その後スペは泣きながら、ライスに昨日から今朝に到るまでのことを話した。
つい最近になって、自分は天皇賞・秋後の騒動を知ったこと。
一方的な内容を鵜呑みしてしまったこと。
昨日、スズカに会いに来たオフサイドを阻止し、屋上で彼女を問い詰めたこと。
オフサイドはスズカと会わずに施設を後にしたこと。
その後、夜にルソーと会い、彼女と衝突したこと。
椎菜から。オフサイドがどんな世界で生きてきたか教えられたこと。
今朝、ルソーから過去に起きた悲劇(シグナルライト)のことを教えられ、オフサイドの言動の真実を突きつけられたこと。
更に、オフサイドが全てに絶望して帰還の決意を固めていることを知らされたことまでを、話した。
「私は、オフサイド先輩の心を完全に傷つけてしまいました。決して癒えない、重たい傷を負わせました。オフサイド先輩が帰還の決意をしたのは私のせいです。私は何の罪もないオフサイド先輩を、そしてスズカさんも、絶望の底に落としてしまう致命的なことをしてしまったんです。」
取り返しのつかない自責の涙を溢して、スペは吐露した。
「そんなことが…」
スペの吐露に、ライスは絶句した。
まさかスペとオフサイド・ルソーの間でこんなことが起きていたとは、想像だにしてなかった。
多分マックイーンも、このことは知らないだろう。
騒動を知ったスズカを第一に守る存在であるべきスペが、オフサイドへの攻撃をしてしまっていた。
事態を乗り越える未来への道筋が、一気に崩壊して見えた。
絶句しているライスの傍ら、スペは呟き続けた。
「本当に愚かですね…私は。」
スズカさんばかりしか見なかったせいで、視点が極端になった。
事に対しての冷静な思考を失った。
「お母さん、どれだけ嘆いているかな…」
スペは涙を拭って、一面の曇り空を仰いだ。
スペさん…
彼女の嘆きと後悔を前に、ライスは喪失感に襲われながらも胸が痛んだ。
スペシャルウィーク、優しさと明るさに溢れた天使のようなウマ娘。
多分、誰かに対して怒りの感情や責めの感情など、一度も抱いたことがなかった筈。
今回のオフサイドに対しての行動が、スペにとって生涯初めての他人を責めた行為だったろう。
彼女のウマ娘性からして、その行動だけでも相当な苦痛だった筈。
それがよりによって、最悪中の最悪といっていい行動だったなんて。
純真無垢な彼女までが、思考を侵されたのか。
スズカを最も愛してた者ゆえに、冷静な思考を失ったのか…
『オフサイドトラップ、スズカの怪我を嘲笑う』
『スズカ悲劇の恩恵の天皇賞覇者』
あんな報道のせいで、彼女程のウマ娘が…
初めてライスの胸に、あの騒動に対する怒りが湧いた。
だが、それはすぐに胸の奥に抑え込んだ。
これは誰も悪くない。
今のウマ娘界の現状からして、起きるべくして起きたことだ。
やるべきことは、いかにしてこの現実を乗り越えるかだ。
「スペさん、落ち着いて。」
ライスは、泣き続けるスペの手を握った。
「オフサイドさんが帰還の決意をしたのは、あなたのせいじゃない。」
彼女が、マックイーンに自らの決意を明かした手紙を送ったのは昨日の朝、スペと会う前だ。
ここに来た時は、もうオフサイドはその決意を固めていた。
「だから、あなたが追い詰めた訳じゃないの。それは分かって。」
ライスの言葉に、スペは静かに首を振った。
「でも、オフサイド先輩が帰還してしまったら、もう同じことです。同胞から理不尽な責めを受けたことで、先輩の絶望はより深くなった筈ですから。」
「…。」
ライスは黙った。
オフサイドの決意を翻意させるのに、スペの行動が致命的な負になってしまったのは、間違いない事実だった。
「ライス先輩。」
黙ったライスに、スペが言葉をかけた。
「ライス先輩は、スズカさんに騒動の全てをお伝えに来たんですね。」
「うん。」
「それは、私にさせて頂けますか。」
「えっ…」
「さっき、ルソー先輩から言われたんです。スズカさんに起きた騒動の全てと、そして自分もオフサイド先輩を責めたことを正直に明かすように”と。」
「ルソーさんが、そう言ったの?」
「それが、私がスズカさんに出来る最大限のことだと、先輩は言ってました。私は、その言葉通りにするつもりです。例えスズカさんに…」
「それは駄目!」
思わず、ライスは大声を出した。
ただでさえ、騒動を知るだけでもスズカが受けるであろうショックは計り知れないのに、それに加えてスペがやってしまった行動まで知ったらもう絶望的だ。
それだけは、許してはいけないと思った。
もうここは、同胞を守る為だ。
「スペさん、あなたは何もしないで。」
ライスは、全身の気力がなくなったように泣いているスペの身体を抱きしめた。
「あなたの過ちは、隠すから。」