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場は変わり、再び療養施設。
施設で療養生活を送っているウマ娘達の間では、学園が天皇賞・秋の騒動に対しての法的措置を断行したニュースで話題になっていた。
病人専用病棟の〈クッケン炎〉患者のが集まった一室でも、騒動のことでもちきりになっていた。
「やったのね、遂に。」
「本来なら人間さんと相対するなんて絶対嫌だけど、今回のことだけは賛同するわ。オフサイド先輩の受けた仕打ちはあんまり過ぎたもの。」
クッケン炎患者ウマ娘達は、生徒会の断行に賛同していた。
「オフサイド先輩も、この断行に関わっているのかな?」
「それはないでしょ。先輩は有馬記念一点に集中してるだろうし。」
「そうだよね、今度の有馬記念、先輩にとって最後のレースになるかもしれないからね。」
「周囲の状況が酷いままだけど、無事に走り終えて欲しいな。」
病症仲間達は、オフサイドのことを憂いていた。
「昨日、オフサイド先輩がここに来たけどさ、どうして来たんだろうね。」
「さあ、椎菜先生に脚の状態を診てもらいに来たんじゃないかしら。」
「それだけなら良いけど…」
「何、なんか気になってるの?」
気になって尋ねられると、一人が少し不安げな口調で答えた。
「いや、先輩は元気そうだったしただの気のせいだと思うんだけど、ちょっとだけ雰囲気を感じたの。」
「雰囲気?」
「3日前、私達の前で最期に歌ったエルフェンリートと同じ雰囲気を。気のせいだよね?」
「やめようよ。」
その言葉を聞いて、一人が頭を抑えた。
リートの最期の歌声の記憶と、もう彼女がこの世にいないという虚無感が甦り、その場にいる者達の〈死神〉に侵された患部に響いた。
「何事も起きないわ。例え勝てなくても、オフサイド先輩は必ず無事に走り切ってくれるわ。」
「〈死神〉に打ち克った先輩だよ、絶対大丈夫だわ。」
リートの帰還の悲しみは、病症仲間達に深く刻まれていた。
その影響から、彼女達のオフサイドに対する予感も、かなり鋭敏になっていた。
一方。
「遂に生徒会、動いたのね。」
「まさか本当にやるとは。」
怪我人専用病棟の一室でも、怪我患者のウマ娘達が集まってその話題をしていた。
「さっき流れた報道だと、学園が法的措置に踏み切ったのは、あの騒動でオフサイド先輩や『フォアマン』チームに器物的被害や精神的中傷を与えた連中だけじゃなく、過激な取材行為をした報道関係者も含まれているみたいだわ。」
「一部の愚かな人間だけに限らず、学園と縁の深い報道関係にまで手を下すとは、生徒会は本気ね。」
「これほどはっきりと人間達に強硬な措置をとったのは初めてじゃない?大丈夫かな。」
「生徒会を信じるしかないよ。実際、オフサイド先輩の名誉の貶され方と中傷は度を越えていたんだから、法的措置も無理ないわ。」
「でもさ、同胞の間でもオフサイド先輩の天皇賞・秋後の言動に反感を抱いて、先輩を責めるのに加担した者もいるかもって噂じゃん。ということはもしかして、生徒会は同胞にも処罰を下す可能性もあるってことだよね?」
「それはそうだろうね。残念だけど、未熟ゆえ愚かな行為をしてしまう同胞も一定数いることは確かなんだから。レースの尊厳がいまいち分かってないとかね。」
かつてライスシャワー先輩がミホノブルボン先輩の3冠を阻んだ時、悲鳴や溜息ばかりあげてた同胞もいたんだし。
「それに、故障から復活して勝利するということがどれだけ大変なことか、理解出来ない同胞も多いだろうし。まあでも、これは故障した身にならなければ分からないことなのかな。」
怪我と病の違いはあるが、ここにいるウマ娘達は同じく故障と闘う身として、オフサイドの天皇賞・秋制覇がどれだけ大変なことか、そしてその後の言動も責められる謂れはないということは分かっていた。
「有馬記念、どうなるかな?無事に開催されるだろうか。」
「開催はされるでしょ。もう3日後まで迫ったんだから。無事に開催されるかは分からないけどね。オフサイド先輩も出走するんだし…」
「オフサイド先輩か、大丈夫かな?こんな無事に出走出来るのかな。」
「オフサイド先輩なら、昨日ここに来てたわ。顔色も良かったし、ホッカイルソーや〈クッケン炎〉患者の仲間達と談笑してたわ。精神的にはもう立ち直れたみたいだから、大丈夫でしょう。それで生徒会も処置に踏み切ったんだろうしさ。」
心配そうに言った一人に、他の一人はそう答えた。
「寧ろ、私達が心配するべきは…」
また、一人が憂げな口調で呟くと、別のもう一人も頷きながら続けた。
「うん、サイレンススズカだよね。」
ここ(療養施設)にいる患者ウマ娘達は皆、スズカが天皇賞・秋の騒動について不認識だと知っていた。
大怪我の身に精神的な負担がかかると更に悪化する。
その理由でスズカには騒動が隠されていたことも分かっていた。
いずれ騒動のことは知るだろうけど、それはサイレンススズカの容態が完全に不安がなくなった時だと思っていたが。
「急速な快復力でリハビリできるまでにはなったけど、まだ騒動のことを知って心が保てるかは、どうだろう。」
「大丈夫とは言い切れないよね。また容態が悪くなる可能性が高いわ。」
「それで済めば良いけど、もっと悪いことも起きる可能性が。」
「やめようよ!」
一人が、思わず声を上げた。
「スズカ先輩は大丈夫、そう信じようよ。生徒会長だって、それを分かって処置を断行したんだろうから。」
重い怪我の患者ウマ娘達にとって、瀕死の重傷から奇跡の復活を目指して奮闘しているスズカは、心の大きな支えになっていた。
もしまたスズカが、今回の件で再び容態が悪くなったりしないか、彼女達は気がかりだった。
「数日前の有馬記念出走者発表以降、ここに報道規制が敷かれている状況からして、生徒会がスズカ先輩と報道を合わせないようにしているのは明らかだけど、その理由は騒動を知られない為じゃなかったのかな。」
「生徒会はもうスズカに騒動のことを伝えるつもりなんじゃない。何故か、ミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩もここに来てたし。」
「そういえば、昨晩からいたね。」
ということは、もう近いうちに伝えることは間違いなさそうだね。
場の雰囲気が、重たくなった。
「スズカ先輩が好き過ぎたあまり、勝者のオフサイド先輩のことを考えなかった人間さんがバカなんだよ…」
不安からか、一人が泣き出した。
「スズカ先輩、こんな騒動が起こっているなんて夢にも思ってない筈だよ。どれだけショックを受けるか…」
「大丈夫だよ。」
傍らの仲間が、泣き震える肩を抱き寄せながら言った。
「スズカには心強い仲間がいるから。」
『スピカ』の仲間がいる。
あの沖埜トレーナーがいる。
そして何より…
「一番の心の支えであるスペシャルウィークが、すぐ側にいるじゃない。スペだったら、必ずスズカを守ってくれる筈だわ。」
スズカとスペが、チーム仲間の枠を超えて親友以上の仲にあることは、皆知っていた。
「あの天使のような明るさと優しさに溢れた、愛情深い彼女が側にいれば、スズカはきっと大丈夫。」
そのスペシャルウィークは、施設の宿泊室で、ネットニュースを見ていた。
マックイーン生徒会長、とうとう行動をされましたか…
ニュースに流れているその報道を見て、スペはぽつりと呟いた。
昨日までの自分なら、この措置に疑問を感じていたかもしれない。
でも、真実を多く知った今は、疑問は特にない。
といって、賛同とか良かったとかそういう思いもない。
私も、同じ罪をおかしたのだから。
一方的な視点と感情で、オフサイド先輩を傷つけたのだから…
コンコン。
部屋の扉をノックする音がした。
「どうぞ。」
「失礼します。」
力ない声で返事すると、扉が開いて一人のウマ娘が入ってきた。
ライスシャワーだった。