シグナルライトが故障発生で競走中止し場内が騒然とする中、レースは淡々と続いた。
ルソーだけでなく他の出走者達も、シグナルの故障にショックを受けていた。
だが、レースを走っている現状、彼女のことに気を奪われる訳にはいかなかった。
今は、レースに集中しなければ…
それはルソーも同じだった。
私はウマ娘だ、レースを走っているウマ娘だ。
シグナルの怪我、叫び、それらを頭から振り払って、必死にレースに集中した。
レース展開は直線から2コーナーへ、そして向正面に入った。
先頭は依然として1番人気のカネツ。
不良バ場ということもあり、スローペースでレースを引っ張っていた。
その後ろにライナー以下有力勢が続き、ルソーは依然中段から後方待機でレースを進めていた。
3コーナーから4コーナーにかかると、2番手のテンジンやライナーらはスパートをかけ出し、先頭のカネツに迫った。
タイアップやロイスもそれに続いて動き出した。
まだだ。
動き出した前方勢の様子を見ながら、ルソーはまだスパートをしなかった。
ルソーはキレのある末脚が武器だが、そんなに長くは使えない。
今ここでスパートをかけたら最後までもたない。
勝負をかけるのは直線に入ってからだ。
スローペースなので後続勢には不利な展開だが、勝つ為はそれにかけるしかない。
大丈夫、私のパワーならこのバ場状態も有利につけられる。
そう信じ、ルソーは3コーナーから4コーナーを回った。
レースは、中山の直線310mに入った。
先頭はカネツ、2バ身程のリードを保ったまま逃げ切りに入った。
その後方、早めにスパートをかけたライナーは力尽きたが、タイアップ、ロイス、テンジンらは、直線に入ると一気にカネツをとらえようと、スパートをかけて迫った。
しかしカネツは失速せず、粘りに粘った。
重賞連勝中の勢いと実力、重バ場もさほど苦としない彼女は、後続勢とのリードを保ったまま200mを切った。
その後、テンジンもロイスも外から懸命に追ったが、カネツの影には届かなかった。
内から差し切りを図ったタイアップも、バ場状態のせいか末脚を発揮しきれず、並ぶまでには到らない。
カネツもバ場の状態にやや苦労しながら、それでも脚色を鈍らせず、先頭をキープしたまま遂に残り100mとなった。
やはりカネツの逃げ切り勝ちか。
場内の多くがそれを確信しかけた。
だが、残り100mを切った時、泥を弾き飛ばしながら不良バ場をものともしない末脚を弾ませて、バ群を割るように突っ込んできたウマ娘がいた。
ルソーだった。
よしっ!
直線に入ると、ルソーはすうっと息を吸い、先頭を駆けるカネツの姿を視界に見据えた。
彼女までの距離は約6バ身、行ける!
あのフジキセキを差しかけた末脚の恐ろしさを見せてやる!
ルソーは溜めていた脚を一気に炸裂させた。
溜めていた末脚を繰り出すと、ルソーは前にいた数人を一気に置き去りにした。
続いて、カネツを捉えきれずにいたテンジンもロイスもタイアップも、キレ味抜群の末脚で、100m手前で全員ぶち抜いた。
残るはあと1人、カネツだけだ。
届け、止まるな!
2番手に躍り出ると、ルソーは胸のうちで自らの脚を懸命に鼓舞した。
1年以上、全て惜敗に終わってきたレースの悔しさを爆発させて、彼女は一気にカネツを捉えにかかった。
2バ身、1バ身、半バ身。
残り50mで、ルソーはカネツを捉えた。
いつも寸前で止まっていた末脚が、今回は遂に止まらなかった。
やった!
カネツから半バ身前に出た時、ルソーは会心の叫びをあげた。
そのまま、ルソーはゴールに飛び込んだ。
『レースは残り200m!先頭はカネツクロス!タイアップは苦しい!テンジンもロイスも伸びない!カネツ逃げ切り濃厚!おっと、ホッカイルソー来た!ルソーが来た!4番手3番手2番手一気に上がって来た!凄い末脚でカネツに迫る!カネツ危ない!ルソー捉えた!これがフジキセキを本気にさせた末脚だ!ルソー交わした!ルソーが差した!ホッカイルソー、半バ身リードでゴールイン!ホッカイルソー見事、1年2カ月ぶりの勝利を重賞初制覇で飾りました!』
「やったー!」
場内に歓声が沸き起こる中、ルソーは泥がついた身を弾ませ、歓喜のガッツポーズを挙げた。
勝った!
ようやく勝てた!それも重賞初制覇だ!
トップガンやジェニュインに水を空けられてたけど、これで少し背が見えてきた。
フジキセキ、私勝ったよ!
昨春、無念の〈クッケン炎〉発症でターフを去らざるを得なかったチーム仲間の姿も、胸をよぎった。
「おめでとう、ホッカイルソー。」
歓喜を挙げているルソーに、2着に終わったカネツが大息を吐きながら声をかけてきた。
「逃げ切れると思ったんだけどなー。流石の末脚の切れ味だったよ、参った。」
「ありがとうございます、カネツ先輩。」
先輩に讃えられ、ルソーは嬉しいそうに頭を下げた。
「おめでとうルソー!」
「凄い末脚だったよ!」
4着のタイアップや3着のテンジンらも側に駆け寄ってきて、ルソーを祝福した。
「みんな、ありがとう。」
闘った相手達に祝福され、ルソーは嬉しそうに笑った。
その時。
『お知らせします』
歓声が続く場内に、低い音声のアナウンスが流れ出した。
あ…
その音声聞き、カネツもタイアップもテンジンも、他のレースを終えた出走者達も、一気に表情が硬くなった。
ルソーの鮮やかな勝利に沸いていた場内も、ざわざわとしたどよめきに変わった。
そして、勝利に歓喜していたルソーの表情が、一気に青ざめた。
雰囲気が一変した場内に、アナウンスが続いて流れた。
『本競走に出走した、6枠6番シグナルライトは、一周目の直線において、他の出走者に関係なく左脚に故障発生し、競走を中止しました』
「シグナルは…何処?」
先程までの歓喜の色が失せ、表情が蒼白になったルソーは、視線をターフの周囲に右往左往させ、シグナルの姿を探した。
だが、シグナルの姿は何処にもなかった。
この日経賞で一緒にスタートを切った彼女の姿は、ターフの上から消えていた。
「シグナル、シグナル、…何処?」
覚束ない足取りで、ルソーはターフをふらふらと歩き出した。
シグナルが故障した時、一瞬見えた彼女の無残な左脚が、脳裏をよぎった。