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その頃。
「なあ、」
「なんですか。」
「お前、最近やけに表情が冴えてないな。どうしたんだ?」
「別にいつも通りですけど。」
昼過ぎのトレセン学園。
競走場では、目前に迫った有馬記念へ向けて調整に励む出走ウマ娘達の姿と、彼女達を取材をしている各マスコミの報道陣達の姿があった。
その報道陣の中に、日刊ウマ娘新聞記者の某女性記者の姿もあった。
現在、ウマ娘達は昼休みで競走場にはいない。
報道陣の記者達も同じく昼休憩をとったり、或いは記事を用意するなどして時間を潰していた。
女性記者も、記者仲間達と競走場の片隅で時間を過ごしていた。
有馬記念を前に記者達が特に取材してるのは、勿論優勝候補の出走者達だ。
ターフに咲く変幻の逃げ花セイウンスカイ。
有終の美を飾るべく女帝エアグルーヴ。
名族の名誉を背にメジロブライト。
怪物の名にかけてグラスワンダー。
その他にもキングヘイローやステイゴールドなど、有力な出走者に対して、記者陣は熱視線を向けている。
勿論、女性記者もその一人だ。
だが彼女には、今ここにいない出走者の一人が気になっていた。
「オフサイドトラップは、今どこにいるんでしょうね。」
取材ノートを見ながら、女性記者はぽつりと呟いた。
「オフサイドトラップ?さあな。」
呟きを聞いた記者仲間が答えた。
「少し前に、富士山近くに住んでるチーム先輩のもとで調整してるって目撃情報が流れてたけど、調べてみたら既に先輩ごと姿を消していたからな。どうやら、学園が極秘に保護してるって噂だ。」
「学園が保護ということは、恐らくメジロマックイーンが保護してるってことですかね。」
「そういうことだろ。メジロ家が保護となれば、オレ達報道も手は出しにくい。とはいえ、何故マックイーンや学園がオフサイドをそこまで保護するのか、その理由は分からんがな。」
「あんな問題発言&言動をしたウマ娘を庇うとは、学園側も少々おかしい。」
「一応、天皇賞ウマ娘だからな。そのタイトルの重さを考えて、仕方なく保護してるんじゃないか?」
「どうも、学園上層部のウマ娘達は、我々の常識とかけ離れた行動をとってる感がある。」
記者の一人が、残念そうに溜息を吐いた。
「ネットじゃ、オフサイドの出走とそれへの学園の対応を見て『G1ウマ娘の体面を気にする学園は組織として腐ってる』とか『ウマ娘のレースは、観ている者達によって支えられていることを、学園は忘れたのか』といった声も大きいのにな。」
「仕方ないさ。マックイーンにしてもその他の生徒会の面々にしても、ただ勝てば・強ければいいという現役時代を送ってきた者達が多い。オグリやテイオー、或いは今度のスズカみたいに、『ファンの為・夢を叶える為』という意識を第一に走った者じゃないから、そういう大切なことが中々分かんないのだろう。」
記者達は、不満と失望を込めた口調でそう次々と言葉を発した。
「そうですか。」
まだ20代半ばと記者陣の中では一番若手の女性記者は、先輩記者達の言葉にただ頷くしか出来なかった。
女性記者の反応を見て、先輩記者が尋ねた。
「なんだお前、オフサイドのことが気になるのか?」
「ええ。」
「ハハ。もしや君は、彼女の有馬記念出走を断固として阻止するつもりなのか。」
先輩記者はそう言って苦笑した。
「有馬記念出走者発表の日、オフサイドの出走に対してマックイーンに最も激しく抗議してたもんな。」
「そこまで激しくもなかったと思いますが。」
「いやいや、傍らで見てて感心したよ。オフサイドの言動に対する、我々やファンの怒りと抗議を代弁してくれてたし。」
「別に、褒められることでもありません。」
女性記者はぶっきらぼうに言うと、つとその場を離れた。
そのまま、女性記者は競走場を出て、学園の門前の近くにあるベンチまで移動した。
人気の殆どないその場所でベンチに座ると、今日の取材内容の確認作業を行った。
オフサイドトラップ…
作業をしながら、女性記者は今現在姿を消している天皇賞ウマ娘のことを考えていた。
かつて過激な程に取材攻勢をした彼女に対し、女性記者はもう一度取材をしたいと考えていた。
といって、また責める目的や謝罪目的要求の取材をするつもりではなかった。
あの天皇賞・秋。
レース後におけるオフサイドの言動は、明らかにスズカを愚弄したものだと、女性記者は受け取っていた。
だが先日、ライスへの取材で彼女の口から出た天皇賞・秋後の騒動に対する見解を聞いて以降、その受け取りが正しかったのか、疑問が湧いたのだ。
“レースにおける故障は、本来責められるべきこと”
“悲劇が起きたレースで、最もケアするべきは、レースの勝者”
ライスは、このようなことを言ってた。
ライスへの取材後、女性記者はオフサイドの過去を今一度調べた。
すると、過去にオフサイドのチーム仲間がレースの事故で帰還していたことが分かった。
もしかして、その過去が今回の言動と関係あるのではないか。
そう推察した女性記者は、もう一度オフサイドにその真意を問い質したいと望んだのだ。
とはいえ、現在オフサイドの行方は依然として不明だから取材は出来ない。
マックイーンの意向でメジロ家が保護していることは間違いないだろうが、どこにいるまでかは分からない。
メジロの本家か、あるいは分家か、それとも幾つかある別荘にいるのか。
そこまでは知ることが出来ないんだよね…
女性記者は溜息を吐きながら、作業を止めた。
つとスマホを開いて、何気なくネットニュースを閲覧した。
…ん?
トップニュースを見て、女性記者は眉をしかめた。
『トレセン学園に不法侵入し器物を破損させた容疑で、数十人を逮捕』
『トレセン学園、特定の生徒がネット上で悪質な誹謗中傷をされ被害を受けたと警察に届出。本日中にも大規模な摘発が行われる見通し』
「なんですって?」
思わず、驚きの呟きが洩れた。
「…おい。」
ネットニュースを見て驚いている彼女に、声がかけられた。
見ると、学園へ取材に訪れた記者陣達全員が、門前に集まっていた。
「あれ、皆さんもう取材は終わりですか?」
女性記者の言葉に、記者仲間は首を振りながら答えた。
「違う。学園側から、退去するよう要求されたんだ。」
「退去の要求?」
「即刻、報道陣は全員、学園の敷地から退去するようにってな。…突然過ぎて訳分からん。」
記者陣達は一様に動揺と不満を表していた。
一体何が?
今しがた見たネットニュースと併せて、女性記者も動揺した。
すると。
記者陣達のいる門前に、一台の車両が到着し、中から数人のスーツ姿の人間出て来た。
数人の人間は、記者陣達の側に近寄ると尋ねた。
「日刊ウマ娘新聞記者の〇〇氏はいますか?」
「はい、私ですけど…」
女性記者が手を挙げると、数人の人間は彼女を取り囲むように近寄ってきた。
「なんですか?」
怪訝な表情をした女性記者に、一人の人間が懐から手帳を取り出しながら言った。
「警察です。署までご同行願えますか。」
「えっ?」
「特定のトレセン学園生徒が悪質に中傷された件での事情聴取です。」
愕然とした女性記者に、警察は無表情で告げた。
さあ、総精算の始まりですわ…
騒然としている学園門前の様子を、マックイーンは生徒会室から冷徹な視線で見下ろしていた。
「遂に始まったのね。」
マックイーンの傍らでは、ルビーがネットニュースを見ながら震えるように呟いていた。
「まるで電光石火ね。もう摘発やら逮捕やらが執行されているわ。SNS上も騒然としてる。」
「当然ですわ。いつでも即座に手を下せる用意は、とっくに出来ていたのですから。過ちを忘れていた者達が愚かなだけですわ。」
「学園と関わりの深い報道陣にまで躊躇なく手を下すとは、流石は厳冬秋霜な真女王ね。」
「ええ。親しい人間であろうと、恩義があった人間であろうと、今回は容赦しません。いや、容赦してはなりませんわ。」
そう、この件に関しては、過ちをおかした者全て、後悔させることも贖罪を考えることも、決して許してはなりません。
「徹底的にやらねば、絶望に追い詰めれた末に帰還を決意するに到ったオフサイドトラップに対して、同胞の代表として顔向けが出来ませんわ。」
マックイーンの瞳は、かつてないくらい冷徹な色に光っていた。
「生徒会長。」
部屋の扉が開き、トップガンが入ってきた。
「どうしましたか?」
「今、理事長が学園に来られました。生徒会長と話がしたいそうです。」
理事長、来ましたか。
「分かりましたわ。こちらにお通し下さい。」
マックイーンは芦毛の美髪を靡かせながら、冷徹な微笑と共に指示した。