絶句したスペに、ルソーは続けた。
「みんな、ずっと隠し通してきたけど、スズカが天皇賞・秋後の騒動を知るのは時間の問題だわ。他人の口から真実を伝えられるよりは、あなたから伝えられた方が、せめてもの救いになるんじゃないかしら。」
「…分かりました。」
しばしの沈黙後、スペは蒼白な表情で頷いた。
「それでスズカさんの心が守られる可能性が見出せるなら、どんなに責められても構いません。」
私はそれだけのことをしたのだから。
スペ自体は悪意に冒されただけの被害者といえなくもなかったが、彼女は責任を重く受け止めていた。
だが。
「もしかして、スズカを守れると思ってるの?」
スペの覚悟した表情を見て、ルソーは冷たく言い放った。
「言っとくけど、真実を知ったスズカは、間違いなく自ら帰還を選ぶわ。」
「え…」
思わず面を上げたスペに、ルソーは言葉を続けた。
「だって、自らの怪我が原因で、オフサイド先輩が誹謗中傷を受けた末に帰還してしまったことを知るのだから。それで生きていられると思う?」
「オフサイド先輩が…帰還?」
その言葉に、スペは愕然とした。
あ、そっか…この小娘は何も知らないんだ。
ルソーは溜息を吐き、それから言った。
「そうよ。スズカを盲愛する連中から理不尽な誹謗中傷を受け続けた先輩は、全てに絶望して今度の有馬記念を最後に帰還する決意を固めたの。…嘘だと思うなら椎菜先生やマックイーン生徒会長に聞いてみな。彼女達は先輩からその決意を示されたのだから。」
「そんな…どうして。」
「“どうして”?何言ってるのかしら。」
その呟きに、ルソーは眉を寄せた。
「スズカを愛したあなた達が望んだ未来じゃない。スズカの為スズカの為と宣って、オフサイド先輩の存在を抹消しようとしたんだから。その結果だわ。」
「私は、オフサイド先輩の存在を抹消しようとなど…」
「勝利を貶したでしょう?同じことだわ。」
何か言おうとしたスペの口を塞ぐように、ルソーは冷然と言い放った。
「ウマ娘にとって、勝利を貶されたり否定されたり、あるいは無視されることがどれだけ残酷で苦しいことか、分かっているでしょう。あなたがもし、あのダービーの勝利を棚ぼたとか無価値と言われたとして、考えてみればいいわ。」
そんな…
スペは、愕然とした表情で黙った。
オフサイド先輩、そんな…。
先輩に取り返しのつかないことをしてしまった悔恨の色が、愕然とした表情のうちに滲み出していた。
スズカの身の為に、オフサイド先輩の心配をしてるのかしら。
スペの悔恨する様子をそのように受け取ったルソーは、淡々と冷たく言葉を続けた。
「もう手遅れだわ。『明るく華やかなウマ娘界の為』、『夢を与える美しさとスピードの正義』、『誰もが望んだ未来の実現』。そんな神様みたいな言葉を撒き散らしながら、この世界はオフサイド先輩が消えることを由としたんだから。」
そう、華やかさや美しさや魅力的なスピードとは無縁で、走れる時間も残り僅かな先輩は、この世界では用無しと言わんばかりにね。
エルコンドルパサーやエアグルーヴ、或いはメジロブライトみたいに、美しくて強くてスピードもある夢溢れたスターウマ娘が勝者だったら、絶対に消されなかっただろうな。
先輩は、スズカが走ったレースの勝者には相応しくない凡ウマ娘と見なされたから、天皇賞の盾を剥ぎ取られたも同然にされたんだ。
先輩の脚にどれだけの同胞の願い・思いが込められていたかということも、装着したシャドーロールに亡き3冠ウマ娘との誓いが刻まれているとも、何も知られずに…
「そうよ、先輩は名誉も尊厳も何もかも蔑ろにされ、消されたんだわ。」
思ううち、ルソーの胸底から黒い思いが喉元に突き上げてきて、口から言葉となって吐き出された。
「いいわ。先輩が消える代わり、残ったものも全部この世界にくれてやるわよ。この最果ての場所で散った幾千の同胞の無念の魂も、今後新たに墓標となるであろう同胞の苦悩も、未来を失った同胞の届かない祈りも嘆きも、全部まとめてくれてやるわ!あなた達が最も愛するサイレンススズカの絶望付きでね!ついでに〈死神〉も供につけて差し上げるわ!全部背負って這いずり回って、私達の屍を足場にして、この世界が宣う夢とか笑顔とやらで、みんな救ってみせればいいんだわ!」
溜まっていたものを吐き出すように言うと、ルソーは大きく息を吐きながら、ガクッと膝をついた。
痛…
〈死神〉に冒されている脚の患部が痛んだ。