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激動だったこの日の生徒会の業務を終えたメジロパーマーが、メジロ家の屋敷に帰宅したのは21時半頃だった。
帰宅後、自室に戻ったパーマーは、ふーと疲労した吐息を吐きながら、制服姿のまま倒れるようにベッド上に横になった。
大変だったな。
パーマー達が執り行った業務は先の騒動(天皇賞・秋後から、一時収まるまでの2週間)における調査のまとめで、詳しくには騒動にかかわった者、或いは責任を問われる者達を人間・ウマ娘問わずまとめ上げていた。
既に今日だけで、学園に(オフサイドと『フォアマン』に)被害を与えた人間達への法的措置を断行し世間を騒然させてるが、明日以降は更に騒然としそうだと、パーマーは想定した。
しばらくベッドに横になってたパーマーだが、やがて起き上がると部屋を出た。
向かった先は、マックイーンの部屋だった。
だが、マックイーンの部屋に着いたものの、彼女の姿はなかった。
使用人に聞くと、マックイーンは現在メジロ家の者達と今回の断行について会合中だということだった。
パーマーはマックイーンの部屋で待つことにした。
難航してるだろうな。
室内で待っている間、パーマーは会合中のマックイーンを思った。
メジロ家は人間界でも大きな影響力がある一族だ。
だから上層部の者達は、今回マックイーンが下した断行を、人間とウマ娘の間に深い軋轢を生んだものとみなしている可能性が高い。
大丈夫だろうか。
パーマーは憂いた。
待機してからしばらく経った頃。
「お疲れ様ですわ。」
マックイーンが部屋に戻ってきた。
「お疲れ、マックイーン。」
二人は、室内にある卓に向かいあって座った。
「会合、どうだった?」用意されたお茶を飲みながら、パーマーは気になってたことを尋ねた。
「非難轟々でしたわ。今からでもやめるべきという声や、もしメジロ家が責任を追及されたどうするとか、或いは私をメジロから追放するなどという物騒な声もありましたわ。」
「えー。」
パーマーは思わず眉を潜めたが、マックイーンは平然としていた。
そういえば、オフサイドの決意を知るまでマックイーンが極秘に建てていた計画は、自らが犠牲になることも覚悟していたっけ…
マックイーンの様子を見ながら、パーマーはそれを思い出した。
「マックイーン、大丈夫?」
パーマーはカップを卓に置き、眉を潜めたまま尋ねた。
「何がですか?」
「あなたの心身の状態のことよ。」
平然とした表情のマックイーンにそう指摘し、パーマーは更に思いきって言葉を続けた。
「あなたの行動の背景に、プレクラスニーの影がずっとついているように見えるの…。」
「お気になさらずに。」
パーマーの指摘に、マックイーンは表情を変えずに答えた。
「今回の断行は、クラスニーを意識してのものではありません。あくまで、トレセン学園生徒会長としての責任を果たす為です。」
絶対嘘だ…
パーマーはそう思った。
一昨日別荘で話した時、クラスニーのことを明らかに意識してたじゃん。
「私のことは心配なさらないで下さい。」
自身の返答を疑っているパーマーに、マックイーンは静かに告げた。
「今は生徒会役員として、今回の件に集中して欲しいですわ。ウマ娘界の未来の為にも重要な分岐点なのです。」
「…分かってるよ。」
パーマーは苦い表情で頷き、続けた。
「でもさ、本当に無理はしないで。間違っても、前にたてた計画みたいに、自らが犠牲になることを考え…」
「パーマー。」
パーマーの言葉を、マックイーンは冷徹な声で止めた。
眼も冷徹な翠色になって、彼女を見据えていた。
これ以上は何も言うなという威圧感があった。
…。
パーマーは唇元で溜息を吐き、数度首を振ると席を立ち上がった。
「お休み、マックイーン。」
「お休みなさい、パーマー。」
挨拶を交わし、パーマーは部屋を出ていった。
マックイーンと別れたパーマーは、その後シャワーを浴び部屋着に着替え、自室に戻った。
怖いな。
自室の椅子に座って茶を飲んでいるパーマーの表情はかなり憂いげだった。
今回の断行の行く末の不安と同じかそれ以上に、マックイーンの状態が不安だった。
間違いなくマックイーンは、今回の件には一命を賭してあたっている。
クラスニーの悲劇で消えようのない深い傷を負った彼女の心は、自らの無事など露ほどにも考えてないだろう。
私は嫌だ…。
一昨日の別荘の夜も今日の学園での業務中もずっとあったマックイーンへの不安が、パーマーの心中で更に大きくなっていた。
もう、マックイーンが危険な状態になるのは見たくない。
実はかつて、マックイーンは命の危機に直面したことがあった。
6年前。
当時現役でターフの王者として君臨していたマックイーンは、トウカイテイオーとの〈世紀の対決〉と謳われた天皇賞・春でも圧勝し、全盛期を迎えようとしていた。
だが、必勝を期した宝塚記念に向けてのトレーニング中、彼女は左脚を故障した。
それも『種子骨骨折』という、予後不良になりかねない重傷だった。
あの時は大変だった。
今でも思い返すだけで、パーマーの身体に冷たい汗が流れるくらいだ。
幸い、予後不良にはならず競走能力喪失にもならなかった程度と判明した(それでも復帰に一年近くかかる重傷だったが)。
でも無事が判明するまでは、マックイーンは帰還してしまうのかと絶望するくらい、本当に怖かった。
あんな思いは二度としたくない。
当時を思い出し、身体に冷たい汗を感じつつパーマーは思った。
パーマーにとって、マックイーンは同い年(ライアンも)の家族。
ずっと成績が冴えなかった自分と違い、早くからライアンと共にメジロの名誉を背負って闘い、大レースを幾度も制してターフに君臨した“真女王”。
同じメジロながら憧れであり、超えるべき大きな壁だったのだから。
引退し、共に生徒会の一員になってからもそれは変わらない。
常に威風堂々、時に和気藹々となることもあるが、全ウマ娘の代表というに相応しい威厳と包容力がマックイーンにはあった。
他の生徒会役員もそう思っているだろうが、パーマーは特にそうだった。
ずっと変わらない憧れと畏敬の念、そしてメジロの家族としての愛情を、マックイーンに感じていた。
ただ、パーマーはマックイーンの、責任を背負い過ぎるウマ娘性にも気づいていた。
現役時代は王者として君臨する一方で強すぎてつまらないという声を受け、それでも勝たなければいけないという責任を負って、常にレースを走っていた。
彼女を最も苦しめているクラスニーの悲劇だって、あれは全責任がマックイーンにある訳じゃなく、ウマ娘界と人間界全体の責任なのに。
今回の天皇賞・秋の件だってそう。
オフサイドが世間の糾弾を受けている時に強い対応をしなかったのは、それまで同様の例が起きた際の、生徒会の従来の対応(153話参照)を遵守したからで、これもマックイーンだけの責任じゃない。
なのに、マックイーンは世間側からもオフサイド側からも責められる立場に置かれている。
それが生徒会長という責任なのだとマックイーンは言ってたが。
背負い過ぎだよ。
パーマーは溜息を吐いた。
今回の断行、前述のようにマックイーンは自らの破滅も覚悟でやっているだろう。
パーマーも断行には賛同したし、他の生徒会仲間も皆そうだったが、マックイーンが破滅してもいいからという考えで賛同したわけじゃない。
「それは、マックイーンにも分かって欲しいな。」
一人きりの部屋で、パーマーはそう呟いた。
一方。マックイーン。
パーマーが部屋を去った後、マックイーンは休む間なく、この日学園にいた生徒会のメンバーに連絡をとっていた。
まずは無事に帰れたことを確認し、それからこの日それぞれが行った業務の結果を確認した。
生徒会メンバーとの連絡を終えると、マックイーンは受けた報告をまとめた。
断行後、第一の懸念だった学園への過激な行動をとった者に関しては、前もって警備が強化されていたこともあり今日は一人もいなかった。
ただ抗議の電話は相当数殺到し、学園職員や生徒会が対応に追われたとのことだった。
主な苦情に関しては全て記録で残したという報告もあった。
そして、先の騒動に関わったとされる者達の調査については、まだ全てが調査してし終わっていないという報告だった。
順調というべきですか。
報告をまとめたマックイーンは、ひとまずそう思った。
こんな辛い業務をここまでやってくれてる生徒会の仲間達に感謝した。
朝の会議で、今後の予定や方針は極秘に彼女達に伝えている。
それを変更する必要は、今日の報告を見るになさそうだ。
生徒会からの報告を一段落させると、マックイーンは続いて療養施設にいるブルボンに連絡をとった。
何か異変はないか確認したが、特に何もないという答えだった。
マックイーンは、明朝に自身と沖埜がそちらに向かうことを改めて伝えた。
そして最後に、オフサイドのいる別荘にいるビワに連絡をとった。
既に、別荘には岡田とケンザンが到着し、オフサイドと会ったということだった。
ただ今晩は何もしない予定なのか、岡田はオフサイドと特に話さなかったらしい。
また、岡田と会ったものの、オフサイドの状態は変わらず非常に落ち着いているとのことだった。
他に、別荘近辺に報道関係は全く来なかったので、オフサイドの居場所は依然隠せているとの報告があった。
それら各所との連絡を終えると、マックイーンは一息ついた。
岡田トレーナーは、オフサイドトラップと特に話さなかった、ですか。
一息つきながら、マックイーンはその報告について推察していた。
移動した疲れもおありでしょう。
病身なのに別荘へ向かってくれた岡田に、マックイーンは感謝と罪悪感があった。
オフサイドへ岡田がどのような行動を取ろうとも、マックイーンは一切口を挟まないつもりだった。
彼女のことを理解している人間は彼以上にいないのだから。
岡田がどこまで、オフサイドの傷を癒せるか。
マックイーンはそれを願いつつ、もう一人オフサイドの決意を翻意させるのに不可欠なウマ娘…サクラローレルのことを思った。
現在、サクラ家とも交渉しながら、依然怪我の為海外療養中の彼女を緊急帰国させる手筈を準備している。
彼女の容態も長距離の移動に耐えられる程回復してるか微妙だということだが、なんとしても帰国させて、オフサイドと会わせなければいけなかった。
詳細は不明だが、ローレルも帰国の決意を固めているらしい。
当然ですわね。マックイーンは思った。
オフサイドとローレルは、何よりも深い絆で結ばれているのですから。
最も、今のオフサイドがローレルと会うことを望んでいるかは、恐らく否だった。
その為、これはオフサイドにも極秘に進めていた。
なんとか間に合って。
マックイーンは心底から願った。
少し経った後、マックイーンは再びスマホを取り出し、電話をかけた。
かけ先は沖埜だった。
「もしもし、マックイーンです。…ええ。言伝通り、明朝向かいます。車も用意しますので、ご一緒に。お話はまた車中で…はい、私は大丈夫です。沖埜トレーナーこそ、…また何かありましたらご連絡します。」
いよいよですわね。
沖埜との短い電話を終えた後、マックイーンの翠眼は険しく光っていた。
遂に明日、サイレンススズカに事の全てを伝える。
果たして、スズカが耐えられるだろうか。
正直、今回の断行において最大の山場と思えた。
彼女が耐えられれば、僅かだが未来に光明が指す。
しかし耐えられなかったら…
マックイーンは一度眼を瞑り、静かに深呼吸しながら再び眼を開いた。
耐えられなくとも、私達が支えていくしかない。
「支えなければ。」
生徒会長なだけでなく、『スピカ』メンバーとしてスズカの先輩にあたるマックイーンは、誓うように呟いた。
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あと一時間、か。
療養施設。
自室で、23時を指した時計を見ながら、ルソーは呟いた。