沈黙から数分後。
マックイーンは、再び口を開いた。
「今、我々は先の騒動に対する処置を敢行中の為すぐには出来ませんが、近日中に私はウマ娘代表として今回の処置の理由について公に説明し、そして人間にとってのウマ娘の存在意義を明確にして頂くよう要求する所存ですわ。」
「恐らく、明確な返答は出ない可能性が高い思うが。」
「出なくとも徹底的に要求しますわ。決して届かなかった同胞の声を人間達に刻みつける為でもありますから。」
“決して届かなかった。
その台詞に、大平は反応した。
「君自身も、その声をもっているのか?」
「私はもっていません。ですが、その声を集めた者にそれを託されましたわ。」
それが誰だかお分かりですねと、マックイーンは大平を見た。
「オフサイドトラップか。」
大平の言葉に、マックイーンは無言で頷きながら、オフサイドから託されたノートを懐から取り出した。
「走れなくなったことで帰還に追い込まれた同胞の声がここにありますわ。出来ることなら、同胞の尊厳を守る為にもこれは公にしたくはありませんが、人間がどうしてもこの問題を避けるのであれば、それをせざるを得ないかもしれませんわ。」
内容は見せず、ノートを手に持ってマックイーンは言った。
「避けてはいるかもしれんが、帰還していく彼女達のことを考えていないわけではないと思う。」
「考えてはいるかもしれませんが、結局は“止むを得ない”という結論に終止しているのでしょう。思考だけでは限界がありますわ。苦しくとも心を抉られようとも、より現実に近付いてその問題を直視しなければ、未来ある結論には辿りつきません。」
そこまで言うと、マックイーンはノートをしまった。
大平はコーヒーを全て飲みきり、そして再び質問した。
「存在意義を問いかけて、どのような答えを望む?」
「明確な返答で有れば、どちらでも受け入れる所存ですわ。勿論、すぐには返答が来ないであろうことも承知していますわ。ですが、たとえ時間がかかったとしても、ウマ娘界に関わる幾千の人間・ウマ娘を愛する幾千万の人間達に、どうかその答えを出して頂きたい。その一心ですわ。」
マックイーンの言葉を脳裏で反芻するように、大平は眼を瞑った。
一呼吸をおいて眼を開くと、尋ねた。
「それでも、我々がその要求を無視するか、有耶無耶な返答しかしなかった場合はどうする気だ?」
「その時は、私も最終手段に出る所存ですわ。」
一瞬、マックイーンの翠眼が恐ろしく冷たく光った。
「最終手段?それは、どういうものだ?」
不穏なその台詞に、大平は眉を顰めた。
「ご想像にお任せしますわ。これは理事長にも明かせません。明かさなければならない状況になるまで、このメジロマックイーンの胸だけにしまっておきますわ。」
マックイーンは冷たい口調で断った。
またしばしの間、沈黙が流れた。
「最後に聞きたい。」
沈黙を破り、大平は努めて冷静な口調で、マックイーンに尋ねた。
「君達ウマ娘は、我々人間に対して、憎しみは抱いているのか。」
「憎しみは、もしかするとあるかもしれませんわ。」
マックイーンは、冷徹な表情にやや悲しさを滲ませて答えた。
「でも、たとえあったとしても、ウマ娘はその憎しみを人間に対してぶつけることは決してないですわ。自らの胸に抑え込んで、そのまま最後まで表に現さないでしょう。」
ウマ娘は、人間と共に生きている種族。
そのことは、人知れず散っていく同胞達の魂にも刻まれているのだから。
「今回の断行も、人間が憎くてやったのではありません。」
暗い現実から目を背けているとはいえ、人間がウマ娘達の繁栄や幸福を願っていることも事実だと分かっている。
そう、分かっている。
「この中央トレセン学園が現在の隆盛を迎えられたのは、単に同胞の華やかさだけでなく、あなた方人間がこの世界の輝かしい点を大きく上手にアピールすることで人々の興味を寄せ付け、競バ場に足を運ぶように努力して下さったおかげですわ。また、そのことで同胞達も、レースにおいてかつてなかった程の大きな声援を浴びるという喜びを与えて頂きましたから。」
レースに生きるウマ娘にとって、それがどれだけ嬉しく有難いことか、マックイーンには良く分かっていた。
だが…
「それでも、やはり現実を見なければ…見て頂かねばならないのです。」
悲しみを閉ざし続ける喜びは、いつか永遠の悲しみに変わってしまうのだから。
マックイーンは、一瞬目元を伏せ、続けた。
「幸せな未来の為には、共存していく未来の為には、相対する事も必要になりますわ。今回がそれです。例え双方が重い傷を負うことになろうとも、やらねばなりませんわ。」
「そうか。」
返答を聞き、大平は静かに頷くと立ち上がった。
会談は終わりと感じ、マックイーンも立ち上がった。
「理事長。ご心労をおかけしますが、どうぞ宜しくお願いしますわ。」
「構わない。むしろ心労をかけさせて詫びるべきは我々の方だ。」
頭を下げたマックイーンに、大平は言った。
「乗り越えよう。未来の為に。」
「はい。」
マックイーンは頭を上げ、ゆっくりと頷いた。
その時。
ドンドンッ バンッ ドンドンッ
突然、生徒会室の扉を乱暴に叩く音がした。
…?
マックイーンも大平も、怪訝な表情で扉の方を見た。
「どなたですか?」
「失礼します!」
マックイーンが声をかけると同時に扉がバンと乱暴に開き、一人の生徒が室内に入ってきた。
「生徒会長、一体何が起きているのですか!」
蒼白な表情で大息を吐きながら入室したステイゴールドは、同室していた大平には目もくれず、マックイーンを血走る瞳で見据えて叫んだ。
時刻は、14時を過ぎていた。