1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

127 / 267
青信号の悲劇(3・過去話)

 

シグナルライトが故障発生で競走中止し場内が騒然とする中、レースは淡々と続いた。

 

ルソーだけでなく他の出走者達も、シグナルの故障にショックを受けていた。

だが、レースを走っている現状、彼女のことに気を奪われる訳にはいかなかった。

今は、レースに集中しなければ…

 

それはルソーも同じだった。

私はウマ娘だ、レースを走っているウマ娘だ。

シグナルの怪我、叫び、それらを頭から振り払って、必死にレースに集中した。

 

 

レース展開は直線から2コーナーへ、そして向正面に入った。

先頭は依然として1番人気のカネツ。

不良バ場ということもあり、スローペースでレースを引っ張っていた。

その後ろにライナー以下有力勢が続き、ルソーは依然中段から後方待機でレースを進めていた。

 

3コーナーから4コーナーにかかると、2番手のテンジンやライナーらはスパートをかけ出し、先頭のカネツに迫った。

タイアップやロイスもそれに続いて動き出した。

 

まだだ。

動き出した前方勢の様子を見ながら、ルソーはまだスパートをしなかった。

ルソーはキレのある末脚が武器だが、そんなに長くは使えない。

今ここでスパートをかけたら最後までもたない。

勝負をかけるのは直線に入ってからだ。

スローペースなので後続勢には不利な展開だが、勝つ為はそれにかけるしかない。

大丈夫、私のパワーならこのバ場状態も有利につけられる。

そう信じ、ルソーは3コーナーから4コーナーを回った。

 

レースは、中山の直線310mに入った。

先頭はカネツ、2バ身程のリードを保ったまま逃げ切りに入った。

その後方、早めにスパートをかけたライナーは力尽きたが、タイアップ、ロイス、テンジンらは、直線に入ると一気にカネツをとらえようと、スパートをかけて迫った。

しかしカネツは失速せず、粘りに粘った。

重賞連勝中の勢いと実力、重バ場もさほど苦としない彼女は、後続勢とのリードを保ったまま200mを切った。

 

その後、テンジンもロイスも外から懸命に追ったが、カネツの影には届かなかった。

内から差し切りを図ったタイアップも、バ場状態のせいか末脚を発揮しきれず、並ぶまでには到らない。

カネツもバ場の状態にやや苦労しながら、それでも脚色を鈍らせず、先頭をキープしたまま遂に残り100mとなった。

やはりカネツの逃げ切り勝ちか。

場内の多くがそれを確信しかけた。

 

だが、残り100mを切った時、泥を弾き飛ばしながら不良バ場をものともしない末脚を弾ませて、バ群を割るように突っ込んできたウマ娘がいた。

ルソーだった。

 

 

よしっ!

直線に入ると、ルソーはすうっと息を吸い、先頭を駆けるカネツの姿を視界に見据えた。

彼女までの距離は約6バ身、行ける!

あのフジキセキを差しかけた末脚の恐ろしさを見せてやる!

ルソーは溜めていた脚を一気に炸裂させた。

 

溜めていた末脚を繰り出すと、ルソーは前にいた数人を一気に置き去りにした。

続いて、カネツを捉えきれずにいたテンジンもロイスもタイアップも、キレ味抜群の末脚で、100m手前で全員ぶち抜いた。

残るはあと1人、カネツだけだ。

 

届け、止まるな!

2番手に躍り出ると、ルソーは胸のうちで自らの脚を懸命に鼓舞した。

1年以上、全て惜敗に終わってきたレースの悔しさを爆発させて、彼女は一気にカネツを捉えにかかった。

2バ身、1バ身、半バ身。

残り50mで、ルソーはカネツを捉えた。

いつも寸前で止まっていた末脚が、今回は遂に止まらなかった。

やった!

カネツから半バ身前に出た時、ルソーは会心の叫びをあげた。

そのまま、ルソーはゴールに飛び込んだ。

 

『レースは残り200m!先頭はカネツクロス!タイアップは苦しい!テンジンもロイスも伸びない!カネツ逃げ切り濃厚!おっと、ホッカイルソー来た!ルソーが来た!4番手3番手2番手一気に上がって来た!凄い末脚でカネツに迫る!カネツ危ない!ルソー捉えた!これがフジキセキを本気にさせた末脚だ!ルソー交わした!ルソーが差した!ホッカイルソー、半バ身リードでゴールイン!ホッカイルソー見事、1年2カ月ぶりの勝利を重賞初制覇で飾りました!』

 

 

「やったー!」

場内に歓声が沸き起こる中、ルソーは泥がついた身を弾ませ、歓喜のガッツポーズを挙げた。

勝った!

ようやく勝てた!それも重賞初制覇だ!

トップガンやジェニュインに水を空けられてたけど、これで少し背が見えてきた。

フジキセキ、私勝ったよ!

昨春、無念の〈クッケン炎〉発症でターフを去らざるを得なかったチーム仲間の姿も、胸をよぎった。

 

「おめでとう、ホッカイルソー。」

歓喜を挙げているルソーに、2着に終わったカネツが大息を吐きながら声をかけてきた。

「逃げ切れると思ったんだけどなー。流石の末脚の切れ味だったよ、参った。」

「ありがとうございます、カネツ先輩。」

先輩に讃えられ、ルソーは嬉しいそうに頭を下げた。

「おめでとうルソー!」

「凄い末脚だったよ!」

4着のタイアップや3着のテンジンらも側に駆け寄ってきて、ルソーを祝福した。

「みんな、ありがとう。」

闘った相手達に祝福され、ルソーは嬉しそうに笑った。

 

 

 

その時。

 

『お知らせします』

歓声が続く場内に、低い音声のアナウンスが流れ出した。

 

あ…

その音声聞き、カネツもタイアップもテンジンも、他のレースを終えた出走者達も、一気に表情が硬くなった。

ルソーの鮮やかな勝利に沸いていた場内も、ざわざわとしたどよめきに変わった。

そして、勝利に歓喜していたルソーの表情が、一気に青ざめた。

 

雰囲気が一変した場内に、アナウンスが続いて流れた。

『本競走に出走した、6枠6番シグナルライトは、一周目の直線において、他の出走者に関係なく左脚に故障発生し、競走を中止しました』

 

 

「シグナルは…何処?」

先程までの歓喜の色が失せ、表情が蒼白になったルソーは、視線をターフの周囲に右往左往させ、シグナルの姿を探した。

だが、シグナルの姿は何処にもなかった。

この日経賞で一緒にスタートを切った彼女の姿は、ターフの上から消えていた。

 

「シグナル、シグナル、…何処?」

覚束ない足取りで、ルソーはターフをふらふらと歩き出した。

シグナルが故障した時、一瞬見えた彼女の無残な左脚が、脳裏をよぎった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。