1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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『万物の霊長』の苦悩(1)

 

*****

 

場は変わり、学園の別室。

 

その一室では、生徒会役員のメジロパーマー・ヤマニンゼファー・マヤノトップガンの三人が、先の騒動における調査の作業を行っていた。

 

「パーマー先輩。」

つと、淡々と作業を行っていたゼファーが手を止め、傍らで作業中のパーマーに声をかけた。

「ん、どうしたのゼファー?」

「気になっていたんですが、先輩かなり顔色悪いですよ。」

「え、そう?」

パーマーが意外そうに反応すると、

「私にもそう見えます。」

同じことを思っていたらしいトップガンも、傍らから心配そうに声をかけた。

「パーマー先輩、もしかして体調が芳しくないのでは?」

 

「いやあ、」

後輩からの指摘を受け、パーマーは頬や額に手を当てたりしながら答えた。

「別に、どこも悪くないと思うけど。」

「そうですか?」

「アハハ、ちょっと疲れでも出たのかな?」

気にしている後輩達に、パーマーは安心させるように笑顔で冗談めかしく言った。

「私、あまり長時間の仕事が得意じゃないからね。」

「現役時代、“無尽蔵のスタミナ”と評されてましたが。」

「痛いこと言わないでよゼファー。ターフではそうだったけど、机仕事は苦手なの。淀みなく長時間こなせるあなた達に頭が上がらないよ。」

苦笑しながら、パーマーは作業を再開した。

 

 

顔色が悪い、か。

そうだろうね。

作業をこなしながら、パーマーは胸中で呟いた。

後輩に言われる間でもなく、パーマーはそれを自覚していた。

理由は体調ではなく、マックイーンへの心配からだ。

 

大丈夫なの、マックイーン。

パーマーの心中は、マックイーンへの不安で満ちていた。

先日極秘に打ち明けられた計画(反故になったが)といい今回といい、それを断行したマックイーンの状態は心身共にかなり追い詰められていると、同じメジロの家族であるパーマーは感じ取っていた。

 

今回の断行については、諸々の状況を考えてパーマーも支持した。

マックイーンの覚悟だって尊重するし、生徒会役員としてメジロ家令嬢として彼女の支えになる決心もしている。

でも、不安だった。

断行を決断したマックイーンの背景には、不慮の最期を遂げたプレクラスニーの面影があることに気づいていたから。

 

マックイーン、私はあなたに犠牲になって欲しくない。

どうか、正気までは失わないで。

 

胸中で必死に祈りながら、パーマーは作業を続けていた。

 

 

 

*****

 

 

 

その頃。

そのマックイーンの姿は学園ではなく、メジロ家の車中にあった。

 

「…はい、先程学園を出ましたわ。これより屋敷に向かいます。…ええ、他の役員達にも伝えてありますわ。…特に何もありませんでした。…報道への対応…まだ伏せていますわ。…詳細は後ほど直接お伝えしますわ。…では。」

車中でメジロ屋敷に電話をしていたマックイーンはそれを終えると、静かに深呼吸した。

 

マックイーンの制服はやや乱れていた。

学園を後にする際、学園前に集結していた報道陣の中を抜けてきたからだ。

もみくちゃにされんばかりの質問攻めを受けたが、全て無返答でその攻勢を凌いだ。

言うべき事は全て後日にすると決めてたから。

 

マックイーンの予想通り、今回学園側が(マックイーンが)下した断行には世間全体が騒然としていた。

報道紙もTVもネット上もその話題で沸きかえっていた。

内容の多くは断行への非難色が多かった。

だが、報道紙の歯切れがどこか悪かった。

先日にライスが受けた取材が効いた影響かとマックイーンは考えていた。

他の媒体も、まだそこまで学園への非難は強くない。

衝撃の方が大きいからだろう。

 

まあ、今日のところは完全に法的に触れた者達への断行が大部分でしたから。

マックイーンは、胸中でそう推察した。

問題は、オフサイドの名誉を貶めたと判断した者達への断行に踏み切った時ですわ。

その中には、多くの学園関係者が含まれているのですから。

人間だけでなく同胞も、そして私の恩師も。

 

つと、マックイーンは再びスマホを取り出し、使用人の一人に電話を繋げた。

「もしもし私です。沖埜トレーナーは今どちらに?…そちらにいるのですか。フジヤマケンザンも一緒…分かりました。…今は良いです、またこちらから連絡します。何かあったら報告を、では。」

 

電話を切ると、マックイーンは眼を瞑った。

やはり、沖埜トレーナーはそちらに行かれましたか。

車に揺られながら、マックイーンはそう胸中で呟いた。

 

 

 

*****

 

 

 

同時刻ごろ。

『スピカ』トレーナー沖埜豊の姿は、学園からかなり離れた町にある、某病院の待合席にあった。

 

 

夜になり暗くなった病院の待合室には沖埜以外の姿はなく、しんとしていた。

 

「沖埜トレーナー。」

黙念と座っている彼の元に、暗い廊下から現れた何者かが、足音を鳴らしながら近寄ってきた。

「今、検査が終わりました。お伺いしましたらトレーナーもあなたと会っても良いというとの返事でしたので、ご案内します。」

「ありがとう。」

声をかけた者…ウマ娘のフジヤマケンザンの促しに、沖埜は頷くと立ち上がった。

 

 

院内の暗い廊下を、ケンザンは沖埜と共に歩き、やがてある病室の前に立ち止まった。

「こちらになります。私はこのまま席を外しますので、後はお二人でどうぞ。」

「分かった。ありがとう。」

「では。」

沖埜が礼を言うと、ケンザンは足早に待合室の方へ戻っていった。

 

 

ケンザンが去った後。

「失礼します。」

沖埜は一度ノックをしてから、病室に足を踏み入れた。

 

病室には、一人の患者がいた。

 

「久しぶりだな、沖埜。」

 

その患者は、ベッド上に半身横になりながら沖埜を迎え入れた。

「お久しぶりです、岡田さん。」

沖埜はその側に歩み寄り、深々と頭を下げた。

 

患者の名前は岡田正貴(おかだまさたか)

40代後半の彼は、トレセン学園『フォアマン』チームの元トレーナーで、沖埜にとっては大先輩に当たる人物だった。

 


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