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…ん。
目を開けると、カーテンの隙間から眩しい朝日が目に入った。
時計の針を見ると、8時になろうとしている。
丁度いいな…
ふあっと欠伸を漏らすと、オフサイドトラップはベッドから起き上がった。
洗面をし、軽く朝食を摂って、制服に着替えたオフサイドが学園寮を出たのは8時半過ぎ。
既に遅刻は確定だが、彼女は最近敢えてこの時間帯に登校していた。
やがて駅に着き、ホームで電車を待っているオフサイド。
冬の朝らしい澄んだ空気と対照的に、彼女の表情にはあまり生気がなかった。
眼の光も雨雲のように暗いし、ウマ娘らしい身体の張りも殆どなく、まるで病人ように元気がない。
まさか彼女が、全ウマ娘の夢である天皇賞制覇を成し遂げだウマ娘だとは、彼女を知る者以外では誰一人として思いも気づきもしないだろう。
いや、気づかない方がいい。
今のオフサイドにとってはそれが一番望ましい。
もし気づいたとしたら…
ポトッ。
突然、電車を待っている彼女の足元に、丸められた紙が転がってきた。
「…。」
飛んできた方を振り向かず、オフサイドはそれをそっと拾い上げ、広げてみた。
“冷血ウマ娘”
「…。」
無言でそれを傍らのゴミ箱に捨てると、オフサイドは到着した電車に乗り込んだ。
電車に乗ってる最中、オフサイドに対しては周囲から幾つもの視線がぶつけられていた。
ウマ娘はその姿格好からして目立つ。
おまけに、オフサイドは
といって、彼女に集まる視線は羨望や憧れではなく、敵意と侮蔑だったが。
やがて、トレセン学園前の駅に着いた。
電車を降り改札口を出ると、彼女の姿に気づく人間と視線はより多く強くなった。
「…みて、あのオフサイドよ」
「うっわ、こんな遅くに登校なんて、さすがエゴイストは違うね〜」
「…冷血ウマ娘。いつになったら学園辞めるのかな…」
コソコソした罵声も聞こえる。
「…。」
ずっと無表情だったオフサイドは早足になり、両耳を閉じながら学園へと急いだ。
学園に着くと、オフサイドは校舎へは向かわず、チーム『フォアマン』の部室へと向かった。
部室に着くと、ほんのり香るコーヒーの匂いに首を傾げながら、どさっと椅子に腰を下ろした。
ふーと大きく吐息をすると、額から滴り落ちていた汗を拭い、死んだように眼を瞑った。
しばらく経った後、眼を開けたオフサイドは鞄を開け、ある物を取り出した。
それは、第118回天皇賞の盾だった。
彼女はずっとその盾を、自分のもう一つの生命のように、常に身近に携帯していた。
苦しいな…苦しいよ。
盾を胸に抱きしめながら、オフサイドは胸の中で呟いた。
なんで、なんでだろう?どうしてこんなに苦しいの?
私が求めていたものは、何よりも欲していた栄光は、こんなものだったの?
彼女の瞳の奥には、もう涙すら失われていた。