十分後。
マックイーンと理事長(本名大平赳夫)は、他に誰もいない生徒会室のソファ席で、向かいあって座っていた。
「遂に、やったのか。」
「ええ、やりましたわ。」
開口一番、言った大平理事長に、マックイーンは冷徹な表情を動かさずに答えた。
「遅かれ早かれ、執行すべきことでしたから。」
「有馬記念後にやると思っていたが、それどころではなくなったということか。」
「その通りですわ。」
朝の生徒会の後に、マックイーンは理事長に電話でオフサイドの決意のことを伝えていた。
その際に例の件を断行することも報告し、あとはここで話しましょうと約束していた。
「しかし、まさかオフサイドトラップが、そこまでの決意をするに至っていたとは思わなかったな。」
大平は落ち着いた表情ながら意外の念を込めた口調で言った。
彼はオフサイドトラップのことは詳しく知らないが、度重なる重い故障を乗り越えたウマ娘であること程度は知っていた。
「誰もが驚きましたわ。彼女ほどの不屈のウマ娘の心が折れるなんて。彼女が受けた傷の深さが想像以上だった事実を、胸にナイフが突き刺さるように伝えられました。」
マックイーンは答えつつ、少し表情を暗くした。
「彼女の悲壮な決意を翻意させる為に、今回のことを断行しました。正直、遅過ぎたことは否めませんが。」
「そうか。」
大平は頷きながら、卓上に用意されたコーヒーを飲んだ。
数日前にマックイーンと会談した際、彼は今回の騒動は人間側に非があるとの認識を示していた。
なので今回のマックイーンの断行についても、時期に驚きこそしたが反対の意志はなかった。
「3日後に迫った有馬記念はどうする気だ?」
「予定通り開催の方針でいきますわ。今回の執行に関して主催者や協賛者の方々から苦情が来ることは確実ですが、ここまで間近に迫った有馬記念を中止にすることは不可能です。」
「出走者達には、何か伝達したのか?」
「それぞれの所属チームトレーナーに、今度のレース開催に支障はないとの伝達は送りました。ステイゴールドには、私が直々に伝えますわ。他に全生徒達にも、今回の件に対しては、決して動揺せずに普段通り過ごすよう通達をする予定です。」
「全生徒にもか?」
「はい。学園始まって以来のことですから、我々ウマ娘が人間と相対するような事柄を起こすのは。」
“人間と相対する事柄”…
マックイーンの言葉に、大平は眼光を鋭く光らせながら、質問を続けた。
「学園を去った各大物ウマ娘達から、何か連絡は来たか?」
「いえ、まだ何も来てませんわ。もっとも来たとしても、学園側の支持をしなければ私達は一切聞く耳は持たない所存です。」
「ほお…。」
マックイーンの冷徹な言葉に、大平は眼光を光らせたまま微笑した。
「例え、ミスターシービーやシンボリルドルフが諌めに来たとしてもか?」
「はい。我々の意向を支持しなければ、諸先輩との敵対も止むを得ないと覚悟しています。」
敵対、か。
口元で呟いた後、大平はソファにゆったりともたれて、更に質問した。
「一番の懸念であろう、君の一族からは何か来たか?」
「フッ…」
その質問に、マックイーンの表情がふっと緩んだ。
「今のメジロ家の代表はこのマックイーンですわ。おばあ様や、上の一族の者達がどんな異議を唱えようと、代表である私の意志に従って頂きますわ。」
「強気だな。だが大丈夫か?」
「心配ご無用ですわ。アルダン姉様やライアンは分かりませんが、デュレン姉様やパーマーに関しては少なくとも味方ですから。ブライトもドーベルも、自ら私に歯向かう愚は起こさないでしょう。」
マックイーンの翠眼がやや険しくなった。
「とにかく、我が一族のこともご心配いりませんわ。」
マックイーンは険しくなった眼光を元に戻し、大平に続けて言った。
「生徒会も、今回の断行に対して異議を唱える者はありませんでした。恐らく皆、今回の騒動の件でウマ娘界の現状にそれぞれ危機感を抱いたからでしょう。」
「分かった。」
マックイーンの言葉に、大平は理解したと頷いた。
「理事長である私も、今回は君達の断行を支持しよう。理事達への説得は私に任せ給え。有馬記念開催に関しても、極力影響が出ないよう尽力する。」
「恐れいります。」
理事長の言葉に対し、マックイーンは深々と礼をした。
「メジロマックイーン。改めて聞くが、覚悟は出来てるな?」
頭を下げたマックイーンを見つつ、大平は落ち着きながらも不意に凄みのある口調で問いかけた。
「君が下した断行は、君達ウマ娘界の生活基盤を保護し支えている人間達に向けられたものだ。それがどのような反動をもたらすか、考えているな?」
「勿論ですわ。」
マックイーンは面を挙げ、翠眼を大平へ真っ直ぐ向けた。
「走ることしか出来ない種族である我々ウマ娘に、ターフや学園を与え、生き残る未来への道筋を築いてくれたのは、私達より優れた種族であるあなた方人間達です。そのことは決して忘れていませんわ。そして今回の断行が、その恩ある人間に歯向かうような行為であり、その結果我々の生活基盤がなくなってもおかしくない可能性があることも、承知していますわ。そう、このトレセン学園の同胞約六千人の未来が一気に厳しくなってしまう可能性を。」
言いながら、マックイーンの額に汗が滲んでいた。
「その恐るべき可能性があることを分かっているのなら、何故今回の断行に踏み切った?」
マックイーンが尊敬する数少ない人間である大平は、マックイーン以上の冷徹な眼光を見せて、更に質した。
「走るだけの種族が、その存在を保護させてもらっている万物の霊長に相対する。それをするだけの理由は、確かにあるのだろうな?」
「勿論ですわ。」
マックイーンも、一層冷徹に光らせた眼光で射返した。
「まず何より、帰還決意まで追い詰められた同胞を救う為です。このまま何もせずオフサイドの帰還を黙って見届けるくらいなら、人間と闘って彼女の尊厳を少しでも取り返そうと決めたんです。」
「それに、今回のオフサイドトラップの件だけが断行の理由ではありません。」
マックイーンは、淡々と続けた。
「過去から積み重なった出来事の数々…それも大きな理由の一つです。」
ハマノパレード先輩の悲劇。
ハードバージ先輩&カネミノブ先輩の末路
クライムカイザー先輩への中傷。
サンエイサンキューの悲劇。
キョウエイボーガンへの中傷。
そして、今回のオフサイドトラップへの中傷。
また、私の愛した同胞プレクラスニーの悲劇も…
また一瞬クラスニーの面影が瞼に浮かび、マックイーンは眼を瞑った。
眼を瞑ったまま、マックイーンは言葉を続けた。
「これらの悲劇だけでなく、その他人知れず散っていった同胞達の数々が積み重なった末の結果ですわ。そう、ずっと昔からあった、ウマ娘界と人間の共存における根本的な課題。その解決をしなければならないと決断したのですわ。」
「“根本的な課題”…」
はっきりと言葉にして言い給えと、大平は催促した。
マックイーンは一度深呼吸し、それから静かに眼を見開いて、言った。
「あなた方人間にとって、私達ウマ娘達は、『娯楽や経済の為の種族』なのか、それとも『生命の尊厳がある種族』なのか、明確にさせて頂きたいのですわ。」