘志に燃えていることは分かっている。

私だって負けないわ!

昨年のクラシックは全て惜敗に終わった悔しさを晴らす為にも、必ずここで勝って天皇賞・春への切符を掴んでやるんだから!

ルソーはスタート地点に向かい駆け出した。

 

ルソーが駆けていった後、シグナルがチーム仲間の前に来た。

「頑張って来ますね!」

観衆に仲間達の姿を見つけると、シグナルは笑顔で明るく手を振った。

「あれ、珍しいわね。」

仲間達はちょっと驚いた。

これまでシグナルはレース前にかなり緊張することが多く、あまり笑顔は見せなかったから。

どうやら懸念である緊張からの入れこみはなさそうだ。

「良い調子だな。」

「はい!絶好調です!」

トレーナーの言葉にシグナルは元気よく頷き、彼女特有の無邪気な笑顔で仲間達を見回した。

「良いレースをして、必ず勝利の青信号を灯してきます!」

明るい口調でそう言うと、スタート地点に向かい駆け出した。

「元気なヤツだな。」

「そうですね。」

ピリピリした雰囲気だったブライアンとローレルも、シグナルの明るさに当てられたのか、やや頬が緩んでいた。

 

 

その後、出走メンバーは全員スタート地点に集まり、発走の時を待っていた。

 

なんとか、二人とも好結果で終わって欲しいな。

ゲート前で待機しているルソー・シグナルの様子をターフビジョンで観ながら、オフサイドは強く願っていた。

昨年、相次ぐメンバーの離脱でチーム全体が苦しかった時期、まだ2年生のこの二人が必死に奮闘してチームを支えてくれた。

今、オフサイド自身こそ依然療養生活を余儀なくされたままだが、ブライアンとローレルはターフに戻って、それぞれ復活勝利を挙げた。

ケンザンは勿論、タッチとコンコルドも頑張っている。

あとは、この二人だ。

共に一年余り勝利から遠ざかっているが、勝利の日が近いのは最近のレースの内容からしても間違いない。

勿論二人とも勝つことは出来ないが、どうか最高の結果を。

オフサイドはつと、眼を瞑って祈った。

 

「どうした?」

オフサイドの様子を見て、ケンザンが声をかけてきた。

「ルソーとシグナルの二人が良い結果を出せるよう、祈ってました。」

「そうか。」

ポンと、ケンザンはオフサイドの肩に手を当てた。

「私も同じ思いだ。あの二人にも、そろそろ勝利の女神に微笑んで貰いたい。」

ルソー・シグナルと共にチームを支えたケンザンも、願うようにターフビジョンを観ていた。

 

「そうだな。」

二人の会話を聞いたのか、トレーナーも側に来た。

「その為にもまず、二人が無事にレースを走り終えられることを祈ろう。」

「そうですね。」

トレーナーの言葉を聞き、オフサイドは微笑しながら頷いた。何事もなく、レースが終わるように…

 

 

やがて、ファンファーレが鳴った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。