「…ウマ娘界の危機、か。」
マックイーンの重い言葉を大平は口元で反芻し、それから尋ねた。
「さっき君は、『ウマ娘は“経済種族”か“尊厳ある種族”か、人間に問いたい』と言ったな。ウマ娘である君自身は、どちらだと思ってるんだ?」
「『経済種族』でしょう。」
マックイーンは、やや眼を伏せて答えた。
「私やその他ごく一部の『走る為の種族』に相応しい実績や能力を挙げられた同胞は尊厳を認められますが、そうでない同胞は、遠慮ない言い方をすれば、人間との共生に不要な者達ということで、悲しい現実に追い込まれているのですから。それに実績を挙げられた仲間達も、もし未来に輝かしい同胞を残すことが出来なければ、勝ち取った尊厳も揺るがされますわ。私達ウマ娘が『人間の為に走ることを使命とされ存在する娯楽経済種族』とされているのは、言い苦しいですが事実でしょう。」
芦毛色の美髪が、僅かに不穏に靡いた。
「その通りだな。」
マックイーンの言葉に、大平は静かに頷いた。
「我々人間がそれを聞いたら、大声でそんなこと思ってないと否定するだろうが、現実に起きていることをみれば全くその通りだ。否定出来る余地などない。」
大平は穏やかな口調で淡々と言った。
人間が愛しているウマ娘は、大きな実績を挙げて使命を全う出来たウマ娘が多い。
或いは今年惜しまれながら急逝したツインターボのように、実績はさほどでもないが強烈な個性をもって大きな人気を集めたウマ娘など。
だがその他、使命を全う出来ずいなくなっていく多くのウマ娘達の姿からは、人間は意識を逸らしている。
『人間はウマ娘を娯楽経済種族とみなしている』…その言葉の何が否定出来るのだろう。
「でも、私達のように中央トレセンに生きるウマ娘は、まだそれでも尊厳を守られている立場ですわ。」
再び言葉を発したマックイーンの口元が、やや引き攣って見えた。
「地方のトレセンに生きる同胞は、時にもっと冷酷な『経済種族』扱いを受けることもあるのですから。…九州であった地方トレセン学園事件のように。」
九州であった地方学園事件…
それを聞き、ずっと穏やかだった大平も思わず表情をしかめた。
その事件は、ウマ娘界史上最も暗い事件の一つといっていい事件だったから。
それはかつて九州にあった某地方トレセン学園で起きた事件。
長年に亘る業績悪化により存続が厳しくなり、学園経営者である行政の方針で突然閉園に追い込まれたその学園は、在籍する多くのウマ娘が、閉園後に帰還を余儀なくされるという事件だった。
彼女達が別の地方学園への転園が困難とみなされたという理由はあるにせよ、あまりにも急で強制的な決定だった。
所属するウマ娘はそれを受け入れるよりなかったが、その陰惨な一部始終は極秘で記録されてマスコミに流され、社会的事件になった。
「あの事件の後、地方のウマ娘を取り巻く環境の厳しさも公に認識され、それなりに向き合ってもらえるようになったな。」
「ええ、流された内容があまりにも悲惨過ぎましたから。」
マックイーンは唇を噛み締めた。
マスコミに流された記録の内容には、学園で活躍していた同胞が帰還執行された際の記録と遺体の写真なども含まれていた。
マックイーン自身もその内容を見た。
遺体の表情からは、どうしようもない無念と悲しさが滲んでいた。
地方のウマ娘でかつ使命を果たせなかったからやむを得ないのかと思いながらも、大勢の同じ種族の者が悲惨な最期を遂げた現実には、怒りと悲しみの感情が湧き上がった。
「だが、あれほどの事件が起きたものの、君の言う根本的な問題については、人間達はあまり向きあおうとしなかったな。」
大平は、苦い表情でコーヒーを飲んだ。
九州の某地方トレセン学園事件は、学園を経営していた人間達の閉園執行時の暴挙かつ杜撰なやり方が大きな問題だった為に起きた事件ということになった。
それは事実なのだが、何故多数のウマ娘達は帰還せねばならなかったのか、その点に関しては事件とは別問題のように、あまり踏み込まれはしなかった。
「あれほどの事件が起きながら、それでも帰還していく同胞達に触れることへのタブーはそのままでしたわ。」
「言い方は悪いが、地方の学園だったからな。」
大平は深い溜息を吐いた。
地方のトレセン学園は、不景気や業績悪化の影響により閉園となるものも多い。
ここ最近でも、幾つかの地方トレセン学園が次々と閉園になった。
そして所属する生徒の多くが、例の九州の某トレセン学園事件のような悲惨さはないものの、遅かれ早かれ消息不明に追い込まれていた。
地方トレセン学園に所属するウマ娘は、オグリキャップなどの稀有な例を除き、中央トレセンのウマ娘と比べ知名度もレベルもかなり低いので、走る使命を果たせてない者が殆どなのだ。
その為、学園自体も設備やレースの内容も中央トレセンとは程遠く、苦しい環境にあった。
閉園に追い込まれた学園の生徒が別学園に転園するのも、多くの地方学園が経営難に苦しんでいる以上、かなり難しいことだった。
それらは、ウマ娘界に深く関わっている人間なら誰もが知っている現実だった。
「もしあれが中央トレセンで起きた出来事なら、もっと大事件になってただろう。とはいえ、あんな事件は起きるわけないし、起こすわけもないが。」
「起きましたわ。25年前に。」
大平の言葉に、マックイーンはポツリと呟き返した。
ああ。
大平も、すぐにそれを思い出した。
「ハマノパレードの事件か。」