『経済種族』か『尊厳ある種族』か、どちらなのかか…
マックイーンの言葉に、大平はコーヒーを一口飲みながらそう呟き、それから尋ねた。
「なぜ、その答えを求めることが必要だと思う?」
「同胞達に、存在する為の理由をはっきりと示す為ですわ。…私のような恵まれた同胞だけでなく、未来への切符を掴む為にターフ内外で必死に闘い続けている同胞達に。」
マックイーンは、カップにコーヒーを新しく淹れ、それを一口飲んでから再び口を開いた。
「理事長も当然ご存知でしょう。このトレセン学園で競走生活を送ったウマ娘達のうち、学園を去った後の余生が保障される者はほんの一握りで、多くは非常に厳しい状況に置かれているということを。」
「…。」
知ってると、理事長は無言で頷いた。
ウマ娘の卒業後の余生は、現役時代のターフでの実績で大きく左右される。
G1制覇などといった大きな実績を挙げたウマ娘はその後の余生もほぼ自動的に約束されるが、それは無論ほんの僅かだ。
重賞を制覇したウマ娘でも、余生が約束されるとは限らない。
OP勝ち止まりとなるとかなり厳しい。
「そのOPまで辿り着けるウマ娘ですら、六千人の生徒のうちの半分にも到底満たない。残りの半分は…。」
「ええ、表向きでは卒業し、地方のウマ娘関係の地で余生を送る、ということになっていますわ。表向きは、ですが。」
確かに、中央のトレセンから地方のトレセンに移籍したり、僅かにあるウマ娘専用の職業につける者もいる。
だがそれもほんの僅かで実際は、優れた家柄・名門出身でない限り、殆どの卒業者(退学者)は消息不明になっている。
つまり、大半は卒業後間もなく人知れず帰還している可能性が濃厚だった。
「ウマ娘は走ることを使命とし、走る世界に生涯を捧げることを定められた種族。その世界で結果を残せず、そして未来に必要ないとみなされた同胞は、帰還を選択せねばならない。これが今のウマ娘界の現状ですわ。」
マックイーンの口調は重かった。
「その現状を、変えたいと思っているのか?」
「…。」
大平の問いに、マックイーンは重たく首を垂れて、答えた。
「変えて欲しいのは当然ですし、同胞達全てが幸せな生涯を全うして欲しいのも勿論ですわ。ですが、現状は人間の保護下で存在している種族である以上、それはまだ理想でしかありません。少なくとも、我々ウマ娘の力だけでこの世界に存在出来る様にならない限りは、その実現は難しいですわ。」
「では、何を望むんだ?」
再度の問いに、マックイーンは顔を上げ、人間の大平を翠眼で見据えて答えた。
「その理想の実現に近づく為にも、我々の世界を観る人間の皆様には、ウマ娘界で起こっている現実から目を逸らさないことを望みますわ。そう、単に輝かしいものばかりものを見るだけでなく、この世界の負の側面を。」
トレセン学園を去る生徒の数は毎年約千人。
そのうち、実績なく家柄や出身も冴えない多くの生徒が、卒業後間もなく帰還している。
マックイーン自身、9年前に自身が入学した時の同期は千人余りいた。
しかし自分が卒業する頃には、そのうち半分以上が既に学園を去り、その多くが消息不明となってた。
その中にはクラスで親友だった者も含まれていた。
卒業から5年経った現在となっては、同期でまだ健在なのは3割にも満たないだろうと思う。
その他7割のうち、病気や怪我で早世した者もいるだろうが、大半は卒業後に消息不明となった可能性が濃厚だった。
社会的事情などから余生を送ることを許されず、消息不明(帰還)を余儀なくされる幾多の同胞。
それに対し、人間は『可哀想だが仕方がない・やむを得ない』という言葉を発する程度で、そこまで深刻には受け取っていないのが現状だった。
同情的な言葉や態度は示すが、帰還に対しては仕方ないという姿勢をずっととっていた。
実際、ターフを去ったウマ娘達が人間と自然に共生するのは難しい社会である点、無実績のウマ娘が帰還しなければならないのはその通りかもしれない。
それはマックイーンだって分かっているし、大半のウマ娘もそれは理解しているだろう。
だけど、消息不明となっていく者と同じ種族の一人として、本当にそれで良いとは思えなかった。
走ることを使命としその為に生まれた種族であるからか、レースで実績を残せなかった同胞達は、表明上その運命を受け入れているかも知れない。
だが、本当に受け入れてるのだろうか。
そして何より、人間側がウマ娘に対してどのくらい生命の重さを感じているのか、かなり疑問に思っていた。
「何故か、卒業後に消息不明となっていく同胞達のことについて触れるのは、人間界・ウマ娘界双方で長年タブーとされてきました。その理由は、ウマ娘の生命の尊厳を守る為なのか、それともその厳しい現実から目を逸らす為なのか。私には、現実から逃げているように思えてなりませんでしたわ。」
言いながら、マックイーンの翠眼はかなり険しくなっていた。
「厳しいことを言うな。」
マックイーンの険しい視線を受けつつ、大平はソファにもたれながら腕を組んだ。
「それは学園外部の人間にだけでなく、関わりの深いウマ娘のトレーナー達に対しても同じことを感じるのか?」
「そうですわね、トレーナーの方々も多種多様ですから。」
マックイーンはふっと溜息を吐いた。
「私の恩師である沖埜トレーナーや『フォアマン』の岡田トレーナーといった超一流の方々は、ウマ娘の厳しい現実にも真剣に向き合ってくれてると思いますわ。他のトレーナーも多くはそうでしょう。最も、人生がウマ娘と近過ぎる分、現実からを逸らしてしまってる感もありますが。」
「つまり、君が人間に対して願うのは、曖昧な言葉で誤魔化さず、ウマ娘の未来とちゃんと向き合って欲しいと言うことだな?」
マックイーンの一連の言葉に、大平は両膝の上に手を組みながら穏やかな口調で言った。
「ええ。」
マックイーンは即座に頷いた。
「そこを曖昧にしてきた結果が今回の天皇賞・秋の騒動の一因にもなったのですから。オフサイドトラップにとって、あのレースは未来へ生き残る為の最後の闘いだった。」
だが、それを理解している者は殆どいなかった。
理解していれば、オフサイドの勝利を貶すことなどしなかったに決まってる。
「厳しい現実から目を逸らしては、本当の幸せには届きませんわ。…同胞達にもその影響からか、レースへの姿勢にやや異変を感じるようになりました。このままでは、ウマ娘界の危機です。」
最後の台詞は心から憂う口調だった。