「“同胞の為に走れるウマ娘”、ですか。」
何故そのような理想を、と沖埜が聞くと、岡田はゆっくりと答えた。
「ウマ娘達の未来の為だ。彼女達が一人でも多く、幸せな余生を全う出来る為に。」
栄光を手に出来るウマ娘はほんの僅か。
そうでないウマ娘達は、余程血統か素質が優れていない限り余生を送れるのは厳しい。
長年、血統も素質も凡庸なウマ娘達と数多く接してきた岡田には、その現状を間近で見てきた。
彼にとって、その時代はかなり重い記憶として焼き付いていた。
綺麗事だけでは済ませられない厳しい世界だということは、過酷な指導方針をとってきた彼もよく分かっていた。
だが、無名のまま去っていくウマ娘達の姿を目の当たりに、彼は何も感じずにはいられなかった。
実績も素質も血統もないウマ娘達をどうすれば救えるか。
岡田にとって、それは『フォアマン』発足後も抱いてた苦悩。
それに一つの答えを出したのが、前述のプロミスとホーユーが見せた『同胞の誇りの為の走り』だった。
「勝つことは勿論最優先事項だ。だが、なんの為に勝ちを目指すのか、或いは何の為に走るのか。その背景次第で、彼女達の姿はレースでより輝き、我々人間の記憶にも焼き付くと思ったんだ。」
「*それは、“何かを背負って走る”ということですか。」
「そうだな。言い換えれば、“誇りを背に”かな。」
人間が惹きつけられるのは強さ、美しさ、そして誇り。
岡田は、誇りをウマ娘達に持たせようとした。
これは強さや美しさと違い、どんな弱いウマ娘でも抱くことが出来るから。
「私が前述の理想を抱いたのは、その誇りをもって貰う為だ。」
岡田は淡々と言った。
『フォアマン』のチーム信条である『不屈・体現・勝利』もそれを念頭にしたものだった。
「究極の理想は、全てのウマ娘が、単に美しい・強いというものだけじゃなく、誇り高いものを持つようになることだった。…そうすれば、例え実績では無名で終わろうとも、レースを去った後に余生を迎えられる可能性が少しでも高くなると思ったから。」
「…。」
岡田の一連の言葉を聞き、沖埜は眼を瞑ってそれを斟酌した。
言われてみれば、『フォアマン』が輩出した強豪ウマ娘達は、その背景を感じる者が多かった。
キョウエイプロミス・リードホーユー以降でも、
三冠ウマ娘の血の背負い、怪我の恐怖と闘いながら限界まで走って盾を手にしたミホシンザン。
史上最弱と酷評された世代を背負って、先輩猛者達と死闘を繰り広げたオサイチジョージ。
栄光と挫折を繰り返しながら、永遠の奇跡の記憶を刻んだトウカイテイオー。
ライバルとの死闘を制し、地元の悲願を叶えたウイニングチケット。
圧倒的な走りで3冠を制覇し、故障後もあくなき挑戦を続けたナリタブライアン。
競走能力喪失寸前の重傷から復活し、大輪の華を咲かせたサクラローレル。
他にも、
重度の骨折を負った脚にボルトを埋めて走り続けたヤマニングローバル。
6年生にして覚醒し、海外大レースを制して新たな歴史を刻んだフジヤマケンザン。
通算5戦ながら、ウマ娘界の常識を塗り替えたフサイチコンコルド。
など、それぞれが実績以上に強い印象を残すウマ娘達ばかりだった。
そして、彼女達には確かに、岡田のいう『同胞の為に走る』という背景と人々を惹きつける『誇り』があった。
「最も、私はトレーナーとして失敗が多過ぎたがな。」
岡田が、自虐気味に言った。
失敗とは、メンバー達を故障で苦しめてしまったこと。
「それは、やむを得ない一面もあるのでは。岡田さんは、元々脚部不安のあるウマ娘をチームに加入させていたのですから。」
沖埜はそう指摘した。
ミホシンザン・トウカイテイオー・サクラローレルなどがそうだ。
「だとしても、もう少しメンバーの身体を労わるべきだったとは思うさ。私は理想を求め過ぎた。特にナリタブライアン、シグナルライトにはな。」
未だに責念にかられているように、岡田は唇を噛んだ。
「岡田さんの思いは、確かに『フォアマン』メンバーに届いていたと思います。」
唇を噛んだ岡田に、沖埜は淡々と言った。
前述のように、『フォアマン』メンバーは誰もが強烈な印象をターフに残した。
ヤマニングローバルの怪我やシグナルライトの悲劇、ナリタブライアンのローテ問題などはあったが、それでも実績は確かに残したのだ。
それも故障しがちなウマ娘も含めて。
それがどれだけ大変なことか、同じトレーナーである沖埜にはよく分かっていた。
「沖埜、」
つと、岡田の口調が変わった。
「大きな理想を掲げ、メンバーのウマ娘達に不屈であれと厳しく指導し続けた私だが、たった一人だけ、私の方から諦めるよう諭したウマ娘がいたんだよ。」
その言葉に、車内の空気が一気に張り詰めた。
淡々と車を運転しているメジロの使用人も、助手席で黙念と座っているフジヤマケンザンも、ぞくっと肌が反応した。
…。
岡田が言うウマ娘が誰なのか、沖埜もすぐに分かった。
少し間を置いた後、彼は重い口調で言った。
「オフサイドトラップですか。」
「オフサイドトラップ。彼女だけは、私の理解を超えたウマ娘だった。」
岡田は、静かに言った。
そう言っただけで、それきり彼女の話はそれ以上しなかった。