1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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同胞亀裂(2)

 

「ライスシャワー先輩。」

 

ここにいらしてたんですかと、彼女の姿を見たスペは少し驚いた。

「うん。」

ライスは頷きながら、スペの側に歩み寄った。

「昨晩から、ブルボンさんや、サン…美久と一緒にここに来てたの。」

「怪我、されたんですか?」

「いやそうじゃないわ。別の用事でね。お隣良いかしら?」

「どうぞ。」

 

スペの腰掛けているベッドの傍らに、ライスは腰掛けた。

「今日は体調が優れずに休んでいると聞いたけど、具合はどう?」

「ちょっと良くないですね。でも、心配される程ではありません。」

淡々と答えたスペに、ライスも淡々と尋ねた。

「ホッカイルソーさんと、会ったのでしょう。」

 

「え?」

ビクッと反応したスペに、ライスは安心させるよう微笑を浮かべながら続けた。

「ブルボンさんから聞いたわ。あなたとルソーさんが、ここで何かいざこざがあったみたいだと。」

 

先程、ルソーとの話の後に訪れたブルボンに、スペは何があったかは一切話さなかった。

ブルボンも深くは聞き込もうとしなかったのだが、

「そのことをブルボンさんが私に伝えて、“自分はコミュニケーションが苦手だから宜しくお願いします”と、頼まれたの。」

「そうですか。」

 

納得したように頷いた後、スペは目線を足元に落としながら言った。

「でも、ルソーさんとは特に何もありませんでした。」

勿論、それをライスが信じる筈もない。

「隠さなくてもいいわ。私も今朝、ルソーさんと会ったから。」

「え…。」

「心身共にかなり苦しんでいた様子のルソーさんとね。そんな彼女とあなたが、ここでいざこざがあった。…確信してるけど、サイレンススズカさん・オフサイドトラップさん絡み、かしら。」

 

「どうして、お分かりに?」

やや表情を引き攣らせたスペに、ライスは穏やかな表情のまま、つと周りを見渡した。

「それをここで話していいのかしら?それとも別の場所にする?」

「じゃあ、外で。」

室内には自らが醸した重い空気が立ち込めているのを察し、スペは立ち上がった。

 

 

スペとライスは、共にコートを羽織って施設の外に出、遊歩道にあるベンチの一つに腰掛けた。

朝、ルソーとライスが話した所とは別の場所だった。

空模様は、冬の冷たい雨が降りそうな曇り空だった。

 

「まず、私がここに来た理由を話すわね。」

ベンチに座ると、ライスは言った。

「私が来たのは、スズカさんに天皇賞・秋後に起きたことを伝える為なの。」

「えっ…」

ドキッと反応したスペに、ライスは言った。

「これは、私にしか出来ないことだからね。」

 

 

硬直した様子のスペの傍らで、ライスは淡々と穏やかに説明した。

「私とスズカさんは似てるわ。お互い、ウマ娘として人気絶頂の中で走ったレースで瀕死の重傷を負った。死の淵から奇跡的に生還した。その一方で、故障したレースでの勝者の栄光を閉ざしてしまった。しかも、そのことに気づいていないということまで一緒。」

 

「私の故障した宝塚記念で勝ったダンツシアトルさんは、喜びを殆ど表さずにいたから、理不尽な目には合わなかったけどね。でも…レース人気も私より上で、タイムもレコードと文句のつけようがなかったのに。」

私が余りにも無残なかたちで故障したせいで、その印象が彼女の栄光の記憶と歓喜を奪ってしまった。

 

「でも、私はそれに気づかなかった。教えてくれる人もいなかった。そのことに気づいたのは1年以上経って怪我が治った後だった。もうシアトルさんは学園から去っていたわ。」

 

「本当に辛かったわ。今でもだけどね。同胞の栄光を閉ざしてしまった申し訳なさで、苦しみ続けているの。この苦しみを理解してくれる人も、殆どいなかったことも辛かった。唯一理解してくれていたのは、マックイーンさんだけだった。」

 

「マックイーン会長が、ですか?」

尋ねたスペに、ライスはうんと頷いた。

「マックイーンさん自身が、それを表したことはなかったけどね。でも、理解してくれてたことは間違いないわ。何故ならマックイーンさんは、レースで怪我した私を処罰しようとしたんだから。」

「処罰ですか?」

スペは驚いた。

ライスは右眼あたりの黒髪をさらっと払った。

「私がシアトルさんの栄光を閉ざした事実に苦しむことを見越して、その罪悪感を少しでも和らげる為に私に処罰を与えようとしたの。凄いこと考える同胞だわ、マックイーンさんは。」

残念ながら(当然ではあるが)レースでの故障者、しかも瀕死の重傷を負った者を処罰するなんてありえないとそれは却下された。

結局、ライスの苦悩を知る者も、マックイーンの真意も理解する者もなかった。

 

スーッと一つ大きく深呼吸をした後、ライスは続けた。

「今回のスズカさんは、私と同じだわ。人気絶頂の自らがあれほどの怪我をしたことで、どれだけの影響をレースに与えてしまったか、気づいてない。」

更に周囲の状況は、ライスの時より遥かに悪い。

 

今、生徒会が処置を断行したことで、スズカが騒動の全てを知るのは時間の問題になった。

「騒動を知ったら間違いなく、スズカさんは私以上の罪悪感を背負うことになるわ。全てに絶望してしまうとも限らない。」

寧ろ、その可能性が高い。

「彼女がそうならない為に、私がここに来たの。彼女と同じ苦しみを味わい、その苦しみを理解できる者は、この世界で私しかいないから。」

それが自分の最期の使命だという言葉は、胸にしまった。

 

「勿論、私だけじゃスズカさんを支えるのは難しいわ。同じ経験しただけで、私とスズカさんにはそれ以外の接点は特にない。最も身近な存在は、人間では沖埜トレーナー、同胞ではあなた。」

言いながら、ライスはスペを向いた。

「スズカさんを誰よりも愛しているあなたなら、どんな絶望に襲われようと、必ず守ってくれると信じ…」

 

 

そこまで言って、ライスはハッとして言葉を止めた。

傍らでやや俯き気味に座っているスペの眼から、涙がポロポロ溢れ出していたから。

 

「どうしたの?」

スペの異変に、やや背の低いライスは覗き込むようにしながら、声をかけた。

「ごめんなさい、ライスさん。」

ライスの問いかけに、スペは口元を抑えながら、小さな声で答えた。

「私は、取り返しのつかない過ちをしてしまったんです。」

「え?」

 

スペは涙を拭わず、膝下にそれを滴らせながら、ぽつりぽつりと言った。

「先程、ルソー先輩と私があった件は…ルソー先輩が、何も分からずに最低な行動をした私を…咎めにきたんです。」

「最低な行動?」

「私、昨日ここに訪れたオフサイド先輩を責めてしまったんです。“何故スズカさんが怪我したのに喜んだのか”、…“あんなレース内容で勝って嬉しいのか”、“同じウマ娘として良心の呵責はないのか”って。」

 

 

「……。」

しゃくりあげながら言ったスペの言葉を聞いた途端、全てが崩れ落ちていくような喪失感がライスを襲った。

 

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