1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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同胞亀裂(5)

(143話より続く)

 

ライス先輩にブルボン先輩…

 

訪れた二人の姿に、ルソーは不穏な気配を感じた。

「なんの用ですか?」

「少し、お話しを宜しいでしょうか?」

「…。」

誰とも話したくなかったが、ブルボンの有無を言わさない威圧感を感じ、ルソーは黙って二人を招き入れた。

 

「あれライス先輩、脚の状態が悪いんですか?」

杖をついてる姿に気づき、ルソーは声をかけた。

「冬の寒気が、少し堪えまして。」

ライスは特に表情も変えず、短く答えただけだった。

 

「光栄ですね。」

室内の椅子に向かいあって座ると、ルソーは訪れた二人を見ながら苦笑した。

「何がですか?」

「お二人のような偉大な先輩が、私のような者を訪ねてきたことです。」

ブルボンもライスも、G1を3度制した実績とそれ以上の人気を手にしたスターウマ娘。

重賞1勝止まりの自分とは比べるべくもないお二方ですよ。

「なんか、言いようのない緊張感というか、劣等感を感じますね。ハハ…。」

 

朝と違う…

力ない表情で苦笑しているルソーを見て、ライスはそれに気づいた。

遊歩道のベンチで錯乱した言動を見せた時より、更に悪い。

なんだか、2週間前に『祝福』で会ったオフサイドの窶れた姿と重なって見えた。

もしかして、ルソーさんも…

 

「ご用件は、なんでしょうか。」

黙っている二人に、苦笑をやめたルソーの方から尋ねた。

 

「スペシャルウィークのことです。」

ライスではなくブルボンが、無感情な口調で答えた。

「スぺのこと?」

「先程、あなたと彼女が会った件についてです。」

スペとの件…

「スペから聞いたのですか。」

「私が聞きました。」

ライスが答えた。

 

ははあ…ブルボン先輩の口から、私とスペの間になんかあったと知ったのか。

察しつつ、ルソーは尋ねた。

「それで、何の用ですか?」

「スペシャルウィークのおかした過ちを、許して頂きたいのです。」

ブルボンが、無表情で言った。

 

「スペから頼まれたのですか?」

「いえ、これは私からの頼みです。」

低い声で尋ねたルソーに、ライスが努めて冷静な口調で答えた。

「何故、そんなことを?」

「あなたが、スペさんに要求したことを知ったからです。」

 

要求したこと…あの小娘、全部喋ったのか。

ルソーは黒髪に触れながら苦笑を浮かべた。

「天皇賞・秋後の騒動と自分のおかした過ちを全てスズカに打ち明けるようにと、私がスペに要求したことですね。」

「はい。」

「要するに、スペの過ちだけはスズカに知られてはならないと判断して、私のもとに来たということですか。」

「仰る通りです。」

ライスは素直に頷き、少し俯いた。

 

少し、沈黙が流れた。

 

やがて、再びルソーが尋ねた。

「スペ自身は、どうするつもりだったんですか?」

「スペさんは、自分のしたことを深く悔い、あなたの言われた通りにするつもりでした。」

はー…

ルソーは呆れたように背もたれし、腕を組んだ

「本人がそう思っているのなら、そうさせてあげれば良いじゃないですか。」

「それがスズカさんにとってどれだけ危険なことか、あなたもお分かりでしょう。」

平然と言ったルソーを、ライスは蒼く光る眼で少し睨んだ。

「分かってますよ。」

ルソーはライスの視線にも動じず、言い返した。

「でも、これはスペの自業自得です。世間の愚かな風潮に毒された故とはいえ、彼女はオフサイド先輩を理不尽に傷つけた。この事実は、動かしようがありません。その報いは受けるべきでしょう。」

「スペさんはそうかもしれません。ですが、その報いがスズカさんにまで及ぶのは避けるべきです。」

 

「避けようがないですよ。」

ライスの言葉に、ルソーは冷笑した。

スズカと最も近い同胞で、最も愛するウマ娘がやってしまったのだから…

「だからせめて、彼女の口からそれを伝えた方が良いのでは。」

「スズカさんの身のことは、考えないのですか?」

ライスが尋ねると、ルソーはふっと息を洩らした。

「身も何も、もう結末は決まっているじゃないですか。オフサイド先輩が帰還を決意した以上、スズカも帰還は避けられないって。」

 

「…。」

ルソーの言葉に、ライスの蒼い眼が険しく光った。

ブルボンは無表情のままだったが、無言の威圧感が一層増して感じた。

 

二人の様子を見て、ルソーは口元をやや歪ませつつ尋ねた。

「お二人は、スズカを守る為に療養施設に来たんですよね?」

「?どういう意味ですか?」

「オフサイド先輩の帰還の決意を知った私達が、スズカに何かしない為に見張りに来たのかと尋ねているんです。」

「バカなことを。」

そんな訳ないでしょうと、ライスは表情を顰めた。

蒼眼に不快感が滲んでいた。

 

「信用出来ませんね。」

ルソーは歪んだ口元のまま溜息をついた。

「じゃあ例えば、さっきの話の続きで、もし私が強引にスズカに全てを伝えようとしたらどうしますか?」

「…?」

「絶対に阻止しようとしますよね?」

「当然です。」

ブルボンが、全く表情を変えずに即答した。

それを見て、ルソーはまた歪んだ微笑を浮かべた。

「何がおかしいのですか。」

「いえ、随分と迅速で強気な態度で、オフサイド先輩の危機の時とは全く違う対応だなと思ったんですよ。スターウマ娘の仲間意識ってのは大したものですね。」

皮肉と侮蔑と怒りを込めた冷笑で、ルソーはブルボンを見返した。

 

ルソーの冷笑に対し、ブルボンは僅かに表情を変えたが、それでも無感情な口調で反論した。

「我々生徒会は、オフサイドトラップの件でも、真摯に対応してきました。」

 

「真摯?どこがですか?」

ブルボンの言葉に、ルソーは冷笑を消して声を荒げた。

「あの天皇賞・秋後の騒動で、学園はオフサイド先輩を表立って擁護しようとしなかったじゃないですか!大規模な人間達の理不尽な中傷や攻撃に全て後手後手で対応して、その結果岡田トレーナーは学園を去りオフサイド先輩は心を失い、『フォアマン』は分解した。ステイゴールドやその他のチーム仲間達もどれだけ傷ついたか。それでよく真摯などと…」

 

「やめて、ホッカイルソー。」

ブルボンに対して声を荒げたルソーを、ライスがぞっとするような静かな声で制した。

髪に隠れている右眼からも蒼い光芒が洩れていた。

…。

寒気を感じ、ルソーは言葉を止めた。

 

大人しくなったルソーに、ライスは蒼芒を洩らしつつ静かに言った。

「あなたの言う通りだわ。学園側はマックイーンさん達生徒会も含めて、騒動への対応がまずかったことは否めない。世間との衝突を避けんが為、騒動の矢面に立ってオフサイドさん達を守ろうとしなかったのは事実です。」

学園内でウマ娘の生徒会と人間の理事会が対立していたことは伏せ、ライスは淡々と続けた。

「でも、今回の騒動がここまで悲惨な事態になってしまった元凶は、このライスシャワーにあります。」

…。

ブルボンもルソーも、ライスの思わず見つめた。

 

椅子に腰掛けているライスは、蒼芒が零れる両眼を真っ直ぐルソーに向けて言葉を続けた。

「ルソーさん。朝、あなたに責められた通りです。私は、あの宝塚記念で残ってしまった負の事実を、そのままにしてしまった。」

レース中の悲劇によって覆い隠された栄光。

幸いに生き残れた以上、その覆われた栄光を表に出す義務があったのに、それをしなかった。

それをしていれば、今回のような騒動は起きなかった。

「私とスズカさんとでは少し立場は違います。それでも、レースの大切や栄光の重さ、そして勝敗の尊厳というものを私が発信していれば、ここまで悲惨な事態には決してならなかった。責任はこの私にあります。」

そこまで言うと、ライスは両眼を閉じた。

 

 

「ライス先輩を責めたってしょうがないです。」

ライスの言葉の後、ルソーは力が抜けたように溜息を吐いた。

本当は、生徒会や学園を責めたってなんの意味もないことも分かっている。

今更そんなことしてもどうしようもない位、現実は切迫してるのだ。

オフサイド先輩は帰還を決意し、スズカの絶望へのカウントダウンも始まった。

この現実を前にして他への責任追及など、ただの現実逃避でしかない。

そう、現実逃避でしかないのだが…

 

「すみません、お引き取り頂けますか。」

ルソーは額に手を当てて俯きながら、二人に言った。

「今の私、かなり壊れています。感情が爆発しそうで、まともな話が出来そうにありません。」

 

心が疲弊しきったような口調だった。

 

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