1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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粉々(2)

*****

 

数分前。

施設内の、食堂。

 

僅かな灯りのみ灯るしんとした堂内の一席に、たった一人寂然と腰掛けているウマ娘がいた。

松葉杖を抱えたルソーだった。

 

彼女は一時間程前に病室からここに移動していた。

これからするであろう行動の為に。

 

そろそろか。

腕時計の針が0時に近づいているのを見て、ルソーは椅子からゆっくりと身を起こした。

どうやら終わりかな。

灯りを失った心のうちで呟きながら、ルソーは松葉杖をついてコツコツと歩き出した。

 

会ってもなければ分からないけど、多分スペは何も行動してないだろうな。

暗い廊下を歩きながら、ルソーは虚ろに考えていた。

いいよスペ、それでいい。

昨晩から昼間にかけて、ずっとルソーの胸にあったスペへの怒りは殆ど失せていた。

彼女を許したからではない。

もうどうでもよくなってしまったから。

 

この世界を生きている時間も、もう残り僅かか。

暗闇の中、ルソーはぽつりと唇元で呟いた。

この後、スズカに真実を打ち明けた後に、ルソーは帰還する決意を固めていた。

その場でスズカと共に逝くかそれとも後日一人で逝くかは決めていなかったが、どちらにせよ、オフサイドの決意&その他諸々で心が折れかけ壊れかけた彼女は、未来への希望を失っていた。

 

でも最後に“絶望の宣告者”の役は引き受ける。

絶望に消えるなら、より多くのそれを背負った方がいいから。

それが、同胞の未来の為に私が出来る最後のことだと、ルソーは心に決めていた。

自分の心が完全に折れて壊れ、同胞や人間達への憎しみに染まってしまう前に、と。

 

オフサイド先輩…

つと、ルソーは立ち止まり、心の内で敬愛する同胞に問いかけた。

スズカとスペを守れという先輩との約束は、果たせそうにありません。

でもスペのおかした言動は、私の命と共に永遠に消します。

どうか、それで許して下さい。

ルソーの頬に、ふっと澄みきった微笑が浮かんだ。

彼女は、再びゆっくりと暗い廊下を歩き出した。

 

 

そしてやがて、ルソーはエレベーターのある受付前に到着した。

 

 

すると。

 

「…え。」

エレベーターの前に、人がいるのに気づいた。

 

椎菜先生?

 

 

 

「椎菜先生。」

エレベーターの前で佇んでいた椎菜は、暗い廊下から現れたルソーに声をかけられ、ビクッと振り向いた。

「どうしたんですか、こんな所で…」

「ルソー。あなたこそどうしたの、こんな時間に。」

ルソーの姿に驚いた椎菜は尋ね返した。

「なんでもありません。」

ルソーは悟られないよう平静な口調で返答した。

と、エレベーターの電光点滅が最上階にあることに気づいた。

誰か、スズカの元に行ったのかしら。

「スペが、上に行ったんですか?」

 

「違うわ。あれは…」

ぽつぽつと茫然とした返答しつつ、椎菜は首を振った。

…?

ルソーは眉を潜めた。

椎菜の表情も、心なしかかなり慄えて青ざめて見えたから。

 

 

 

『ピリリリ…ピリリリ…』

 

宿泊室の、一室。

ベッド内で寝れずにいたブルボンの枕元にあるスマホが、突然鳴った。

…?

ブルボンもその隣のライスも、怪訝な表情で起き上がった。

「もしもし、ブルボンですが。」

『特別病室です!緊急事態が起きました!』

 

スズカの担当医師の切迫した声が、ブルボンそしてライスの耳に飛び込んだ。

 

 

 

*****

 

 

 

寒風と小雪が吹く中、制服にフードコートを羽織った彼女は療養施設に着いた。

 

施設の警備員は、彼女の姿を見て驚いた。

「こんな夜遅くに来るなんて、一体どうしたんだ?」

…生徒会の指示で急遽派遣されたんです。

「こんな夜遅くにか?」

…以前もあったことです。この事態の中ですから…

彼女は低い口調で答えた。

「そうか。」

現在の学園を取り巻く状況を考えれば不思議でないかと思ったのか、警備員は彼女を施設内に入れた。

 

人気のない真っ暗な施設内に入ると、彼女はコート姿のままコツコツと歩き、エレベーターの前に行くとそれに乗り込んだ。

乗り込む一瞬、廊下の角から現れた椎菜が自分の姿を見た気もするが、彼女は全く気に留めず、最上階へのボタンを押した。

 

 

最上階に着くと、彼女はスズカのいる特別病室へと歩き出した。

「誰?」

特別病室から、スズカの担当医師が出てきた。

…。

彼女は足を止めた。

 

医師は彼女の姿を見ると、つかつかと側に来た。

「…なんで、あなたがここに?」

彼女が誰だか分かると、医師も驚きの表情を浮かべた。

 

…スズカは、起きていますか?

彼女は、表情を見せないようにやや俯かせながら尋ねた。

「寝てるわ。スズカに何の用?」

…。

彼女はそれに答えず、医師の傍らを通り過ぎようとした。

 

「待って。」

不穏な雰囲気を感じた医師は、彼女の腕を捕らえた。

「何しに来たの?それに答えて。」

…スズカに会いに来ました。

「それだけ?それだけの為にわざわざこんな夜遅くに来たの?」

医師は更に質問した。

…。

医師の質問に、彼女は答えなかった。

 

…っ。

「!」

彼女は突然、医師の腕を乱暴に振り払うと、病室へ向かって駆け出した。

「あっ、待ちなさい!」

医師の制止を無視し、彼女は特別病室に駆け込んだ。

 

病室に駆け込むと、彼女はその場にいたスペと鉢合わせした。

…!

「え?」

眼を合わせ、彼女もスペも息を呑んだ。

 

だが次の瞬間、彼女は無言でスペの腕をぐいっと掴んだ。

「あっ!」

不意をつかれたスペは抵抗する間もなく、彼女の腕によって病室の外へ弾き出された。

 

「痛っ!え、なんで?」

「待ちなさい!」

弾き出され床に腰をつきながら声を上げたスペと、腕をさすりながら後を追ってきた医師が来るより早く、彼女は病室の扉をバタンと閉め、内から鍵をかけた。

 

ハア…ハア…

チェーンロックまですると、彼女は病室内の壁にもたれて大きく息を吐いた。

「…?」

突然の騒然とした事態に、目が覚めたばかりのスズカはベッド上で茫然としていた。

いや、愕然としていた。

今スズカの眼の前に突如現れた、コートを羽織ったままの同胞が、あまりにも意外な者だったから。

「何故、あなたがここに?」

先程まで彼女の姿を見た者達と同じ呟きが、スズカの唇から洩れた。

 

 

 

「一体誰が来たんですか?」

下階のエレベーター前。

表情が青ざめている椎菜に、ルソーは再度尋ねた。

その時、不意に大きな駆け足の音が廊下の向こうから聞こえた。

…?

見ると、駆け足の主はブルボンだった。

 

駆け寄ってきたブルボンは、二人には目もくれず、すぐにエレベーターのーボタンを押した。

「くっ…」

だが、最上階にそれがあるのを見ると表情をしかめ、階段の方へ駆け出した。

「どうしたの⁉︎」

「緊急事態です。」

ブルボンは蒼白な表情で手短に答え、一気に階段を駆け上がっていった。

 

「…?…?」

事態を把握出来ずルソーも椎菜も茫然としていると、今度は廊下の向こうからライスが杖をつきながら現れた。

彼女の表情も蒼白だった。

「ルソーさん、渡辺先生。」

ライスは二人の姿に驚いたが、すぐに言った。

「スズカさんの病室へ行きます。想定外の事態が起きました。」

 

「想定外?」

「やっぱり…」

ルソーは一層眉を潜めていたが、椎菜は口元に手を当てつつ、先程一瞬見えた者の姿を思い返した。

彼女、まさか…

 

 

 

「スズカ…」

自らの姿を見て愕然としているスズカを見て、彼女…黒いコートを纏った姿のステイゴールドは、額の冷たい汗を拭って、スズカを見つめ返した。

 

「…ごめんね。」

 

唇を震わせてそう言ったゴールドの表情は、かつて見たことないほど蒼白だった。

 

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