1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

128 / 267
青信号の悲劇(4・過去話)

 

時刻は数分遡り、シグナルが故障発生した時のこと。

 

異様な音と共にシグナルが故障した瞬間を、『フォアマン』のメンバーはいち早く目撃していた。

 

「シグナル⁉︎」

誰より先に、岡田トレーナーが叫んだ。

「え、シグナル先輩⁉︎」

タッチやコンコルドは悲鳴をあげた。

「まさか!」

「嘘だろ…」」

ブライアンとローレルも、愕然と声を洩らした。

 

シグナル!

オフサイドもシグナルの故障にすぐ気づいていた。

絶叫を上げて競走を中止した彼女の元に、すぐさま駆け出そうとした。

「待て!」

それをケンザンが間一髪で止めた。

「何故止めるんですか!」

「まだ出走者が目の前のコースを通り過ぎていない。今ターフに飛び込んだら危険な妨害になる!」

「でもシグナルが!」

「駄目だ!あと数秒待て!」

ケンザン自身、駆け出そうとする自らを抑えるように叫んだ。

 

数秒待つと、出走者達は全員通り過ぎた。

すぐに、オフサイドを含めた『フォアマン』全員がターフに飛び出し、シグナルの元へ駆け出した。

 

「あ…あっ…あ…」

競走中止したシグナルは、激痛のあまり半ば意識を失った状態で、片足でターフ上をふらついていた。

左脚の膝あたりから重度の骨折をしたのか、そこから下部分が直視出来ない程の無残な状態で、骨折箇所からは鮮血も滴っていた。

その姿は観衆達にもはっきり見え、どよめきと悲鳴の波が巻き起こっていた。

 

「シグナル!」

一番先に彼女の元に駆けつけたのはブライアンとローレルだった。

二人はすぐさまシグナルを抱き抱え、ターフの上に寝かせようとした。

「…ああっ…痛…うっ…あああっ!」

シグナルは激痛のあまり暴れ、中々寝かせられなかった。

「うわっ!」

「痛!」

弾みで跳ねた泥や血、そして脚が二人に当たった。

「危ない、下がって!」

後から駆けつけたケンザンが二人を退がらせ、背後からシグナルを抱きとめた。

「…あっ…うう…ぐ…ああっ!…」

「シグナル!大丈夫だっ!」

ケンザンは怪我部分が悪化しない様に、暴れる彼女を必死に抑えながら、なんとかターフ上に寝かせた。

 

ほぼ同時に、救護班(人間&ウマ娘)が岡田トレーナーと共に現場に駆けつけた。

救護班はシグナルに鎮静剤を打ち、すぐに担架の用意をした。

「シグナルライトを担架に乗せるわ!いち早くここから移動させないと!」

 

「すぐに移動させる⁉︎」

救護班の指示に対してオフサイドが怒鳴り返した。

どう見ても瀕死の重傷なのに、すぐに移動なんてさせられるか。

「すぐに動かすなんてどうかしてるわ!慎重にしないと!ていうか救急車は⁉︎」

「救急車を用意する余裕はない!早くしないとレースの集団が来る!」

反発するオフサイドに救護班は言い返した。

レースの集団…

その言葉を聞き、オフサイドは現場を確認した。

「嘘でしょ…」

思わず震え上がった。

故障の現場は、ゴールの200m手前あたりだった。

「レースを止めないんですか⁉︎」

タッチとコンコルドが叫んだ。

「止める訳にはいかないんだ!」

「でも、今無理矢理移動させようとしたら、シグナル先輩の怪我が悪化しちゃいます!」

「喋っている暇はないわ!言う通りにしなさい!」

ウマ娘の救護員が怒鳴った。

救護員の表情も蒼白だった。

 

「みんな、シグナルを担架に移動させてくれ。」

岡田が決断したように命令し、自らもシグナルの身を担架に乗せようと抱え上げた。

「…はいっ。」

皆、悲痛な表情で返事をした。

 

鎮静剤を打たれたものの、シグナルの苦悶はまだおさまっておらず依然暴れていた。

皆、泥だらけになりながら必死に協力して、シグナルの身を担架に移動させた。

その際シグナルの脚が岡田とオフサイドとブライアンに当たり、幾つか傷を負わせた。

なんとか担架に乗せると、救護班は彼女の身をベルトで固定した。

痛ましすぎる怪我の状態を観衆の眼から隠す為、ケンザンは上着を脱いでシグナルの脚に被せた。

 

「岡田トレーナー!」

生徒会役員として会場に来ていたメジロマックイーンが現場に駆けつけた

緊急事態に、彼女の表情も青ざめていた。

「皆さんはすぐに医務室へ向かわれて下さい!ホッカイルソーには私が伝えますわ!」

「済まない。」

岡田は沈痛な表情で頷いた。

 

その後、シグナルの身を乗せた担架は救護班&『フォアマン』メンバーの手によって、コースから外へ搬送されていった。

ターフから搬送されるシグナルと、その一部始終を観ていた観衆からは、悲鳴とどよめきが起き続けていた。

 

レース集団が来たのは、シグナルの身が移動された直後だった。

 

 

 

*****

 

 

「ホッカイルソー!」

場内にシグナルライトの故障を伝えるアナウンスが流れた後、ターフで茫然と彼女の姿を探していたルソーは、自分の元に駆け寄ってくるマックイーンの姿に気づいた。

 

「マックイーン先輩…シグナルは、何処ですか?」

「シグナルライトは、場内の医務室に搬送されました。」

「医務室、ですか。」

「すぐに向かわれて下さい。優勝インタビューやその他のことは生徒会がこちらが対処しますわ。」

「はい。」

ルソーはすぐさま駆け出した。

 

 

コースから地下通路を駆け抜け、ルソーはやがて医務室の前に着いた。

 

みんな…

医務室の扉の前には、泥に塗れた『フォアマン』のメンバー全員が、真っ暗な雰囲気で待機していた。

昨春にローレルが大怪我した時よりも、空気が重かった。

 

「ルソー。」

彼女が来たのを見ると、岡田が声をかけた。

「お疲れ様。レースの結果はどうだった?」

「…勝ちました。」

「そうか、おめでとう。」

「レース結果なんてどうでも良いです!それよりシグナルは…」

「今、室内で診断中だ。中には入れない。」

「怪我の程度は…どうなんですか?」

「今は、ただ結果を待とう。」

岡田は、唇を噛んでそう答えた。

彼の顔にはシグナルを搬送する際に負った傷があり、血がうっすらと流れていた。

 

「ひくっ、うっ、シグナル先輩!」

床に座っているタッチとコンコルドが、ケンザンにしがみついて泣き声をあげていた。

二人を抱き寄せているケンザンも、表情が蒼白に硬っていた。

「神様、どうかシグナルを…」

「シグナル…助かって…」

少し離れた場所に座っているオフサイドとローレルは、必死に祈るように口元に手を結んでいた。

その傍ら、唯一人立っているブライアンは、壁にもたれながら腕を組んで瞑目していた。

いつもは威風堂々としている彼女も、口元が微かに震えていた。

三人の制服には、泥だけでなく血も多く付着していた。

 

 

そして、10分程経った頃。

 

医務室の扉が開き、シグナルの容態を診ていた医師が出てきた。

「先生、シグナルは…」

「皆さん、室内に入って下さい。」

答える前に、医師はそう促した。

医師の表情も沈痛な色が滲み出ていた。

 

『フォアマン』全員は医務室に入った。

シグナルがいるであろうベッドにはカーテンがかかっており、姿は見えなかった。

「シグナル!」

「だめだ!」

思わず彼女の元に駆けていこうとしたルソーをケンザンとブライアンが押し留めた。

 

『フォアマン』全員が入室すると、医師は岡田に、シグナルの診断結果を告げた。

「診断の結果、シグナルライトの故障は『左中足骨開放骨折』と判明しました。」

 

「では…」

「予後不良です。治療も不可能、快復の見込みもありません。彼女を苦しみから一刻でも早く解放させる為にも、安楽帰還(安楽死))の決断を薦めます。」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。