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施設の、ルソーの病室。
開け放たれた窓の側の椅子に座っている患者衣姿のルソーは、憔悴し切った表情で、外の風景を眺めていた。
あと9時間少々か…
14時を回った時計の針を見て、ルソーは呟いた。
今日終わるまでの時間、それまでにスペはスズカに全て打ち明けられるかしら。
もう、時間は残されてないよ。
灰色の曇り空の下、寒風に舞い落ちていく枯葉が見えた。
先程、ルソーも学園が天皇賞・秋後の騒動に対する処置を断行した報道を見た。
遅すぎたな、という思いしか湧かなかった。
多分、オフサイド先輩の帰還の決意を知って、それで決断を下したのだろう。
ここまでになってから行動をとるなんて、生徒会はよっぽどオフサイド先輩に対する見方が甘かったのね。
と言って、自身もオフサイドの帰還は予想していなかったので、生徒会をそこまで責める気にもなれなかった。
というより、責めたってなんの意味もない。
絶望の未来が確定したんだから。
オフサイド先輩も、そしてサイレンススズカも。
サイレンススズカ…
あれは、昨年の夏だったかな。
室内に入ってくる寒風に吹かれながら、ルソーはふと追憶するように眼を瞑った。
まだ『フォアマン』のチーム仲間だったスズカが、〈死神〉療養中のオフサイド先輩と私の見舞いに来てくれたことがあった。
その時、外を散歩しながら、会話を交わしたっけ…
昨年の夏の出来事…。
それは、スズカのチーム加入直後から長期の療養生活を送っていた為、チーム仲間としてあまり彼女と接することがなかったルソーにとって、スズカとの数少ない記憶の一つ。
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「オフサイド先輩、ルソー先輩。お二人には、大きな夢ってあるんですか?」
日差しの強い中、施設の外の芝生の上を並んで歩きながら、当時2年生のスズカは、二人のチーム先輩に尋ねていた。
「大きな夢?ただの夢じゃなくて、大きな夢?」
「はい。お二人は、〈クッケン炎〉という恐ろしい病気に罹っているのに、少しもたじろかず、強く希望を求める姿を見せている。ということは、恐ろしい病にすら負けない、大きな夢があるんじゃないかと思ったんです。」
「大きな、夢か。」
ルソーが、先に答えた。
「私にはそういうのはないかな。あるとしたら、どうしても復活して、勝利を届けてあげたい大切なウマ娘がいるから懸命に頑張っている、かな。」
「大切なウマ娘?」
「そう、勝利と一緒に最高の笑顔をどうしても届けたい、見せたいウマ娘がね。」
ルソーの視線は、夏の青空の彼方を見つめていた。
ルソーに続いて、オフサイドも答えた。
「私も同じかな。ブライアン・ローレルとの約束を果たすことを希望に、ターフへの夢を繋いでいるの。」
「ブライアン先輩、ローレル先輩との約束ですか。」
「うん。そしてもう一つ挙げるとすれば、ちょっと恥ずかしいけど、故障に苦しむ全ての人に希望を与えたいという夢があるんだ。」
恥ずかしいと言いながら、オフサイドは自信に満ちた表情だった。
「全ての人に、ですか?」
尋ね返したスズカに、オフサイドはうんと頷きながら続けた。
「そ、同胞だけじゃなくて、人間の皆さんにもね。人間界にも、〈死神〉と同じような不治の病に苦しんでいる人々が沢山いるわ。私が〈死神〉に決して屈せずに何度も何度も闘ってこれたのは、私が〈死神〉に打ち克つことで、不治の病に希望を奪われた全ての同胞・人間の皆に大きな希望を灯してあげたいという、夢を抱いていたからなの。」
「随分大きな夢ですね、先輩。」
「ルソー、いつも言ってるでしょ。夢と希望は自由だって。自由で、果てしなく大きいんだわ。どんな不治の病にもおかされない、無限なものなのよ。」
感心したような苦笑を浮かべたルソーに、オフサイドは手をかざしながら陽射しを仰いで言った。
「うふっ。」
不意に、スズカが微笑った。
「どうしたの、スズカ。」
尋ねた二人に、スズカは髪に触れながら答えた。
「いや、オフサイド先輩の夢、私と似てるなーと思ったんです。」
「あら、そうなの?」
「はい。実は私の夢は、みんなが幸せになれるような、夢を与える走りをすることなんです。」
「幸せになれる走り?」
「はい。ウマ娘の究極の走りって、それじゃないかなと思ってるんです。勝敗だけじゃなくて、全ての人々を魅了して、幸せな気持ちで一杯になれるような姿をターフでみせることだと。私は、そんなウマ娘になりたいと夢見てるんです。」
そう言うと、スズカは少し恥ずかしかったのか、芝生の上で左にクルクルと回り始めた。
「はー…」
「おかしいですか?」
回りながら聞き返すと、二人とも首を振った。
「いや、全然おかしくないよ。」
「凄く素敵な夢じゃない。」
「あなたには確かに、その夢を実現出来る能力があるわ。」
クルクル回っているスズカに、オフサイドは言った。
そう、天賦のスピード。
ウマ娘が何よりも憧れ魅了されるそれを、スズカは持っている。
「その能力で、人々に幸せと夢を与える。それはとても素晴らしいことだわ。それを夢見るあなたも、素晴らしいウマ娘よ。」
「そんな、照れます。」
スズカのクルクルが早くなった。
「アハハ、その夢を叶えたいなら、もうゲートをくぐったりしないようにね。」
「ルソー先輩!」
揶揄うように言ったルソーの言葉に、スズカはクルクルを急止して赤くなった。
「冗談よ。でももうあんなことはしないようにね。今だから笑い話だけど、下手したら大怪我するところだったんだから。」
「気をつけます。」
「まあ、あれで全く怪我しないんだからあんたの身体の柔軟さも凄いよね。その夢の実現、決して不可能じゃないと思うわ。」
シュンとしたスズカの頭をよしよししながら、ルソーは言った。
「まだまだ、遥か遠い夢だということは分かっています。」
よしよしされながら、スズカは答えた。
まず強く、勝たなければならない世界。
スズカは決して傑出した成績は挙げられておらず、内容も波が激しい。
ゲートくぐりの件みたいに、精神的な弱さもある。
夢の前に、沢山の課題・壁が立ちはだかっている。
「でも、必ず叶えられると信じています。…だから先輩も、頑張って必ず夢を叶えてください!」
「うん。」
「叶えるわ、必ず。」
後輩に力強く言われ、オフサイドもルソーも頷いた。
頷いた後、オフサイドはスズカに軽く手を出しながら言った。
「いつかターフであなたと、お互い夢をのせたレースが出来る時が来ればいいね。」
「はい!来ると信じています。私も先輩も同じ大きな夢をのせて、ターフを駆ける日が来ることを!」
スズカは笑顔で頷き、オフサイドと手をポンと合わせあった。
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…ふっ…うっ…
記憶を思い返しながら、ルソーは嗚咽を必死に堪えていた。
だがその両眼からは、止めようのない大粒の涙が溢れ出し、覆った手のひらから滴となって床にこぼれ落ちていた。
どれくらい経ったろう。
病室の扉をノックする音を聞き、ルソーは我に返った。
涙を拭い、衣についた涙痕を吹きとり、それから努めて平静な声で返事した。
「…どなたですか?」
「失礼します、ホッカイルソー。」
入室してきたのは、ブルボンとライスだった。
ライスは、杖をついていた。