1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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『万物の霊長』と『走る為の種族』(5)

 

ハマノパレード事件。

 

ハマノパレードとは、過去にいたウマ娘の名前。

彼女は、25年前に開催された宝塚記念を制したG1ウマ娘の一人。

 

だがその後に出走した高松宮杯で、レース中に重度の故障をしてしまう悲劇に見舞われた。

快復不能の重傷で、無念にも予後不良と診断された。

 

ところが予後不良と診断されながら、その後パレードに対して安楽帰還の処置はされなかった。

 

当時、まだ安楽帰還の技術が発達してなかったからなのか、或いは安楽帰還自体に対する世の反発があったのが理由なのか、それも安楽帰還にかかる費用が懸念されたのか、詳しい理由は未だに不明だ。

 

だがその為、パレードは怪我への処置も特にされないまま数日間苦痛に苦しんだ末に、帰還してしまった。

 

その帰還の理由も、苦痛から来るショックのせいか、或いはそれによる自殺か、それとも彼女を苦しみから解放させる為に誰かが手を下したのか、その真相も今だに不明だ。

 

ただ、パレードの故障〜帰還までの苦痛に満ちた記録は残されており、それが世に発表されると社会全体に大きな衝撃を与えた。

G1制覇した強豪ウマ娘に悲惨な最期をさせたとして、中央トレセンには非難が殺到した。

また彼女に限らず、それまでにも故障で予後不良となりながら安楽帰還の処置をされなかったウマ娘達が多数いたことも判明した。

彼女達を苦痛から解放させるより安楽帰還による費用と手間の削減を優先したのかと、更にトレセンは糾弾された。

ウマ娘側からも、予後不良となった同胞には必ず安楽帰還を行うことを定めるよう要求が出された。

一時はトレセンの存続すら問われる程の騒動になった。

 

その後、責任者の処罰などを経て、予後不良の故障をしたウマ娘に対する処置が見直された。

そして、予後不良となったウマ娘に対しては安楽帰還の処置をすることは義務と明確に定められた。

安楽帰還は絶対に必要だということが世にも認知され、それに対する反発もなくなった。

安楽帰還の技術の大切さも改めて認識されるようになった。

 

それ以後、予後不良の苦痛に苦しみながら帰還していくウマ娘はいなくなった。

 

 

「安楽帰還の大切さが大きく認識されたきっかけだったとはいえ、ハマノパレードの悲劇は人間側の立場として本当に胸が痛むし、申し訳ないと思う。」

「それに、表に出された悲劇の内容はそれだけですが、内実は更にありましたわ。」

大平も当時まだ生まれていないマックイーンも、沈痛な表情でその悲劇のことを思った。

 

苦痛による帰還だけでなく、パレードはその遺体も行方不明になってた。

いや彼女に限らず、当時怪我や成績不振により帰還していた同胞の遺体の多くが行方不明になっていた。

皆尊厳をもって埋葬されたのか、果たして不明だった。

パレードの悲劇の後は、そのことも内々で見直され、帰還後のウマ娘は生前に本人の希望がない限り、尊厳をもって埋葬されるようになった。

ハマノパレードの悲劇は、ウマ娘達の尊厳が見直されるきっかけにもなっていた。

 

 

とはいえ。

「故障による帰還はどうしようもないですが、そうでない者も多く帰還に追い込まれているということは、この悲劇が起きた当時から認識されていた筈ですわ。でも、そこが議論にはならなかった。」

それはやはり、人間が長年その点に触れることを意図的に避けてきた証拠ではないかと、マックイーンは推測していた。

「否定は出来ないな。」

当時はまだウマ娘界にそこまで関わりなかったので詳細は知らないが、大平はそう頷いた。

 

 

「もしかすると、オフサイドトラップがあのような決意をした理由は、ハマノパレード先輩のことが意識にあったからかもしれませんわ。」

決意の理由を明確に表していないオフサイドのことを思い、マックイーンはそう呟いた。

「なに?」

「彼女が背負っているものは、〈クッケン炎〉によってターフ奪われた同胞の無念と、それにより帰還に追い込まれた同胞の魂ですわ。殆どの人間が見ようとしないその悲痛な現実を、彼女は自らが帰還することで強引に見せつけようとしてるのかもしれません。」

「なんて事を…」

大平は腕を組んだ。

「そのような願望で身を犠牲にしても、我々人間が振り向くとは限らないのに。」

 

その言葉を聞き、マックイーンは大平を見据えた。

「振り向くか振り向かないは、オフサイドはもう考えていないでしょう。彼女にとっては、帰還することが残された最後の手段となってしまっているのですから。パレード先輩の悲劇などを鑑みて、人間は帰還しなければ、死ななければ大切なことが分からない種族だと思われているのではないでしょうか?」

 

…。

翠眼を冷たく光らせて言ったマックイーンの冷徹な言葉に、大平は何も答えず黙ってコーヒーを飲んだ。

マックイーンもカップに指を傾け、しばしの間沈黙が流れた。

 

 


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