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コンコン。
部室の扉をノックする音に気付き、ゴールドは我に返った。
誰だろうと思いつつ、扉を開けた。
「おはよう、ゴールドさん。」
訪れたのは、ライスシャワーだった。
「これはこれはライス先輩、おはようございます。」
「まだトレーニング前だったかしら?」
「いえ、もう終わって着替えたところです。」
「なら、少しお茶しない?」
持参してきたコーヒー用具一式を手に、ライスは片眼を笑わせた。
喫茶店『祝福』店主のライスは時折、学園OBとして後輩達の様子を見に来る。
『フォアマン』だけでなく、『スピカ』や『カノープス』、他のチームの後輩達の所にも。
ただ見に来るだけでなく、差し入れ(大体コーヒーだが)を持ってきたり後輩の相談に乗ってくれたり、様々なアドバイスを与えてくれたりする。
なかなか面倒見が良いということで、多くのウマ娘からも慕われている名OGだ。
だが早朝に来るのは珍しい。
ゴールドがその理由を尋ねると、
「昨日、喫茶店でのあなたの様子が気になったから。」
ということだった。
喫茶店…ああ、そういえばあの時も、ファンから色々言われたなー。
もう数が多すぎて、忘れていた。
「あなた一人だけ?」
部室に入ると、ライスはゴールド以外誰もいない部室を見渡した。
「ええ。…まあ事情は知ってるでしょうけど。」
「本当だったのね…。」
寂しげに呟きながら、ライスは持ってきたコーヒー、コーヒーミル、カップを取り出した。
「ライス先輩、」
小気味いい音をたてて豆を挽いているライスを頬杖ついて眺めながら、ゴールドは口を尖らせて言った。
「なんで、こんなことになってしまったんでしょうね。何が、悪かったんでしょうね。」
「…。」
ライスは何も言わず、黙々と豆を挽き続けた。
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第118回天皇賞・秋を制したのは、6番人気の伏兵オフサイドトラップだった。
「やった‼︎」
ゴール板を先頭で駆け抜けた後、オフサイドトラップは雄叫びをあげ、騒然とする場内の観衆など全く気にせず、何度もガッツポーズを繰り返した。
ゴールド他、2着以下に終わったウマ娘達の悔しさや複雑さが入り混じった表情の群れの中、唯一人勝利の喜びを爆発させていた。
オフサイド先輩…
歓喜を包み隠さず爆発させて地下通路に去っていく先輩の姿を、ターフ上のゴールドは大息を吐きながら唇を噛み締めて見送った。
また、また2着か…クッソオッ!
悔しさのあまり、ゴールドは芝生上に何度も拳を叩きつけた。
だがやがて、昂った気持が落ち着いてくると、彼女の視線は大観衆や他のウマ娘達と同じく、第3コーナーの大欅の向こう側へと向けられた。
…スズカ。
故障発生し競争中止したサイレンススズカは、駆けつけたチームメイト・トレーナーに支えられ、救急車に運び込まれようとしていた。
仲間の腕の中で意識を失っている彼女の表情が見え、怪我の重さを窺わせた。
ターフビジョンでも、その深刻な様子が映し出されていた。
「スズカ、嘘だろ⁉︎」
「スズカ、しっかりして!」
「スズカー!」
場内の大観衆からは、悲鳴や泣き声も多く聞こえた。
ゴールド含めたターフ上のウマ娘達も茫然とした様子で、スズカを乗せた救急車が発進するのを見送っていた。
救急車が場内を去った後。
ターフビジョンの映像は、控室で優勝者インタビューを待つオフサイドトラップの姿に移り変わった。
悲痛な雰囲気に満ちた場内とは全く対照的に、オフサイドの表情には達成感に満ちた笑顔が浮かんでいた。
既にその時、場内には不穏な雰囲気が流れ始めていた。
そして、オフサイドへの優勝インタビューが始まった。
『第118回天皇賞優勝ウマ娘はオフサイドトラップです。おめでとうございます。』
「ありがとうございます!やっと報われたという嬉しさでいっぱいです!」
『こちらに戻ってきてからも、何度も歓喜の雄叫びを繰り返していましたね?』
「はい!もう気分良く走れて、最後は全て出し切って…。本当に勝てるなんて、夢みたいで、笑いが止まりません!」
“笑いが止まりません”。
オフサイドの口からこの台詞が流れた時、ターフビジョンを観ていた大観衆から、凄まじいどよめきが巻き起こった。
スズカが快走していた時に巻き起こったものとは全く違う、一面を黒雲で覆い包むようなどよめきだった。
何これ…
コース上でターフビジョンを観ていたゴールドは、場内で新たに巻き起こったその異常な雰囲気に、スズカが怪我した時以上の悪寒を感じた。
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再び、『フォアマン』部室。
ライスとゴールドは、挽きたての豆で淹れたコーヒーを一緒に飲んでいた。
「オフサイドさんは、学園に来てる?」
「ええ、まあ一応登校はしてます。」
コーヒーの苦さを表情に出さないようにしながら、ゴールドはライスの質問に答えた。
「“一応”?」
「一応っす。まじで一応って状態です。」
「そう。」
肘をついているゴールドと違い、ライスは行儀良く両掌にカップを抱えていた。
「私、オフサイドさんと話がしたいと思ってるの。」
「え、先輩と?」
「うん。彼女が負った傷を、少しでも癒やしてあげたい。」
かつての天皇賞覇者であるライスシャワーはそう言うと、眼を瞑りながらコーヒーを飲んだ。